鏡面接触(アイ・コンタクト)
洗面所を出た僕は荷物を取りに行くために二階の自分の部屋に戻ってきた。
ちなみにモカはあの後すぐに元気を取り戻して何処かに行っちゃった。姉さんと母さんに見つからないことを祈るばかりだ。
「さて。朝一番の力仕事、がんばるぞっ」
僕は足元の座布団と布団類を畳んでフラフラしながら部屋の外に運び出す。
お母さんがあとで洗いやすいようにこうやって外に出しておくのが毎朝の日課なのだ。
「ふぅ~……おもたかったぁ」
汗もかいていないのにおでこを腕でこすって「ふぅ」と一息。
毎日やっていることとはいえ小柄な僕の体では結構重労働だ。
一気に運ぼうとするのがいけないんだろうけど、こうやって無茶をすることでいつか筋骨隆々とした逞しいボディになると信じてる!体にあふれる美少女遺伝子なんかに負けないもんね!(?)
僕は謎の決意を新たに、うんうんと頷いて荷造りを始める。
「えーと、今日は確か体育があるから着替えの服と汗拭きタオルを入れてっと」
めんどくさがり屋な僕は前日に準備をしないタイプだ。
それに体育や調理実習で使う着替えやエプロンを前日からバッグに入れちゃうとシワシワになっちゃうし、どうせそういうのを朝に準備するならほかの準備も朝で統一した方が効率的だと思ってる。
……ぶっちゃけシワシワとか僕は気にしないんだけど、"あの人"たちがねぇ……。
「あ、そーだ!シャー芯が無くなりそうなんだった」
一度立ち上がり、勉強机に歩いていく。
「んっと、確か引き出しの中に予備の芯があったはず……お、あったあった」
お目当ての芯を回収して引き出しを閉めようとしたところで、ガツッ、と何かにつっかえてしまった。
「あれ?何か挟まってる?」
僕は手の細さを活かして引き出しの隙間から奥につっかえていた"ソレ"を取り出す。
「うわっ、こんなところにあったんだ!懐かしいなぁ……」
それは随分と前に紛失していた写真立てだった。
写真立ては埃まみれだったが、息を吹きかけると飾ってある写真が色褪せずにその"顔"を露にした。
「……ほんと、、、なんでこんなに―――」
言葉の途中で無意識にため息がこぼれる。
写真の中で無垢な笑顔を見せる幼い子供―――数年前の僕と目が合ったからだ。
雪化粧のような白い肌に、透き通った雫のような瞳。さながら妖精のようなその姿は清廉さと儚さを両立させている。
「絵にかいたような美少女……かぁ」
『りむ、また可愛くなったなーって。りむはそんなに可愛くなって、アイドルにでもなるつもりなのー?』
不意にさっき姉さんの言葉が蘇る。
「ボ……ボクが……アイドルだなんて、そんなのになりたいわけないじゃんかぁ……はぁ……」
今日何度目かになる深いため息。
そんなか、ふと、壁に立てかけてある大きな姿見が目に入る。
僕は何気なくそっちへ歩いていく。
―――それは単なる気まぐれか、アイドルなんかになれるわけないと自分の中で確信を持つためだったかもしれない。
僕は馬鹿みたいに大きい姿見(姉さんと母さんの特注品)の布をとって、全身が入るように位置を整える。
「……これは一時の気の迷い……姉さんは間違ってるんだ……!」
目を閉じて深呼吸。
ポーズと台詞はもう決めてある。
あとは、、、勇気を振り絞って実行に移すだけ。
「僕は、可愛くなんかない!スーーーーッ!」
大きく息を吸い込み屈む。
そして……覚悟を決めて一気に目を見開いて、すかさずポージングッ!!!!
決め台詞は―――
「きゃぴっ!」
『きゃぴッ!』
―――その時、僕はアタシと目が合った。