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始まりの朔太郎

 俺、真島文吉ましまぶんきちは子供の頃に余命宣告をされた。

 二十歳まで生きられるかわからない身体であった。

 子供の頃にそんな事言われたら、どうしていいかわからなかった。

 ただ、その事実を妹に知られて悲しい顔を見てしまった。

 その顔がひどく……、嫌だった、心に残ってしまった。


 俺はどうすれば周りの優しい人達が悲しまなくてすむか考えた。

 そして、俺はとある考えに至った。

 それは、俺が周りから嫌われるようになればいいと思った――







「真島文吉っ!! あんたサラリーマン殴って逃げたって!? なんで問題ばかり起こすのよ、バカバカバカ!」


 教室の自席に座っている俺に向かって、怒鳴り散らしているのが金城姉妹の長女、金城翼きんじょうつばさ。こいつは俺の事が大嫌いだ。金城翼の婚約者と揉めた事があったり、目が合えば文句ばかり言ってくる……。


 俺は不真面目で、嫌われていようが高校には毎日登校する。俺の人生はもうすぐ終わる。今は余生って感じで思っている。


 短い人生の大切な思い出じゃねーか。どうせなら死ぬときは、学校の思い出を思い返したい。だから俺は絶対に学校へ登校する。身体が苦しくてもな。



「あぁ? うるせーな。朝っぱらからガタガタ騒ぐんじゃねーよ。妹を見習え、あいつ静かだろ?」


 筋トレしたら病気に負けないと思った。だから、俺の身体は無駄に大きい。

 人に威圧感を与える風貌だ。


 翼には妹がいる。金城小鳥きんじょうことり。俺の隣の席だ。

 教室でおとなしく本を読んでいるけど、猫をかぶっているだけだ。結構きつい性格をしている。



 金城小鳥は俺たちの会話を聞いて鼻で笑った。


「ふんっ、このバカが問題起こすのは今更です。姉さん、バカが移るからあっち行くですよ」


「そ、そうね。……はぁ……全く、真島はいつになったら更生してくれんのよ。っていうか、わ、私のスカート見ないでよ!? 気持ち悪い!」


「はいはい、誰も見てねーよ。さっさと消えろや」


「むきーーっ!! 小鳥、行くよ!」

「はいです。姉さん、はぁ……、ツンデレもこじらせると……まあいいですけど」


 二人は教室の他の生徒のところへと向かっていった。

 あんな二人だけど、クラスメイトからは絶大な支持がある。そりゃ可愛くて家が金持ちで、俺以外には優しい性格だからな。

 俺と大違いだ。


 俺が教室を見渡すと、クラスメイトたちは顔を伏せる。

 ……いつもの事だ。それでいい。みんな卒業したら俺の事なんて忘れる。忘れて欲しい。


 俺はこの風景を心に刻みつけたい。――俺にとってこの瞬間はかけがえのない時間だ。





「……相変わらずだ。お前はいつもお茶を濁す」

「うおっ!? お前、いたのかよ!?」


 いつの間にか俺の隣にいる男子生徒、未明朔太郎みめいさくたろう。影が薄くて地味な男とクラスメイトから思われている。


 ボサボサの髪に大きなメガネ、身長は俺くらい高いのに猫背のせいで小さく見える。

 気配と足音を消すのがうまくて、本当にいるのかいないのかわからない。奇妙な男であった。


 朔太郎は似合っていないメガネをくいっと上げる仕草をする。


「ふむ、女子中学生を痴漢から助けたんだな。サラリーマンは自業自得だ」


 ……それを知っているのは中学生とサラリーマン本人だけだ。ったく、いつも思うけど何者なんだこいつは?


「ははっ、し、知らねーよ。っていうか、今日は学食でいいのか?」

「無論問題ない」


 この地味な朔太郎と俺はなぜか気があった。波長というか、空気感というか、ちなみにメガネを取った顔は俺と似ている。

 親しい人間を作るつもりはなかったが、こいつなら大丈夫だと思った。

 頭のネジが外れている。


 ――こいつは俺が死んでも悲しまない。淡々と事実だけを受け止めるはずだ。


 というか、実際俺の余命が短い事を伝えた事がある。その時は『そうか、仕方ない。では今日はどこへデザートを食べに行く?』で終わった。本当に不思議な男であった。




「お、そうだ、朔太郎。今日の放課後あいてるか?」


 一瞬だけ視線を感じる。横をチラ見すると、この学校の氷のアイドルと言われている平塚ひらつかすみれが朔太郎を見ていた。その視線からは感情が伺えない。さすがクールビューティーだ。

