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月ごよみ隠れ里奇譚  作者:
正伝 鬼と贄

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17/34

文月  満月 月のうさぎ

 結界内に、久しぶりに新しい動物がやって来た。

 

 「これは、私にも名が分かる」


 クサブキさんが、心底嬉しそうにその動物を撫でる。

 白いうさぎは、人慣れしているのか、クサブキさんの膝の上でじっとしている。

 

 いつも思うのだが、鬼なのに動物に好かれるというのは、どういう原理なのだろう。

 普通に考えたら、怖がられると思うのだけれど。

 うさぎを膝に乗せ、胡坐をかいてカップをためすがめつしているクサブキさんを、私は不思議な気持ちで眺める。


 思い切った様子でカップの中身に口をつけたクサブキさんは、渋面になった。


「これは……薬酒かな」

「ビール、という飲み物です」


 夏の夜に飲むお酒と言えば、これでしょう。

 缶を背負ってベッドに入り、無事に結界内に持ち込んで、クサブキさんに氷をせがんでキンキンに冷やしたビール。私は大満足で喉を鳴らす。


「慣れると、病みつきになりますよ」

「……あなたの世界は、酒も、奥深いな」


 とてもとても微妙な顔で、でも、いつものようにクサブキさんは、お行儀よく、カップの中身をすべて飲み干した。

 クサブキさんの食事はとてもきれいだ。味が気に入るかどうかにかかわらず、残さずきちんと食べる。私は、そこをとても気に入っている。

 

 私が持ってきたもので、彼が口にするのを拒絶したものは、これまでひとつだけだ。

 カレーライス。


 現代の日本人の国民食と言えば、ご意見は多々あろうが、私は、やっぱりカレーライスだと思っている。

 私の個人的な好みで言えば、週に3日くらいはカレーライスでも構わない。

 そう、私はクサブキさんに、カレーライスを味わってほしいのだ。

 しかしそのミッションは、当初予想していた何倍も、何十倍も困難を極めたものとなった。


 確かに、全く予備知識のない状態で、カレールーを見せられたら、「おいしそう」とならないのはよく分かる。

 しかしだ。

 こんなに、こんなにも良い香りがしているのに。

 

「アマネ殿。それは、もう結構です」


 たいていの私のわがままは、笑って許してくれるクサブキさんが、真顔できっぱりと拒絶した。

 自分の好きな食べ物を拒絶されることが、こんなに堪えるとは思わなかった。しかし、未だに彼の固い心の扉は開かない。



 うさぎは、外見の印象からは、日本でよく見る種類のように思われた。

 それほど、飼育環境に気を遣わなくても良いだろう。

 何よりここは、うさぎにとって脅威になる外敵がいないのが、安心だ。

 

(放し飼いでも良いのかしら。でも、池があるから危ないかな)


 広い室内をひょこひょこと歩き回っている白い小さなモフモフを見つめながら、私はしばし考える。

 次回までに、うさぎの飼育方法を勉強だ。


「それにしても、満月の日にうさぎが来るなんて、面白いですね」

「あなたの世界でも、月にはうさぎがいるのかな」


 クサブキさんは目を細めて私を眺める。その手元には、さりげなく日本酒。やはり、ビールはお口に合わなかったようだ。


「クサブキさん。満月以外の日でも、私たちの、見ている月は、同じですよ」

「……そうだったな」


 一瞬間があって、クサブキさんが微笑む。


「月は、千年前より変わらないな」

 いつもの穏やかな声。


「……そういえば、クサブキさんの時代は、お月見なんて、ありましたか」

「そうだな。中秋の名月を愛でる、『月の宴』が、催されていたものだ」

 クサブキさんの目が、何かを思い出すように細められる。


「 “みずのおもに てるつきなみを かぞうれば こよいぞ あきの もなかなりける” 」


「もなか」


 つい、食いついてしまった。……ごめんなさい、お菓子のもなかしか、思い浮かばない。いつもながら、自分の教養のなさに私は内心冷や汗をかく。


「そう、餅菓子のもなかの由来だが。ご存じかな」

 クサブキさんは、ニコニコという。

 時々、クサブキさんの人であった頃の思い出と、私の世界がつながる。

 そんな時、私はなにやら、やたらと嬉しくなり、つい張り切ってしまう。


「中秋の名月は、『宴』をしましょう。もなかと、お団子を、持ってきます」

「酒も……諸白もろはくも、お願いしたい」

「もちろん」


 私たちは笑いあい、見事であろう、二か月後の満月に、思いをはせる。


*和歌出典:源順みなもとのしたがう/拾遺和歌集・171


 水の面に 照る月浪を かぞふれば 今宵ぞ秋の 最中なりける


訳:

小波が立つ池の水面に照り映っている月を見て、月日の数を数えて見れば、今宵は秋の最中の八月十五夜であった。だから月は見事なのだ。

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