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前提・目的

 ここで、少し考えを整理するために、いくつかの言葉を検討しておこう。

 議論がうまくかみ合わないときにしばしば見られるのが、「前提」が違うことだ。

 その前提は、しばしば人は考えることもできない。

「目的」も、人は見失い誤る。考えを逆転させ、何が最悪の事態かを考えてもいい。

「前提」と「目的」を明確にする。それだけで、考えはかなり明晰になるだろう。

 どちらも明示できない言葉は、単なる感情でしかない。反対のための反対……内容を検討しているのではなく、単なる権力抗争、どちらが群れ内の順位が上か比較しているだけだ。敵味方識別装置の反応、憎悪の感情を、後から言い訳しているだけだ。「おまえはわが群れの一員ではなく敵だ、だからおまえに発言資格はない」という感情を、「それは間違っている」と翻訳しているだけだ。自分、自分の群れが全知の神だという前提を意識せず。


 僕の前提。

 原子論。相対性理論と量子力学、素粒子標準理論。ニュートン力学、熱力学、電磁気学。地球は丸い、ビッグバン、恒星の一生。DNAと進化。今広く認められ、徹底的に検証されている科学。

 人間は原子ででき進化してきた生物で、適切な大気、淡水、食物、睡眠、清潔=トイレ・洗濯・入浴、保温を必要とする。裸で空を飛ぶことも丸一日息を止めることもできない。

 人間は全知ではない。全知全能の神と言葉をかわして未来や、正しい行動を知ることはできない。古典文書にも神の全知は入っていない。科学技術の未来予測は、いつでも大きく外れてきた。

 呪術は人間の心は変えるが、現実の物理現象は変えられない。船長を交代させ、船員の服装を整え、悪人を皆殺しにして全員改心させて風向きを操ることは、できない。そうであってほしいという理由で、前提となる科学的事実を変更する権限は、僕を含め誰にもない。

 最悪の事態を想定せよ。船には救命ボートを、せめて遭難ブイを積むべきだ。

 生物が子孫を残し続けるには、r戦略と進化、たくさん少しずつ違う子を産みどれか一つでも生き残ればいい、が優れている。

 一つの籠にすべての卵を入れるな。

 試行錯誤が、人類の生産力・軍事力を高める最も有効な方法だ。

 共産主義は成功しない。人間全員を教育で無欲な聖人にすることは不可能。圧制は結構長く存在できる。

 人類に使える淡水は少ししかないが、海水はとてもたくさんあり、海水で光合成ができる海藻・塩生植物・藻類も多くある。


 目的。優先順位。

 この地球型の生命がずっと全滅しない。できれば、人類が全滅しない。できれば、現代の文明が保たれ文化が崩壊しない。

 できれば、何百年後も何千年後も、誰も餓死しない。そのために必要なこと、人数分の食物と淡水があり、トイレやワクチンがちゃんとあり配られている。できれば、人権が最低限実現されている……拷問虐殺されず、言いたいことを言える。多様な文化が許され、科学が進歩する。

 すべてに優先するのが、最悪でも宇宙のどこかで人類の書いた文章が読み継がれ、異星人の実験室に隔離された細菌だけでもいいから生きているよう、宇宙に電波放送をし、無人宇宙船を打ち上げ続ける。

 試行錯誤を容認し、科学技術が進歩するのに金を出し、邪魔しない。

 芸術も許容し、生物種が絶滅しないようにし、森林や湿地も保護する。


 船なら、最悪の事態を想定して優先順位がある。

「目的地に時間通り着く」

「遅れ、船荷の一部が損傷したが死傷者はいない」

「船は沈んだが、救命ボートで死者はなし、軽傷数人」

「別々の方角にボートを散らせ、唯一救助された生存者が当局に機密書類を届けた」

「どこで沈んだかブイと通信で判明し、遺品は回収される」……

 最悪は、完全な行方不明。どこで沈んだかも何もわからない。

 宇宙船地球号も、同様に優先順位を定めなければならないのでは?

「太陽系全域に移住し、貧困や人権侵害はなくなる」

「宇宙に出られず餓死と戦争は絶えないが、文明は存続する」

「人類の大半を殺し、文明崩壊は避ける」

「文明崩壊は避けられないが、生き延びた少数の人類が埋めてあった種籾・本で出直す」

「地球は滅びるが、無人播種船があちこちに送られている」

 ……《()()()()()()()》?

