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パラレル・マイルド  作者: 甘凜守 麦
第1章 僕とアタシのアイ・ミーツ・アイ!?
6/10

拝啓 あほメイドと愉快な下僕たちへ

「上を失礼します、先輩方ッ!」

 先輩方の上を跨ぐのは少し気が引けたがやむを得ない。重なるように倒れるメイドの合間を縫って、跳ねるように扉に近づいていく。

 5、6回ほど跳躍したのち、扉前に辿り着いた。着地の勢いが収まらないうちに、鍵穴を覗き込み、その後で扉全体を見渡す。

(鍵は空いているみたいですね。やはり破壊された形跡もないようです)

 ようやく落ち着いたところで、後ろを振り返ると先程の先輩の姿は見当たらなかった。恐らく〈姫御霊(エルフィン)〉の力を行使したのだろう。

 私はドアノブに手をかけ、一度大きく深呼吸。

「今、お助け致します。全ては陛下様の御心のままに……ッ!」

 そのまま勢いよくドアを開け放つ。

プシュュュュュッ

 刹那————私は噴出してきた白い靄に包まれた。ひんやりとした冷気に当てられ、体から力が抜ける。続いて追い討ちのように強烈な睡魔が襲ってきた。

(ッ……やはり、睡眠系の〈姫霊術(アーツ)〉ですか)

 想像を遥かに超える睡魔に私は力なくその場にしゃがみこんでしまった。あまりの眠気に瞼を開く事すらできなくなる。このまま放って置けば30秒もかからず意識を手放すことになるだろう。

(ま、まだなのですか……は、はやく、、、)

 『アレ』の覚醒にはまだ少し時間がかかるようだ。早く。早く。早くッッ!

(い……意識が……もう….…)

 服の上から脇腹をつねってみるが触れている感覚すら感じられない。そしてすぐに抓る力も無く、、、なり、、、、。

( はや………く…)

 まだ、、、、か。

 はや、く、、、、、。

 もう、、、、、、、もたな、、、、。

 意識が完全に消失する、そのコンマにも満たない刹那。

 完全に失われたはずの感覚が、胸元で渦巻く熱"を感じ取った。

 そして————。


ジュイイイイイイン


 一足先に眠っていた耳がその金切り音を聴き取り、固く閉ざされた瞼の裏から光が見えた。光が強くなるにつれてこの暴虐的な眠気は霧散していく。

「………っ」

 私はフラフラしながらもゆっくりと立ち上がっり、何度か掌を握ったり開いたりを繰り返してみた。

「感覚も戻ってきてますね。間一髪でしたか」

 ホッと一息。敵がいるかもしれない状態で何故こんなに落ち着いていられるのか。

 それは目の前に倒れている()()を立ち上がる前に認識していたからだ。

「……めぇぇー……めぇぇー……」

 私の足元で気持ち良さそうな寝息を立てて眠っているソレ————白いモコモコした毛皮に包まれた小型動物を見下ろした。

「中位〈姫御霊(エルフィン)〉のシープメイですか。たしかに集団の無力化にうってつけですね」

 このシープメイは口から"眠気を増幅させる霧"を放出する姫霊術(アーツ)を使うことで知られている中位の姫御霊(エルフィン)だ。メイド達をやったのはこの子で間違いないだろう。

「一瞬で昏倒させる術を使う姫御霊(エルフィン)だったら危なかったですね……」

 そう言いながら、私はシャツのボタンを外し腕を入れて弄る。そして先ほど熱を感じた胸元にある『それ』を取り出した。

()()()は覚醒まで随分と時間を要しますからね」

 私は手元に握った"真紅色の宝石"を見つめながら、小さく嘆息した。

 〈姫御霊(エルフィン)〉アダーストーン。それがこの宝石、もとい私の姫御霊(エルフィン)の名前だ。

 この子は覚醒と同時に私が受けていたありとあらゆる精神異常術、体性異常術を術者に跳ね返す姫霊術(アーツ)を放てる。

「自分はかからないと思って安心してましたね?私のアダーストーンの反射を防ぐ術はありません」

 この跳ね返しは相手がその異常術に対して耐性を持っていたとしても無効化できない。本来睡眠を必要としないシープメイが爆睡しているのもその力によるものだ。

 私はこのアダーストーンの力を買われて王宮メイドにスカウトされた。そこら辺の中級姫御霊(エルフィン)程度に遅れを取ることはない。

「……覚醒条件さえ満たせば、ですが」

 そう。厄介なのはこの子の覚醒条件だ。

(覚醒条件は15秒以上その術を受け続け、意識を保ち続けること。だから致死毒や即時性昏倒術にはアダーストーンは使えません……)

