弓の男(前)
昔から、俺は空気を読まないと、仲間たちから散々言われてきた。
それはその通りだと思う。でも、そこには理由がある。これまでもこれからも、あいつらに向かって言い訳をする気はないが。
俺の名は卜部季武。「頼光四天王」の、遠隔攻撃および防御、簡単に言えば、弓担当だ。
仲間たちも、本当は気づいているだろうが、俺の担当する役割は、戦闘の全体に常に目配りし判断することが必要になる。本気で気が使えない人間に、務まるポジションではない。俺は言ってみれば、あいつらの前では、あえて、空気を読んでいないのだ。
俺には、実は結構な神通力がある。現代風に言えば、異能者だ。現代に生まれ変わってしばらくして、自分が空中に浮けることに気がついたとき、俺は勝手に前世の記憶を思い出した。幼稚園児の頃から、変わった子だと言われていたが、もちろんそれは、前世の記憶に由来する。
俺の初めの人生での神通力は、本気でなりたいと思えば、安倍吉昌程度の陰陽師にはなれるレベルだった。ちなみに、彼の父親、安倍晴明の圧倒的な力を前に、その後の陰陽師たちの名声は、現代ではすっかり霞んでしまっているが、ああ見えて、吉昌殿もなかなかの実力者だった。
あのごちゃごちゃとした陰陽寮の非効率さに自分が耐えられないのは分かっていたので、俺は初めから、その道に進む気はなかった。もともと好きだった弓の道を極める途中で、妖力を見切ったり、妖に傷を負わせられる矢を放つ人材として、俺は源頼光殿にスカウトされた。
妖狩りは、なかなかに刺激的で、俺としては非常に満足のいく仕事だった。仲間が、あんなことになりさえしなければ、俺は非常に充実した思いで、一度で人生を終えることができただろう。
茨が鬼に変わってしまったとき、俺と金時には、選択肢が示された。即刻の死か、責務を負っての不死か。
四天王筆頭の渡辺綱、そして茨を直接謀った碓氷貞光は、否応なく「不死の盟約」を結ばされることになるが、「頼光四天王」でも、大江山の妖討伐での策謀に直接は関わっていなかった俺たちは、やや、罪が軽いとの判断らしかった。
俺も金時も、もちろん即座に、「不死の盟約」を選択した。貞光が、仲間をだます役割を、進んで引き受けたとは思えなかった。ただ、あいつが一番器用だったから、その役割に選ばれただけの話だ。そのあいつだけを、不死の地獄へ送ることなど、できるわけがなかった。
空気を読まない、に話を戻そう。
俺の神通力の一つに、人の心の声を聞ける、というものがある。ちなみに、リアルの世界で、これまで誰にも、この力のことを明かしたことはない。もしも他人にばれれば、良くて距離を置かれる、最悪は幽閉か殺処分だろう。
油断をすると、こちらの意志に関係なく、声の聞こえる範囲の人物の心の声が聞こえてくる。はっきりいって、この能力は、迷惑だ。何とか役立てようと、現世で俺は税務調査官という仕事についているが、後悔することも良くある。
俺は、妖狩りを始めた当初から、仲間たちの心の声だけは、絶対に聞かないと決めていた。
ただ、それを強く意識すると、口から発せられる声に対しても、特に感情面で意識を集中しにくくなる。ということで、俺は、妖狩りの仲間たちと過ごすとき、話のニュアンスを理解しきれず、場にそぐわない端的な発言をしたりなんだり、してしまうわけなのだ。
ちなみに戦闘中だけは、全てのチャンネルをオープンにせざるを得ないが、有難いことに、武道の達人である彼らは、戦闘中に雑念にかられるということがまずない。心の声に煩わされることは、全くと言ってよいほどなかった。
現世で最初に再会した仲間が安倍吉昌であったことは、俺にとっては意外だった。