 最悪は、地球全生命滅亡ではないのか?


〇人間の目的

 現実の人間の使命、目的は、前提は何だ?


 信仰?

 宗教の信者にとっては神の存在が前提で、神の命令に従い天国に行くことが目的だろう。

 地球人全員でも神を、最後の審判を前提にしてる人のほうが多数派だろう。

 それで、最後の審判があるから環境保護など不要、という人が政治的に勝ち、人類全体は自滅するしかないのだろうか。


 幸福?

 一番の早道は、過激なカルト宗教の狂信者になることだ。何も疑わず、満足な人生が送れることは請合う。ヒトの心理構造に丁寧に合わせて洗脳する技術は、完成されている。座った瞬間感動しこれだと確信する高級椅子のように、カルト宗教は人間工学的に優れている。ただし、カルト宗教やその変形である独裁国家は、高度な科学技術を、盗むならともかく自力で開発することはできない。思考の試行錯誤が許されていないから。周囲の科学技術文明の寄生者でしかいられない、現在は。そして文明を持続させることもできない。

 単に、自分と家族、子や孫が中流生活ができれば幸せ、でも人間はそれだけで満たされるようには心ができてない。心に常に深い穴が開いており、何かを求めてしまう。

 幸福という言葉がもともと狂ってるんだ。人間の欲望は矛盾しているし満足を知らない。

 断言できる。人に全能があっても幸福にはなれない。生物個体にとって十分である、一生分の良質な淡水と保存食……何百万もの思いのままになる美しい異性[や同性]・見渡す限りの巨大帝国・絶対の安全をもたらす最強武器・不老不死……そのすべてがあっても、数年で飽きるだろう。何を得ても、自分を何に変えても、短期間で飽きて別の何かが欲しくなる。

 平和なら戦いたくなるし、戦争をしていたら平和が恋しくなる。生きる実感とかいう厄介な感情もあり、満足を拒む。当然だ、いい泉のそばで満足していた地表サルは、泉が枯れたら絶滅した。満足できず、群れから離れて旅立つ子が出る遺伝子の持ち主が、子孫を残し我々の先祖になることができた。

 今ある物で満足できるよう、心を作りかえることが、仏教の言う通りできるとするなら……または科学技術でできるなら。それで幸せにはなれるだろう。だが、太陽の寿命が来たら地球生命が滅びることは、それでは避けられない。

 それとも楽に? 首吊りでもいいし、人里離れたところで蒸留酒を大量に飲んでも楽になれる。快楽なら現世の何よりも、いくつかの麻薬のほうが強力だ。

 元々、今の文明と、人類が進化してきたアフリカの草原は違いすぎる。自律できるコンピュータと測量用センサーがついたショベルカーに戦闘機を操縦させてるより人の「設計目的」と現在のライフスタイルの違いはひどい。元々「橋を立たせてビルにした」のを椅子に座らせてるのが間違ってる。

 人類の脳は、遺伝子が生存するための道具だ。個々の幸福は、豊富な食料や健康な異性を手に入れ、自分の遺伝子が続く確率が上がったというお知らせでしかない。


 国家? 勝利、体制維持。

 国以外の現実はない、地球市民のパスポートを見せてみろ、という声も聞こえてきそうだ。

 確かに、国家は重要な要素だ。だが、それも地球の気候が、太陽が安定しているから、それだけだ。巨大火山噴火やトウモロコシの伝染病一つで、国家などお笑いでしかなくなる。気候が安定しているから、贅沢にも国家なんて遊びができているだけだ。

 祖国が共産主義に負けるより全人類が、生命すべてが滅んだほうがいい、と言う人も多くいたようだ。現実に人類は多くの核兵器を作り、今も準備している。

 人間は、戦争のためには何でもする。空虚な言葉、命令、勝利のためになら、激しい苦痛に耐え、家族を死に差し出し、多額の税金を払う。だが、人類の永続のためには何もしない。

 巨大隕石に備えない、宇宙への電波放送もろくにしないほど、予算こそが至上の価値だ、というのは僕には理解不能だが、人類は現実にそう行動している。

 それこそ、百年後の地球滅亡よりも、祖国の勝利や財政均衡を優先する人も多いだろう。

 客観的に見れば、現在の地球人の目的は、共通した最優先が国家の秩序と軍事のようだ。次が、富裕地域では特に力のある少数の個体が消費する資源・富情報の増、貧困地域では個体数の増、だな。


