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ひまわりが笑った夏

作者: ケロ風

 1.転入生

 2.悪夢の始まり

 3.イジメ

 4.ぼくに出来る事

 5.ひまわり

 6.友達

 7.約束

 8.平泳ぎ

 9.忘れられないカレーの味

 10.8月20日、空色駅に夜7時

 11.ひまわりの笑顔

 12.空はどこまでも




 1.転入生


 キーンコーンカーンコーン。

1校時のチャイムがなって、担任の田中静子(たなかしずこ)先生が入って来た。

「あれ、今日、日直は?」

一番後ろの窓側に座っていた山里(やまざと)は気持ち良さそうに眠っていた。

先生は、「山里!寝ながらでも良いから日直やりなさい。」と言いながら、出席表をめくった。

周りからは、どっと笑いがおこる。

ぼくは、西川(にしかわ)友生(ともき)、小学5年生。

友生…だなんて名前を付けてもらったが、実際、今、ぼくに友達はいない。

別にいじめられているわけでも無い。

そういう友達関係が、わずらわしいので一人の方が楽、って考えたわけ。

「…んで、今日は、みんなに新しい友達を紹介します。入って来て良いよ。」

先生の声にみんなが前のドアに集中した。

ガラガラガラ…少々建付けの悪いドアが音を立てて、ゆっくり開いた。

そこには、小柄な少女が立っていた。少女は、先生の方へ歩いて来る。

少女は、帽子のつばを後ろに回して、黄緑色の半袖シャツに、黒い半ズボン…男子が着ても、変じゃない服を着ていた。

でも少女の顔はふつうに女子…というか、そのままドラマに出てもおかしくない顔つきだった。

クラスがざわつく。

「はい。静かに!自己紹介、お願いします。」少女は軽くうなずくと一歩前に出て、

「はじめまして。私は夏野(なつの)ひまわりと申します。

隣町の花木(かりん)小学校から来ました。たん生日は7月6日です。

わからない所もたくさんあると思いますがよろしくお願いします。」

「はい、みんな仲良くして下さいね…えっと席は…西川の横で良いね。

あの水色のシャツの男の子のとなりね。」

少女は…夏野さんは、となりの席にすわると、「よろしくね。」と、軽くあたまをさげた。

ぼくも「おぉ。」と言って夏野さんと目を合わせた。

近く見ると、やはり、ほりが深くて、クリクリした目は、その名のとおり、ひまわりが入っている様に澄んでいた。

ぼくはなぜか、これ以上見ていられない様な気がして、うつむいた。顔が熱い。

また、夏野さんも同じ様にうつむいていた。




 2.悪夢の始まり


 次の日、ぼくは自分でも良く分からないけれど、早く学校に着いた。

目覚まし時計をセットした時間より30分以上も早く起きてしまったのだ。

この学校は朝の会が8時20分からで、その前に10分間読書時間がある。

ぼくは、この時間が一番好きだ。

つまり、8時10分に着いていたら、遅刻にはならない。

でも校門は、7時20分には開くので、サッカーや、一輪車をしたいがためにほとんどの人が7時30分には着いている。

で、もちろんぼくは、その「ほとんど」に入らない人で、いつもは、遅刻ぎりぎりに行く事が多い。

でも今日は「いつも」とはちがって、どういうわけか、一番乗りで来てしまったのだ。

ガラガラガラ。ドアが開いて、知らない少女が入って来た。…いや、夏野さんだ。

夏野さんはとなりの席にすわると、ニコっと笑って、「おはよう。」と言った。

ぼくも、「おはよう。」と答える。

あれ?こころなしか、夏野さんの目がくもっている様に見える。

でも頭が熱くなって、読みかけの本で顔をかくした。

この時は、知るまでもない…これから大変な事が起るとは…。




 3.イジメ


 ある日、ぼくは今日も早く学校に着き、廊下を歩いていた。

教室の後ろのドアを開けようとした時…ガチャン!