というのも、彼は「不死の盟約」を結んではいない。非常に特殊なやり方――タイムトラベル――によって、俺たちに合流する手筈だった。
彼の陰陽師としての実力と、やんちゃな気質を、父である安倍晴明と兄の安倍吉平は非常に警戒しており、手綱を外す気はないとのことだった。彼は思春期に、だいぶやらかしたらしい。危なく神通力を封印されるところだったと、聞いている。
とにかく、吉昌は、元の人生に戻る以外では、一度移動した時間からは先の時間にしか移動できない、という縛りのもと、1000年の時空を旅して、俺の目の前に現れた。
「酒呑童子の首を見つけた」
出会い頭に告げられ、さすがの俺も事態を飲み込むまでに数瞬を要した。
「貞光は、呼び寄せた。今、金時を迎えに行っている。綱は現世でまだ13歳。思い出させるには、早すぎる。対応は相談だ」
俺の様子に構う様子もなく、吉昌はべらべらと続ける。
「首は、ある身体に封じられている。お前には、その身体の中にもう一つ、封じられた魂が見えるだろうが、それについては、他の3人には、伏せていてもらいたい」
なるほど。一度の人生、時間が貴重な彼が、集合を待たずに時空を跳び、俺に先にコンタクトしてきた意図に気づき、俺は軽くうなずく。
吉昌がこれから何をしようとしているのかまでは、俺には分かりようもなかったが、それは、彼の父や兄、そして、俺たち四天王にとって、穏やかではないことなのかもしれなかった。
「分かったが、……あんまり、無茶するなよ」
茨木童子を、討ち果たす。言い換えれば、茨を、開放する。そのことに、俺たちとは違った意味で、彼が並々ならぬ思いを抱いていることは、分かっていた。
彼は、陰陽寮では茨の兄弟分だった。他の任務で、大江山の討伐隊に参加できなかった彼が、そのことをずっと悔やんでいたことも、俺は知っていた。
*
「頼光四天王」の筆頭、渡辺綱の生まれ変わりに、その事実を知らせる場には、四天王の残りの3人と、安倍吉昌が揃うことになった。
金時は、親代わりくらいの勢いで綱の生まれ変わりと接触していたし、彼を通じて、俺もちょくちょく、様子を見に行っていた。生まれ変わり同士が接触しても、記憶の覚醒は起こらない。それは、実体験から明らかだった。
おそらく、貞光か安倍吉昌が綱の前に姿を現わせば、たちどころに彼は記憶を取り戻すだろう。本来は、その場に金時と俺は必要ないはずだったが、同席は、金時のたっての希望だった。
俺たちには、15歳にもなる人間に前世を思い出させることが、それほど大ごととは思えなかったが、金時には思うところがあるらしかった。
金時が運営する剣道場の稽古場に呼び出された青年は、そこに居たのが予想外の人数だったのだろう、入り口でいったん立ち止まり、それから静かに足を踏み入れた。
板の間に居並ぶ4人の男の前に、静かに青年が座る。彼が思い出しているのかいないのか、その表情からは、窺い知ることはできなかった。
「……久しいな、綱」
陰陽師、安倍吉昌の声。青年の瞳がまっすぐに彼を射る。
「吉昌」
青年の穏やかな声に、俺たちは全員息をつく。
「貞光は霊体か。金時、季武……皆、息災そうだ。ふさわしい器だな。……それにしても、金時。3年も、俺を待ってくれていたのか」
青年の言葉に、俺の隣の金時は、ポリポリと頭をかく。
「まあ、な。現世での自我が確立してないと、後々苦労するかもしれん、という安倍殿の判断だ。……黙ってたのは、悪かった」
「……いや」
そこで初めて、綱は微かに顔をしかめて目を伏せた。前世の彼では、見たことのない仕草だった。
「……薫子は、どんな、役回りなんだ」
その声音を聞いたとき、俺は、金時が危惧していたことが分かった気がした。