 今、目の前のこと。

 大半の人には少人数の群れのこと、今の感情しかない。

 恐怖に支配され、殺し殺され、売られたり奪ったりだけが現実だという人も、地球人の大半だ。

 今の地球人の半分にとって、千年後の地球滅亡より、先祖代々の仇敵から首を取ってくること、今日の水・薪・食物のほうが重要だろう。

 憎悪しかない人も、膨大な数いる。

 先進国人も、アイドルのゴシップ、ひいきのスポーツチームの勝敗のほうが重要なんだろう。そして地位や仕事、名誉、昨日と同じ生活。考えないこと。予算。日常の、家族や同僚との人間関係と感情。隣人より大きい車。本人は殺人も辞さないが、他人にとってはくだらない見栄や秘密や恨み。

 この四半期の利益が目的だ、祖国どころか局益あって国益なし、派閥抗争以外の現実はない、という人も多くいる。


 美徳? 善?

 こんな思考実験が浮かぶ。テロリストの罪のない幼子を拷問する以外、爆弾のありかを吐かせる術がない……地球破壊爆弾なら? これには、僕はなにも言えない。大都市の核爆弾なら、拷問は絶対に嫌だと言えるが。

 つねに生命に苦がともなうなら、生命が無いほうが善だ……それにも、どう反論できる?


 反対のための反対。

 NIMBY(Not In My Back Yard)……うちの裏庭ではなく。BANANA(Build Absolutely Nothing Anywhere Near Anything)……どこにも何も建てるな、洋上風力発電も海洋鉄撒布も実験すら予防原則で絶対反対。

 地球を救うのは技術の進歩ではなく……以下ポストもろもろ・エコなんだかんだ・どうとかフェミニズムなど意味不明な専門用語の寄せ集め。楽しいだろうな、排他的な独自の言葉を持つ少数集団で言葉を交換し、近代文明を批判し、反対のための反対にふけるのは。その言葉から現実世界の政策を変えれば、権力欲が満たされる。人は食べないと死ぬなんてことは、そんな言葉に比べればどうでもいいんだろう。

 地球を救う、という言葉も本当に百年後も千年後も人類は誰も餓死しない、森林も破壊されない、という意味なんだろうか? 地球が救われた状態というのはどんな状態なんだろう。

 明確に、百年後の人口はこれこれ、それが必要とする食糧はしかじか、それを確保するのに水とエネルギーが……そして千年後の人口と食糧とエネルギー……ちゃんと考えているか?

 本当は、単なる千年王国願望、終末予言好みじゃないのか……ろくなことになったことがない、千年王国願望ならカルトが気軽に満たしてくれる。陰謀論もヒト好みだ。


〇人間の前提

 少なくとも今人類は、冷凍受精卵と情報を詰めた無人宇宙船を飛ばしたり、電波でヒトゲノム情報を送信したりしていない。

 ただ一つの籠にすべての卵を入れたままでいる。今後きわめて長期間、深刻な災害や核戦争は絶対に起きない、ということが絶対の前提というわけだ。

 宇宙人などいない、が前提だというなら、液体の水を探知し冷凍した微生物を放り込むことはできる。それもやらないのはなぜだ?

 要するに神が助けてくれるから、人類が失敗することは絶対にないという前提だろう。少なくとも、温暖化防止を頑張ったけどうまくいかなかった、ということは考えてない。

 船長も船員も全員完全な善人にして、完璧に真鍮を磨き規律と服装と内心を整え、正しく舵を切れば風は思い通りだ。だから絶対に沈まないから救命ボートは不要だ、って前提だろう。

 人間は過ちを犯す、宇宙は思い通りにはならない、という前提に立てば、最悪でも完全な滅亡は免れるよう救命ボートを整備し、種を《まく》べきだ。それをしてないということは、人間は全知で、宇宙は思い通りになる、が前提だとしか思えない。

 いや、それどころか、地球が丸く有限だ、ってのは現実ではない。それが意識されない前提なのか。そして人間も、原子ででき、息をし、食い、飲み、出し、繁殖する動物ではなく別の何かだ、という前提なのだろうか。


 多くの人間は法を守り、自分に寿命があることを受け入れ、計画を立て、金銭を貯めて生きている。それは自分が死んでも子孫が、家が、国が、そして人類が生き続けるという確信がある……それは意識されていない、この上なく重要な前提ではないか?

