虫
ある秋の夜、彼は薄いジャンバーをはおり部屋を出た。
このアパートは高台に位置していて、最上階に住む彼の部屋の前の廊下からは周辺の街並みが一望できる。彼はこの景色が好きで、よくここでタバコを吸っている。
彼はタバコに火をつけ、ぼんやりと景色を眺めていた。
彼は毎日「これまでの人生における自分の行動」のそれぞれが正しかったのか考えていた。特に彼の人間関係に関する部分について。
彼は交友関係が広いとはいえないタイプの人間であった。余計な人間関係は災いをもたらすと考えていた。これまで深い関係を持った女性たちとの時間が、彼にこのような考えを植え付けていた。
「ジジッ・・・」
突然、大きな虫が羽をはばたかせる音が近くに聞こえた。
彼は驚いて周囲を見渡したが、それらしい虫はいない。
このアパートの周りは緑が多く、夏になると虫が大量に発生する。虫があまり得意でない彼は、毎年うんざりしていた。夜、虫たちはこの廊下の蛍光灯の光に集まってくる。ある日の帰りに部屋の前に巨大な蛾が飛んでいたときは、しばらく離れて蛾がどこかへ飛んでいくまで待ち続けた。
「虫の存在意義って、ある?」
彼は以前友人にこのようなことを聞いた。するとその友人は、
「じゃあ君は人間の存在意義はあると思うのかい」
と、薄ら笑いを浮かべながら彼を見ていた。
「ジジッ・・・」
再び同じ音が聞こえた。もう一度周囲をぐるりと見たが、虫はどこにもいない。彼は、吸っていた途中のタバコの火を灰皿にこすりつけ、部屋に戻ることにした。足元を見ると、大きな枯れ葉が落ちていた。
それから長い間、彼は部屋に戻らずにその枯れ葉を見続けていた。