イスや机がたおれる大きな音がして、何事かとドアを開けようと、手に力を入れた時、中から、

「何をするの⁉」と女子の声が聞こえた。

おそらく夏野さんの声だ。あわててドアを開けようとすると、

「ざまぁ見ろ!この弱虫坊主め。」と男子の声が聞こえた。

「そうだそうだ。」

「あれぇ~。ゴメンネ、男とまちがえたよ。」

「えっ、コイツ女?」

「知らなかったよなぁ。ワリーワリー女だったなんて。」

イジメっ子の下村(しもむら)と、その仲間の木田(きだ)光里(こうさと)北村(きたむら)の声も聞こえる。

おそらく転入してきた日…今もだけれど、夏野さんは、わりと、ボーイッシュというのだろうか、

男の子でも着れる服を身に付けている。

きっと、それでイジられて…いや、イジメられているのだろう。

本当なら、今すぐ助けに行くべきなのだろう。でも、ぼくは体に力が入らなくて、その場にたたずんだ。

イジメというのはとてもひどい事だ。

今ではイジメられる事は無いけれど、低学年のころ、イジメをうけていた。

初めはしつこくイジられるくらいだった。

だけどだんだんエスカレートしていって、机にも、ノートにも、落書きをされ、教科書はビリビリに破かれた。

そのうち、周りの女子も離れていって、一番仲の良かった友達も、「ごめんね。」を最後に口をきかなくなった。

だれかが悪い事…黒板にイタズラ書きとかをすると、それは全部ぼくのせいになって、先生すら、ぼくの事を信用してくれなくなっていった。

家族には、心配かけたくなくて、言い出せなかった。

どんどん追い込まれていったぼくは、本当に「死」を選ぼうとした事もあった。

高い所に行くと、このまま落ちたら楽だろうな。と思う事は何度もあった。

でも、ぼくが死なずにすんだのは、3年生の時、父の会社の転勤で、今の学校に転校したからだ。

ぼくが友達関係、人間関係をきらうのは、こんな事があるからだ。

ぼくは自分が巻き込まれて、イジメをうけたくなくて、夏野さんをたすけ出す事が出来なかった。




 4.ぼくに出来る事


 夏野さんがイジメられている事を知ったあの日から、ぼくは、憂鬱な日々を過していた。

別に、ぼくがイジメられているわけでも無いのに、心にモヤモヤした何かがかかって、気持ちが悪い。

昨日と、その前の日、ぼくのとなりの席は、空っぽで、静かだった。

今まではそれがふつうだったのに、ぼくはなんだか落ち着かなかった。

夏野さんは「家の用事」という事で休んでいたのだが、それが、本当かどうかは、ぼくに知るすべもなかった。

そして今日は学校にやってきた。

でも転入してきた頃のように、輝いていた瞳も、はうらつとしていた表情も今ではくもっていて、元気が無かった。

話しかけたいけれど、向こうから言ってくる「おはよう。」「さようなら。」の挨拶や、

プリントをまわした時の「はい。」と、「ありがとう。」くらいしか、言葉を交わせなかった。

 今日はそうじ当番だ。放課後のそうじはめんどくさい。

それに今日は同じそうじ当番の中田(なかた)光村(みつむら)さんが、

同じスイミングスクールに通っていて、今日は進級テストだか、なんとか言って、帰ってしまったので、

ぼくと夏野さんの二人だけなのだ。

まあサッサとやって終らせてしまおうと、そうじ用具を取りに行って、教室に入ろうとすると、中から、「お前、学校さぼっただろ。」という声が聞こえてきた。

「いっけないんだー。いけないんだぁ。先生に言ってやろぅ。」

「なあ、なんでお前、この学校来たんだぁ?金が無くて逃げてきたとか。」

「ダメじゃねぇか、男ならしっかりしねえとよぅ。」

「オイオイ、そいやぁコイツ女だぜ。」

「あぁ。忘れてたぁ。いや、ワリィーな。お前、男にそっくりだから。」

「ワハハハハハハ。」

また、イジメられている。ガン! なにかがたおれる様な音がして、

「痛った。」と夏野さんの声が聞こえる。

ぼくは、持っていたほうきとバケツを放り投げると、ドアをものすごい勢いで開けた。

「お前ら、何やってんだ!」と叫ぶ。

一瞬驚いた様にこちらを見ていたが、すぐに

「お、威勢の良いやつがやって来やがった。」と木田が言った。

「アレ?何か、コイツら、お似合いじゃねぇ。」

「ダメダ、ダメ。こいつどう見ても男だぞ。」

と転んでいた夏野さんが、起き上がったところを、北村が肩をおしてまた転ばせてしまった。

「お前!オメェら「イジメ」ってどんな事か知ってっか?

一見、イジメてる方が強いように見えっけどな、本当は逆も逆、正反対なんだよ。

オメェらみたいに4人や5人で、たった一人をイジメてるやつが、一番弱いんだよ!

オメェらなんて、1人にしちまったら、なんにもできやしねぇんだよ!