 実際に破局に直面したら、どうなると思う? そうなったら滅亡を防ぐ以上に重要なことはない、とわかるはずだ。まして絶対に全滅すると確定したら……。なのに、それがわずかな確率でしかない今は、超巨大災害や文明崩壊に対する備えは皆無だ。

 人間が自分が死ぬことを受容できるのは、自分が死んでも子孫や家、その前提として人類が生き続けると信じているからではないか? 貨幣が価値を失い法秩序が崩れるとか以前、もっと根本的な喪失だろう。

 いや……人類にとって滅亡は、物語や宗教としては売れるが、現実としては心底どうでもいいのかもしれない。人類は核兵器を配備してしまった。民主主義国でも。今ちゃんとした備えは何もしていない。


 また科学技術の今後も重要な前提だ。ある時期から、エネルギーや宇宙に関する技術は今後発達しない、という前提になったように思える。

 孫が月で暮らすと思っている人は、今どれだけいる?


 前提は目的、感情によって好きに編集できる。見たいものしか見ない。信じたいものを信じる。それだけのこと、それでいいのか?

■□■

 そう、人類にとっては科学・現実より、疑似科学・陰謀論・終末予言・カルト宗教・科学技術批判・モラルパニック・愛国心・近視眼的な仕事・娯楽のほうがずっと、脳に、遺伝子に合ってる。袖が二つある上着や優れたハサミと同様、人間工学的に優れた言葉なんだ。

 逆に、ロケットを打ち上げ電波を発し、あぶみを探し、食料を埋めるのは、イカ型宇宙人用の衣服や椅子と同様地球人の脳に、人間工学的に合っていない。だからやってない。

 小さな青い点の写真(The Pale Blue Dot)より、壮麗な教会や戦争ポスター、カウチポテトのほうが、ずっと人間に合っているんだ。

 人間は、どうやら歴史上よく見られる宗教や革命の感情で暴走するか、または自分や自分が属する小さい群れの、日常の仕事と利益と娯楽に閉じこもって物を考えないか、どちらかしかないようだ。

 人間にとって現実なのは、まず自分。数人の家族。隣の戦友。五十人程度の群れ。それより時間・空間・血縁の距離が離れたら、どうでもいい。何千キロの国や地球も、何百年もの未来も、言葉で思考できても感情は打たない。今地球で毎年千万単位の餓死者が出ていても、平気でいられる。

 または、空虚な言葉や書類、群れの空気だけが現実ということもある。

 進化で脳を設計されているから。生きて繁殖し、時々群れが分裂して遠くに移動していれば、絶滅せずにすんだから。一人一人の脳は徹頭徹尾、狩猟採集生活と同じく、水を探し、うまいものを食べ、適温を保ち、美しい異性と交接し子を育て支配し、群れ内の地位を上げ、群れの物語を歌い群れ全員同じように考え、穢れを避け罪人を罰し、敵と戦い虐殺し、自らを美しく飾る。それだけだ。

 人間の、石器時代用の「好きなこと」「善いこと」は、高い知性によって人類の滅亡を防ぐため設計されたものではない。アリが群れの存続すら考えず、ただ単純な脳が命じるままに土を運び、エサを運ぶのと同じだ。一人一人の心は機械の小さい部品にすぎない、したいことをし、群れの善悪や強者の命令に従うだけだ。人間は言語思考はできるが、行動を変えるほどの「信じる」は脳の深い部分、感情が動かなければならない。

 人類・生命の存続などという抽象的な概念は、同じく抽象的な自由、平等、祖国などとは違い、人を動かす力を持たない。

 忠実すぎる兵士のようなものだ。「軍の勝利? それは自分が考えることではありません。自分の任務・使命・受けた命令は、この真鍮をピカピカに磨きあげることだけであります」誰もが、そう言っているんだ。目の前の船腹に穴が開き水が吹いていても、穴をふさぐのは自分の任務ではない。衛兵が王に毛布をかけるのは罪だ。総司令官も真鍮を磨いているのと変わらない。国連委員会の代表の仕事は、自国の国益であって地球号ではない。

