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チト恋

作者: 柊羽ノノ

今回はバレンタインを舞台にした作品です。普通のどこにでもあるありふれたバレンタインの日常を、女子達の絆と告白のふたつの観点で書いてみました。

 屋上の階段室。二月の初め。校舎の中でさえ白い息が口からこぼれだすこの時期にこんなにも寒い場所でお弁当を食べているのにはもちろんわけがある。

私、望月千歳は人生で初の恋に悩んでいた。この十六年間私には好きな人が出来たことがなかった。いや、いたのかもしれないが私はそのことに気づけなかった。しかし、今年は違った。なぜなら、私には好きな人ができてしまったのだ。

それは同じ一年二組の井上環くんだ。彼は成績優秀、運動神経抜群、それにかっこよくて誰にでも優しい、言ってしまえばみんなの憧れの的だ。この学校には彼を狙っている人などたくさんいるだろう。そして、今はバレンタインを後ろにひかえた女子にとっては大変大事な時期なのである。なので、彼の周りでは常にバチバチと音が鳴っている。

そんなことを考えながら私はお弁当の具材を箸で軽く突っつく。

そんな私を横に座っている七瀬佳織がのぞき込む。

「どーしたの?元気ないねー。」

心配そうに尋ねてくれる。

「えーっとね、もうすぐバレンタインだから、、」

「あー、そうゆうことか。」

彼女は私の学校で唯一の友達と呼べる子だ。本当に優しい子で、クラスでもとっても信頼されている。私にはもったいないくらいのいい子なのである。

もちろんこの恋のことも相談している。私はあまり人づきあいが得意ではないので、入学当初は友達0だったが、彼女が話しかけてきたおかげで学校が楽しくなった。

この前、何で私に話しかけてくれたの?と聞いたら、チトがとっても可愛かったからっ!と言って抱き着いてきた。ほんとに困った子だ。でも、そんなところがとっても可愛い。

多分、私が素直になれるのは学校中で佳織の隣だけだろうと思う。

「あのね、それでね、私作ろうと思うの。チョコ。」

「えっ!?あの奥手の奥手のチトがついにバレンタインに初陣なの?」

「う、うん、そうなの、それでね、」

「ストップ、ストップ。みなまで言わなくてもわかるよ。手伝ってほしいんでしょ?」

「そう、そうなの。手伝ってくれる?」

私は涙目になりながら言う。

「はいはい、わかったよ。当たり前でしょ。親友の頼みなんだから、断るわけないじゃん。」

そういって彼女は私の頭を撫でた。

「ありがとう。」

私は少し照れながら言った。


 井上君くんと初めて話したのは文化祭の準備の時である。私はその時クラスの隅の方で飾り付けの花を作っていた。あの紙で作るやつだ。

すると、彼は私の前の席に座り、こっを向いた。

「それどうやってつくるの?」

「えーっとね、じゃあ見ててね。」

そう言うと私は彼の前で紙の花を作り始めた。

彼の私の手元を見るその真剣なまなざしに私の鼓動はどんどん速くなっていく。あのときは、もう正直教えるどころではなかった。

その次の準備の日もその次の日も、彼は私の前の席に座ってに紙の花を作っていた。私は彼のその真剣なまなざしに気づかないうちに見入ってしまっていて、気づいた時にはもう好きになっていたというわけだ。

そこからは、文化祭の準備が楽しみで楽しみで仕方がなかった。文化祭が終わり、彼との時間が一気に減ってしまったとき、私は佳織に相談した。

彼女はとても親身に相談に乗ってくれた。そして、いろいろなこと試したりもした。それらの日々はとても楽しいものであったと今でも思う。恋の一番楽しいのはそういうところなんだろうなと思った。

現在ではメールのやり取りをするだけだ。それも、ほんとにたわいもない話ばかりだった。でも、それでもよかった。学校で話すことはほとんどないけれど、今は話せるだけで良いかなと思ってしまっていた。


