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月ごよみ隠れ里奇譚  作者:
異伝 狩人たち

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弓の男(後)

 生まれ変わりってのは、不思議なものだな。

 俺は、合同修行中にもかかわらず、思わず浮かんでくる笑みを抑えきれずに仲間を眺める。


 碓氷貞光うすいさだみつは、生前もくるくると良く動く、前線担当だった。彼は現在霊体となり、3次元へと進化したその機動力は、特筆に値する。加えて必要時には、防御担当の坂田金時さかたのきんときや、仕留め役の渡辺綱わたなべのつなをサポートし、数m程度ならば瞬時に移動させられる手段をも身に着けている。


 坂田金時さかたのきんときの強靭な肉体、頑丈な得物による高い防御力は、前世とほぼ見劣りしない。渡辺綱わたなべのつなに関しては、俺は個人的には、前世との生育環境の違いから、筋力や反射能力の低下、ひいては実力低下を危惧していたが、それは全くの杞憂だった。前世の記憶を取り戻した当初はともかく、そこから金時の道場での日々の鍛錬により、彼の剣術の圧倒的なキレ、決定力は、前世とほぼ変わりない程度まで持ち上がっている。


 頼光四天王が再集結し、修行を再開し7年が経過した今、その実力は、前世と比較し格段に上がったと言えるところまで練りあがっていた。




 その時、本当に突然、()()の気配は現れた。

「奴だ」

 叫ぶなり俺は瞬時に上昇し、気配を探る。1000年ぶりの感触。集中しようとするが、自分の動悸が耳の中でこだまし、意識をかき乱す。

 気配は、遠い。そして、恐ろしいスピードで移動していた。


(全員では、間に合わん)

 俺は貞光さだみつに合図を送る。飛翔移動ができる二人でなければ、到底間に合う距離ではなかった。


「肝心な時に。何でアベさんいないんだよ」

 ぼやきながら、瞬時に俺の隣に貞光が現れる。彼は、遠隔で邪気を感知することはできないため、俺が先案内をしなければ、茨木童子にはたどり着けまい。だが残念ながら、生身の俺は瞬間移動はできない。

 できうる限りのスピードで向かうが、やがてその気配は立ち消えた。


「……まずいな」

 俺はつぶやく。

 奴が再び、その邪気であやかしを引き寄せ始めたら。

 嫌な予感に、俺の胸はざわついた。



 予想に反し、それからしばらく、茨木童子の動向は全く途絶えた。

 次に奴の気配が現れたのは、5月の満月の夜だった。


「クソッ」

 渡辺綱が、らしくない言葉を吐く。

 前回、気配を察知した場所を勘案し、俺たちは、夜間の合同修行場所を、日本海寄りに移していた。ところが、今回奴が現れたのは、全く真逆の方向、関東の太平洋沿岸だった。


 今回は、俺は大まかな気配の位置を貞光さだみつに伝え、彼だけを先行させた。貞光さだみつは、可視化できる程度に対象に近づければ、邪気を見てとることができる。うまくポイントが合えば、茨木童子を捉えることができるかもしれなかった。


 1対1で、貞光さだみつが茨木童子と渡りあえるかは未知数だったが、相手はあやかしだがこちらも霊体だ。他の仲間が合流するまで、捨て身で攻撃すれば、奴を留まらせることができるかもしれなかった。


 かなり賭けの要素のある追跡劇だったが、結果は、失敗に終わった。



 2度のニアミスにより、俺たちは、1000年の膠着状態を経て、事態が急速に変化しつつあることを認めざるを得なかった。

 未だに旧暦で日付を確認する癖の抜けない俺たちには、茨木童子の行動の法則性は、すぐに分かった。直接の接触は、迫っている。それは、俺たちが茨木童子を捉えたと同時に、俺たち自身が、自身の宿命に捉われたことを意味した。これから先、誰がいつ、どのように現世から、あるいは、永遠にこの世から退散することになるのか、それはもう、未知数だった。


 残されたものが、するべきことを成す。俺たちは、酒呑童子の首を封じられた巫女である薫子さんに、全ての真実を話すことを決めた。



 その夜のことを、俺は一生、忘れられないと思う。

 彼女と俺たちとの10年の日々、見方によっては、それらすべてがまやかしの上に成り立っていた、その事実を告げた時、彼女の口から出たのは、俺たちへの労わりの言葉だった。