一人必死に耐えてるやつが、どんなに苦しいか、オメェらに分かったもんじゃねぇんだよ!」

気が付いたら、ぼくはそんな事を言っていた。半分は自分をイジメてたやつらの分まで憎しみを込めて。

相手が何かを言いかけた時、ガラガラガラとドアが開いて、担任の先生が入って来た。

「何やってんの⁉」と、大声を出す。

ぼくは、転んだままの夏野さんを急いで起こした。

うっすら瞳に涙を浮かべている。大きなケガはなさそうだ。

先生は、大声で叫ぶぼくの声を聞いた女子からの知らせを受け、来たそうだ。

その後先生は話しを聞き、イジメが発覚して、下村たちに謝らせた。

もう一度、ぼくと、夏野さんの無事を確かめると、これから何かあったらすぐに言う事を約束し、ぼくらを帰してくれた。

下村、木田、光里、北村、は、下校時刻までお説教が続くだろう。

ぼくがイジメを止められたというと、少しちがうけれど、とにかく終って良かったと思っていた。




 5.ひまわり


 学校の外に出ると、少しすずしい風がふいていた。

今まで一緒に帰った事なんて無かったから、まさか夏野さんの家が、家の近所だっただなんて知らなかった。

二人並んで、でも話しもせずに、大きな青空の下を歩いていた。

最近は、少しずつ太陽がのぼっている時間が長くなって来ている。

ちょうど一カ月前…夏野さんが転入して来た頃なら、今の時間は夕日で染まっていただろう。

夏休みまであと一か月も無い。

学校に行くよりは良いけれど、両親が共働きしているので、どこに遊びに行けるわけでもない。

別に行きたい所も無いのだけれど…。

だから朝早く起きてラジオ体操ってほどはりきっていないので、7・8時くらいに起きて、

適当に朝食をとり、宿題もそこそこに本を読んだり、何となくテレビを眺めて一日が終わる。

それでもぼくは夏休みが好きだった。

楽しみにしていたはずなのに、なぜか少しさみしい。

特に学校が好きってことは無いので、自分でも良く分からなかった。

ふいに夏野さんが、「さっきはありがとう。」と、顔を赤らめながらこちらを向いて、そういった。

さっきまでの事がウソの様に、澄んだ瞳は輝いていた。

ぼくは視線をそらしたまま、「おぅ…でも、ぼくが止められたわけじゃねぇし…。」と言った。

夏野さんはぼくをみつめていたが、ぼくが顔を上げると、視線を前にもどして、

そのまま「ありがとう。」と、もう一度繰り返した。

「ねぇ、西川君、「夏野」じゃなくてさ…」一瞬うつむいて、こちらを向きなおると、顔を真っ赤にしながら、

「ひまわり…ひまわりってよんでくれない?」そう言って、視線を前にもどす。

「え?」ぼくは驚いて聞き返した。夏野さんはコクリとうなずくだけだった。

「…ひまわり…さん?」とぼくがいうと、

夏野さんは前を向いたまま、首を横にふって、「ひまわり…ひまわりで良いの…」と言った。

ぼくが夏野さんの方を向くと、夏野さんもこちらを向いた。

目を合わせただけなのに、胸の鼓動が大きい。

「ひ、ひま…ひまわり。」ろれつが回らずに変になってしまった。

夏野さんはこちらに向きなおるると、大きくうなずいて、

「あとさ…西川君…じゃなくて…無くてさぁ、と…友、友生君…って呼んでもいいかなぁ。」

「えっ…」夏野さん…じゃなくて、ひまわりは、うつむいたままそう言った。

「ヤダ。」…ぼくはそういった。夏…じゃなくてひまわりはおどろいた様にクリクリとした大きな目をさらに大きく見開いて、こちらを見た。

「友生…友生にしてくれよな…。」ひまわりはうれしそうに笑うと、ぼくと目が合って、おたがい視線をうつす。

「ねぇ、私達、友達だよね…。」ひかえめに、目を合わせない様につぶやいた。

「え…」ぼくはおどろいて、ひまわりをみつめた。

ひまわりは不安そうにみつめかえす。

「ごめん。変な事言ったね。助けてもらって、うかれていたみたい。」と言いながらうつむく。

ぼくの頭の中に、前の学校の同級生がうかぶ。

親友―もちがうけど、―最後に言われた言葉は「ごめんね」だ。

それからぼくは完全に孤立していった。

人間関係、友達関係なんて、築くのは大変なのに、裏切られるのなんて、一瞬なんだ。

ましてや、同級生の友達だなんて、そんなものだと考えて来た。

いや、そう自分に言い聞かせ、信じてきた。

そうでもしないと、あの頃の事を一生背負って、くり返して行かないと思ったからだ。

別に、ひまわりの事が、きらいだとか信じられないわけじゃない。

実際、ぼくを裏切った親友だった同級生だって、本当に、心底ぼくをきらいになったわけでも無いだろう。

ただ、ぼくの近くにいると、巻き込まれイジメられかねないからだ。

周りの女子達だって、いじめたやつらだって、そんな様なものなのだろう。

イジメとは、そんな物だと思う。

だからぼくはそれ以来「友達」を作っていない。

友達を作ったら、ぼくも、イジメる方になるかも知れない。

そんなふうに言ったら良く聞こえるけれど、本当はこわいだけなんだ。

一歩ふみだす勇気が無いだけだ。

またイジメられたらとか、イジメを止められるかとか、自信が無いだけなんだ。

となりを見ると、ひまわりがうつむいたまま、歩いていた。

ひまわりだって、イジメられていたんだ。「友達」とは楽しい反面、そういうトラブルとかが起きる事だって少なくないのは知っているだろう。

でも、それでもぼくと関わろうとしてくれている…ぼくは、決心して答えた。




 6.友達


「あぁ。ぼく達は友達だよ。」ぼくは、そう言って笑った。

ひまわりは、うれしそうに笑うと、小さく「ありがとう。」とつぶやいた。

しばらく無言のまま景色は後ろに流れていった。ふいにひまわりが前を向いたまま、話しはじめた。

「あのね。実は私、お父さんがいないの。お母さんに、旦那さんはいないの。

お母さんはね、一人で私を育てて来たの。お兄ちゃんもいる…いたの。お父さんはちがうけどね。

お母さんは、私達2人を懸命に育ててくれた。

お兄ちゃんは、17才の時に生んだんだって。

お母さん、一人っ子で両親を早く亡くしてて、だれにも打ち明けられずに、高等学校中退して。