2月13日の日曜日、今日は明日の決戦のための準備の日だ。そのため、佳織には1日中のアポをとっている。

そして、朝から買出しに行って、たくさん材料を買ってきた。この度、長い長い試行錯誤のうえ決まったのがガトーショコラだった。もちろんネット「ガトーショコラ 作り方 簡単」で探して一番上に出てきたやつだ。

「佳織、あとこれを型に流し込むの?」

「そうだよ、それでオーブンで焼いて熱をとって完成!簡単簡単!」

「流石、頼りになるよ。」

「いやいや、チトを助けるのはあたりまえでしょ!?」

いつもいつも、そんなことを言ってくれる、本当にいい子だと思う。

言われた通り型に流し込んで予熱しておいたオーブンに入れる。

ここでしばしの休憩だ。

すると佳織が話し始めた。

「ねぇチト、それでいつぐらいに渡すの?ほかの子もあげると思うから結構大事だよ。いつ渡すかも。」

「んー、今のところは朝のうちに下駄箱に入れておく予定だけど。」

「えっ!?まさかのラブレターなの!?」

「いや、ちょっとまって佳織、私、告白しないよ。」

「そうなの?チトがそれでいいなら私は何も言わないけど。」

そして、佳織は話し続ける。

「でもねチト、私は告白した方がいいと思うよ。じゃないと取られちゃうよ!井上君。いいの?あのね、私、中学の頃に一回そういうことがあったの。その時もバレンタインの時だった。私にも好きな人がいて、もちろんチョコを作って、そして渡した。私はそこで想いを伝えておくべきだったのかな。でも、私はそれをしなかった。そしたら、その私が好きだった人はほかの子と付き合っちゃった。あの時は本当に悔しくて悔しくて、一晩中泣き続けた。おかしいよね。悪いのは全部自分なのに。だから、チトには絶対にこんな気持ちさせたくないのっ!想いは声にしないと伝わんないんだよ!」