 これは今回だけじゃない。俺と朔太郎が喋っていると、頻繁に平塚すみれの視線を感じる。


「もちろんだ。今日はクレープでも食べるか? あれは良いものだ」


 こいつは顔に似合わず甘いものが好きだ。一人じゃ恥ずかしくてなかなか行けない店でも二人なら行ける。


 俺は笑顔で朔太郎の腹を叩いた。

 岩のように硬い朔太郎の腹筋。俺の手が痛くなりそうだ。


「ああ、クレープ食いに行こうぜ!」


 朔太郎はほんの少しだけ不格好な笑顔をくれた。俺が死ぬ時に絶対その笑い方は思い出すんだろうな、って思ってしまった。










 昼食の時間になって、俺と朔太郎が学食へと向かう事にした


 ……ちなみに俺は朔太郎をいじめているって思われているらしい。いやいや、見た目地味でもこんなやつ勝てるわけないだろ、って心の中で思う。本能でわかる。


 朔太郎が学食で食べる物は決まっている。一度たりとも違う物を食べたことがない。


「なあ、今日もカツ丼か? たまには違うの食べればいいじゃねーか」


「……違う物は違う場所で食べる。学食ではカツ丼と決めている」


「じゃあ俺もカツ丼にすっかな。あっ、あれは――」


 学食の前で友達を待っている妹、真島めぐみが立っていた。


「よっ、めぐみちゃん元気? っていうか、最近みんな元気?」


 軽薄な笑い声。妹が一番キライな笑い方だ。

 めぐみちゃんは吐き捨てるように言った。


「はっ? クズは近づかないで。……ていうか二度と喋りかけんな」


「おーこわ。あっ、反抗期? はいはい、喋りません、家にも帰りません。これでいいだろ?」


 めぐみは俺の軽口を無視して、言い放った。


「さっさと死んじゃえ、バカ」


 俺は去りゆくめぐみちゃんに手を振って見送った。

 めぐみちゃんは俺が死ぬ事を知っている。俺はめぐみに嫌われるように努力した。って言っても、俺が何もしなくても、めぐみちゃんは俺の事嫌いになっていったような気が……。



「……いつ見ても変わった家族だな、お前のところは。俺が学習した一般の家族とは随分違うぞ?」


「こんなもんだろ?」


「ふむ、ところで妹さんはなぜいつもここで待ち構えている? お前に会いたいんじゃないのか?」


「偶然じゃね? 俺は会いたくもねーよ」


 嘘だ。本当は目に入れても痛くないかわいい妹だ。

 妹を悲しませるわけにはいかない。


「……真島、カツ丼、売り切れる前に」

「おお、早く行こうぜ!!」

 