だからお兄ちゃん、私と18才もはなれてた…。

お兄ちゃんは、高校行く金を心配して行かなくて、家の事手伝ったり、バイトして、

それでどうにかやりくしていたらしいの。…

らしいって言うのはねね。私が1才の時に、お兄ちゃん、交通事故で死んじゃったの。

新聞配達の途中、その前夜…もうその日まで飲んでた大学生が飲酒運転してたバイクにつっこまれて、すぐに…。

だから、お兄ちゃんの顔、覚えてないの。

それでね、お兄ちゃんが死んで、住んでたアパートのお金、払えなくなって、夜逃げした。

それは良く覚えてる。真夜中、気が付いたらお母さんに抱かれてて…寒い冬の日だった。

走り回って、その日は道で一夜を過した。

次の日、すごく安く、アパートを売っててね、部屋じゃなくて、アパートごと。

安いったって、900万円。お母さんに、そんなお金無くって、借りて、やっとの思いで手に入れて、中に入ってみたら、オンボロで、すき間風が寒かった。

でも、お母さんは、寝る間も惜しんで働いて、借りたお金を少しずつ返してる。今もね。

そして私が一年生の時、オンボロアパートを直してアパートとして貸し始めた。

その頃からね、私は学校でいじめられてた。

お金が無いのくらい、一年生でも見ればわかったの、服はお兄ちゃんのしか無いし…。

今のサイズはきれいだよ、お兄ちゃんも、そんなにいたずらっ子じゃなかったみたいだし。

でも一年生のお兄ちゃんが着た服なんて、ボロボロで、つぎはぎまであった。」

ひまわりは、目に涙をうかべながら話すと、フゥっと息をはいて、ゆっくりと続きを話し始めた。

「でもね。だんだんアパートが上手くいって、私とお母さんに、服くらい買えるようにになった。

でも、私はお兄ちゃんの服が大好きで、今でもずっとお兄ちゃんのなの。

お兄ちゃんの顔は覚えてないけど、きっと優しいお兄ちゃんだったと思う。

三年生の時、もう一つ、アパートを経営する。って言って、引っ越したの。

やっと人並みの物が手に入る様になって、それでもイジメられてた。お母さんには言えなかった。

そして、五年生になって、この近くに、不動産会社があって、お母さんがそこで働くために、私はこの小学校に転入したの。

持っていたアパートは、だれかにゆずったらしいの。よく知らないんだけどね。

でもやっぱりイジメられた。初めてだったんだよ。友生みたいに止めてくれたのは。

ありがとう。うれしかった。」そう言って、ニコリと笑った。

「あ、あぁ。」ぼくもうれしかったんだよ。

ぼくに友達ができて…そんな風に言えたら良い事ってことくらい分かっている。

でも、のどの所で詰まって、なんだか言えなかった。




 7.約束


 明日から夏休みだ。うれしいはずなのになぜか心が沈んでいた。

ふと、となりを見るとひまわりも、うかない顔で変帰る仕度をしていた。

今日は6時間目が大そうじだったので、仕度が終った数人は、うれしそうにランドセルを担いで、

遊ぶ約束をしながら駆け出していた。

ぼくは教科書をつめ込んでランドセルを閉じた。

ひまわりもランドセルを閉めると、こちらを向いた。

「あの…。」すると、ろう下の方から、

「コラ、ろう下を走るな!」と、女の先生の大きなどなり声が聞こえてくる。

おそらく、今年この学校に来た、ベテラン女教師の声だろう。

「鬼先生」と呼ばれる、厳しい先生で、入って来た当初は、とても噂になってたっけ。

どうやらつかまっているうのはうちのクラスの男子数名らしい。

ろう下を走っていたから、おこられるのはしかたないけれど、少しかわいそうだ。

「あっ…何?」向き直って、ひまわりに聞く。ひまわりは、はずかしそうにほほを赤らめながら、

「プール…一緒に行かない?」と半ば独り言の様につぶやいた。

その目は期待とはずかしさにキラキラと輝いていた。

「えっ…。」予想外の言葉に驚いた。

授業では無く、友達とプールへ行くなんて、何年ぶりだろうか。そもそも、友達と遊ぶのも久しぶりだ。

しかも女の子…。ぼくの頭に色々な考えがうかぶ。

「いいよ。」…えっ。自分で言った言葉に驚いた。考えている事がしている事に間に合っていない。

ひまわりは、

「よかった…。さすがにプールはいきなりかなっ…って思ったんだけど。」と、うれしそうにほほえむ。

その愛らしさに思わずぼくもほほえんだ。でも顔が熱くなってうつむく。ひまわりも視線をずらしていた。

「あ、いつが良い?」とひまわりが視線を前にしたまま聞く。

ぼくは、「いつでも。」と答える。前も話したが、用事という用事が全く無いのだ。

「それじゃあ…」とひまわりが日にちを言う。今日からそれほど遠く無い。

ぼくはひまわりを見つめた。ひまわりが顔を上げたのであわててうつむいた。

「あぁ。良いよ。」と答える。

「10時から。市民プール集合。で良い?」

「あぁ。昼飯は、そこの食堂で良いな。」

「え、あそこ食堂なんてあったっけ。」と考えるひまわりに、

「奥の方にな。カレー定食がおいしいんだ。一つ400円。」

と、ぼくはうなずいた。

そこのカレーは、おいしいと評判なのだ。

「んじゃあ、持ち物は、400円と水着だね。」

「あぁ。」その後、もう一度日にちと時間を確かめ合って帰った。

今日は、ひまわりは塾があるらしく、家とは反対の方へ帰って行った。

一人歩く帰り道、さっきとはちがって、この夏休みはいつもより楽しくなりそうだと期待に胸を高鳴らせたぼくだった。




 8.平泳ぎ


 ぼくは、市民プールのロビーのイスにこしかけて、訪れるお客さんを目で追っていた。

小さな子供が、おそらく父親だろう男性の手を引き、ぼくの目の前を通りすぎていく。

「はぁ。」ぼくはまた一つためいきをついた。いったい何回目だろうか…。

もう、30分も前からこうしてただ通り過ぎる人達をぼんやりと見つめては、ため息もらしていた。

ふり返ると、時計の短針は、9と10の間に長針は6の所に、一秒をきざむ秒針は、今のぼくには、カメや、カタツムリと競争しても、負けてしまうのではないかと思うほどだった。

