金城姉妹と平塚
「おい、いい加減起きろって!? もう遅刻になるぞ!?」
「……あと五分は大丈夫よ。待ちなさい……」
どんなところで生活してもルーティーンができるってもんだ。
俺が平塚の家に住み始めて早二週間。掃除洗濯料理の家事全般は俺がすべてこなしていた。
平塚は朝も弱いから寝起きが非常に悪い。
目覚ましを勝手に早い時間に変更しておいた。
ベッドで寝ていた平塚はムクリと起き上がる。
這うようにベッドから脱出してそのまま洗面所へと向かった。
平塚は見た目に反して、非常にズボラな性格をしていた。
ご飯を食べたら眠くなる。眠くなったら夜は風呂にも入ろうとしない。
マジで賞味期限切れの食材を食べるのだけはやめてくれ。
「未明くん……、今日は……、カフェで……ホットケーキ……、すぅ……」
「バカ、寝るな!? 起きて準備しやがれ!」
こんな感じが朝の日常であった。
未明朔太郎と平塚の日課は朝の喫茶店だ。
平塚はカフェというが、どう見ても純喫茶店だけどな。
「マスター、おはようっ! 今日も渋いっすね!」
「おはよう、朔太郎君。おや、今日も平塚さんは眠そうだね、ふふ」
「い、いえ、そんな事ないです」
初老のマスターは純喫茶店のの雰囲気にすごく似合う。
なんかかっこよくて憧れる。
「無理することありません。楽しそうで何よりです」
平塚は少しだけ照れながらいつもの席へと着いた。
この店のコーヒーは本当にうまい。時折、俺はマスターからコーヒーの入れ方を聞いたり、豆の種類を教えてもらったりする。
まるで本当のおじちゃんみたいな人だ。
平塚は砂糖たっぷりの紅茶と、ホットケーキを頬張る。
表情の変化は少ないけど、鼻がプクリと膨らむ。
口元が少しだけ緩んでいた。
ガラスに映る自分の髪が視界に入った。
程々の長さで切り揃えられ、少しだけツーブロックで刈り上げてある。
平塚がこの前切ってくれた俺の髪。
あいつは家事がてんでだめだったけど、意外と器用に髪を切ってくれた。
未明朔太郎は髪を切るのを嫌がったらしい。平塚でさえ触らせてくれなかったらしい。伸びたら自分で調理バサミで切る無頓着さ。
平塚はホットケーキを食べながら俺の顔を見ていた。
俺は微妙に居心地が悪くて平塚に話しかけた。
「どうした? 俺の顔になんかついてるか?」
「え……、あ、なんでもないわ。……ねえ、未明くんって……真島くんと似てたのね」
朔太郎は自分の顔を長髪で隠していた。平塚でさえ、今更そんな事を言うくらいだから誰も知らなかったかもな。
「そうだな。結構似てるぞ。背格好も似てしな。っていうか、好きに髪を切っていいっていったけど、まさか真島っぽい髪型にするとは思わなかったぞ」
「……そっちの方が落ち着くと思っただけよ」
この喫茶店にいる時と、家にいる時は平塚の態度は柔らかい感じであった。
それ以外の時はまさに氷の女だ。
ホットケーキを食べ終わった平塚がスマホを確認している。
少しだけ眉間にシワが寄っていた。
「どうした? なんか進展あったのか?」
平塚は何かを考えてから口を開く。
「……ええ。身体の場所は見つかったらしいわ。……別件で依頼が来たわ。今回は珍しく断ってもいいみたいよ」
「おっ、すげえじゃん! お母さんって言ったか? ったく何もんなんだよ。まあ関わるつもりもないけどさ」
「ええ」
「なんだよ、元気ねーじゃねーかよ。身体見つかったから、後は意識が戻ったら終了だろ? もっと嬉しそうにしろや」
「そう、ね。嬉しい事、よね。……あ、そろそろ学校行くわよ。早くしないと置いてくわ」
平塚はカバンを持って喫茶店を出ようとした。
「おい、ちょっと待ってくれって!? ああ、もう」
「おはよー、未明君!」
「あ、未明君だ! おはよう!」
「おう、未明、この前はありがとな!」
「おっす、朔太郎先輩! 今日もイケメンっすね!」
俺は挨拶をしてくる学校の生徒一人ひとりに返事を返す。
特に何かしたわけじゃない。俺は普通に学園生活を送っただけだ。
……平塚の視線が痛い。
「……いつの間にか人気者ね。はぁ、未明君が戻ったらギャップで苦労しそうね」
「ああ、それくらいがあいつにはちょうどいいだろ? なっ」
なぜか平塚の顔が曇っていた。
全く表情は変わっていないように見えるが、この数日間で平塚の変化には敏感になっていた。
「……ええ、ねえ、真島君の余命って……どれくらいだったの?」
「なんだ、珍しいな? お前が真島の事聞くなんてよ」
「お前って言わないで……」
「わりいわりい、そうだな、高校卒業まではギリギリ大丈夫って感じだ。まあ、卒業したらベッドの上かな? 多分、そんなに長くない」
「そう」
「んだよ、大丈夫だって。また元通りになったら朔太郎はお前の横にいるんだからさ」
平塚は俺の背中をバンッと叩いた。結構な強さであった。
「いって!?」
「……それまではよろしくね、未明君――」
平塚は不思議な顔をしていた。悲しそうで嬉しそうで……、それでいて罪悪感が見え隠れしている。
まあ、大丈夫だろ。俺は口うるさいから平塚に嫌われる要素があっても、好かれる要素はないからな。
平塚はスタスタと俺の前を歩いていった。
俺はなぜか、平塚の背中が少しだけ小さく見えた。まるで、マンションで寝ている時の不安そうな平塚の顔を思い出してしまった。
