平塚とあんみつ
俺はカツ丼を頬張りながら平塚に話しかけた。聞きたい事はたくさんあった。
「なあ、俺って真島が知らない友達とかいたんだな? まさか金城姉妹と知り合いとは思わなかったぞ? あの後輩ちゃんだった――」
平塚はヘルシーサラダ定食をちまちまと食べている。
また冷たい目で俺を見る。
「……仕事で出会った人たちよ。過去の事はどうでもいいでしょ? あなたはもう少し軽率な行動は控えて。未明くんはもっとおとなしかったわ」
「……ああ、もう関わらねえよ。それに朔太郎の意識が戻ったら俺はどうせ長くないからな」
「あら、そうね。確か病気で余命が短いらしいわね」
「んでお前が知ってんだよ? あいつに聞いたのか?」
平塚は何も答えなかった。冷たい表情は何も伺えない。
俺は再びカツ丼を夢中で食べた。朔太郎は何だってカツ丼が好きだったんだ?
毎日毎日同じものを――
ふと、平塚がじっと俺の事を見ているのに気がついた。
冷たい視線の中に――違う感情が感じられる。
「――どした? 飯食わねえーのか?」
「……いえ、少し不思議で。あなたがなんで真島君とだけご飯を食べるのか。……私は一度もご飯を一緒に食べたことがないわ。……朝早く営業しているカフェでコーヒーを飲みながら仕事の打ち合わせをするだけ。何か食べる? って聞いても『ご飯とスイーツは真島と食べる。平塚はコーヒーだ』としか返って来なかったわ」
「でも毎日一緒だったんだろ? ならいいじゃねーか」
「……ええ、私達は仕事だけの関係。だから……スイーツなんてどうでもいいわ」
冷静な平塚の顔に変化があった。鼻が少し膨らんでいる。
もしかして、こいつ……、一緒にスイーツ食いたかったのか?
平塚が何を考えているかわからん。全く喋った事なかったからな。
「先に片付けるぞ。……ところで、どうすりゃ俺の意識って戻るんだ?」
ここで言う俺は朔太郎の事だ。俺は自分が『未明朔太郎』である事を意識しないといけない。もう真島じゃない。
平塚はサラダを食べる手を止めた。
「……放課後、一緒帰るわよ」
それっきり何も喋らないから俺はカツ丼のトレーを片付けて教室に戻ろうとした――が、
「なによ? 放課後って言ったでしょ? 早く帰りなさいよ。私は食べるのが遅くて、あなたがいつも待ってて――」
「いや、どうせ教室に戻っても友達いねーし、ここで時間潰すわ。ほら、お前もこれ食えよ」
俺は席に再び着いて、テーブルの上にあんみつを二つ置いた。
平塚の目が大きく見開いた。
「ここのあんみつうめーぞ? ――うん、やっぱりうめえな。……早く食えよ」
平塚はあんみつを食べている俺を見つめていた。違う、俺じゃない。朔太郎の面影を見つめているんだ。
「……あんみつ、なんて、食べたいなんて……、私……、一緒に……」
平塚は恐る恐るあんみつに手を伸ばす。
俺は何も言わない。俺は真島じゃない。未明朔太郎。なら……、きっと相棒の事は大切だったんだろ?
平塚はあんみつを一口食べた。
「……美味しい。……いつもより……ずっと……、でも、あなたは彼じゃない――」
平塚は氷の表情のまま――涙を流していた。
平塚の嗚咽が止まらない。
ああ、そっか、平塚は普通の女の子なんだな――
平然としているけど、こいつも大切な――朔太郎を無くしたんだ。
朔太郎が戻ってきたら、こいつの氷みたいな表情が壊れて笑顔になるのか?
泣きながら俺を見つめてあんみつを食べる平塚。
その時、初めて――平塚を綺麗だと思ってしまった。
放課後になった。
友達と話す生徒、一人ですぐに帰る生徒、遊びに行く生徒、部活に行く生徒。
ざわめきが日常を感じる。
「なあ、平塚さんが泣いてたらしいぜ」
「未明が泣かせたんだろ? あいつ――」
「なんだが知り合いっぽかったよ」
「未明くんってあんなだっけ? イマイチ覚えてないのよね」
「平塚さん大丈夫かな……」
噂の平塚が俺の席に近寄ってきた。
「おう、平塚はすごい人気だな? なんか俺のせいで泣いた事になってるぞ」
「……どうでもいいわ。行くわよ」
「お、おい、待てよ!?」
俺は平塚の後を追って学校を出た。
平塚の後を追うと、あいつは校門の前で誰かと話していた。
誰かすぐにわかった。当たり前だ、真島が幼い頃からずっと一緒だった幼馴染の赤間椎名だ。わからないわけない。
俺の胸がひときわ傷んだ。
心をえぐるっていうのはこんな感じなんだな――
それと同時に頭が急速に冷めていった。
俺は――みんなが悲しんでいるのに、何をしているんだ? 朔太郎になりきってどうしようってんだ?