 その結果船が沈み、軍が負けても、群れのルールを保守することのほうが大切なんだ。人類滅亡、地球型の生命の全滅なんてなんでもない……群れの皆と同じように思考停止する、という至上価値に比べれば。

 群れで思考停止する、それが目的だ。自分の欲、身近な集団、イデオロギー・国家・宗教など空虚で矛盾した言葉、それだけが前提だ。


〇ヒトが望む物語

 ヒトは、特定の構造の物語を好む。それ以外は拒絶する。

 もっとも中心的な物語が、「善悪・苦難・勝利」だ。善が悪を倒し、姫を救出し結婚、宝の獲得。

 どんな物語を好むか知りたければ、世界中の神話・民話を読んでみるといい。それにすべてがある。ヒトは、神話の登場人物として自我を作りあげるんだ。

 自分は特別な生まれ。王族、神の子……。そして世界にはびこる悪により苦難を受ける。だが、正しい心、善行が力に結びつき、勝利し復讐をとげ、もっとも美しい異性と愛し合い、王に、神になる。この世界は悪、だが私は正義だ、正義は勝つ。そう、世界そのものが、運命という名の物語を事前に書いている。

 神話の反面として、人が失敗し敗北する話も好きだ。交接、性やそれに関する感情も好む……宗教的に悪としながら。宗教、神秘体験、魔術も好きだ。暴力と破壊、殺人や苦痛そのものも大好きだ。笑いや美に関すること、莫大な富も好まれる。

 そして骨の髄から、何よりも、徹底的に好きなのが、焚書坑儒。魔女狩りや赤狩り。十字軍。ホロコースト。神格化された指導者の独裁。秘密警察。森を切り尽くし、大型動物の最後の一頭を殺す。巨大な宗教建物を建てる。革命という名の、善悪判断の画一化・暴走、そして軍事的勝利、皆殺し。

 もうすぐ世界は滅びる、みんな心を改めて善になれ、神である指導者と厳しい法に心から従え、悪を皆殺しにし悪しき本を焼け、一つになろう、という叫び。悪い船長を殺して善い船長が舵を正しく切り、悪い船員を殺して全員が頭の中も外見や規律も完璧な船員なら、風も思い通りになる。

 それが何より好きなのが、それが唯一正しいと心底思っているのが、ヒトという動物だ。遺伝子的には数万年間まるで変わっていないんだから。


「人類の存続」「環境」「文明崩壊」「地球生命の未来」が重要だとしよう。

 それに関する立場は、大体四つに分けられる。宇宙船地球号の操縦席を、操舵輪を奪い合っている。

 プランA。大多数の人間、思想とは言えない。現状維持と保守だ。

 プランB。環境保護、人類一人当たりの資源・エネルギー消費を制限することで、人類文明全体の消費量を縮小して持続可能にする。

 プランC。キリスト・イスラムなど、宗教原理主義。

 プランD。技術を進歩させ、地球から出て宇宙に広がる。


 最近はプランDは、少なくとも日本の本屋では、どこにも見当たらなくなった。特に思想には強く否定されている。日本人が書いた科学っぽい本はどれも否定している。

 プランBが強くなり、AとCも強まっている。現実に地球人が選択している行動は、Aだ。


 プランAは、「考えるな」「それを考えるのは私の仕事ではない」「奴らは嘘つきだ」「自分の仕事に励めば豊かになれる」「必要な予算が別にある」が中心。プランBに反対する、それだけの立場とも言える。

 従来型宗教と、現状の政治・経済体制を続け、一人一人の人間は宗教の教え、今属している群れの善悪判断にそって思考と行動を制限して、従順でいれば何も悪いことはない。地球の有限性は敵が流している嘘情報だから、一切信じるな。それが前提だな。

 徹底的に「実際の物質」を無視し、すべてを「イデオロギー闘争」「宗教闘争」で解釈している。「保守」「市場」「信仰」など、短い言葉を絶対視し、それが全能解決策だと決めつけている。

 要するに視野が狭い、思考停止状態。カウチポテトと四半期の利益が全宇宙。利己的な考えを疑わず、人類全体は考えず「自分」または「自分の群れ」さえ貨幣をふやし、階級に留まることができれば、祖国が勝利すれば、ほかは考えない。

