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入社2年目の 伊藤 智也23歳は、4月半ばになって気づいた事がある。
いつもの様に、車で会社へ出社している時、途中にあるいつものコンビニで、いつものレタスサンドと、無糖カフェオレを購入しようと、車を駐車場に止め、入店して、サンドウィッチコーナーにレタスサンドがあるのを確認して、先にコーヒーを手に取った、そのままさっきのレタスサンドに手を伸ばした瞬間、誰かと手が触れた。
「「え!?」」
すぐに右を見ると、やや低い視線に、ショートボブカットの、小顔の女の子が一緒に手を伸ばしていた。
「あ、ごめんなさい...どうぞ」 と、その小顔の女の子が言ったので。
「いえいえ、どうぞ」と、智也が言うと。
「私 こっちでもいいんで、どうぞ」
「じゃあすみません」といって、智也はハムカツサンドを手にした。
「あの...、いいんですよ、気を使わなくても」と言われたが。
「はは、オレ、候補は第3まであるんで、コレでいいんです」
「いいんですか?」
「早くしないと誰かに買われちゃいますよ」
「は、はい。ありがとうございます」
そう言って、彼女はレタスサンドとストレートティーを手に持って、もう一度お辞儀をしてから、レジに向かった。
二つのレジにそれぞれ並び、ほぼ同時に店を出た...が、驚いたことがあった。彼女も車で来店していた、それはいいんだが...。
智也の車は軽乗用車のRV タイプで、入社2年目からの車通勤がやっと認められる。入社から一年は公共交通機関での通勤だった。割とこの一年は、遠回りになるので、早く車通勤がしたかった。
智也は車に乗るとき、さっきの彼女もどうやら車で来ているみたいなんだなと、それくらいに思っていたのが、驚いたことに、その彼女は 智也と同じ車種だった。 カラーは違うが、全く一緒で、しかもグレードも一緒だった。それを見ていた智也が、さっきの彼女もこちらを見ていて、驚いた顔をしているのが分かった。
だがそのまま終わりではなかった。
彼女はすぐにでも出て行くものだと思っていたら、車内で食べだした。それは智也も同じで、智也もいつもこのコンビニの駐車場で、購入したものを車内で食べて、ごみを捨ててから出社している。
車内でスマホのニュースアプリを見ながら、サンドウィッチとコーヒーを飲む。5分もしないうちに、食べ終わった。 さて、店外のダストボックスにごみを入れようとしたら、隣から声が掛かった。
「あの...。同じ車なんですね」
さっきの彼女だった。
咄嗟の事に、智也は。
「あ!は・はい、そ、そうですね」
「そんなに緊張しなくても...」
「あはは、そうですよね。あ、 そうそう、車が一緒ですよね、あはは」
「なんか、被りますね、サンドウィッチといい、車と言い...」
「そうですよね」
「たまに見かけるんですが、この近くなんですね」
「はい、ここから500mくらいそっちに行った所が家です」
「え! そうなんですか?」
彼女が驚いている、しかし続いて出た言葉は
「私も同じ方向の200mくらい行った所なんですよ、うふふふ...」
何か含み笑いをする彼女。
同じ車なので、時々同じ時間帯に止まっているのは、気に留めていたのだが、まさかオーナーがこんなカワイイ女の子なんて、知らない智也だった。
今更だが、智也は自己紹介をした。
「あの、オレ、伊藤 智也 と言います」
そうすると、綺麗な瞳を向けて
「大原 藍那と言います」
「え!! 大原 藍那さんですか?」
「はい、そうですけど...なにか?」
「い、いいえ...」(こ、この名前、確か・・・)
「大変です、遅刻しちゃいます。すみません引き留めてしまって、行きますね」