 彼女と関わっていた3人の男ども――金時、綱、そして俺――は、それぞれ違う形ではあったにせよ、否定しようもなく、彼女を愛していた。

 女に泣かされるなんてのは、1000年の生まれ変わりの人生で、初めてのことだった。それは多分、他の2人にしても同じことだったろう。


 貞光さだみつは俺たちの様子に隠しようもなくドン引きしていたが、俺も若干、俺自身に引いていた。しかし、正直に言えば、それは決して、悪い気分のものではなかった。




 秋の終わり、しばらく姿が見えなかった安倍吉昌あべのよしまさが、縛されていたらしいとの報せがもたらされた時、俺は身の内が凍る思いがした。


 あの人がどれほどの危ない橋を渡っているのかは知らないし知りたくもなかったが、俺は、この春の茨木童子の突然の顕出に、彼が関わっていることは、明白だと考えていた。

 縛された以上、もう二度と、彼が茨木童子を誘い出すことは叶わないだろう。俺に残っている選択肢は、ひとつしかなかった。


「薫子さん」


 金時の家のリビング。金時も綱も留守の時を見計らって、俺はその家を訪れていた。


「……はい」

 薫子さんの声には、覚悟を決めた響きがあった。この子には、敵わないな。俺は思う。


「あなたは、うすうす気づいているかもしれないけど、俺たちの中で、俺と安倍吉昌しか知らないことを、あなたに、……そして、あなたの中のもう一人の人に、話させてもらうよ」

 俺は、彼女の目をのぞき込む。そこには、ただ美しい虚空だけがある。


「君の中には、酒呑童子と、もう一つの魂がある。俺にはその正体は分からないが、多分、茨木童子を惹きつけているのは、その魂だと思う」

 薫子さんの喉がごくりと動くのが分かった。


「安倍吉昌は、何らかの方法、おそらく、禁術と呼ばれる本来許されない方法を使って、その魂を利用して、茨木童子を根城から誘い出した。でも、その禁術がばれて、あの人は父親と兄貴に捕まった。……下手をすれば、殺されるだろう」

 薫子さんの顔が歪む。俺は小さくため息をつく。


「殺されないにしても、もう、あの人がその術を使って、あなたの中のその魂を、茨木童子と接触させることは、二度とできないと思う」

 俺は、彼女の、そしてその内の美しい虚空の瞳に向かって語り続ける。


「おそらく、あなたが見出された現世は、俺たちにとっても、そしてくさぶき……茨木童子にとっても、永劫の苦難を抜けられる最後のチャンスなんだろうと思う。その終わり方が、あなたにとって望む形なのかは、分からない。多分、俺たちが相見あいまみえれば、ほとんどの者は死という形をもって、その場から去ることになるだろう。ただ、それによって、あるいは俺たちは、不死の呪いから抜け出て、忘却と再生を繰り返す、輪廻の輪に戻れるかもしれない」


 話しながら、その内容が、ほとんどが自らの願望にまみれたものであることは、俺は十分に自覚していた。ただ、もしもくさぶきを、このひたすらに続く、孤独の世界から救い出すことができるのならば、結局は、この形をとることしかないのもまた、事実だった。


「俺たちは、この1000年、それぞれのやり方で時を越えて、くさぶきを追ってきた。それは、あいつにとっては破滅への絶望の使者でもあり、同時に再生への希望の使者でもあったはずだ。……俺は、ここで、終わらせたくない」


 俺は、薫子さんの、そしてその奥の瞳をのぞき込む。


「俺たちを、くさぶきのところへ、連れて行ってくれ」




 数日後の10月の満月の夜、薫子さんは姿を消した。

 俺以外の四天王は、かどわかしだと色めき立った。俺は、ただ、絶望していた。

 彼女の中のもう一つの魂が、強制なのかそうでないのかは不明だが、薫子さんの身体を茨木童子の元へいざなったのは、疑いようがなかった。


 彼女は一人で、茨木童子の元へ去った。その選択は、破滅への一本道だった。

 愚かだ、俺は思う。しかし一方で、俺はどこかで、救われていた。例えそれがどれほど愚かしい選択だったとしても、全てを捨てて、あいつと共に在ることを選んでくれる存在がいた、そのことに。


 そこで俺は首を振り、無益な感傷を振り払う。


 俺たちは、あやかし狩り。

 1000年の時を越えて、やり残した仕事の後始末を、今生の、ここで、つけてみせる。

 俺は弓のつるを引き絞り、その感触を確かめる。




 結界の中で対峙した男の姿は、1000年前と変わらず美しかった。その背後から立ち昇る闘気は、鬼というよりは手練れの武人のような澄み切った色をしている。


「……くさぶき。そこの女人を、お渡しいただくことは、できないか」

「……ことわる」


 金時きんときの問いかけへの、茨木童子の返答を聞いた瞬間、俺は自身とつなの目くらましを解いた。

 同時に小手調べに放った矢は、あっけなく叩き落される。


(最後の戦闘の時と、戦い方が、変わっている)