 科学技術のおかげで豊かに暮らしているのに、科学を真面目に受け取ってはいない。

 今の仕事だけ、真鍮を磨くことが世界のすべてで、船の穴をふさぐこと、今暮らしているのは船だと考えることも許さない。


 プランB、環境保護は要するに「全員が改心すれば順風になる」「魔王を倒せば世界は楽園になる」だ。

 多量の物資と高秩序エネルギーを消費する生活を変えなければ、人類は滅びる。変えるためには、皆が悔い改め物欲をなくすことが必要。さらに今の大量浪費経済は社会の構造自体だから、「金持ちがより豊かになり、不当に支配するために、経済も政治も作られている」という仮定を前提として、「皆が覚醒し、正しい持続可能を選び、世界の政治経済構造を粉砕すれば、地球は緑の星に戻り、人類も心豊かに永続できる」となる。

 持続可能という言葉、それ自体に欺瞞がある。主要な元素資源がどれか一つでも枯渇すれば、近代文明は維持できない。百%のリサイクルは不可能。近代技術なしで、七〇億人分の食料を作ることは不可能。膨大な人数に死んでもらう必要がある。

 はっきりして欲しいのが、「世界全部、あなたの言う通りにしました。地球全体で何人が、どの生活水準で、何年暮らし続けられますか」だ。

 最大九〇億まで増えた人口が風力発電で、必要なだけ飲み食いしながらゆっくり人口を減少させ、数億で定常文明になる……どこの水で食料を育てる? 衣類は? 銅はどれだけ必要で、埋蔵量はどれだけある? しかも技術水準を下げるなら、今高い技術で掘っている鉱山もだめになるだろう。さらに亜鉛は? リンは?

 冷蔵庫がなければ医学が維持できず、十人産んで二人生き残る暮らしになる。今そういう地域は木を切りすぎ、土をだめにしている。

 それから千年後も万年後も、ずっと変わらない? 巨大噴火が永遠に起きないとでも?

 全員の改心を前提にしているのも間違いだ。教育と啓蒙で人間から欲望を取り除ける、という前提が誤っている。


 プランC、原理主義は、地球も人間も原子でできているということすら前提ではない。

「考えるな」+「魔王を倒せば世界は楽園になる」とも言える。瞬間的敵味方識別装置だけが暴走し、絶対善と絶対悪の争いだけが現実だ。しかも人間集団を思考停止させるための、高度なノウハウまであるときてる。

 彼らが勝てば、まず科学技術の発達は止まり、遅かれ早かれ人類も生命も滅びるだけだろう。本当に最後の審判があれば別だが。

 まあ、そんなことは考えてはならないことだ。

 ヒトはそれが大好きだから、笑い事じゃないんだが。


 プランD、科学技術の進歩による宇宙進出。

 これは、今は単に不可能だとみんなが思うようになった。情報関係以外、移動とエネルギーの科学技術は今後進歩しない、百年後も軌道エレベーターも核融合も不可能だ、という前提が、いつしか人間の多数派になった。

 何より予算が出ない。

 思想の世界が強く移動・エネルギー技術の進歩を否定し、有権者を説得してしまった。大きな物語は終わった、証明終わり、らしい。


 ABCは、本質的に同じだ。人間が、狩猟採集生活に適応して進化した脳が好む物語にすぎない。

 道徳的に完全な……国家・伝統が悪に勝利した、あるいは金持ちが打倒され人が解放され改心した平等な、または宗教の命じるとおりの……人間集団になる、それ自体が目的になっている。その目的に合わせて、人間とは何かという前提を歪める。

 前に言った、船長も船員も完璧な善で、正しく舵を切れば風すら船に都合よい方向と強さで吹く、というわけだ。だから救命ボートなどいらない、考えることすら禁じている。

 悪いのは心が悪いから。善の心=全能、勝利。ローマ帝国滅亡の理由は環境破壊と周縁の技術向上、木・麦・鉄ではなく性道徳の退廃だと、本気で思ってる手合いだ。人間が水と食がなければ生きられないこと、原子でできた生物だってことも忘れて。

 どれも、人間全員の心が、ホモ・サピエンスとは違う何か、欲望を持たない何かになることを望んでいる。それを実行しようとしたら圧制虐殺になる。それが、泣いても祈っても変わらない現実なんだ。

