僕はロリ系美少女高校生らしいよ?(本人未承認)
「んあーっ」
部屋にソプラノなアニメ声が響いた。
今のは、僕———夢咲 凛夢自身の声である。起きると同時に「んっ」と伸びをしながら自然と出た声、つまりは地声。
「ふぁあ〜、眠いなぁ……いま何時ー?」
目をこすりながら、頭の上に置いてある目覚まし時計を手に取る。
それはウサギの形をしたとても可愛らしいデザインの目覚ましで、頭にはシルクハットをモチーフにしたボタンが付いている。
「今日は君が暴れ出す前に起きられたぞっ」
僕は目覚まし時計である『鳴りピョンさん』———勝手にそう呼んでるだけだが————の頭を撫でながら、ホッと一息つく。
実はこれ、こんな可愛らしい見た目の割に凶悪な機能が付いている。
それは設定した時間になるとアラームを鳴らしながら"部屋中を飛び回る"機能だ。
ひとたび『鳴りピョンさん』が起動するとボタンを押すまで永遠と部屋の中をピョンピョンしちゃうので、朝一で激しい運動をする羽目になる。
「まぁ、そのおかげで目がすぐに冷めるんだけど。君はほんと曲者だよー」
僕はもともと寝起きがあまり良くなく、どんな種類の目覚ましを買っても寝坊癖が治らなかった。
そんな時に出会ったのがこの『鳴りピョンさん』で、親の友人のおもちゃメーカーに勤めている人から譲って貰ったらしい。
ありがたいけど、なにもこんな凶器———ジャンプついでに蹴られたりするので———をくれなくてもいいのに。
僕は『鳴りピョンさん』のアラームを切ろうと、背中の電源ボタンに手を伸ばした。
その時。
「りむちゃーん、朝よー。ご飯が冷めちゃう前に降りてきなさいね〜!」
僕にそっくりなソプラノ声が聞こえてきた。まあ、お母さんなんだから似てるのは当然なんだけど。
どうやら朝食の時間になったようだ。
『鳴りピョンさん』が暴れ出す前ってことは、いつもよりちょっとだけ早いみたい。まあ起きてたから問題なし。
「はぁーい。今おきまーす」
僕は部屋の扉に向かってソプラノボイスで返答しながら、手元を見ずにボタンを押し込んで、1階に降りて行った。
————この時は知る由も無いが、僕はこの時『鳴りピョンさん』のスイッチを押し間違え、アラーム時刻を30分延長しただけだった。そして僕はそのことを、この先ずっと感謝していくことになる。
1階に降りた僕はリビングに一度顔を出し、そのままUターンして洗面所に向かっていた。
寝起きが悪い僕はご飯の前に顔を洗うのが日課になっているのだ。
「……」
キュキュ。
洗面台の前に立ち蛇口をひねり、水を掬って顔を浸した。
「んあーっ」
とても気持ちがいい。頭が一気に冴え、肌が潤い、清々しい気分になる。
スッキリしたところで備え付けのタオルで顔を拭き、また一度大きく伸びをした。
「……」
そして前方の鏡に映った"自分"と目が合う。
栗色の艶やかな髪を肩に煙らせ、柔らかさと愛らしさの共存した、幼さの残る顔立ち。
華奢な肢体は強く抱けば折れてしまいそう。
真っ白パジャマに、純白の艶肌と相まって、妖精さんのような儚さを感じてしまう。……うん、自分で何言ってるんだろ。
男友達の言葉を借りるなら————絵に描いたようなロリ系美少女。
だけど、、、。
僕はこの容姿は嫌いだ。この容姿は僕から普通の生活を奪っていたから。
僕は16歳。高校生なので平日は当然学校に通っている。だけど僕にとってはこの学校が悩みのタネだったりする。
登校すれば男女問わず僕を凝視してくるし、何かにつけて変な事をさせられることが多い。
女子から言われようのない嫉妬を受けたり、男の子からは犯罪まがいのセクハラを受ける事だってある。
担任にに相談しても「仕方ない。だって可愛いんだもん」の一言で片付けられ、親に至っては「さすが私の子ねっ!」と逆に喜ばれる。
まぁ、『虐められてる』というよりは『いじられてる』って感覚の方が近いから、そこまで真剣に悩んではいないのだけど。
「はぁ……」
洗面所に僕のソプラノな溜息が響いた。
「おはよう、りむちゃん。今日は早いのね」
「おはー、りむー」
リビングに戻った僕を母さんと姉さんが迎えてくれた。
単身赴任で海外に行ってる父さんと部活合宿中の妹を除き、ここにいる母さん、姉さん、僕の3人が今この家に住んでる家族だ。
「あれー。今日はウサ公にいじめられなかったんだ」
姉さんがいう『ウサ公』とは|実力行使型兎目覚まし時計———『鳴りピョンさん』のことだ。今日はたまたま戦わずに済んだが、アレが鳴った日の朝はヘトヘトの状態で1階に降り、姉にこっぴどく馬鹿にされる。
最近は馬鹿にするのに飽きたらしく、「ウサ公タイムアタック」という謎の記録を付けを始め、遅いとデコピン、早いと頭を撫でてくれる。頼んでないけど。
