真島と妹
『真島は正義感が強くて真面目すぎるんだ』
『はっ? 何いってんだよ朔太郎? 俺のどこが……』
『お前は俺とは違う。とても優しい男だ』
『おい、朔太郎、待てって? このあとスイーツ食いに行くんだろ。どこ行くんだ』
『またな、平塚は意外と弱いから見守っててくれ』
――朔太郎、待ってくれ。俺を残していなくなるな……。
意識が急速に覚醒する。
眠気が抜けてまぶたが瞬時に開く。
「――であるからにして……、ふむ、もう時間か、それじゃあ来週はテストだから頑張れよ。委員長――」
クラス委員長の号令とともに午前中の授業が終わったみたいだ。
俺は午前中をほとんど寝て過ごしていた……。
輪ゴムで止めた髪がきしんで痛い。ちゃんと髪を切るか。
もう昼時だ……、俺に友達がいる気配はなかった。平塚との関係もいまいちわからん。
まあ一人飯は慣れっこだ。むしろ朔太郎と一緒に行動していたのが珍しいくらいだった。
朝の事件のあと、俺に向ける視線の質が変わっていた。
まあ、髪を上げたら真島と俺は似ているからな。クラスメイトは俺の顔をちゃんと見たことないと思う。珍しいんだろう、きっと。
昼休みになり、クラスメイトは弁当を広げたり、他の教室に移動したり好きに動いていた。
俺も学食に行くか。
立ち上がろうとすると、視線を感じた。この身体になってから視線の気配に敏感だ。
横をみると、平塚が立っていた。
クラスメイトは珍しい組み合わせに首をかしげている。
「おう、お前も飯か? 一緒に学食行くか?」
平塚は少し苛立った顔をしていた。
「……お前って言わないで。未明君は私の事、平塚って呼んでいたわ」
「お、おお、わりい、平塚……でいいか?」
まだ不満顔であった。面倒な女だな。
「……まあいいわ。学食行きながら話しましょう」
「おう、やっぱ平塚もカツ丼か? ははっ、うまいもんな!」
平塚は俺の足を軽く踏んで、ため息を吐いて教室の入口へと向かった。
「あなた、少し軽率よ。もっと未明朔太郎である事を隠してほしいわ」
「ん? なんか悪かったか? ぶっちゃけ朔太郎って誰とも喋っていなかっただろ? ならこの喋り方でも問題ねーだろ? 俺不器用だから喋り方変えると不自然になるぜ」
平塚が頭に手を当てていた。
「……そうね、あなたバカだもんね。全く、先が思いやられるわ。目立つなって事よ。なんでいきなりクラスの注目の的になってるのよ」
「そんな事知るか。――ただ、バカ姉妹が放っておけなかっただけだ」
「……まあいいわ。あなたが未明朔太郎ならそれで……」
「おう……」
なんとも気まずい雰囲気のまま、俺達は学食へとたどり着いた。
学食の前には、真島の妹であるめぐみちゃんがいた。
「おっ! めぐ――」
「バカッ、あなた妹いないでしょ」
危うくめぐみちゃんに声をかけるところであった。
しかしなんだってこんなところに突っ立ている?
妹と目が合った。
「あっ! おにいちゃ――、あ……ご、ごめんなさい。人違いで……」
妹は俺の顔を見て、一瞬顔が明るくなったが、また徐々に暗い顔に戻ってしまった。
妹から悲しみの感情が伝わる。
高校を入学すると同時に真島は家を出たから、義妹と接点は学校でしかない。
それこそ、真島は義妹からひどく嫌われていたはずだ。
なんだってそんな悲しい顔してるんだ……。
義妹は俺の顔をジロジロと見ている。
そして、意を決したように小さく「うんっ」と言った。
「あ、あの、お、お兄ちゃん……真島文吉のお友達の人ですよね? い、いつも学食で一緒に……」
「あ、ああ、そうだけど……」
「わ、私、真島文吉の妹のめぐみです。そ、それで、今日はお兄ちゃんって学校来てますか? あ、あの、来てたら妹が心配してたって伝えてください……」
くそ、あのバカ親め。なんでそんな重大な事言わねーんだよ。俺の事嫌いでも妹にはちゃんと事故の事を伝える義務があるだろ!?
……いや、まて、おかしいだろ? この学校の奴らはみんな朔太郎と真島が事故に合ったことを知ってる。義妹が知らないはずない。金城姉妹とも仲良しのはずだ。
義妹はどんどん真島の事を喋り続ける。
「お兄ちゃんは悪いふりしてるけど――」
「本当は――」
「昔、遊園地に連れてってくれて――」
喋り続ける義妹の目に光がなかった。
もしかして、義妹は現実を見ていないのか?
「め、めぐみちゃん、ちょっと待て。真島は――」
「めぐみさん、真島君は事故にあって意識不明の植物状態よ。知らないわけないわよね? 悲しい事だけど、意識が回復するのを待つしかないわ」
平塚が冷静な口調で淡々を義妹に告げる。
義妹は首をかしげるだけであった。
「え、そんな事ないですよ。お兄ちゃんは無敵です。き、きっと、またバカみたいな軽薄な声で私に話しかけて――」
「めぐみさん――」
「お、おい、もういいだろ」
平塚の冷淡な声が義妹に突き刺さる。
義妹は目に涙をためながら口を固く結ぶ。ほっぺたを膨らませていた。
あっ、これってめぐみが拗ねたときの顔だ。
ほっぺたツンツンするとぷすーって息が漏れて、照れながら怒るんだよな。
身体が勝手に動いていた。
俺はめぐみのほっぺたに手を触れていた。
「え……」
「あっ!? わ、わりい、泣いてるかと思って……。えっと、ま、真島さん、本当にわりい。ほ、ほら平塚、行くぞ」
平塚はため息を吐いて俺を見た。なるほど、氷のアイドルって呼ばれている事だけはある。
そんな目で見られると凍りつく気持ちになるぜ。
そんな時、脳天気な声が聞こえてきた。
めぐみちゃんの友達らしき子が近寄って来た。
「めぐみちゃ〜ん、ご飯食べよ!! あっ、さ、朔太郎先輩!? あ、あわわ、あわわ、ど、どうしよ!? き、緊張しちゃうにゃ!」
「あら、あなたこの前の――」
「ひぃ!? 平塚先輩……、さ、さよなら!!!」
「あ、ま、ちょっと……、お、お兄ちゃ――」
友達らしき子がめぐみの手を引いて廊下を走り去っていった。
俺と平塚がその場に取り残された。
「……お前あの後輩の子に何したんだ? ていうか、あれって朔太郎の事絶対好きだろ?」
「……あなた、天然なの? 知らない後輩の女の子のほっぺた触るなんて……」
「あ、あれは違えよ!? お前だって超怖がられてたじゃん」
「仕事のじゃまだったから仕方ないわ。過去の事よ」
平塚はそれだけ言ってスタスタと学食へと向かった。
俺も慌てて平塚の後を追った。
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