 また、全員が改心すれば、とやると、うまくいっていないのはまだ改心していない人がいるからにできる……魔女狩りにつながるだけじゃなく、方針は間違っていない、となるので本質的にエラー修正ができない。

 ABどちらも、未来の技術がどうなるか、《知っている》。原発推進派は再生可能エネルギーの技術は現状が限界で主要エネルギーにはならないと《知っている》し、反原発運動家は安全な高速増殖炉は絶対に不可能だと《知っている》。どちらも、宇宙進出は不可能だと《知っている》。敵味方識別と技術評価を混同し、自分に都合のいい前提を選んでいる。

 現実には、未来の技術予測はどれもこれも外れてきた。予測は外れる、というのが唯一当たる予言だ。

 いうとおりやって、思ったような結果にならなかったら、悪い方に行ったらどうするか、一切考えない。

 それに人間全体の危険となると、人間は終末話が好きすぎてうまく確率を評価できない。


 霧なんだ、舵をどちらに切るかより、救命ボートが最優先だろう。

■□■

 文明のゆりかごである地球から、科学技術の進歩で宇宙文明に巣立つ道は、否定されているようだ。

 だが、それは人間の選択だ。また科学技術の進歩は予想できず、禁止する以外制御もできない。

 だからこそ必要なのは進歩を妨げずなんでも予算を出すこと、禁止しないこと。そしてすべての子に数を教え、天才は学費生活費を公が出して徹底的に教育するべきだ。

 そして最悪の事態……本当に進歩しない場合も、考えておく必要はある。その場合は、宇宙に種を《まく》ことだけは有効なはずだ……最後の審判を前提にしなければ。


〇人間の行動

 いや、そのように他人、まして人間集団の心理を言葉にしても、正しそうに思える、真偽判定感情を満足させるぐらいだ。なんの役に立つ?

 科学の知見から逆算する方法だけでなく、ある他者を理解する方法として、その好み、行動に注目する手がある。

 カブトムシの新種やUFOのコンピュータを理解したければ、まず分解して中を見る方法もある。

 また、いろいろな情報や物資を与えてやり、それらに応じてどんな反応をするかを観察する方法もある。

 地球人というわけのわからない存在も、同じように好みだけから理解しようとすることもできる。

 相手がどんな行動をするかが、相手を理解し次の行動に対応するための、最高の情報だ。言葉よりも。言葉では、人は常に自分を騙しているから。


 客観的に見た、地球人の行動。

 これまで。

 地球全体に広がった。大型動物を絶滅させることが好き。

 木を切り尽くして森を砂漠にするのが好き。それで収穫が減れば、巨大な宗教遺跡を作って自滅することが多い。農業帝国はあまり船で遠出をしない……一つの例外を除き。

 虐殺が大好き。一つの例外を除き、試行錯誤・進歩を嫌う。侵略と警察国家が大好き。

 現在。

 富裕地域と貧困地域で大きく違う。

 貧困地域では、個体数……人口が急増し巨大都市に集中している。森林破壊も深刻だ。

 虐殺や拷問、圧制も、多くの場でまだまだやっている。

 富裕地域は人口は減少しているが、宇宙進出をほとんど実行しないし、食糧を貯蔵しようともしない。化石燃料と情報に技術進歩は限定され、少なくとも空飛ぶ車は普及しないし、ガンの特効薬もまだだ。

 風車も増えているが、原子力発電所や火力発電所も増えている。

 まず森林地帯を耕地化してから都市化する。砂漠で行う、化石地下水と石油燃料、空中窒素固定肥料を用いる大規模な農業も好む。

 巨大宗教施設を、昔と比較すると作らない。

 人類の、生命の存続は、優先順位一覧にない。戦争、特に宗教が絡むと青天井に金を出し生命を賭けるが、巨大隕石防止のために出してる予算はわずかだ。


〇舵はあるのか?