「そうですね、オレも行かなくちゃ、こっちこそごめんなさい。では...」
「はい!」
そう言って、そのまま二人は、自己紹介を済ませた後、出社時間が迫っているのに気が付いて、そのまま分かれてそれぞれの会社に向かって行った。
◇
無事に一日の業務を終えて、家路についた智也は、途中ドラッグストアに寄り、籠に数本の発泡酒と、つまみになるようなものを入れて、レジに向かった。
レジは2つ入れるようになっていて、智也は少ない人数のレジを選んだ。選んだ...が。
「あれ?伊藤さん」
「うわ!」
「まあ、失礼ですよ うわ...は」
「すみません 大原さん」
「うふふ、冗談ですよ。買い物ですか?」
「はい、自分の晩酌用の酒と肴です」
「飲むんですね」
「一日のご褒美です」
「あ!それいい習慣ですね。私も真似しちゃおうかな~」
「真似って...。気楽に自分流でやっちゃて下さい」
なんて会話をしていると。
「あ。順番きたので...」
「あ、はい」
先にレジを済ませた藍那が
「それじゃあお先に、伊藤さん」
「はい、また」
「あ、はい、また」
そう言って、大原 藍那 が店を出て行った。残された智也もレジを済まし、そのまままっすぐに家路についた。
◇
「なに~、お兄ちゃん...、なんかいい事あったのかな~?」
「お、なんだ? ひとみ か。」
「ご挨拶ね。お兄ちゃん。なんか 顔 ニヤついてるよ」
「ほっといてくれ」
妹の ひとみ だ。 智也と年子の22歳で、今年から社会人だ。今 1ヶ月間は研修で、来月から、本格的に社内作業がはじまる。
「おかあさ~ん、お兄ちゃんが ニヤついてる!」
キッチンで母親の 結子が、父親の 武 と一緒に夕ご飯を作っている。もう、何て言うか、絵にかいた オシドリ夫婦 だ。
息子 娘から見ても、見た方が恥ずかしくなるくらいに、現役のラブラブ夫婦である。
「ゆうちゃん、焼き加減これくらいでいいかな?」
「いい具合ね たけちゃん。 ありがとう」
「え~~~~!、聞いてないの~~」
「あ、なに? ひとみ、聞いてなかったわ」
「すみません、イチャついているところ」
「いいだろ ひとみ、お前も早く彼氏を作りなさい」
「はいはい」
もう聞いても無駄な感じをした ひとみ は、夕食の為に、テーブルに食器を並べ始めた。
「ひとみ ありがとう、智也を呼んでちょうだい」
「は~~い」
その後、4人揃って夕食になり、いつもの事ながら、夫婦で あ~んをやっているので、負けずに 兄妹で あ~んを真似している。コレはいつもの食卓なのだから、家によって食事の仕方って言うのは、十家十色だ。
「ホントにウチの兄妹は、仲がいいわね」 なんて、気楽に言われている。
夕食が終わり、片付けも終了して、夫婦以外はおのおの別行動に移った。
智也は、夕方ドラッグストアで買ってきた、宅飲みセット? を出して、飲みだす。
プルタブを開ける時、ふと 藍那 の事を思い出す。
「何か、可愛かったな...」
...なんて事を思いつつ、飲み終わった後、歯を磨いて就寝した。
◇
夜中から降り出した雨は、まあまあの降り方で、こうなると、妹の ひとみ が会社まで乗せてくれと、頼んでくる。 ひとみ の会社は、伊藤家から自転車でやく10分弱。残業もなく、近いのもあって、いつも自転車で通勤している。この雨で、恐らく ひとみ は懇願してくるだろう。
キッチンで、両親とトーストをかじっていると、頭がボサボサで ひとみ が起きてきて、開口一番。
「お兄さま。送って~~...、お願い!」
いつもの雨の日の光景だ。
「ああ、いいから、まず その頭を何とかしておいで」
「うん」
美人台無しである。
とまあ、こんな感じで、雨の日のいつものやり取りだ。
