変貌する世界
『〈王の器〉がアルベルト・リーデルシュタインに継承されました』
という文字列が現れ、溶けるようにして消えた。
そして僕の認識する世界は、劇的な変貌を遂げた。
視界の端に技能目録が表示された。
僕の眼前に立つ暗殺者の頭上には、はじめて見る色のついた矢印。赤く発光しているのは「敵対」「好戦的」という意味だと理解った。
矢印に意識を少し集中すると、《鑑定》のスキルが自動で発動した。
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暗殺者
HP:369
MP:121
STR:55
AGI:221
DEX:186
VIT:92
INT:103
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という数値が見えた。コレが暗殺者の力量ということのようだった。AGIとDEXに特化。暗殺者らしい構成だな、と思った。
ここまでの一連の急激な変化に全く違和感を覚えないのは、僕の中に膨大な〈王の器〉に関する情報が急速に流れ込んできているからだった。
“王となれば見える世界が大きく変わることだろう”
父上はそう言っていた。
確かに変わった。
変わったなんてレベルじゃないんですが父上ぇ!?
文句のひとつも言いたいところだけど、父上は既に亡く、今は切羽詰まった状況だ。継承した〈王の器〉の力を活用してこの場を切り抜けるのが先決だ。
技能目録には多岐に渡る系統の技能が膨大な数収められている。そのほとんどが「レベル:MAX」。〈王の器〉は千年続いた王国の歴代の王たちが練りあげ、磨き続けてきた技術と能力を余すことなく次代の王に継承させるものだと理解った。
僕は剣を鞘から抜いて構える。
「クラス:剣匠」を有効化。
手の震えは消え、構えがぴたりと決まった。
「……っ!?」
暗殺者が息を呑んだのが手に取るようにわかった。
突然の僕の変化に驚いているようだ。凡人の構えが突如達人のそれに変容したのだから無理もない。いまや僕には微塵の隙もない。逆に暗殺者の隙がいくつも感じ取れるほどだ。
「何をした……いや、一体何者だ!?」
震える声で暗殺者が誰何する。
何者と言われても……、わかってて殺しに来たんだろうに。
乾いた笑いが漏れるのをぐっとこらえる。
問われて名乗るもおこがましいが、
「僕は第三王子――」
と言い掛けて、
「――改め、リーデルシュタイン王国第289代国王アルベルトである。武器を捨て投降するなら悪いようにはしない」
「死ねッ!」
僕の降伏勧告を無視して、暗殺者が動く。
細かい欺瞞動作を入れつつ急接近してきた。動きの中で逆手に持ったナイフを動脈目掛けて振り抜いてくる。さっきまでの僕なら確実に急所を斬られて即死していただろう一撃。
だけど、「クラス:剣匠」のおかげで、今の僕には暗殺者の狙いも動きも手に取るようにわかってしまう。少し早めに剣を振り出すだけでナイフを弾き飛ばすことが可能であり、実際そうした。
僕は《武器落とし》のスキルを発動させて、キン、とナイフを弾いた。
動きを止めずに反撃に転じる。
「剣匠」のスキルを起動させる。
「《音裂突》!!」
超高速の不可避の刺突。体勢を崩した暗殺者に避けることも受けることもできない。心臓を穿つ手応えがあり、暗殺者は夥しい出血とともに床に崩れ落ちた。
わずか一太刀での決着だった。
血の色に染まる絨毯。まだ死んではいないが、このまま放置すれば絶命するのは間違いない。〈王の器〉のおかげかどうか、僕はやけに落ち着いていた。
「ええと、誰の命令で兄上や僕――王位継承権者を暗殺に来たんですか?」
「……」
「首謀者について話してくれれば悪いようにはしませんよ。治療だって受けられます」
治癒魔法が間に合うかどうかは微妙なところだけど。
「……」
「このまま放っておいたら、死にますよ」
「……」
だんまりだった。
暗殺稼業は信用第一、ということなのだろうか。
口を割らない暗殺者を見下ろしている僕の脳裏に、冷たい考えがよぎった。技能目録にある拷問技術や精神支配の魔法を使えば、口を割らせることは十分可能だ。非人道的手段だけど……。
結論から言うと僕がなんらかの判断を下すよりも暗殺者が死亡する方が早かった。
暗殺者は自ら毒を飲んで自害したのだ。