終わりの文吉とすみれ
子供の頃に誰かと一緒に遊んだ記憶がある。
すごく楽しかったのに、まるで夢みたいに淡い色で、誰と遊んだかわからなかった。
いくつだったんだろう? 本当に現実の出来事だったのか?
確かな事は――俺は病気と判明する前の記憶がひどく曖昧であった。
なんだろう、あの時の夢みたいに楽しい時間だった。
平塚と一緒に街を歩くだけで心が高揚する。
俺と平塚は繋いだ手を離さない。離したら二度と会えなくなる気がしたからだ。
学校の近くにある商店街は賑わいを見せていた。
「おい、団子あるぞ。食うか?」
「あなた……、さっきコロッケ食べたばかりでしょ? また今度にしなさい」
「は? 今食いてえんだよ。……お前と」
「はぁ、仕方ないわね。その代わり、あなたが元に戻っても……ご飯、作ってくれる?」
「身体が動けば別に構わねえぞ。いつでも家事しに行ってやるよ」
「……うん」
平塚は団子を食べながらゲームセンターの中にあるUFOキャッチャーを見ていた。
ワルニャンのぬいぐるみだ。
「なんだ? あれほしいのか?」
「べ、別に欲しくないわよ。……それに、やり方がわからないわ」
「へ? やった事ねーのか? こっちこいよ――」
俺は平塚の手を引いてUFOキャッチャーに近づく。
コインを入れて平塚に手本を見せる。
「このボタンで――こうやって移動して――ここで狙いを定めて――あーーっ駄目だったか! ほら、やってみ」
「え、あ、うん……」
平塚はおっかなびっくりしながらボタンを押す。平塚が狙っているであろうワルニャンとは程遠い位置で止まってしまった。そのまま何も掴めずに終わってしまった。
「……難しいわ。こんなの取れるわけないわ。もう満足したわ、行きましょ」
「まあまてや、俺はボッチだったから意外とうまいんだ。さっきにはただの遊びだ。見てろよ――」
俺は言葉通り、数回ゲームをしたらワルニャンが取れた。平塚のお目当てのワルニャンは位置が悪くて、違うワルニャンになってしまったけど。
落ちてきたワルニャンを俺は取り出す。
「ほら、これやるよ」
「え、わ、悪いわよ。あなたが取ったのよ」
「いや、俺は必要ないからさ。それに貰ってほしいだけだ。素直に受け取れ。まあなんだ、家に泊めてくれたお礼だ」
「そ、そう、なら貰っておくわ」
クールな顔をしているけど、鼻がすごい勢いでヒクヒクしていた。
きっと嬉しいんだろうな。ワルニャンを優しく抱きしめていた。
この時間が終わって欲しくなかった。
だけど、時間は残酷である。
平塚のスマホが震えた。平塚はスマホを確認すると――身体が震えていて悲しそうな顔をした。
「……もう時間よ。朔太郎が目を覚ましたらしいわ」
「ああ、わかった」
***************
『お母さん? どういう事ですか? 朔太郎がいなくなったって――』
俺と平塚は病室の前で呆然と立っていた。
平塚はスマホでお母さんという人と連絡している。
病室はもぬけの殻で、あちこちで警備の人が倒れていた。
『――はい、わかりました。なんとか探して見ます』
平塚は電話を切ると、息を大きく吐いた。
「はぁ……、なんでいなくなるのよ。……なんで私は安心してるのよ。もう、自分がわからないわよ……」
「朔太郎逃げたんだな。っていうか、逃げられる状態なのか?」
「彼が本気で逃げたら誰も捕まえられないわ。……なんで逃げたかわからないわ」
「っていうか、早く俺と入れ替わらないとやばいだろ!? 早く探そうぜ!」
「う、うん……、そうよね。あなたなら、そういうわね。……あ、ちょっと待って」
平塚は鳴り響くスマホを見て訝しいんだ。
知らない番号からみたいであった。
平塚は深呼吸をして電話に出て。
「――もしもし? ……あ、久しぶり。――うん。――うん。――――わかったわ。そこに向かえばいいのね。最後に……そう、それがあなたの願い? ――――――了解よ」