ひとみ の身支度が終わり、出勤の為に智也の車に乗り込む。
「助かるお兄ちゃん」
ひとみを助手席に乗せ、とりあえず智也はコンビニに向かう。
「ひとみ コーヒーだけ買うんで、コンビニによるぞ、いいか?」
「は~い。わたしもちょっと買い物したいから」
「分かった」
連日寄っているコンビニに入って、二人で店内に入って行く。いつもはサンドウィッチも購入するが、今日は家でトーストを食べてきたので、コーヒーだけを買うつもりだ。
ひとみがサンドウィッチのコーナーで品定めをしていると
「ひとみ じゃない!」
「あれ~、藍那、久しぶり~」
「ホントだね、高校の卒業以来かな、なつかし~」
「うん、卒業以来だよ、何か嬉しい!」
店内で、若い娘同士がハイタッチで、再開を喜ぶ姿があった。そこへ、智也が近づいてきた
「あれ?大原さん?」
ひとみ から目線を智也に移し
「あら、昨日はどうも、伊藤さん」
コレを見たひとみが
「お兄ちゃん、藍那を知っているの?」
「ああ昨日、ちょっとした事から知り合った...って、ひとみ、知り合いか?」
「高校の同級生だよ」
「あれ。伊藤さん、ひとみのお兄さんなんですか?」
「そうなんだが、へえ、そうなんだ、二人は同級生だったんだ」
「うん、割と仲良かったんだけど、大学が違って、だんだん疎遠になってしまって...、ごめんね、藍那」
「何言ってるの、それはお互い様よ、こっちこそごめんね」
お互いに、高校の事を話しているうちに、時間が迫って来た、気づいた智也は
「お二人さん、そろそろ時間が無いよ」
「「あ!!」」
会話もほどほどに、3人がそれぞれの品を購入して、最後に
「藍那、連絡するね~」
「うん、待ってる。じゃあね。お兄さんも失礼します」
と、手を振って、軽のRVに乗って彼女は出勤して行った。
智也とひとみは
「昨日ここでチョットしたことがあって、知り合ったんだ」
「そうなんだ」
「礼儀正しくて、いい娘だな、藍那さんは」
「お兄ちゃん、惚れた?」
「う~~ん、可愛いなとは思う」
「でしょでしょ!。昔からモテてたからな~、藍那」
「何となく分かるな」
「でもね、少なくとも、高校の在学中は、彼氏を作らなかったんだよ」
「もったいない」
「何でかな~...って、周りの娘が、不思議がってたよ」
「そうかそうか...って、ココでいいか?」
「うん、ありがと、お兄ちゃん」
「帰りは5時半でいいか?」
「うん、お願いしま~す」
「はいよ。予定が変わったら、連絡してくれ、じゃあな」
「いってきま~す」
傘を差し、手をヒラヒラと振って、会社に入って行く ひとみを見送り、智也は自分の勤める会社に向かって走り出した。
◇
一方、智也の勤める会社での昼休憩。
「智也、今日の帰りって暇?」
「悪い。今日はゴメン。終わったら、妹の迎えに行かなくちゃならないんで、ごめ~ん」
「なあ~んだ、残念。今日こそは 落とそうと思ってたのに」
「オレ、羽根ついているから、落ちないよ」
「わ! 連れないな~...」
「なあ、由なんで俺なんだ?」
「だって、カッコいいもん」
「はは、俺よりも 仁の方がイケメンメンだと思うのに」
「彼は彼でいいの、イケメンメンは3日で飽きるってね...へへ」
いつもアタックしてくる 高橋 由は、身長158cmで智也と同期の23歳、黒のセミロングにピンク淵のメガネをかけている、カワイイと言うよりも、凛々しいい美人だ。
「何の話をしてるのかな?お二人さん、智也 抜け駆けはダメだぞ~」
「抜けてないぞオレは、見ろ この髪の毛を...」
「面白くないぞ、智也」
「スマン」
この男も智也の同期で 中村 仁同じく23歳だ。この3人は何時もこんな感じで仲が良い。身長は179cmと、智也とほぼ変わらない。ただ一番の取柄が、イケメンである事だ。