思考がまとまらない。
俺は朔太郎の意識を取り戻したい。だが、さっきまでの俺はなんだ? ……みんなの悲しむ姿を遠目で見て……、俺は、死ななかった俺はのんきに学校生活を送っていた。
胸の痛みが一層激しくなる。
大きく深呼吸をする。
それだけで――この身体は、心が冷静になれた。
赤間の隣には中学生くらいの女の子がいた。
見たことない子だ。赤間の知り合いか?
「赤間さん、だからこれ以上未明君に関わらないでほしいわ。未明君もやっと怪我が治ったばかりなのに」
「う、うん、それはわかるけど……、何かおかしいの病院に行っても文吉に会えないし、どこに移動したか教えてくれないし……。未明さんも何か様子が違うって翼ちゃんから聞いたし……」
「あら、あなた未明君の事嫌いだったでしょ? いつも真島君とべったりしてたから嫉妬してたわよね?」
「あ、そ、それは……、と、とにかく、一度未明さんと色々話して……。それに、この子が……文吉の友達に会いたいって」
全員の視線が俺に向いた。
知らない少女が一歩前に出た。
そこでこの子が誰か思い出した。この前、痴漢から助けた中学生であった。
少女が頭を下げる。ポニーテールが一緒に揺れる。
「あ、あの、わ、私、夕立明日香って言います! ま、真島先輩に助けられてお礼を言えずに……。じ、事情は赤間先輩から聞きました。ベッドの上で意識が無くても……真島先輩にお礼を言いたくて……、でも、あえなくて――」
「あ、ああ」
俺は困ってしまい平塚を見た。
平塚は面倒臭そうなため息を吐くだけであった。
「せ、先輩、もしも真島先輩に会えたら教えて下さい! わ、私の連絡先です!
俺は戸惑いながらもスマホを取り出した。
ほとんど使っていないスマホ。平塚と数回連絡を取り合った後があるだけ。
そういえば、俺は真島と出かけるときもスマホを使った事がない。
「あ、ありがとうございます! れ、連絡まってましゅ……ます!」
夕立と名乗った中学生の少女は走り去った。
平塚がまた隣でため息を吐く。
赤間は俺を見つめていた。
「ねえ、未明さん、文吉は、もう、戻らないのかな……」
その声が悲痛の叫びに聞こえた。
心臓が鷲掴みにされる思いだった。
ふと、幼馴染との思い出が脳裏によぎる。
――お祭りで一緒にたこ焼きを食べた。赤間が落として泣いたから俺のたこ焼きを上げた。笑った顔がすごく可愛かった。いくら嫌われようとしても俺に話しかける赤間。わかってた、本当は俺は、死にたくなかった。赤間と一緒にいたかった――
――だけど、真島はもういない。真島の心は死んだんだ。だからこの温かい恋心も殺さなきゃいけないんだ。
拳を握りしめて感情をコントロールしる。手に爪が食い込む。
はは、なんて力だよ……、痛えよ……。
「――真島は……戻れない」
赤間は俺の顔をじっと見つめる。
何かを探っているような視線。沈黙がこの場を支配する。
平塚がその沈黙を破った。
「そこまでよ。さよなら――」
平塚は俺の制服を掴んで歩き始めた。
赤間は小さく声を上げた。
「あっ、まって……」
平塚が氷の表情で振り向く。
冷たい言葉を言い放った。
「あなた、真島君が意識が戻らないとしても――まだ、真島君の事、好きなの?」
赤間はその問に若干驚きながらも、さっきまでとは違い、清々しい笑顔で言葉を紡いだ。
「――はい、もちろん」
その短い返事には様々な感情が乗せられていた。
一言では言い表せない複雑で深い愛情が――
俺は背中を向けたままだった。
だって、苦しいんだ。
こんな顔、赤間にも平塚にも見せられない。
俺はこの時、この身体で初めて――涙が溢れて止まらなかった――
まだまだ頑張ります!
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