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ほわほわの氷


「俺は――未明朔太郎だ」


 小鳥は泣きそうになるのをこらえて、優しい笑顔を俺にくれた。

 初めて会った時はひどい目つきで睨まれたな。懐かしい。

 真島を見るような目で俺を見ないでくれ。心が弾けそうだ。

 鼻をすすりながら、俺の目をじっと見つめる。


 平塚の指はせわしなく動いていた。


「はいです。あなたは未明朔太郎くんです。……あはは、ただの私の願望で、戯言なので気にしないでほしいです。うん、姉さん、行きますです」


「ほえ? あ、うん! よ、よくわからないけど……。――未明君、真島君の居場所わかったら教えてねー、よろしく!!」


「姉さん、気長に待つです。姉さんの好きなポテチ持ってきたです。教室で食べるです」


「……うん、そう言えば、小鳥も真島の事、す、好きよね? も、もしかして恋のライバル!?」


「えへへっ、姉さんには負けないです! それに――」


 小鳥は教室の扉を閉めながら――挑戦的な目で平塚を見つめて、鼻で笑った。





 平塚は二人がいなくなると、空き教室にあった椅子に座り込んだ。

 大きなため息を吐く。


「……なんで知らない事答えたの。ありえないわ。私達が受けた依頼は翼さんが赤点取らないように勉強を教えただけよ」


「マジ?」


 いやいや、お前も止めてくれたっていいだろ!? あんな風に言われたらそうかと思うだろ!


「正直すごく大変な依頼だったわ。彼女、すごく馬鹿だったもん。はぁ……」


「ま、まだバレたわけじゃねーし、それに意識がない真島を見るくらいなら――」


「だめよ。……あの子たちに未練が残るでしょ。これ以上悲しませる必要は無いわ。入れ替わった負荷が身体に影響出ているかも知れないわ。もしか、したら、再び入れ替わった瞬間、あなたが消えて、いる、かも、知れない……」


 なんでこいつはそんなに苦しそうに言うんだ。

 俺の事が消えても、朔太郎が残るからいいだろ? 俺は消える。それは子供の頃から決まっていた事だ。


「あの子たちが諦めてくれるといいけど……。」


「平塚って冷たそうに見えて意外と優しいよな。あいつらの心配してくれてんだろ? ははっ、俺がどうにかするから元気だせよ!」


 平塚がポカンと口を開けた。

 うん、初めて見た顔であった。


「あ、あなた何言ってるのよ。あなたが余計な事言わなければ……、はぁ、全く、こっちにも大馬鹿がいるわ」


「いやいや、止めなかった平塚もポンコツだろ?」


「ポ、ポンコツ……、だ、誰にもそんな事言われた事なかったのに」


「いや、だってあの部屋見たらさ……」


「それとこれとは別問題よ!」


「ははっ、元気も出たことだし、早く教室行こうぜ!」

「ま、待ちなさいっ! ポンコツは撤回しないさい」


 俺は文句を言う平塚をいなしながら教室へと急いで向かった。






 ***********






 平塚は休み時間の最中、何度もスマホを操作していた。

 あれか、お母さんっていう謎の人からの連絡を待っているのか? 

 ……真島の身体、見つかったのかな。


 真島が見つかって、朔太郎が意識を取り戻したらもうこの生活もおしまいだ。

 短かったけど、俺にとっていい思い出ができた。


 平塚も大好きな朔太郎が戻ってきたら喜ぶだろうな。ははっ、多分あいつ泣いて喜ぶぜ。


 金城姉妹には悪い事したかもな。

 真島を失う悲しみを二回も経験させてしまう。

 ったく、どうしようもないな、俺は……。



 昼休みになって、いつもどおり平塚と学食を行こうと思って、席を立つ。

 平塚は何やら青い顔をして、スマホを片手に教室を飛び出していった。


「……なんだ、あいつ。俺も付いていったほうがいいのか? ……腹減ったな」


 あの様子だとしばらく帰って来ないかもな。

 購買でパンでも買って教室で待っててやるか。

 俺はスマホで平塚に教室にいる旨をメッセージで送り、平塚が好きそうなパンを適当に買いに行った。



 俺が教室で一人でパンを食べていると、クラスメイトは珍しそうなものを見る視線をよこす。……この身体は気配を感じすぎるんだよな。ったく、不便っちゃ不便だな。



 二個目のパンを口に運ぼうとした時、俺の隣に誰かが座ってきた。


「未明君、私も一緒に食べていい? えっと、断ってもここにいるよ。拒否権はないからね!」


「大丈夫です、姉さん。朔太郎さんは優しいから」


 思わずパンを吹き出しそうになった。金城姉妹が俺を囲むように横と前の席に座ってきた。


「あ、ああ、べ、別に構わないが……」


 あまり喋ってボロを出すのが嫌だ。どうせ朔太郎は無口だった。だったら、適当に相槌をして喋らなければいい。


 二人は自分たちのお弁当を取り出して食べ始める。

 中身は随分と豪勢な弁当である。

 俺が弁当を見ていると翼が話しかけてきた。


「ん? 未明君も食べる? えっと、この卵焼きあげるよ」


 弁当の中で、卵焼きだけが不格好であった。

 翼は箸を使って、俺の前に卵焼きを運ぶ。……ちょっとまて、どうやって食べるんだ?