彼女が頭を下げると、水滴が彼女の目から手の甲へと落ちた。

まっすぐにまっすぐに彼女の届くことのなかった想いのように。

私は彼女を抱き寄せ、そっと頭に手を置く。彼女は震えていた。

「あのね、佳織、」

ピーピーピー。私の声は機械の電子音に遮られた。

とりあえず佳織をソファに座らせて、私はガトーショコラをオーブンから出しておく。

熱がとれるまで私たちは寄り添って、いろんな話をした。佳織のことや、今まで話したことがないようなこと、そして、もちろん明日のことも。

「佳織、私やっぱり、直接会って渡したい。そして、私の想いも知ってもらいたい!」

「その調子。きっと向こうも待ってるよ。」

「そろそろ、いいんじゃないの?ガトーショコラ。」

「よっしゃー、チト、今からやけ食いだー!」

「食べるのは、味見の分だけだからね。」

「ちぇー。」

この時、私は本当に佳織に感謝していた。

自分が泣いてしまうくらいの辛い話をして、私を勇気づけてくれて、でも作っているときには、暗い顔一つせずに楽しませてくれた。

私はきちんと想いを伝えようと思った。

こんなに素晴らしい友達に、いや、親友に励まされて。自分は幸せ者だなぁ。と思いながら隣で私が洗い物を終わるのを立って待っている佳織に抱き着いた。


2月14日、いよいよ決戦の日。天気は快晴。いつもどうりに学校に行く。なんかいつもよりソワソワするのは気のせいだろうか。

下駄箱で後ろを井上君が通り過ぎる。一瞬ドキッとしたがすぐにおさまって、彼の方に視線をやった。

あー、今日だとも思って、頬を軽くパチンと叩いて気合いを入れ直す。続いて佳織が来る。

こっちに寄ってきて、頑張れ的なことを言ってさっさと行ってしまった。なんか冷めてるなと思ったがこれも彼女なりの配慮なのだろうと思い直した。

教室は何だか落ち着きがなかった、そりゃバレンタインだからか。

私は携帯を取り出した。彼にメールをするためだ。

「放課後、4時50分に美術室に来てください。」

こんな感じで送信ボタンを押す。

すると、佳織が話しかけてきた。

「おーっチト、お呼び出しのメール送信完了ってかな?」

「えっ、なんでわかったの?」

「だって、すごくほっとした顔してたよ。」

「そんなに顔に出るかなー。」

「それより、大丈夫?」

「うん、大丈夫。全然落ち着かないけど、」

「チトなら絶対に大丈夫だよ!自信もって。」

「なんか、不安だなー。」

「じゃあ、もしもパニックになりそうになったら、そっと目をつぶるの、そして3秒たったら目を開けて、相手の目を見てハッキリと。」

「佳織、ほんとにありがとう!」

私はまたもや佳織に抱きついた。朝から何やってんだか、私は。

そんなことをしているうちに、彼から返信が来た。

「分かった。」

たったこれだけだったが、了解してもらえただけでも嬉しかった。

午前の授業が終わり昼休み。昼食を食べるが全然喉を通らない。

正直に授業もまともに聞けていない気がする。

カバンを開けてチョコを確認。ちゃんと入っている。

昼休みの終わりを告げるチャイムがなった。そして午後の授業が終わり、いよいよ決戦の時刻が迫ってきていた。

そろそろ美術室に向かおうかなと思っていると、後ろから佳織が抱きついてきた。

「チト、そろそろだね。」

彼女は静かに耳元でそう言った。

「そうだよ。」

「緊張してる?」

「うん、とっても。」

「解いてあげる。」

そう言って彼女はそっと私の手を握った。

「ありがとう。本当に、佳織が居なかったらこんなこと出来なかった。いつもいつも、助けられてばっかりだね。」

「いいよ。私はチトのことが本当に好きだからしてるんだよ。」

「ありがとう。ありがとう、、、、、」

私は少し目が潤ったのを感じながら、彼女の手を握り返した。

4時49分、美術室前。心臓の音が聞こえる。寒いはずの廊下は何故かとても熱く感じ、鼓動が早い。

57、58、59、50分。 扉を開けた。

教室の中には既に彼はいた。足早に近寄っていく。そして、彼の前で立ち止まる。カバンから小さな箱を取り出して彼に渡す。

「受け取ってください!」

「ありがとう。嬉しいよ。」

「どういたしまして。」

「食べてもいい?」

彼はイタズラな顔をして言った。

「い、今!?」

「うん。」

「いいよ。」

彼は中から1切れ取り出して食べた。

「美味しいよ。とっても。料理上手なんだね。」

「ありがと。」

彼の目を見る。私が惚れた時の目だった。

すると、急に胸が締め付けられるように苦しくなって、熱くなる。

どうしよう、どうしよう。私はパニックに陥りかけていた。

その時、佳織の言葉を思い出す。

「目をつぶって、3秒、目を開けて彼を見る。」

同じようにやってみる。

私は目を閉じた。 1、2、3 私は目を開けて彼を見た。

向こうもこっちを向いている。でも、もう大丈夫。

本当にこんな時にまで助けてくれるのか佳織は、まったくもう。

「あっ、あのね、今日は言いたいことがあるの!」

「うん。」

だめだもう顔見れない。でも、彼の目を見て言い放った。

「私、あなたの事が好きなの!」

彼は一瞬驚いたような表情をしたがすぐに戻って、もう1度私の目を見直した。

「僕もあなたのことが好きだ!僕と付き合ってくれないか?」

「はい。喜んで。」

窓から夕焼けの光が差し込んでふたりを照らしている。

そして、2人は唇を重ねた。


家に帰ると何故か私の部屋に佳織がいた。

「おめでとー、チト!」

「ありがとう。佳織のお陰だよ。」

「いや、最後に勇気を出して頑張ったのはチトだから。ほんとによく頑張ったね、えらいえらい。」

そう言って、彼女は私の頭を撫でる。ほんとに天然だな。

「佳織、、抱きついていい?」

「いいよ。好きなだけおいで。」

そう言って、彼女は両手を広げる。

私は思いっきり抱きついた。

「本当にありがとう、佳織。」

私はそっと耳元でまたそう言った。

楽しんでいただけたでしょうか。今回はバレンタイン短編なので続きはありません。読んでくれた皆様ありがとうございました。

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