終幕:令嬢は愛される
大きな瞳に、ほんのりと赤く色付く柔らかい頬、ふっくらとした指――。
「なんて可愛いのかしら……」
小さな手のひらに自分の指を添えて握らせる――生まれて間もない甥っ子から、マーレは目を離せないでいた。
「さっきも同じ事を言っていたわよ」
出産後より公爵家で療養している王太子妃は、そんな妹を困ったように見つめている。
「だって、本当に可愛いもの」
昔の自分なら、姉が皆から大事にされることも、自分より注目を浴びる存在がいることも、許せなかったはず。
でも、自らの行いを省みて、学び直した今なら分かる。
公爵家の中だけじゃなく、王国内にはこの子のように大事にされるべき存在はたくさんいて、それを守っていくのが貴族の役割なのだと。
「もう……マーレ、また此処にいたのね。時間まで部屋にいなさいって言ったでしょう?」
「だってお母様」
「だってじゃありません」
マーレが成長するにつれ、母は小言が増えたし、父はグレイルとの進展を逐一確認してくるようになった。
しかし彼女は、それすらも、嬉しく感じる。
囲まれて褒めそやされたり、欲しい物を買い与えられたりするよりも、両親の愛を実感できた。
「私の手を握ってくれるのよ? 可愛いわぁ……ずっとこうしていられるもの」
「それは困ったね」
聞き慣れた声の方を見ると、扉の近くに佇むグレイル・アトモスの姿。
「迎えに来たのだけれど……私の手では不満かな?」
「そんなことありませんわっ」
甥の手をそっと離すと、彼の元へ駆け寄る。
白いドレスの裾が翻り、「マーレったら」と母が眉間に皺を寄せた。
「私はいつだって、グレイル様の手を待っているのだから」
出会いをやり直したあの日から、マーレはグレイルへの好意を隠さず、常に全力で思いをぶつけてきた。
それと同時に、今まで以上に勉学に励んだ。
最初は戸惑い気味だったグレイルも、穏やかに、優しく、彼女を受け止め、愛を囁くようになった。
幼少期からのマーレの評判を懸念していたアトモス家も、マーレの熱意を認めるようになり――今日、彼女のデビュタントの日に、婚約を公表する予定となっている。
グレイルに飛びつく寸前、母と侍女に取り囲まれ、身だしなみを整えられる。
裾の皺を伸ばし、白薔薇の髪飾りを留め直し、口紅を控えめにつけて。
「今日は、せめて今日だけは、大人しくするのよ……」
母の祈るような声と共にマーレは解放された。
グレイルの目線を受け、マーレは改めて背筋を伸ばす。
「どうかしら?」
目尻をきりっと吊り上げ、口角を少し上げた余所行きの顔を作り直したマーレに、グレイルが噴き出した。
「いや……良く似合っているよ」
そう言うと、マーレに手を差し出す。
「そろそろ行こうか」
「はいっ」
そうして二人は手を重ねた。
「残念だわ、マーレ。せっかくの貴方のデビュタントの日に参加できなくて」
「シエルは体を休める必要があるからね。グレイル君、マーレをよろしく頼むよ」
いつの間にか来ていた父が、グレイルに頭を下げる。
「私は旦那様と後から向かいますからね。決して、粗相のないようにするのよ」
家族の声を背に、二人は部屋を出た。
自分が不幸な――自業自得であるが――最期を遂げた階段を、ゆっくりと下る。
「今日は……その……できれば、僕から離れないように。マーレは良くできたお嬢さんだと評判だからね。狙っている男も多そうだ」
「あら、私はずっとグレイル様のことしか考えていない我儘娘のままよ? むしろ、グレイル様こそ女性達から人気でしょう?」
「そうなのかな?」
「そうなのよ? だから、私達、できるだけ離れないようにしないと」
そうして二人は手を取り合って、未来へと歩んで行く。




