神無月 満月 千年の縁
『紫峰』の雅名を持つ北関東の霊峰、筑波山は、古来より修験道の山である。
千年の昔、神無月のある夜、その霊峰は、妖に侵された。手負いの妖を、その山の修験者の長は、月読の結界で封じた。
妖の名は、茨木童子。大江山を本拠地に京の都を荒らしまわり、ついには討伐隊を差し向けられ首を落とされた鬼の頭目、かの酒呑童子の、一の家来であった。
千年の後、茨木童子を追う、4人の武人と1人の術者は、再び現世に集結した。
長く行方の知れなかった、酒呑童子の首が見出されたのである。
その首は、ある巫女の一族の身体に、代々封じられていた。10年前、天災により、その一族は、全滅の憂き目を見た。一族最後の巫女、あまねは、死の間際、自らと、自身の内に封じられた酒呑童子の魂を、ある少女へと憑かせた。
その時、千年の時を経て、酒呑童子の首は、術者によって感知された。
見出された、身の内に酒呑童子の首を封じる少女は、茨木童子討伐の切り札として、武人たちによって、堅く守護された。
首の発見より、10年後。追手の術者は、西洋渡来の禁術を得た。茨木童子の居所は杳として知れなかったが、その元へ、供物を送ることが可能となった。
術者は、守護者たちの目を盗み、酒呑童子の首の宿主を、茨木童子の元へ送り込んだ。茨木童子が封じられた酒呑童子の首を開放すれば、その奔放な魂は、必ず隠遁に耐えられず、彼らの居所はおのずと明らかになるであろう。
しかし、宿主の意識が眠っている間、その身体は、常にあまねによって守られていた。茨木童子との邂逅の夜、あまねの魂は、無意識ながら宿主と酒呑童子の魂を茨木童子から隠しきり、やがて宿主の身体は、無傷のまま、帰還した。
結界の力が弱まる新月と満月の夜のたび、術者は宿主の身体を、茨木童子の元へ送り込み続け、無言の攻防が続けられた。
しかしある日、術者のその試みは唐突に終わりを迎える。
禁術は露見し、術者は、縛されたのである。
こうして、あまねがシホウへ送られる日々は終わりを告げた。
「あなたと出会った頃、私は自分の出自を、忘れていました。自分はこの身体の持ち主の、多重人格の内の一つの人格だと、信じていました。私が、自分の使命を思い出したのは、この身体が何度も、あなたの邪気に触れたからでしょう。……でも、その時には、もう私は、あなたと会える夜が喜びになってしまっていた」
身体の持ち主や、その守護者たちに気取られぬよう、逢瀬を重ねることは易しくはなかった。それでも私は、その夜に向けて、身体の持ち主が眠った後に密かに続ける毎晩の準備を、やめることができなかった。
「私が、あなたの正体に気がついたのは、あなたが2度目の結界破りを行い、それを追手に感知された時のことでした。あの時の私たちは、紙一重で追手の手をかすめ、結界へ戻っていたのです。彼らはその翌日、この身体の持ち主に、彼らの正体と、その使命を明かしました。私はそれを、この身体の中で、聞いていました」
私は、蒼白になり黙り込むクサブキさんを見つめながら、静かに言葉をつなぐ。
「禁術は、露見しました。もう、術により私がここへ送られることは、ありません。今日、私は、これまでとは全く違うやり方で、この場所に来ました。この身体の持ち主の魂を眠らせ、自分の足で歩いて、この場所へ来たのです」
私は、クサブキさんの、美しい瞳を見つめる。
「クサブキさん。私は、あなたにお別れを言うために、今日、あの門をくぐりました。私は、酒呑童子の首を封じるためだけに生を受け、そして、滅んでいく存在なのです。……でも、あなたと、再び、お逢いした時、その道を選ぶことが、私には、できなかった」
私は、目を閉じる。
「私は、あなたの妻となり、ここに留まり、共に在りたい。けれど、この身体は、私だけのものではありません。もし、私が、ここに留まり、彼らの元へこの身体を返さなければ、必ず、追手たちは、この身体の足跡を追い、私とあなたを斃すためにこの場に現れるでしょう」
目を開いた私の前には、平静な表情に戻ったクサブキさんがいた。
私たちは、ただまっすぐに向かい合う。
そして、私は、問いかける。
「それでも、あなたは、私を、あなたの妻にして、くださいますか」