 卵焼きがゆっくりと俺の口元へ移動する。


 流石に恥ずかしいから、俺は手で卵焼きを取ってパクっと頂いた。


「おっ、超うめえじゃん! マジすげえ、これだけうまかったらすぐに嫁に行けんだろ?」


「あ、う、うん。そ、そうだね……。え、っと、もうひとつ食べる?」


「流石にそれはわりいよ。お前の弁当ちっさいからなくなっちまうだろ? 俺には焼きそばパンあるしな!」


 俺の前に席に座った小鳥が俺をじっと見つめていた。


「……朔太郎さん。こっちの卵焼きはどうですか」


 小鳥は弁当を俺の近くに寄せた。どうやら卵焼きを取れってことらしい。

 翼の卵焼きよりも綺麗に焼けている。俺はヒョイっと卵焼きを掴んで口に入れた。


「うん、こっちも超うまいぜ。翼の卵焼きは塩味で出汁が入ってんな。小鳥のは砂糖で甘くしてあって、少し生クリーム入ってんだろ?」


 二人はなぜか真剣な顔で俺を見る。

 小鳥は優しそうな笑顔で俺に言った。


「どっちが美味しかったですか?」


「はっ? そんなの選べるわけねーだろ? どっちも二人が一生懸命作ったんだろ? ならどっちも最高に決まってんじゃん」


 ……俺はそう答えてから、もしかして選択を間違えたのかと思った。


 だって、小鳥が優しそうな笑顔を向けながら――目から一筋の涙が流れていた。


「……ええ、そうです。私達、頑張って作りましたです。……いつか真島君に食べてもらいたくてです」


「そうね、真島には食べてもらいたかったけど、どうしても顔を見ると喧嘩しちゃってね……、食べてもらう機会が作れなかったのよ。ま、まあ、真島の友達の未明君に味見してもらえて良かったわ」


「……そうだな。真島もきっと喜ぶだろうな。ってか、喜ぶに決まってんだろ? すっげえ愛情こもってるんだぜ? これで喜ばなきゃきっと馬鹿だぜ」


「……そうね、真島ってバカだもんね」「――バカです」


 俺は言い返したかったが、何も言えない。

 今の俺は未明朔太郎なんだ。


 くそ、調子が狂う。平塚と話している時は全然意識しなかったのに。

 このまま一人で喋り続けたら、きっと致命的なミスを犯しそうであった。


 深呼吸をして心を落ち着ける。

 朔太郎はクールな変人だ。演じるのは無理でも、二人の会話を流す事はできるだろ。


 パタパタと俺達に駆け寄る足音が聞こえてきた。


「あーー、未明さんも一緒なんだ。珍しいね。えへへ、友達に捕まっちゃって遅くなっちゃった」


 幼馴染の赤間椎名が俺の後ろの席に座った。

 窓際の席だから、これで俺は完全に囲まれてしまった。


 三人は弁当を食べながらずっと喋り続ける。

 時折俺に話を振るが、俺は適当な相槌を返す事しかできなかった。


「でね、あの時文吉は田んぼに落ちてさ――」

「ちょっと、それって、椎名の帽子を取って貰った話でしょ? 何回も聞いたわよ! わ、私だって、真島と夜の公園で二人っきりで――」

「……姉さん、その後大喧嘩してたです」

「う、こ、小鳥は結構ずるい女でしょ! 階段から突き落とされそうになった時、ま、真島に抱きしめられて――」



 俺がここにいるのに、違う俺の話をしている。

 俺がいなくなっても、俺は思い出に残るのか……。

 俺はもう死んでいる……はずだろ? 死ぬのが怖くて、それよりも周りを悲しませるのがもっと怖くて……、馬鹿な真島はもう……いない。


 俺は朔太郎として仮初の余生を過ごしている。

 だからこの生活は幻なんだ。


 ――俺の中の糸が切れた音が聞こえてきた。


「なんだよ……、真島はもう……帰って来れないんだぞ。それにお前ら知ってるだろ? あいつの余命は……」


 今どんな顔をしてるのか想像したくなかった。

 きっとひどい顔だろう。

 俺はそれでも声を絞り出す。


「なんで、そんなに、優しいんだよ……、なんで、そんなに強いんだよ。……死ぬのを待つなんて悲しいだろ?」


 手で顔を覆い尽くす。


 翼はさも当たり前のように俺に言った。


「へ? 悲しいに決まってるじゃん。でもね、諦めなければどうにかなるかも知れないでしょ! ……もし余命で死ぬ運命だとしても……、全力で思い出を作ればいいのよ!」


 赤間は少し暗い顔で俺に言った。


「私は後悔したくないのかな……。あの時もっとこうしてれば、なんて、もう言いたくないの。ずっと間違えてきたからね。隣にいたはずなのに……。最後は笑って見送るつもりだからね」


 小鳥は俺の顔を真っ直ぐに見つめて喋り始めた。


「……私は……、弱いです。真島が死んでしまう悲しさに耐えられないです。……だから――私は自分の人生をかけて真島を助けたいと思ってるです。どうせならおじいちゃんとおばあちゃんになってから見送りたいです――」




 やっぱりお前ら優しすぎんだろ?