こんな時間にひまわりが来るわけが無いのは、秒針とカメとカタツムリを競争させるほどのぼくにだって分っている。

ぼくは、約束した1時間も前からこのイスに座っているのだから。

時間とは不思議なものだ。長くあってほしいと強く願えば願うほどに、風の様に過ぎさって行く。

それなのにどうして、こう強く、早く動いてほしいと願うときには、こんなにノロノロとしか流れないのだろうか。

そんな詩人か、はたまた哲学者の様な事を考えるのもあきて、「何を考えるか」を考えているところだ。

何かそれは、「悩みがない事が悩みだ。」と、そんなセリフとなんら変わらないなと思う。

人とは不思議なものだ。何かに追われている時は休みたいと思うのに、こんなにもひまになると、自分が変になってしまうのだから。

あきたはずの詩人ごっこも、「何を考えるか」考える事よりかはぼくに合っている様だ。

そんなこんなでまた10分間、ぼくにしたら100時間を待った。「はぁ…」またため息をつくところだったぼくは、驚いて、ためいきをつく事を忘れてしまった。

なぜなら、ぼくの目の前に立っているのがひまわりだからだ。

「あれっ…友生もう来てたの?まだ20分前だけど。」

「あ、まぁな。ひまわりも早いな。」

「うん…。なんだか足がかってに動いちゃって…楽しみにしてたから。

… あ、ごめん、もしかして待った?」

よく、遅刻した方が先に来た方にそう言って…。

「あ、いや、ぼくも今来た所。」

って、気をつかって言うけれど、まだ約束の時間の20分も前。

どちらも遅刻したわけじゃ無いのに、変な感じだ。

しかもぼくは気をつかったんじゃなくて、ひまわりを見たらその言葉しか出てこなかったのだ。

ひまわりははずかしそうに「女子更衣室こっちだから。」と歩き出す。

「あぁ。んじゃ、プール入った所待ち合せな。」と、ぼくも足を動かす。

男子こうい室は、とくに混んでもいなかったので、サッサと着がえると、タオルを持って、こうい室を出る。

タオルを置いて、シャワーを浴びた。

生あたたかい水がくすぐったい。シャワーを出ると、まだひまわりの姿はなかった。

少しして、ひまわりがシャワーをあびて、出て来た。

「どっから泳ぐ?」と、ぼく。

市民プールには、25メートルプールと、子供用の小プール。その周りに流れるプール、そこへつながるスライダーがあるのだ。

「うーん。25メートルプールは?」とひまわり。

「あぁ。」とこたえ、25メートルプールへ歩く。足を入れると生ぬるい水が足をくすぐる。

「ひゃっ。」ひまわりが、胸までつかって、小さく叫んだ。

ぼくも水の中に入る。なるほど、足で感じるより、体感温度がぐっと下がる。

このプールの水深は1.2メートルだ。

ひまわりは、つま先で立つと胸くらい、普通に立つと、首くらいの高さだ。

ぼくは、普通に立って、胸くらいの高さだ。

しばらくつかっていると、水の冷たさに慣れて来た。

ひまわりもそうのなのか、「じゃあ、泳ごっか。」っと、姿勢を整えた。

ぼくも、体勢を変える。

「よーい。ドン。」と、ひまわりの合図に合わせて、思いきりプールのかべをける。

手を、大きく広げ、足も広げる。10メートルの線を通りこし、頭を上げた。

ぼくは、小学校低学年の頃…この学校に転校する前まで、プールを習っていた。

とは言っても、もちろんぼくの意思がそこにあったわけではない。

母の友達の子供がならっていて、紹介して入団すると、紹介した方もされた方も安くなるとか、

なんとかって、そんな流れで入団してしまったのだ。

まぁ、特別好きだったわけじゃないけれど、きらいなわけでも無かった。

そんなわけで、水泳は体育の中では得意な方なのだ。

その中でもぼくは平泳ぎが好きだ。それで、今も平泳ぎで泳いでいる。

20メートル地点を過ぎて、横をチラッと見ると少し前をひまわりがクロールで泳いでいた。

「ぶはっ」っと、ひまわりがゴールして頭を上げる。ぼくもゴールに手をついて、足をつける。

息を整えたひまわりが、こちらを向いて、「友生すごいね。平泳ぎ。」とニコリと笑った。

「あ、あぁ。少しかじった事があってな。ひまわりも速いな。」

と、目を合わせない様に、ビートばんを使って泳いできた一~二年生くらいの少女を目で追いながらこたえる。

「私も、少し習ってたから。って言っても、母親の方のおじさんにね。ほら前に少し話したでしょ、うちお金無くて、幼稚園とか行けなくて、おじさん家にあずけられてたから。」と、ひまわり。