 僕は疑っている。宇宙船地球号に、舵はあるのだろうか。人類は、未来を選択できるのだろうか。

 少なくとも、物理法則と地球が丸く原子でできていることは、変えようがない。

 人間には、完全な共産主義社会ができないことは実証されている。革命家たちが望む、正義と平等が完全に実現されたユートピアは不可能だ。

 アステカ帝国や江戸幕府など、現実にはそれなりに幅広い人間集団が存在した。それだけの多様性は、ホモ・サピエンスという動物には可能だ。現実に長期間機能した社会構造は、人類に合っている。現実に短期間で崩壊した実験は、人類に合っていない。それが現実だ。

 一つの道が定まっているということはない。欲望に任せて自滅するか全人類が改心して持続可能になるかの二つしか道はない、ということもない。また、どちらに舵を切るにしても救命ボートは整備しておくべきだ。

 未来は決定されていないし、されているとしても実証することはできない。人類にできる体制の幅と物理法則からは逃れられないが、それでも違いはある。特に科学技術の発達には偶然の要素が多く、それも予測可能性を下げてしまう。

 人類が生き残るためには、まず何がホモ・サピエンスには不可能な体制か、またこの宇宙の物理法則では何ができないのかを謙虚に受け入れること。今できる技術でできることをすること。救命ボートを忘れないこと。

 だが、救命ボートを作る程度の理性的行動すら、人類には絶対にできないのかもしれない。今の人類がやっていないことが証拠だ、といわれれば、説得力はある。

 試してみなければわからない。言葉をもてあそんでいても何もわからない。共産主義が払った実験コストは高すぎたが、それでも試さなければわからなかった。

 試行錯誤以外に、人間にできることはない。何もしないことも試行だ……今の人類が何も試さなければ、何十億人も餓死し、人肉を食い合う地獄が待っている。幸運にも持続可能文明にソフトランディングできたとしても、宇宙に出なければ何か資源が尽きるか、巨大隕石や巨大噴火か、どのみち文明崩壊は免れない。


 特に、「砂漠地帯の広大な庭を芝生にし、シャンパンパーティーをし、巨大SUVを乗り回す」ことが目的になっている世界の富裕層。あなたたちにこそ選んでほしい。現実にカネ・シンボル・政治を操る力を持っているのは、地球号の操縦席に座っているのはあなたたち貴族なのだから。

 地球はあなたたち、一%の所有物だ。だからどうするのもあなたたちの勝手だ。九九%にはそれを止めることはできない。止めようと下手に動けば、革命の悲劇を繰り返すだけだ……人はホモ・サピエンスなのだから。

 ただし、そのゲームは地球や太陽の、微生物の気まぐれ一つで終わる。

 それに、あなたたちが握っている舵が、本当に舵かどうか、コントロールできる舵か、わかっているのか?

 豊かな一%は、確かに別の存在だ。だが赤い血が流れ、首を切れば死ぬ生身の人間だ。人間の精神構造とその弱点を、全部持っているんだ。

 神が守ってくれる、この完璧な船は決して沈まない、と救命ボートを積まずに航海するのはやめてくれ。

 その舵は、自動車を模した幼児用カートについたハンドルのように、船の針路とは関係なく安心させるだけなのかもしれない。地球号の舵板につながっていても、手の震えだけで機体がひっくり返る代物かもしれない。まして聖書を適当にめくって目についた言葉で舵を切られたらたまったもんじゃない。でもシンクタンクの報告・ロビイストの献金・世論調査のパワーバランスより、占いのほうがまだましだ。

 現実は海図のない霧の海だ、どっちに舵を切っても沈むときは沈む。舵輪を取り合う暇があったら、救命ボートを整備してくれ。

 あなたたちは卓越しているが、全知全能ではない。神ではない。あなたたちが得られる情報はごく一部でしかない、どんな地位でも。人間には正確な予測などできないんだ。神の御加護はないものと、この宇宙はあなたのために書かれた物語ではないと思って、救命ボートを……一等船客ぶんだけでも……本当に月の裏側に秘密基地を作ってくれ、それがあれば地球型生命全滅の確率は減るんだ。せめて壜に手紙を入れて流す、無人播種船だけでも。船で救命ボートに使われる程度の費用でいいから。科学技術が進歩し、極度の貧困が減れば、豊かな人もより豊かになるはずだ。

 神ではなく、科学を前提にしてくれ。目的のために九九%を操るのは許すから。どんな目的を選んでもいいから。一%が神を前提にし、考えず信じたいことを信じることを選び、全能感や信仰……動物として設計された欲に従うことを続ける……それほど恐ろしいことはない。

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