電話を切った平塚は俺を見つめた。
平塚は泣きそうな顔をしていた。
「ど、どうした? もしかして――朔太郎か?」
平塚は小さく頷いた。
「わ、たし、どうすればいいか、わからないよ。……朔太郎も、真島もどっちも大切よ。……選べるわけないわよ!!」
よくわからないが、きっと朔太郎が無神経な事言ったんだろうな。いつもの事だ。
ははっ、やっと、これで元に戻れる……。
平塚はぐしゃぐしゃな顔で嗚咽をこらえていた。
まったく、氷のアイドルが台無しじゃねえか。
小さな子供がダダをこねるみたいに泣き始めた。
俺はそっと、平塚を抱き寄せた。
そして、耳元で囁いた。
「……元通りになろう」
平塚は俺の胸を叩きながら泣き叫んだ。
「ばかっ!! バカッ!! バカ……、本当に馬鹿なんだから……。なんで私……こんな気持ちになってるの? 全部あなたと出会ってから私の心のがおかしいのよ……なんでよ……。ひぐっ……ひぐ――」
泣きながらも、平塚は歩きだした。
本当に強い女の子だ。
平塚の手を取りながら俺も歩き始めた。
朔太郎が指定した場所は学校の中庭であった。
俺達が学校に戻る頃は、すでに夕方を迎えていた。
部活がそろそろ終わりそうな時間だ。
下校している生徒たちとは反対方向を歩く俺達。
中庭に近づくにつれて緊張が増してきた。
歩くごとに繋いでいる平塚の手の強さが増してきたかのように思えた。
俺達は無言であった。
最後の時間を惜しむように身体を寄せ合っている。
中庭が見えてきた。
誰かがいるような気配はしない……、いや、よく目を凝らすと……警護から奪ったスーツ姿の真島文吉がベンチに座っていた。
行き交う生徒がそれに気がつく気配はない。
あいつは俺の顔をして――、朔太郎の表情であった。
不器用な笑顔を俺に向けて、軽く手を上げた。
俺と平塚は朔太郎の目の前にたどり着いてしまった。
朔太郎は俺と平塚を見ると驚いた顔をしていた。
「……なんだ、お前らは付き合ったのか? ふむ、喜ばしい事だ。今夜は祝いのクレープでもどうだ」
「馬鹿野郎っ!? お前、病院から逃げ出して心配したじゃねーか!! っていうか、平塚はお前の恋人だろっ!」
「ふむ? そんな覚えはない。ただの相棒だ」
平塚は俺達のやり取りを見ているだけであった。
「はっ? マジで? ったく、安心してる自分が嫌になるな、くそ」
朔太郎は軽い口調で話しているように見えるけど、顔色がよくない。
「まあ、まて。俺は別れの挨拶をしたかっただけだ」
「……別れの挨拶、だと? 何言ってんだ、俺たちは元通りに――」
「俺はこのまま真島の身体で過ごす。お前はそのまま未明朔太郎の身体で健康な人生を歩め」
俺は眉間にシワをよせた。怒りがこみ上げてくる。
「おい、朔太郎。同情はやめろ。勝手な事をするな。俺は死ぬ準備ができている。だから、お前が生きろ」
朔太郎がまっすぐ俺を見つめた。
純粋な瞳であった。
「勘違いするな、文吉。俺には、生きる目的がない。ひょんな事から平塚と相棒になっていろいろな事件に関わったが、俺の自主性はそこになかった」
朔太郎は淡々と続ける。
「だが、お前と出会って俺はおかしくなった。人生は美味しいものだ、と教えてくれた。文吉と過ごす時間が俺にとって……、一番大切だった」
「それでもおかしいだろ!? 俺が生きて、お前が死ぬなんて! ――俺は変わったんだ! 短い人生になるけど、今度は自分の気持ちのままに生きると決めたんだ! 周りを悲しますかも知れない、それでも、俺はみんなと向き合うって決めたんだ!!」
俺は朔太郎の肩を掴む。
朔太郎は困った顔をしながらため息を吐いた。
「……真島はやっぱり真島だな。――平塚、お前はどうしたい?」
無言だった平塚に問いかける。平塚は絞り出すような声で朔太郎に伝えた。
「……私は、朔太郎の相棒で……、ずっと二人で……、でも、真島君も、大切な――友達で……。わかんないよっ! どうすればいいかなんてわかんないよ!!」