俺は平塚に駆け寄った。
「そんな急ぐと転ぶぞ? 待てよ」
「――あっ」
平塚の手を握って引き止めた。小さい手は温かさを感じる。
平塚はほんの一瞬だけ――笑顔になった。多分俺にしかわからない笑顔。
年相応の可愛らしい寝顔みたいな笑顔。
なぜだか手が離せなくなってしまった。
時間にしたら一瞬だろう。俺と平塚は見つめ合っていた。
「未明くーん。おはよ――げっ、すみれも一緒じゃん」
平塚は俺の手を振り払って、声をかけてきた金城姉である翼を見てため息を吐いた。
「なにか用、翼さん。あまり私達に関わらないでください。それでは――」
朔太郎である俺は、元々親しい間柄であった金城姉妹や幼馴染である赤間、義妹との接触を極力禁止されている。
俺が変な事を言って混乱を起こしたくないらしい。
……まあ仕方ない。真島はもういないんだ。
「はっ? 私、未明君と話してるんだけど? ていうか、なんであんた私たちが未明君と話すの嫌がるの? マジ嫉妬深くない?」
「挨拶したかっただけですか? じゃあ私達は行きます。また教室で――」
「ちょ、まちっ! ちっとは笑えば私くらい可愛い顔してるのに……、本当にすみれって無愛想すぎじゃない? ――ちゃんと話しがあるの」
金城翼が平塚の手を掴んだ。その目には強い意志が感じられる。
「なんですか?」
「……依頼、聞いた? あれ、私からの依頼だから」
**********
「無理よ」
俺と平塚、翼はHR前に空き教室へと移動した。
誰もいない教室は静かであった。
翼は平塚と対峙しながらも、視線は俺をチラチラを見ている。
「だから、なんで断るのよ! 私はただ真島の居場所を知りたいだけよ! それを調べるのってあんたたちなら訳ないでしょ!」
「あなたのうちはお金持ちだから興信所に頼んだら?」
「だーー、もうお願いしたって! 誰も探せなかったのよ! ……悔しいけど、あんたたちならきっと……」
「はぁ……、真島君が元気になってから会えばいいじゃない。わざわざ植物状態の真島君に会わなくても……」
「……はっ? あんたマジで言ってるの? ……あんた初恋っていつ?」
いきなりの質問に平塚は動揺した。表面上はわかりにくいが、指がせわしなく動いていた。
「は、初恋。あなた何言ってるの。わ、私は誰も好きな人なんて……」
翼は勝ち誇った顔で平塚を見下した。うん、悪の女王って感じだ。流石翼だ。
「はぁぁぁ、あんたにはこの気持ちはわからないでしょうね。胸がドキドキして……、話すだけで嬉しくなって……。――世界で唯一、真島君だけが私という個人を見てくれたの。親の仕事じゃない、顔じゃない、心を見てくれたの。私を変えてくれた真島君。……私にとって真島君は……命に変えても守りたい人。だからさ、不安じゃん?」
翼の声のトーンが落ちる。
「だって、好きな人が行方不明なんだよ? 心配するのは……当たり前じゃん……。それに……、未明君もおかしいよ」
「へっ? お、俺?」
思わず声が出てしまった。俺は蚊帳の外だと思っていたから予想外であった。心の殺して展開を見守っていた。
翼は俺を強くにらみつける。
「――なんであなたからいつも真島を感じるのよ? お、おかしいよ。……仕草も、歩き方も、顔つきだって……、真島そっくりじゃん。……未明君を見てると、苦しくなるの。真島がなんでこの教室にいないの? ってわがままな事考えちゃう……ひぐ……、真島……会いたいよ。会いたいよ……」
思わず翼に駆け寄って声をかけてあげたかった。
だけど、そんな事はできない。
俺はもう――真島じゃない。
俺は手のひらで自分の胸を強く叩く。
そのまま自分の胸を鷲掴みする。
――こうすると、胸の痛みが少しだけ和らぐ。
俺は深呼吸をした。こうすれば落ち着くはずであった。
だけど、だめだ。苦しくて、悲しくて、胸が痛くてたまらない。
悲しんで泣いている翼を見たくない―ー
「金城翼、俺が――真島を」「だめだよ未明くん」
平塚が俺の手を強く掴んだ。平坦な口調だけど、強い力が込められていた。
ガラガラと空き教室の扉が開く音がした。
見知った人の気配がする。
「朔太郎さん、あの時の事件覚えてるですか? 私達姉妹をストーカーした犯罪者を懲らしめた時です」
金城小鳥が立っていた。
喋りながら俺達に近づく。
なんだ? ストーカーの事件は朔太郎たちも関わっていたのか? 俺も姉妹から相談されて護衛まがいをしたことがあったな。
「犯人を覚えてますか?」
「ああ、お前らの親父の会社の役員だろ?」
「違います。あなたはその事件に関わっていないです」
「へ?」
小鳥は俺の前で立ち止まった。
「私、匂いで人がわかるんです。……えっと、厳密には雰囲気の匂いというか。例えば、平塚さんはミントみたいな匂いです。姉さまはいちごです。……朔太郎さんは匂いが全くなかったです、強いて例えるなら天然水の匂いでした。――でも、今朔太郎さんから感じる匂いは――ひぐ……、感じるにおいは……」
小鳥は自分の頭を俺の胸にくっつけた。
俺の心臓の鼓動が早まる。
「――優しい森みたいな匂い……です。真島文吉と全く同じ匂いです――」
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