確たる証拠
「あーもー」
国王不在の執務室でローザは髪の毛をガリガリと搔いた。
室内にはシャルロットの他にアルベルトの側仕えのジェラルドがおり、ノルクス・ヒルグレイブ公爵の姿もあった。魔導書庫で「翌朝、陛下の執務室で」と約束した通りに。
執務室の隅にある応接用のソファセットにシャルロットとノルスクは向かい合って座っている。
宮廷魔術師と仮面の魔法使いも同席し、ジェラルドは脇に控えていた。。
「なんてーことをしてくれたんですか、閣下」
「はて? 宮廷魔術師殿は何を言っておられるのかな?」
「しらばっくてれも駄目ですよ……。閣下あなた、諸侯にアルベルト陛下の――ご不在を喧伝しましたね?」
ローザは「訃報」といいかけ、息継ぎのあいだに言葉を選び直した。不在なだけだ。死んではいない。
「なんのことかね」
知らぬと言いながらノルクスの口元はニヤニヤといやらしく笑っていた。
先手を取られてしまった、とローザは内心歯噛みする。今日この場でノルクス・ヒルグレイブを抑え込む腹積もりだったのに。密室会議というと聞こえが悪いが、王家の醜聞を外部に漏らしても利は無いのだ。それは共通の見解だと思っていた。思ってしまっていた。だが公爵は、そんなことにはおかまいなしだった。ローザはこの点を完全に読み違えていたのだ。権威に強くこだわるこの男が自ら王家の恥を開陳するとは微塵も思っていなかった。
昨日から今朝にかけての半日ほどの間に、どれほど話が広まっているだろうか。貴族の耳は大きく、声はもっと大きいものだとローザは知悉している。最悪、城下の民草にも知れ渡っている可能性すらあった。いや、それを前提として対策を考えなければなるまい。
「玉座に王が不在では、民草は心安らかにおれぬだろうな」
「噂をばら撒いておいてよくもまあぬけぬけと」
人心を惑わし王家への信頼を揺らがせる。そこへ「民のため」と言いながらあれこれ口を出してくる。こんな外堀から埋めるような迂遠な手段を使ってくるとは。ローザの知るノルクスの性格からは考えられないことだった。玉座が空いたなら自らその地位を狙おうとするような直截な人物が、シャルロットを王位に据えるだなどと言っていた。狙いはなんだろうか。傀儡を立てて裏で国政を牛耳るつもりか?
「私は何もしておらんよ」
まあそうだろう、とローザも理解っている。部下なり雇った者たちなりにやらせているんだろう。どうせ調べても足はつくまい。昔からそういうところは抜かりのない御仁だ。わかっている。
「私は王の不在を憂いておるのだ」
「すぐに帰ってきますよ」
「陛下は死んでいないと?」
ローザが避けた「死」という単語をノルクスはあっさりと使った。
ローザの隣、シャルロットの肩が揺れた。
「――お言葉に気を付けてください、閣下。陛下が亡くなったという確たる証拠はないでしょーに。そちらの方の、遠見の魔法で見たとかいう話だけじゃありませんか」
「私の部下が信用ならんと?」
信用できるわけがない。
「魔法で確認した、だけでは誰も――それこそシャルロット殿下も納得なさいませんよ。ねえ?」
「あ、はい。私はアル兄さ……アルベルト陛下のごぶじを信じております」
「証拠か。証拠があればよいのだな」
「何かあるというのですか、閣下?」
訝しむローザの向かいに座っていた仮面の魔法使いが、すう、と小さく手を挙げた。
「国王陛下の遺体をご覧にいれればよろしいですね」
「っ!」
「ちょっとあなた、口を慎みなさい」
どいつもこいつもデリカシーがないにもほどがある。
だが仮面の魔法塚は淡々と事務的な態度で続けた。
「遺体以上に確たる証拠もありますまい」
「……本気で言ってます?」
「無論です」
まさか、本当に? アルベルト陛下が?
そう思ったのはローザだけではなかった。
シャルロットはくたりとソファに体をもたれさせていた。
「殿下!?」
気丈に振る舞ってはいても年端もいかない少女なのだ。
唯一の肉親の遺体を見せると言われて平静でいられるわけがなかった。
「――閣下、今日はここまでにしていただけませんか?」
「よかろう。シャルロット殿下に気疲れさせたことはお詫びする」
余裕綽々といった様子でノルクスは席を立った。仮面の魔法使いも幽鬼のように音もなく追従する。
去り際、ノルクスはローザにだけ見える角度で悪辣な表情を覗かせた。
「アルベルト陛下のご遺体が確認でき次第、どうあれ王位を継承してもらわねばならん。宮廷魔術師殿にはくれぐれもシャルロット殿下のお体に配慮していただきたいものだな」
ローザは「アンタがゆーな!」という言葉を辛うじて飲み込んだ。