「そっか。」と答えつつなにげなく二人は、流れるプールに足を運んでいた。




 9.忘れられないカレーの味


 その後、泳ぎに泳いだ二人のうち、お腹が減っている事に気が付いたのはひまわりだった。

どうも、人が少なくなったと思ったら、もう1時30分をまわっていた。

あわてて着がえると、ぼく達は食堂へ向かった。

「400円持って来た?」とひまわりに聞かれ、ぼくは「ああ。」と、プールバックのポケットから、がま口の小さな小銭入れを出して、500円玉を取り出して見せた。

ひまわりはそれを見て、笑顔でうなずきながら、ポケットの中から、かわいらしいパンダのポーチを出して、100円玉3枚と、50円玉2枚を手のひらに出して見せた。

ぼくが笑ってうなずくと、「細かくなっちゃった。」と、50円玉2枚をもう片方でつまんで見せた。

ぼくは小銭入れの中にあった100円玉をこっそり左手に持ち、500円玉をしまうと、バックにしまって、「50円玉、2枚かして。」と、右手を出す。

ひまわりは少し不思議そうにぼくの右手に50円玉を置いた。

その上に100円玉をかくした左手をおいて、軽く振る。中のお金がぶつかりあって、カチャカチャと音がする。

手の感覚で、100円玉の方を右手に入れると、お金が落ちない様に、それぞれにぎりしめて、左手をさげると右手のひまわりの前で開く。

「うわぁ」とひまわりは目を見開いた。とても簡単な、種も仕掛けもある手品を驚いてくれてうれしかった。

本当はそれくらい分かっていたかもしれないけれど。

ひまわりは100円をうけとると、あとの4枚の100円玉と同じ様に 右手でにぎりしめた。

「これ見て。」と、パンダのポーチにお金を入れるとぼくに見せた。

「これ、私が生まれたときね、お兄ちゃんが買ってくれたんだって。」と、さみしそうに小さく笑った。「そっか。」と、ぼくは言葉につまって、それしか言えなかった。

しばらく思いにふけっていたひまわりは、ふと気が付くと、

「あ…ごめん。何かしんみりささせちゃったね。」と、わざとらしく明るい声で言った。

「いや…。きっと良い人だったんだな、兄ちゃん。」と、ぼく。

「それ、見せてもらっても良いか。」と、つけたしながら右手を出す。

「うん。」と、ひまわりはぼくの手のひらにポーチをおいた。

よほど、大切に使っているのだろうか、白い所も真っ白とまではいかないもの、十分きれいだ。

ぼくは、ポーチの中を見るふりをして、左手にかくしていたお金を入れる。

他の100円玉にあたり、カチャリと小さな音がするが、ひまわりには聞こえないだろう。

「ありがとう。」と、ポーチをさし出す。「うん。」と、顔を上げたたひまわりをと目が合う。

ぼくは思わずうつむいた。ひまわりもポーチを受けとると、あわてて目線をずらす。

するとそこにたのんでいたカレー定食が運ばれて来た。

「うわぁ~。」と感嘆の声をあげるひまわりに店員の女性は思わずほほえんでいた。

ぼくの目の前にもカレーの良い香りがやって来る。

頭を下げるぼくに、「ごゆっくりどうぞ。」と頭を下げて、店員は次のお客さんのもとへと早足で向かった。

見た目はとくにふつうのカレーだが味は結構おいしいのだ。

「いただきます。」と、二人はカレーにスプーンを入れる。

「おいしいね。」と、ひまわり。「あぁ。」と答える。目が合って、おたがいにうつむく。

向き合って食べるとなんだかきまずい。

なぜだろう。こころなしか、カレーを食べ進めるにつれて、ひまわりの顔がしずんで行く気がした。

「まずいか?それとも具合でも悪いか?」と、心配になったぼくは聞いた。

顔を上げたひまわりは「あ、ううん。大丈夫だよ。たくさん泳いで少しつかれたのかも…。このカレー、本当おいしいね。」と、笑った顔は、ぼくにはぎこちなく見えた。

カレーを完食したひまわりが、「あぁ、おなかいいっぱい。」と自分のおなかをさする。

「ぼくもだ。」と、空になったお皿をカウンターにさげながら答える。食堂を出ると、出口に向かって歩き出した。

「…また来ような…。」とぼくはひまわりを見つめる。