 だけど……、少しでも、短い時間でも、生きられるなら……、俺は生き方を変えた方が――


 心臓がドクンと跳ね上がる。

 痛みを伴う強さであった。力が身体中を駆け巡る。

 昔朔太郎が言った言葉を思い出した。俺の余命を言った時の言葉の続きだ。


『……だが、俺はデザートをお前と食べると決めている。いなくなると困ったことになる』


 お前平塚と食いに行け。あいつ寂しがってるぞ、このバカ。



 俺は席を立った。

 みんなが俺の顔を見つめていた。


「……そうだな、真島は拗らせたバカ野郎だ。嫌われたくないのにわざと嫌われて、大好きなのにそれを言えなくて、一緒にいたいのに離れてしまう。……周りを見ていない、人の強さを心を信じていなかったんだろうな。――ありがとう、翼、小鳥、椎名」


 俺は自然と笑顔になっていた。きっと泣いているから不細工な顔だろうな。


「み、未明君……、なの? ほ、本当は真島……、でも、顔が……」

「翼ちゃん、私も未明さんが文吉と重なって見えるよ……」

「……真島、戻ってきてです」


 俺は短く「ああ」と言うだけで、教室の外を目指した。

 まだ昼休み、だが、もう俺には関係ない。


 教室の入り口には平塚が立っていた。

 随分前から立っていたけど、俺達に近寄って来なかったな。

 最後に学生っぽい昼飯が食えて良かったぜ。


 俺は軽く手を上げた。俺と平塚は教室を出て廊下を歩く。


「よっ、混ざらなくて良かったのか?」


 平塚は鼻で笑った。


「ふん、あんな甘ったるい空間は私には無理よ。……愛されてるのね、あなた」


「うっせえよ、ポンコツ。ったく、恥ずかしいけどそうだな」


「あなた、今度ポンコツって言ったら納戸で寝てもらうわよ」


「おい、このパンやらねーぞ? せっかく買ったのによ」


「それは私のものよ。あなたは居候なのよ? 主人の言うことは聞かなきゃだめよ」


「ったく、ほらよ。それで、どこに行きゃいいんだ?」


 平塚はパンを受け取って、小さくため息を吐いた。

 スマホを俺に見せる。画面には住所が書かれてあった。


「ここよ……、もう確保できてるわ。バイタルチェックで……そろそろ意識を取り戻してもおかしくないわ」


 下駄箱で靴に履き替えて昇降口を出る。

 平塚の歩く速度が遅くなる。


 歯を食いしばって、何かを我慢していた。


「これでやっとあなたから解放されるわ」


 言葉とは裏腹に平塚の口調は弱々しいものであった。


「おいおい、俺がいなくて家事大丈夫かよ? ったく、大掃除しとけば良かったな」


「大丈夫に決まってるでしょ。朔太郎が戻るのよ」


「ああ、やっとあいつが戻って来る。俺も一安心だ」


 平塚は自分の拳を握りしめていた。

 歩く速度が一段と遅くなる。


「なんで、あなたは本当に――、バカなの? ……朔太郎の身体だったら世界中どこへでも逃げられる。ずっと生きていけるのよ? なんで死にに戻るのよ……。あ、あなたが毎晩、手を握っていたから眠れたの。ずっと、ずっと悪夢にうなされてたのに……、あなたの料理を食べると、なんだかほわほわした気分になれたのよ。あなたの喋ると――楽しい気分になれたのよ。……ねえ、私おかしくなったの?」


 平塚はまるで泣いている子供みたいに見えた。

 過去に平塚に何があったか俺は知らない。


 俺は平塚に一歩近づいて――腕を取った。


「少し寄り道しようぜ? まだ時間はあるだろ? ほら、行こうぜ!」


「ちょっと、あなた……、は、恥ずかしいわ」


 平塚は嫌々と首を振っているけど、身体に力が入っていなかった。

 頬を赤くして睨みつけている顔は、氷の表情なんかじゃない。どこにでもいる普通の女の子だ。

 そんな姿を見て、俺の胸が高鳴った――


 だけど、この高鳴りは――心の奥底にしまいこもう


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― 新着の感想 ―
[良い点] 恋心を理解しつつも堪えて死を受け入れた主人公、イケメン過ぎる そして自分で理解出来ない感情に揺れ動かされてる平塚さん 未明に戻ってきてほしいけど主人公にも親愛が湧いてきて辛そうになってるの…
2021/03/30 03:18 退会済み
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