大男
「黒歴史」って言葉があるけれど。
俺ほどの黒歴史を持っている人物って、歴史上でもそういないんじゃないかと思う。
どうも、坂田金時、幼名「金太郎」です。
子供時代の俺の偶像は今でも、主に神奈川県西部~静岡県東部で、赤い前掛け一枚というびっくりな服装でマサカリをかつぎ闊歩させられている。
いや、薪を背負って本を読んでる二宮金次郎ですら、歩き読書は危ないからって、座って本読まされている時代だよ。前掛け一枚って、完全アウトでしょ。いい加減、パンツはかせてくれよ。
……まあ、そうはいっても、実は俺はわりかし、この生い立ちを気に入っている。
というのも、明らかに俺よりも強いしビジュアルも良い、俺のボスの源頼光や渡辺綱よりも、俺は抜群の知名度を誇るからだ。
いや、やっぱり、1000年の時を超えて自分の名前が知られてるって、なかなかに幸せなことだよな。
かくいう俺は、実は20歳過ぎまで、自分がその有名な「金太郎」の生まれ変わりであることを、全く知らずに生きていた。
俺の初めの人生は、今から1000年ほど前の平安時代にさかのぼる。俺は「頼光四天王」と呼ばれる、妖狩りの一員だった。妖とは、人に害をなす人外の存在を指す。当時は令和の今とは比較にならないほど夜の闇は濃く、人の畏れは強く、そして、妖やそれを狩る者の力は強かった。
俺が、「金太郎」すなわち坂田金時の生まれ変わりとして、現代に生を受けたのには理由がある。俺たち「頼光四天王」は、ある妖の討伐で、取り返しのつかない失敗を犯した。そして、その後始末をつけるまで、本当の意味では死ぬことができなくなってしまったのだ。
まあ確かに、大変な失敗だったし、後世に引き継がせることができない内容だったのは事実だ。だから仕方なく、俺たち――「頼光四天王」の4人――は、言いつけに従い、「不死の盟約」を行った。誓いを果たすまで、その魂は漂い続けるか生まれ変わり続けるかして、その責務を逃れることが許されないという盟約だ。
だが、その時にその誓いを立てた(というか呪いを受けた)俺たち4人は、まさかその始末まで、1000年もかかろうとは思ってもみなかった。
せいぜい、一度の人生では難しくとも、1回生まれ変わるくらいで済むだろうと、たかをくくっていたのだ。
*
「金ちゃーん」
呪いの力とは良くしたもので、俺の前に不意に現れたその顔を見たとたん、俺は前世の記憶を一瞬で思い出した。
「貞光」
俺の前に、空中で上下さかさまに胡坐をかいた状態で現れた人物は、にやりと笑った。
「さっすが、話が早いや。綱はまだ、子供でさ。今は思い出させられないって、アベさんが言うもんだから。金ちゃんが最初の声かけなんだけどさ……」
ふい、と起き直った小柄な男、「頼光四天王」の一角、碓氷貞光は、1000年前と全く変わらない外見だった。宙に浮いているところを見ると、これは、霊体なのだろう。
「金ちゃんは、生まれ変わりなんだね。何回目なのかな」
「……分からんな」
現世で受けた教育から、今の時代が、かつての記憶のある平安時代から遠く隔たっていることは分かっていた。ただし、その間数十回はあったであろう転生の人生で、これまで俺は、前世の記憶を思い出したことはなかった。その時代に普通に生きて、普通に死んだ、はずだ。
「これだけの時を経て安倍殿から声がかかるとは、何があった」
「んー……、俺も召喚されたばかりで、まだきちんとは聞いてないんだけど、どうやら、酒呑童子の、首が、見つかったらしい」
「何だと」
俺は自分の声が上ずるのが分かった。前世、すんでのところで取り逃がし、その後一生をかけ探し続けたが手掛かりひとつ見つけられなかった宿敵。自分たちが不死の呪いを受けた元凶、茨木童子。それにつながる一番有力な材料が、宿敵の盟友、酒呑童子だった。
「この前の大地震をきっかけに、アベさんが見つけたらしい。封印が解けたとか、そんなんなのかな。……とりあえず、残りの2人に、会いに行こうぜ」
俺が頷くと、貞光はその小柄な見た目にそぐわない握力で俺の左手首を握り、いきなり上空へと舞い上がった。
「おまっ。引っ張る前に、声くらいかけろ! 肩が抜ける」
あわてて俺は怒鳴る。記憶はなくとも魂の好みは変わらないのか、現世での俺も格闘技で鍛えており、肩周りの筋肉も自信はあった。しかしそれにしても、この体重を甘く見てもらっては困る。
「あ、わりいわりい。……やっぱ、連係プレーはちょっと修業しなおさないと難しそうだな」
ひょい、と俺を空中でファイヤーマンズキャリーに担ぎ上げ、貞光はつぶやく。
屈辱的な姿勢だが、ケガをするよりはましだ。
俺は身を任せて久しぶりの高度を楽しみながら、現世の俺たちのこれからに思いをはせる。
これまでの1000年の人生とは違い、今回の人生が平々凡々とは行かなくなったことだけは、明らかだった。
*
俺の前に座っているのは、幼さを残した少女だった。その華奢な肩は、痛々しいほど強張っている。