「由、オレの誘いは断るのに、なんで智也には自分から誘うんだ?」
「だって、好きなんだもん」
「うわ! ハッキリ言ったよ 由 が...」
「でも受け入れてくれないんだもんね、智也は」
「真剣だとは思えないからな」
「なんで~」
「......」
「いつもここで黙っちゃうんだよね。なんで?」
そうなのだ、智也は恋愛に臆病であった。 大学1年の時には、ちゃんとした彼女が居た、付き合い始めは燃え上がるようになっていって、冷め始めると、大潮が引くが如く、気持ちが冷めていった、交際期間約10ヶ月の短い交際だった。 その彼女と別れてからは、恋愛に消極的になってしまった。これではいけないと智也は思っているのだが、今はどうしても、女の子を恋愛対象には出来ない。
終業時間が来た。智也は妹を迎えに行かなくてはならない。未だにスマホに連絡が無いと言う事は、予定通りと言う事だ。
「お疲れさまでした」
「おう、お疲れ...」
あちこちで帰りの挨拶が飛ぶ。今からなら5時半に十分間に合うので、そのまま家路につく。
「智也、ホントに帰っちゃうの?」
由 がまた聞いてくる。だが、ひとみの迎えがあるので
「由 ごめんな。ひとみが待ってるんだ、今日はこのまま帰るから、次回な」
「分かった。次は付き合ってよね」
「おう、仁 と一緒にな」
「もう!!...ばか!」
「ば~~い!」
「べ~~だ!!」
「あははは...、じゃな!」
「うん」
(もう、ホントに好きなのに、智也)
◇
智也と由は、大学も一緒で、揃って今の会社に就職した。
在学中から 由は 智也の事が好きだった。
大学2年の5月のGW 開け、由は学内の図書室に、資料を探しに書棚を探し回っている時、ちょうど書棚の角で、人と軽くぶつかった。倒れた訳ではなく、由が持っていた資料が落ちたくらいで、大したことが無かったが、もう一方の人の足の上に、少し厚い図鑑が落ちたので、その人は イテテ と言いながら、図鑑を拾っていた。
由が 「ごめんなさい、大丈夫ですか?」 と、聞いたのが、智也 との初めての出会いだった。
「はは...、大丈夫...かな、はは...、じゃあ」
と言い、智也は サッと 図鑑を拾い上げて、その場を去ろうとした。
「待って」
「はい?」
「その本では大丈夫ではないでしょう? 足、見せてください」
「え?...いえいえ、ちょっとだけ痛みますが、多分大丈夫でしょう」
「私、湿布を持っていますので、見せて頂いて、赤くなっていたら、貼りますので、一度見せて下さい」
見せる見せないの、ちょっとした攻防があり、根負けした智也が、席に座り、足を見せた。
「まあ、大変。 結構赤くなってるんじゃあない」
「そうかな?」
「とにかく、冷やしましょ」
と言い、ポーチから冷感湿布を取り出し、智也の患部に貼った。
一連の出来事に、智也は 恥ずかしくなり、顔が赤くなっていた。それを見た 由が。
「顔、赤いですよ」
「は、はあ...、あまり女性と話した事が無いので」
「そうなんですか。でも、やってる私も実は、恥ずかしいんですよ」
「じゃあ、お互い様ですね」
「変なお互い様ですね、うふふ...」
「あはは...」
それから、少し話しやすくなった二人は、自己紹介をして、暫く他愛もない事を話した。
「明日も見ますから、この時間にこのテーブルに来てくださいね」
「そんな悪いですよ」
「いいんです。私のエゴですから、あ!それと、逃げないように、連絡先をお願いします」
そう言って、由はスマホを取り出した。智也が渋っているように見えたので。
「イヤなんですか?」
「いえそんな・・・」
と、言いながら、智也もスマホをだす。
その後、お互いに、連絡先を交換した後、明日もここで と言い、二人は別れた。