 っと、解説はここまでにしておこう。

 実は、私がここまで落ち着いているのにはもう一つ理由があった。

「まさかとは思いましたが……」

 何故なら先ほどアダーストーンが昏倒させたシープメイは—————


 あのお方が飼っている姫御霊(エルフィン)の一匹だったからだ。


「お、お戯れで御座いますか!?」

 思い返せばいくつも不自然な点があった。

 仮にこれが敵襲だったとして、なぜメイド達を生かしておいたのか。なぜ破壊痕無しに部屋に侵入できたのか。なぜ私達やグレイズ様ですら侵入者に気づかなかったのか……。全て身内の犯行だとすれば説明がつく。

「……()()は一体何のおつもりなのでしょう……」

 私は入ったばかりだが、この部屋の主様の噂は伺っている。なんでもオテンバで悪戯好きなお方で、グレイズ様が最も手を焼いているとか。

 流石に今回のは悪戯では済まされない気もするが……。

「部屋にはいらっしゃらないですね。朝のお散歩でしょうか?」

 室内にいないとなると、いよいよなぜこんな事をしたのか分からなくなる。

(せ、折角の機会ですし、少しだけお部屋を見させていただきましょう!)

 姫様の部屋は多くの熊の縫いぐるみが置かれており、中央のカーテン付きのベッドの枕元には()()()()()()()()()()()()()()()()が置いてあった。

「とても可愛らしいお部屋でございますね。私も生まれ変わったらこのようなお部屋で暮らしてみたいものです。……ん、これはなんでしょう」

 あるものに気がついた。それはベッドのとなりに備え付けられた机の上に置かれた一枚の紙とペンだ。ちらりと文字の羅列が見える。

「……書き置き、でしょうか?」

 アダーストーンを胸ポケットに収納して、その紙を手に取ってみた。

「筆跡は完全に姫様のものですね。何が書かれているのでしょう?」

 読み上げようとしたその瞬間————


バコォオオオオオンッッッ


 部屋の壁が粉々に吹き飛んで瓦礫が部屋に散乱した。

「っ!!? な、な、なっ!?」

 まさか今度こそ敵襲か?

 一気に血の気が引いていく。とっさにアダーストーンを取り出し身構えるが、こんなものは虚仮威しにもならない。この子が真価を発揮するのは状態異常系の術者が相手の時だけだ。

 万事休す。そう思った矢先

「……姫御霊(ソレ)をおさめなさい。私ですよ」

 カタッ、カタッ、と甲高い靴音を響かせながら現れたのは————

「グ、グレイズ様っ!?」

 尊敬してやまないメイド長と

「うわー、ありえないはほんと。普通、姫の部屋壊す?」

 第一王女リア様だった。どうやらグレイズ様の()()()()()で壁を破壊なされたらしい。

「ご、ご無礼をお許しくださいッ」

 私は急いでアダーストーンをしまい、頭を深々と下げた。

「頭をあげなさい。貴女は王宮メイドとして誇れることをしたのですよ。よくぞシープメイを倒しました。その調子でこれからも精進なさい」

「は、はいッ!」

 グレイズ様に褒められ、私は涙が出そうになった。

 それと同時に穴の空いた壁の向こうから、グレイズ様を呼びに行った先輩が顔を覗かせてきて、親指をグッと立ててくれた。本当にあの人は良い人すぎる……。

「それにしても、中位の姫御霊(エルフィン)を悪戯に使われるとは思いませんでしたよ」

「あっはは〜、だよねー!私でもやんなかったことをやっちゃうあたり、さすが我が妹〜」

 完全に呆れ顔のグレイズ様とニヤニヤ顔の第一王女がベッドのそばまで歩いてきた。

「セラ。それは?」

「おそらく姫様の書き置きかと……」

「ほう。あのお方が書き置きですか。珍しいですね」

「へー、あの子って字書けたんだ」

 第一王女様、それは流石にひどいと思います。

「い、いかがなさいますか?」

「今ここで読みあげてくださいますか。いったいどんな言い訳が書いてあるのか興味があります」

「は、はい!それでは私の方から読み上げさせていただきます」

 今度こそ文面に目を写した。そこには、たった2行だけ書かれていた。


 あほグレイズへ

 私、()()()でアイドルになってくるわ!じゃーね!


 私が読み上げた後ほんの数秒の静寂ののち、、、グレイズ様の姫御霊(エルフィン)が部屋を吹き飛ばした。

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