……どうしたもんか。俺は、その前で若干、途方に暮れていた。
「大変、だったね」
とりあえず言葉をかけると、彼女はびくりと飛び上がる。
俺は現世の職業(中学校の体育教師)で身に着けた女の子への対処法で、柔らかい声で言葉をつなぐ。
「初対面の人間と暮らすなんて、やっぱり、嫌かな」
彼女はうつむいたままだ。
まあ、そりゃそうだよな。俺はため息をつく。
あの地震の日、彼女は日本の西の街で、家族と乗っていた車で、交通事故に巻き込まれた。彼女以外の家族は全員、命を落としたが、彼女だけは、奇跡的に無傷で生き残った。
それが、偶然の幸運などではなかったことは、彼女は知らない。俺たちだけが、知っていればよいことだった。
陰陽師の指示で、俺は彼女の遠縁のおじさん、という立ち位置で、彼女を引き取り養育する手はずになっていた。周囲の環境は整えておく、との言葉通り、ほとんどの手続きは滞りなく済んだのだが。
(13歳。ただでさえ難しい年ごろだぜ。いくら俺が中学教師だからって、いきなり見ず知らずの女の子の保護者になって、身辺警護とか、ハードル高すぎだろ……)
彼女自身の心をいじるわけにはいかない。なんせ、この子の身体には、酒呑童子の魂が封じられているのだ。そして、そのことに彼女自身は無自覚。どんなきっかけで、何が起こる可能性があるのか。まだ、俺たちにも完全には分かってはいない。
「もし、施設の方が安心なら、それを選んでくれても構わないよ。ただ、俺も時々、会いに行かせてほしい」
13歳の少女に、酷な選択を迫っている。自覚はあったが、背に腹は代えられなかった。もし彼女が施設を選ぶなら、俺たちは陰ながら、彼女に張り付いて見守るより他ない。
俺の言葉に、彼女のうつむいた顔が上がった。その瞳に、俺はどきりとする。
「いいえ。お申し出を、ありがたくお受けいたします。これから、大変なお手間をおかけいたしますが、どうぞ、よろしくお願いいたします。……時夫さん」
さすが、巫女に選ばれるだけはある。中学生とは思えないその言葉や、決然とした瞳の光を見て、俺は内心舌を巻いていた。
*
「申し訳ないが、彼女のことを、気にかけてやってくれ。頼む」
俺は、目の前の少年に頭を下げる。
中学校の保健室。目の前には、13にしては鍛えられた体躯をした、目元の涼しい少年がいる。現世での名を渡辺源。本人には、まだその自覚はないが、「頼光四天王」筆頭、渡辺綱の生まれ変わりだ。
どこをどうやったのかは知らないが、陰陽師の差し金で、俺は、彼の通う私立中学校に体育教師としてもぐりこんでいた。そして、俺と俺の引き取った少女、薫子は、彼とその家族が住まうマンションの隣の部屋に引っ越し、薫子は、彼と同じ中学校に編入していた。
「薫子ちゃんは、いきなり家族と別れて一人ぼっちになって、不慣れな東京に引っ越してきたんだ。俺も、保護者として、見守りたいとは思うけど、どうしても限界がある。源君に頼むのも筋が違うかもしれないけれど、君は、学級委員でもあるし、ご近所のよしみもあるし」
「分かりました」
源君は静かに答える。現世での彼は、卓越した身体能力と、そこそこの学業成績で、学年でも随一の人気を誇っている好男子だ。言葉数は少ないが、周囲からの信頼も厚く、決断力やリーダーシップもある。総じて、中1とは思えない大人びた少年だった。
俺には、彼の身体を育てるという任務も課されているが、そこは苦労しないで済みそうだった。もともと、体を動かすことが好きらしく、小さいころから空手を習っているとも聞いている。剣道を通して、少々剣術の手ほどきをして、うまく体を造れれば、十分だろう。
それから源君は言葉の通り、薫子ちゃんを陰に陽に手助けしてくれた。源君の両親は社会的地位が高く多忙な職に就いており、彼はそれまで、真夜中まで一人で過ごすことが多かったようだった。俺の家で源君と薫子ちゃんの二人が一緒に宿題をし、3人で夕食の食卓を囲むようになるまで、そう時間はかからなかった。
俺から見ても、二人は徐々に、兄弟のような、いや、それ以上の絆でつながれていった。言葉数の少ない源君の心の内を、薫子ちゃんは苦もなく理解することができるようだった。そして、薫子ちゃんの中の癒しようのない孤独がふいに彼女を襲うとき、源君はいつも、静かに彼女を支えていた。
いつ、源君に生まれ変わりの件を伝えるべきか。俺は真剣に悩み始めていた。それは二人の関係に決定的な変化をもたらすだろう。特に、源君があの生真面目な渡辺綱の生まれ変わりであるならば。
二人を早めに引き合わせたのは、当初、その方が事がスムーズに進むであろうという判断からだった。だが、自分たちは、知らずにひどく残酷なやり方で、彼らを警護していたのではないだろうか。夕食の後、並んでTVを見ている二人の背中を眺め、俺は思う。
源君の中学卒業と同時に、彼に事実を伝える。四天王の3人と陰陽師とで、そう決めた夜、俺はなかなか眠れなかった。