「そうか……、いつも苦労をかけるな」
「朔太郎、お前がいなくなったら平塚が泣いて、俺が困る」
「文吉、お前がいなくても平塚は泣き続ける。俺も困る」
朔太郎の口元が緩む。
俺も釣られて笑ってしまった。
「な、なによ、あなた達、なんで笑ってるのよ? 真面目の話ししてるのよ!」
俺は朔太郎に向かって、手を出した。
朔太郎も迷いなく俺の手を取る。
俺は最後に、平塚に伝えた。
「じゃあまたな、お前と一緒に暮らしたの――楽しかったぜ!」
朔太郎から力を感じる。
俺の力が抜けていく。
俺は、意識が朦朧として――最後に見たのは――平塚の泣き顔であった――
目覚めるとベッドの上であった。
重い身体を起こして、俺は自分を確認する。
――戻ったのか? ああ、この痛みや気だるさは慣れ親しんだものだ。
気分は悪くなかった。
最後に良い夢を見れた気分だった。
多分、このまま病室で俺は余生を迎える。
全部やりきったはずなのに――
「……なんで生きたいって思ってんだよ? わがまま過ぎるだろ、馬鹿野郎が」
死ぬのは怖い。金城姉妹、めぐみ、赤間椎名、朔太郎、それに――平塚。
もう二度と会えない。
それでも俺は前に進むと決めたんだ。
************
病室には毎日誰かが来てくれた。
「真島!! きょ、今日は真島が好きなバナナ持ってきたよ! 食べながらお話しよ!」
「姉さん、バナナはちょっと……、ドン引きです。それに病室では静かにしてください」
「おにいちゃーん! 今日はね、私が部活で大活躍したんだよ!」
「文吉、色々あったけど私は文吉に出会えて幸せだよ。……事故から回復したから、こんな風に見送る時間が、出来て――」
誰もが悲しんでくれた。だけど、誰もが笑顔で俺と向き合ってくれた。
幸せな時間だった。
朔太郎と平塚は姿を見せてくれなかった。きっと、どんな顔をして俺を見ればいいのかわからないんだろう。
……大丈夫まだ時間はある。
病室にいると時間の流れが遅く感じられた。
緩やかな時間は居心地の良いものである。
俺は心まで老成した気分だ。
みんなから聞いた文化祭、運動会、中間テストや期末テスト。
普通の日常だけど、輝かしい日常だ。今は卒業式の準備に入るらしい。
俺が金城姉妹と赤間と四人で話した昼食を思い出す。
朔太郎の身体だったけど、話を聞くだけで楽しかったな――
平塚の事はなるべく思い出さないようにしていた。
……あいつの事を思い出すと――胸が苦しくなるからだ。
だからいいんだ。最後にしたデートを、繰り返し繰り返し思い返す。
あの時の景色が今も輝いて俺の頭の中で再生される。
俺の短い人生で――最高の一日だった。
物音がしたけど、顔を向けるのがおっくうであった。
少し動くだけで身体中が痛む。
誰が来たか気配でわかる。伊達に二週間一緒に住んでないぜ。
平塚はベッドの横に近寄ってきた。愛おしい姿が視界に入った。
俺が取ってあげワルニャンのぬいぐるみをカバンにつけていた。
「……心の準備は出来たか? ははっ……、相変わらずワルニャンが好きなんだな」
平塚は氷の表情を溶かしきった、柔らかい顔で俺を見つめていた。
――ああ、そうか、俺は平塚の事が――大好きなんだ……。
胸の苦しい原因が今更理解できた。もう死ぬからこの事は秘密にしておいてやろう。
平塚は俺の手を優しく取る。
「……あなたは毎晩……私の手を握ってくれたわ。……ねえ、私今眠れないの。あなたが手を握ってくれないから」
「……そう、か。わりい事したな。ははっ、朔太郎じゃだめか?」
「うん、朔太郎じゃ駄目。彼は相棒だから。――あなたは……違うわ」
平塚をかすれた目でよく見ると傷だらけであった。
この半年間、一度もここに訪れなかった平塚。
「なあ、平塚、俺は幸せなんだ。……みんなと落ち着いて話が出来て……思い出に浸りながらゆっくりとゴールに向かっている。悪くない人生だったぜ」