ひまわりの顔が暗くなって行くのを感じたぼくは、「ぼく、何か変な事言った?」と、ひまわりの顔をのぞきこむ。

「…え、あ、ううん。ごめんね。何でもない。うん、うん、また来ようね。」と、力無くほほえむ。

「8月20日、空色駅に夜7時、来て…」と、つぶやきをつけ足した。

「え?」とぼくが聞き返すと、「あ、ごめんね。何でも無い。えーっと、そう、今日の夕飯何かなぁ~なんて、アハハ、今食べた所なのにね。私、くいしんぼうだね。」と強引に笑って見せる。

もちろん心配じゃなかったわけじゃないけれどぼくは気をとりなおして、少し雑談した後、ひまわりに別れを告げて、家へと歩き出した。




 10.8月20日、空色駅に夜7時


「友生、どうかした?」と、台所に立っていた姉に、心配そうに声をかけられた。

ぼくは父と母と姉との4人家族だ。父と母は仕事で、午後6時になった今でも帰って来ない。

夕食を作っている姉は来年高校生だ。

「えっ…」と、とぼけた様に返したぼくに、

「<え>じゃないでしょ。さっきから時計ばかり気にして…。」半分おこっている様なくちょうだが、心配してくれているのは確かだろう。

「あ、いや、父さん達早く帰って来ないかなぁーなんて。」と、少々強引に言いつくろう。

「バカね。母さんは今日夜勤で朝まで帰ってこないし、父さんだって、朝<ざんぎょうだから、おそくなる。>って言ってたじゃない。9時くらいまでは帰って来ないわよ。」と、正論を言われて、

「あぁ、そうだったね。」としか答えられなかった。

今日は8月20日だ。プールの帰りにひまわりがつぶやいた<「8月20日、空色駅に夜7時来て」>という言葉が頭にひっかかって、何だか落ちつかない。

ぼくの聞きまちがえかもしれないし、本当に何でもないのかもしれないのだけれど、何か、いやな予感がしてたまらないのだ。

「友生、夕飯出来たよ。台、ふいて。」と姉にしたがって、台をふくと良いにおいがはなをくすぐる。「あ、カレー。」と思わずつぶやいた。

「冷める前に食べな。」と姉。

「いただきます。」と、手を合わせたぼくはスプーンを手に、一口食べる。!!!ぼくは目を見開いた。「この味って…」と姉にうったえる。

「ええ」とうなずき、「あそこの食どうのレシピで作ったの。母さんが<「あそこで働いている店買と知り合いでさ、作り方教えてもらったんだ。」>って、レシピの紙くれたから、作ってみたの。どう?おいしい?。」とこたえる。ぼくは「うん。」とこたえた。

そういえば、あの時から、ひまわり、変だったよな。カレーはおいしいって言ってペロリと食べたのに暗い顔してたし…あの時もうすぐ帰るからさみしいのかと思ったんだけど、でもそれくらいであんな顔するか?と、探偵みたいになったつもりで考える。

そうだよな。変だ。だって、また来れば良いじゃないか。夏休みだって、まだあるんだし、そうじゃなくても…そうだ確か、ぼくが<「また来よう」>って言った時も、表情が曇ったし…。

つまらなかったのか…いや、楽しそうにしてたしな。<また来れない>なんだかの事じょうがあると考えたら…なんだろう。もう、プールに来れない事…いや、ぼくに会えない事、となると…。

「そうか、引っこすんだ。それで空色駅か!」時計は6時35分になるところだ。

「友生⁉」いきなりさけんだぼくにおどろいた姉はあやしいものでも見る様な目で、こちらをうかがっていた。

「ごめん姉ちゃん。ぼく行かなきゃいけないんだ、空色駅に!」と言い捨てると、くつをはいて玄関をとびだした。

夏とはいえ、外には一番星がかがやいていて、すずしかった。

いや肌寒かった。そんな事をかまわずにぼくは走り出す。

ここから空色駅までは2㎞以上あるのだ。間に合ってくれ!と心の中でさけびながらぼくは走った。




 11.ひまわりの笑顔


「はぁ、はぁっ、は、はー、あー…。」外に出た時はあんなにすずしく感じたのに、今は真夏よりも暑い。もう20分も走っただろうか。ぼくは、自分がこんなに速く走り続ける事が出来るなんて知らなかった。