 大丈夫、こんな楽しい生活ももうすぐ終わってしまう。余生だからな仕方ない。




 *********************




 放課後、俺と朔太郎はクレープを食べに行った。

 いつもどおりで――大切な日常。

 俺にとって一日一日は軽くない。いつ死んでもおかしくない。

 だから、誰も悲しませたくない。


 ……本当は寂しかった。俺はまだガキだ。感情のコントロールができていると思っていたが、そんなことはない。


 死ぬのは怖い。

 嫌われるのも苦痛だ。

 それでも、誰かを悲しませたくない。


 朔太郎は俺にとって、精神を安定させてくれる存在であった。

 今も隣で無表情でクレープを頬張っている。

 感情をどこかに置き忘れた顔であった。


 朔太郎がクレープを食いながら話し始めた。


「もぐ……、ところで――もぐ――お前は――もぐ」


「食ってから喋れよ!?」


「うむ……、もきゅっ。ごほん、失礼。お前はこのまま自分を偽って生きるのか?」


 無表情なはずの朔太郎の顔が少しだけ真剣に見えた。


「い、偽ってねーよ、俺は――」

「乱暴者のフリをしてるが、本当はとても優しい男だ、真島は。なにせ俺の初めての友達だからな」


 胸が痛くなる。

 朔太郎は言葉を続ける。


「……俺の勘が間違っていなければ、真島は隣のクラスの赤間椎名の事が好きなはずだ。それに金城姉妹の事も好きなはずだ」


「ぶほっ!? な、なんで知ってんだ!! あっ、い、いや、こ、これは――」


「ふむ、図星か。大方幼馴染は初恋なんだろう。金城姉妹はトラブルと一緒に解決していくうちに――という感じだろう」





 赤間椎名は俺の幼馴染であり、初恋の子だ。

 いつも一緒に遊んでいた。中学も高校も一緒だ。


 今でも思い出す――


 中学卒業した時。誰もいない教室。俺と赤間が二人っきりだった。

 俺は教室で思い出を目に焼き付けようと残っていた。

 赤間は俺を探していたらしく、息が切れていた。

 俺は雰囲気を察して逃げようとしたが、赤間は俺の腕を掴んで離さなかった。


『ぶんちゃん……、いくら不良を装っても無理だよ。ぶんちゃん優しいもん。ねえ、ぶんちゃん、私ね……、ずっと前から、ぶんちゃんの事が――大好きだったの』


 告白であった。

 まず始めに喜びが身体を支配した。衝動的に返事をしそうになった自分を自制した。

 そして、次に――悲しみが――心を支配した。


 慟哭をあげたかった。だから俺は心の中で泣き叫んだ。

 涙なんて出せない。大好きな幼馴染を悲しませないために――


『――はっ? 俺にとって……お前、は……妹みたいなもんだ。恋愛感情、なん、て……ありゃしねえ……。す、きでもなんでもねえ、よ。俺にもう関わるな――』


 あいつは目に涙をいっぱいためながら『バカっ!!』って言いながら走って行ったな。

 その後、高校であった時はゴミを見るような目をしていた。

 大丈夫、あいつはクラスで人気者だ。きっと、俺より優しくてすごい男を捕まえるはずだ。






「おい、大丈夫か? 魂が抜けてるぞ」


「お、おお、わりい。……ったく、なんで朔太郎が知ってんだよ、くそ。まあ、いいやお返しだ。……朔太郎ってうちのクラスの氷のアイドルって呼ばれてる平塚すみれに好かれてんだろ?」


「……か、関わりがないはずだが。な、なぜそう思う。いや、どうして……、まて」


 俺は目を疑ってしまった。あの朔太郎が赤い顔をして狼狽している。

 ああ、これは陰でこっそり付き合ってるのか? まあ詮索しないでおいてやろう。


「よし、恋バナなんてどうでもいいことはやめだ! クレープもう一個食おうぜ! あれ? 店長どこ行った?」

「あ、ああ、やぶさかではない。それでは――」


 大通りに面した小さなクレープ屋さんの店内は椅子が六席しかない。人気の店だが、今日は珍しく俺と朔太郎しかいない。

 気恥ずかしくなった俺はガラス張りの入り口を見ていた。



「え?」


 思わず声が出ていた。

 なにか大きな物が急接近して――トラック? なんでブレーキをかけない。なんで加速するんだ!? 映画の撮影か? 意味がわからない?

 朔太郎が大声を上げた。


「――ブンキチッ!!!」


 初めて名前で呼ばれた。

 そう思った瞬間、目の前が真っ暗になって――

 重い衝撃が――

 朔太郎が俺を守って、

 頭から血が

 意識、が、

 途切れて。

 死、


 ……………………。






 **************





 俺は病室のベッドを見つめていた。

 ベッドには、身体中にチューブを通され、病院のベッドの上で静かに寝ている誰かがいた。

 夢を見ているかと思った。だって、俺が寝ているんだぞ?


 横たわっている俺の横で泣いている少女たちがいた。


「植物状態って意味がわからないって!! ねえ……、真島、お願いだから目を覚ましてよ……。また、馬鹿な事言ってよ! 私とじゃれ合ってよ!!」

「……バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカッ!! 真島が助けてくれたから今の私がいるです!! 恩返しできてないです! 起きてです、起きて……」

「お、お兄ちゃん……、わ、私が……死んじゃえって言ったから……、う、ぅ、お兄ちゃん……」


 頭が混乱してわけがわからない。俺の意識はある。

 俺はみんなの後ろに立っている。でも、俺の身体はベッドの上で寝ている。

 俺は幽霊になったのか? 身体を両手で触る。感触がある。鼓動を感じる。

 でも、俺の知っている身体じゃない。


 それに――なんでみんな悲しんでいるんだ? 俺が死んだとしても悲しまないはずだろ?


 だって俺は――みんなの――嫌われ者だから――


 病室の扉が開いた。


 幼馴染の赤間椎名(あかましいな)が突っ立ている俺を押しのけて、ベッドの脇にへたり込んだ。


「……ぶんちゃん……知ってるよ。わざと嫌われるような事したり、死んじゃうからって私を遠ざけたり……、ねえ、ぶんちゃん、余命なんて少なくてもいいから、起きてよ。ね? 一緒に学校登校しよ? 今まで辛かった分も取り返してさ。ね? ぶんちゃん。ぶんちゃん返事しなきゃ、また、告白しちゃう……よ。ぶんちゃん……」


 言葉が泣き声に変わっていった。

 俺はそれを見ている事しかできなかった。




 ガラスにうつる自分は――包帯だらけの朔太郎の姿をしていた。

 頭の中で声が響いた。



 ――ブンキチ、あとは頼むぞ。





 

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