ちなみに姉さんは大学2年の20歳。4つも歳が離れてる割りに仲は非常に良好———だと思う。
「じゃあ、今日のデコピンはナシかぁ」
「なんで残念そうなの!?」
「せっかく新開発の『脳天破壊の一撃』を試せると思ったのに」
「なんでそんな物騒な名前なの!?ってか、本当にそれデコピン!?」
などと馬鹿なやり取りをしながら、僕は姉の向かいに座る。
姉の方はすでにご飯を済ませたようで、机の上には僕の分のご飯だけが置いてあった。
「いただきまーす」
「はぁい。残さず食べなさいね〜」
キッチンで洗い物をしているお母さんに断ってから箸を手に取る。
今日のご飯はシンプルな目玉焼きにウインナー、お味噌汁、そしてトマトの輪切りだった。
僕はとりあえずウインナーを箸でつまんで小さな口で頰張ってみる。
「あむっ。んんー!美味しっ!」
カリッとした食感にたっぷりの肉汁。一口食べただけで頰が溢れそうになる。僕は無意識のうちにほっぺに手をあてがっていた。
一口で勢いが付いた僕は、次から次へとご飯をかき込んでいく。
「……(じぃー)」
なんだか姉さんがすっごく見つめてくる……気がする。気のせいかな。
「もぐもぐ」
「……(じぃーー)」
「むきゅむきゅ」
「……(じぃーーー)」
「ずずーっ」
「じぃーーーーッ」
うん。絶対気のせいじゃないよね。最後なんて声に出してるし。
「な、何で僕のこと見てるの?」
「いや、りむ、また可愛くなったなーって」
「ぶっ」
僕は思わず吹き出しそうになって、なんとか口を押さえて堪える。
「げほっ、げほっ、な、な、な?」
姉さんの不意打ちに、僕は口をパクパクさせることしかできなくなる。
顔が、熱い。耳も、熱い。きっと今頃、僕の顔は真っ赤だろう。
「ほら、そういうあざとい仕草も含めてさ。あんた、最近ますます可愛くなってるわよ」
「か、か、からかわないでよーっ!」
ようやく捻り出せた言葉はいつもよりも高音のソプラノアニメ声。
ビシッと姉を指差したのはいいものの、この口調と仕草はとても『ツンデレキャラ』っぽかった。
姉さんがそれを見逃すはずがない。
「ほぇー、そんな属性にまで手を出したんだー。さっすがこの街指折りの美少女ー」
と、"この街一の美女"にそんなことを言われる。
「姉さんに言われるとすっごい嫌味っぽいんだけど」
「えー?なんでー?」
「……」
姉さん———夢咲 凛亜 は家族のひいき目を抜きにしても、間違いなくこの街一の美人だ。
栗色の髪を腰元まで煙らせ。
瑠璃の瞳はいつも潤しく揺れ。
薄い桜色の唇は淫美に濡れ。
圧倒的なサイズを誇る双丘とスラリと伸びた脚はモデル級。
どれを取っても他の女性を圧倒する完璧スタイルを兼ね備えている。
「ミスコン優勝してたでしょ!3年連続で!」
そう、高校の文化祭で開催されたミスコンで、3年連続で2位に圧倒的差をつけて優勝したりしてる。
というか、何このハイスペックお姉さん。世の中の男子が求める理想の姉のような……。
「ミスコン? あー、そんなこともあったなぁ」
「軽っ!」
高校のミスコンと言えば乙女たちの戦場。それすなわち、幾人もの女子達が凌ぎを削って女王を目指す聖戦である————はずなのだが、等の姉さんはポケーッとしている。そうか、これが王の風格ってやつなんだね。
とまあ、こんな風に容姿においては一切文句をつけられない姉さんだけど。
「ねーねー、そんなことよりさ」
「むぅ?」
「りむはそんなに可愛くなって、アイドルにでもなるつもりなのー?」
「ふぇ、ふぇ!? アイドル!?」
「そそ。いーじゃん、アイドル。りむならトップを狙えるわよ。ぷふ」
ご覧の通り。僕からすれば悪魔だ。
「むむぅっ!さっきから……言わせておけばー!」
勢い余って立ち上がったはいいものの、何をしていいのか分からず、とりあえず両手をバタバタさせて怒りを表現してみた。だが。
「なになに。もしかして、アイドルになるために振付の練習?」
という無駄にうまいツッコミをぶつけられ。
「うぅ……!」
僕はカアッと熱を帯びた顔を俯かせ、プンスカと地団駄を踏む事しかできなかった。
「……あんた、絶対わざとやってるでしょ」
「むむぅーっ!」
だめだ。今日はやることなす事が全て裏目に出ている。
そもそもこの小悪魔な姉に勝ったことないんだよね……。
仕方ないからせめてもの仕返しとして、
「ね、姉さんなんて、きらいっ」
と言ってみたけど……
「やっぱり、ツンデレ路線でいくの?」
と返されて、以下略。やっぱり小悪魔じゃなくて魔王だったよ。
その後も、1分おきに姉にからかわれ、ご飯を食べ終わる頃にはすっかりヘトヘトになっていた。