序幕:令嬢は顧みる
公爵家の長女として生まれた私には、妹がいました。
華奢で愛らしく、そして病弱で――両親はずっと妹にかかりきりでした。
私が第一王子の婚約者となってからもそれは変わらず、自分でいいのかと言う不安や厳しい教育への不満を、誰にも話せず過ごしてきました。
私のデビュタントの時もそう。妹は咳が止まらず、両親に「一緒にいて」とねだりました。
家族に付き添ってもらえなかった私は、一人で城に向かいました。殿下の戸惑ったような表情は、よく覚えています。
殿下にご迷惑を掛けるわけにいかないと、私は一人でいることにしましたが、他家の令嬢達からの嫌がらせを受けてしまいました。
ドレスを台無しにしてしまい、庭園で隠れて泣いている私を助けてくれたのは、グレイル・アトモス様でした。
公爵家の遠縁にあたる方で、私よりも三歳上。
穏やかな笑顔と優しい人柄に、私は恋に落ちたのでしょう。
他人行儀で、私より妹に優しい殿下よりも、とても魅力的に映ったのです。
けれど、グレイル様は妹と公爵家を継ぐ方だと知ってしまいました。
デビュタントを迎えた妹があの方と踊る姿を見ると、私の心にちくりと針が刺さったような感覚を覚えました。
私の婚姻の日取りは中々決まらず、殿下とグレイル様に囲まれて微笑む妹を見ているうちに、私の心は絶望に満たされました。
私は誰にも愛されないんだ、と。
命じられたことだけを淡々とこなしている私に会いに来たのは、疎遠になっていたお爺様方でした。
使用人の誰かが内密に連絡を取ってくれたようです。
お爺様方が私の様子を見かねて、療養させてはどうかと提案したのに対して、両親は声を荒げました。
「王妃にするために金を掛けたのに」と。
事情を聞いた殿下も、「妹が悲しんでいる」と私を引き留めたのです。
私は久しぶりに泣いて、涙が枯れた頃には、もう何も考えられなくなりました。
私を取り巻く状況が変わったのは、殿下と孤児院へ慰問に行く日のこと。
妹が我儘を言って付いてくるのは、いつものことでした。
それでも、二人が談笑する光景に息苦しさを感じた私は、咄嗟に馬車から飛び出してしまったのです。
顔から落ちて地面を転がりまわった私を置いて、馬車は走り去って行きます。
意識が遠のく私の耳に、「女の人が突き落とされた」と子ども達が叫ぶ声が聞こえました。
城で何度も話し合いがなされ、王家は正式に「事故で負傷した公爵令嬢との婚約を解消する」と公表しました。
そして、妹が新たな婚約者になるとも。
国内外の情勢を考えると、我が家から王妃を出すのが最適なのでしょうね。
それから、厳しい教育に耐え兼ねて泣き出す妹の姿をよく見るようになりました。
そんな彼女を抱きしめて泣く母も。
あの子には支えてくれる家族がいるのですから、何も心配することは無いのでしょう。
殿下は一度も見舞いに来てくれませんでした。やはり、私は愛されていなかったのですね。
婿の成り手も見つからない私は、ようやく祖父母の住む領地へ移ることになりました。
私が公爵家を出る日、グレイル様が屋敷を訪れ、婚姻を申し込んできたことには驚きました。
初恋の相手とも言える方でしたが、公爵家に残る気はなかったので、その話はお断りしました。
馬車の中で、私は新しい生活に思いを馳せていました。
産まれてから愛されたことのなかった私が、やっと、安寧の地を得ることが出来ます。
遠く離れた土地では王家や公爵家の噂は中々届きませんが、きっと、みんな、うまくやっていくことでしょう。