もちろん心残りはある。それが何かなんて言えない。
「だから――お前にあえて良かった。平塚、ありがとな」
平塚の手の力が強くなった。
「……馬鹿、お前って言わないで。すみれって呼んでよ」
「ははっ、わかった。――すみれ、もうすぐお別れた」
すみれは俺の手を離してベッドの隅に座る。
そして、髪をかきあげて――俺の顔に近づいた。
柔らかい感触が俺の唇に感じる。
一瞬だったけど、長い時間に感じられた。
少しだけ顔を赤くしたすみれの顔つきが変わった。
「――私はあきらめないわ。絶対にあなたを……、一年でも二年でもいい。このまま死なせないわ!! 私の人生をかけて、あなたを――」
「ばかやろう、そんな事言われたら未練が残るだろ? ……もう遅いんだよ。お前はお前で幸せになれ」
「無理よ。私はあなたに首ったけだから。……あなたはどうなの? 女の子にここまで言わせているのよ? ちょっとはカッコつけてもいいんじゃないの?」
「俺は――」
なぜだろう? 身体から力が湧いてきた。
痛む身体を無視して、俺は上半身をゆっくりと起こす。
言うつもりがなかった言葉。だけど、もう我慢できなかった。
「とっくの昔にお前に惚れてるぜ。できるなら俺が生きて幸せにしたかったけど……」
すみれは俺の言葉を遮った。
「――生きたいのね?」
俺は自分の心のままに返事をした。
「ああ――」
当たり前だ!! 生きて、すみれとずっと一緒にいたいに決まってるだろ!! まだ一緒に行ってないところがたくさんあるんだ!! 俺はすみれと――
「ごほっ、ごほっ……」
すみれは咳き込む俺の身体を優しく抱き下ろして、俺をベッドに寝かした。
「……その言葉が聞きたかったのよ。なら、私は――私達はあなたを絶対に死なせない!! 朔太郎っ!! 生きたいって意思を確認できたわ! 真島君、今から私たちがあなたを救うわ。長い長い戦いになるけど、そのための準備を朔太郎と一緒に世界中を探し回ったわ」
「……世界中? お、前、学校は?」
「些末なことよ。またあなたと一緒に一年間通えばいいわ! 私はあなたが好きで好きでたまらないのよ! 生きなさいよ、この馬鹿!!」
――生きる……。
病室に静かな足音が聞こえた。
視界に入ったのは、白衣を着た朔太郎であった。
「ああ、そうだ。真島に死んでもらっては困る。俺は誰とデザートを食べにいけばいいんだ? ――あとは俺に任せろ文吉。俺は不可能を――可能にする男だ」
******************
曖昧だった夢が鮮明に色づく。
俺はどこかの施設で遊んでいたんだ。
そこで――氷のような冷たい表情の誰かと出会ったんだ。
忘れていた最後の思い出。
大丈夫、俺は信じている。
目を覚ましたら夢の記憶は消えてしまうけど、きっと、俺の目の前に――
ゆっくりと目を開けて最初に飛び込んで来たものは、
「――おかえり、文吉」
クシャクシャな顔をしたすみれの泣いている笑顔だった。
とても綺麗なその笑顔を、俺はずっと見ていたかった――
これは――生きる事を諦めて、好きな人に好きって言われたけど、死んでしまうからもう遅い。と思っていた俺が……心から生きたいと願う物語。
(好きな人に好きって言われても、俺は多分死んでいるからもう遅い 完結)
完結ありがとうございます。楽しく書けました!
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本当にありがとうございました!
いつもの感じで軽く書いた新作。※ハイファンバージョン
https://ncode.syosetu.com/n7256gv/
「魔法学園の最底辺、魔力が最弱になった俺は幼馴染パーティーから冗談で追放を言い渡された。 幼馴染たちとの約束を破棄した俺は、何故か魔力が戻ってきた。もう二度と幼馴染と関わらない」