 少し距離を取り直しながら、俺は考える。

 くさぶきが鬼と化し、討伐隊のほとんどを殺しつくした最後の戦いでは、彼はその邪気ですべてのものを薙ぎ払っていた。今の彼は、人であった頃とほぼ変わらない戦い方――得物を使い、術を使う――をしていた。

 これは、何を意味するのか。


 それにしても。

 目の前に現れた茨木童子の式神、「青龍」を眺めて俺は感嘆する。

 一人っきりでこんなところに閉じ込められて、よくまあ強くなり続けることができるものだ。俺なら1000年、ふて寝するな。

 すかさず、矢を「青龍」の「木」の力を突破する「金」のそれに持ち替えながら、俺はいらぬことを考える。



 5本目の「金」の矢を放った時、突然その声が俺を襲った。


『 ……刀が、抜けぬ 』


 それは、これまで一度も聞いたことのない、渡辺綱わたなべのつなの心の声だった。

 とっさに俺は、綱の背中に視線をやる。


 俺たち――貞光と金時と俺は、たとえ茨木童子に犯されあやかしと化していようとも、とにかくこの場から、薫子さんを連れ帰るつもりだった。身体さえ取り返せば、後は安倍吉昌あべのよしまさにでも、何とかならなくとも何とかさせる。

 しかし、綱にはその思惑は伝えていない。思慮深い四天王筆頭の男が、1000年前の悲劇を繰り返す危険性のある行為を、容認するとは思えなかった。

 綱が刀を抜く前に、貞光が薫子さんを捕らえ、瞬間移動で離脱する。それが俺たちの作戦だった。


 俺たちがてこずることがあれば、綱は、自らが為すべきと信じることを、決して先延ばしにしたりはしないだろう。

 俺たちの知る、いつもの、綱ならば。


 だが、茨木童子は俺たちの予想を超えた強さへと進化していた。まさか、あいつが式使いになっているとは。俺たちは、3人がかりでも、茨木童子から薫子さんを引きはがすことができないでいる。

 しかし、未だに、綱の刀は抜かれていない。その理由は、自明だった。



『 何故だ。……くさぶきの、じゅつか 』


 ――違う。俺は唇をかむ。

 お前には、あの子は、斬れないんだよ、綱。



 目を戻すと、俺の放った矢は、全て空中で静止していた。攻め手の4人は同時に息を飲む。

 

白虎びゃっこ……」

 放った矢と同じ力、「金」の行の最上位の式神。俺の「金」の矢は苦も無く落とされ、巫女の周りをその力が覆う。さすがに俺も、次につがえるべき矢に迷った。


「二体目!? どんだけ、持ってんだよ。勘弁してくれよ」

 貞光さだみつが、俺の心を代弁してくれる。


「これ、力づくじゃ無理だろ、出直そうぜ。術使いがいなきゃ、どうにもなんないよ」

 その通りだ。俺は、撤退に向けての道筋を考え始める。



 その瞬間、猛烈な吐き気が俺を襲った。吐き気を催すほどの、強烈な痛み。

 綱の、心の、痛みだ。


(綱、やめろ)

 あまりの激痛に、声も出せずに俺は思う。


(そんなこと、しなくていい。それをしてしまったら、お前は、いずれ人ではなくなるぞ)


 俺の願いもむなしく、痛みはどんどん激しくなる。息が上がり、俺の視界が狭まりはじめる。

 次の瞬間。

 唐突に痛みは霧消し、そして、静けさだけが、残された。



「鬼と通じた巫女は、俺が斬る」

 耳を打つ、綱の静かな声。

 彼の背後から、陽炎のような、圧倒的な闘気が立ち昇る。



「綱、やめろって。分かった分かった、俺たちが、何とかするから……」

「そうだ、お主は、下がっていろ」

 貞光さだみつ金時きんときの焦った声。


 真正の地獄絵図だ。

 どうにかしてくれ。俺はやぶれかぶれで神仏に祈る。



 そのとき。



「はいはい、そこまでー」


 ぱんぱん、と手を叩く音がして、陽気な安倍吉昌の声が場の緊張を破った。


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