でも、さすがに息が苦しい。体にはシャワーをあびたときくらいの汗がふきだしていた。

それでもまだぼくは足をゆるめずに走る。

今、何時だろうか。うで時計くらいしてくれば良かったと、今さらなげいてもしかたない。

やっと駅が見えてきた。夏だとはいえ、この時間は真っ暗だ。

その中で駅が放つ、眩いくらいの光は、とても良く目立っている。

つかれているはずなのに、自然に足が速くなった。

プラットホームに入ると、人影があった。

近づくにつれて、それが二人で、大人と子供だという事がわかってきた。

少女のか顔が見えたとたんにぼくは「ひまわり!」と叫んだ。

その声に重なる、ひまわりの「友生!」と叫ぶ声は、驚きとうれしさでいっぱいだった。

「…どうして…」沈黙を破ったのはひまわりだった。

ぼくとひまわりとひまわりの母親だと思われる女性は、お互いに驚きでいっぱいだった。

その全員の思いを代弁するかの様にひまわりはつぶやいた。

ぼくは肩を上下させながらひまわり達に「時間、大丈夫か?」と聞く。

ひまわりはプラットホームの時計を見ると、小さくうなずいた。

ぼくは一歩前に出ると、ひまわりの母親に頭を下げ、ひまわりのうでを引いて少しはなれたところに移動した。

さすがにつかれて、フェンスによりかかり、あらい息をしているぼくに、「大丈夫?」と心配そうに見つめるひまわり。

「…あぁ。」と答えるぼくに「ちょっと待ってて」と、近くにあった自動販売機でペットボトルのお茶を買うと、「はい。」とわたしてくれた。

「良いのか?」とぼく。

「うん。ポーチの中にちょうど、50円玉が2枚入ってたから。」と、いたずらっぽく笑うと、パンダのポーチをたたいて見せた。ぼくも笑いかえすと、ゴクリゴクリとお茶をのむ。

「んあぁ。」と全て飲み干して、息を吐いた。

ひまわりが笑うので、つられてぼくも笑いだす。

でもすぐにひまわりはかたいひょうじょうをして、「ありがとう…。」とつぶやいた。

「おお。でもぼくは、勝手に来ただけだから。」と本当の事を言う。

ひまわりは首を横にふると、「本当にありがとう。」と、こんどは、ぼくの目を見て、しっかりと言った。

その目からは涙あふれていた。

きっと<今までありがとう>という意味だろうと思い、

「ぼくこそ、ありがとな。友達になってくれて…うれしかった…。」と、いままで言えなかった気持ちを伝えた。

ひまわりはなみだをぬぐいながら、「ダメね、私…泣きたくなかったから、言えなかったのに、結局泣くなんて。」と、力無くほほえむ。

ぼくはふと上を見上げた。「きれいだな。」とつぶやく。

ひまわりも空を見上げて「ええ、本当に。」と返す。空には、何百、何千もの星がきらきらかがやいていた。ぼくのほほに、あついものがつたう。

「空はね。どこまでも続いてるの。たとえ地球のどこにいようとね。きっとだれかのために…。

星はね。昼間は見えないけど、ずっとそこにある。そして、光るべきときに光るのよ…きっと私達がどこにいようと心はずっとそこにあって、通じ合える。

そしていつか美しい光をはなって、おたがいを確かめあうの。彦星と織姫の様にきっといつか、会うべきときに…」と言いかけて、時計を見てはっとした。

それと共に電車のガタゴトという音が近づいて来た。

「これ、お兄ちゃんが好きだった詩人のうけうりなんだけどね。でも、いつかまた。」そう言って電車へと向かうひまわりにぼくは「ひまわり、きみは笑顔が一番似合うんだ。」と叫んだ。

 しかしいつの間にか増えた人達の音で届かなかった様だ。

電車のアナウンスが鳴り終わり、プシュっと音を立ててドアが閉まった。

ぼくはすっかりひまわりを見うしなったが、ゆっくりと動き出した電車を見つめていた。

「あっ。」とぼくはつぶやいた。

走り出す電車の中に、きらきらとかがやく星よりも、立派に咲くひまわりよりも輝いた、優しい笑顔が一瞬、見えた気がした。




 12.空はどこまでも


 あの日からもう、三年という月日が流れようとしていた。

中学二年生になったぼくの夏休みは明日からだ。

でも、あの時とちがって、今年の夏休みは予定が入っていて、忙しくなりそうだ。

中学に上がって、課題が増えたという事もあるが、友達と海に行ったり、映画を見に行ったりと友達関係の予定が多い。というのもあれから、友達を作る様になった。

ひまわりから勇気をもらったのだ。ぶつかったり、すれちがったり、ぎこちなくはあるものの、それなりにやっているつもりだ。

そういえば、あの日、あの後は大変だった。家から駅まで、行きは30分たらずで行けたのに、帰りは、1時間もかかってしまったのだ。当然小学生がそんな時間まで一人で外を歩いていたら怒られるし、しかも、何も言わずに飛び出してしまったので、姉が母と父に連絡して、3人でぼくの帰りをまっていてくれたのだ。父にも母にも姉にも先生にもおこられたあげく、汗をかいたまま肌寒い所を歩いていたので熱が出て1週間学校を休むはめになり、もう大変だったのだ。

何はともあれ、そういうわけで中学校生活も楽しみながら頑張ろうと思う。

この空の下のどこかに、ひまわりがいる事を信じて…。

静かに、一学期最後の授業のチャイムがなりひびく。

キーンコーンカーンコーン…。


               完

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