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勇者の僕よりも幽霊の姉の方が強いのだが

作者: 霜霧 霞

 ――僕の一日はポルターガイストで起こされることから始まる。


「おはよう、カケル」


 掛けていた布団が宙に浮き、僕の横たわるマットレスさえも宙に浮かぶ。そして、逆さになって僕の体は勢いよく地面に放り出された。


「……おはよう、姉さん」


 シーツと共に浮く姉が不敵な笑みを浮かべて見下ろしていた。姉が透けて見える壁にある時計は六時を指していた。

 こんな起こし方、やめて欲しい。なんて言葉を飲み込んで立ち上がる。


 僕はカケル。十七才、男。何故か二年前から幽霊になって帰ってきた姉と二人?暮らし。

 両親は五年前に復活した魔王とともに現れた魔獣に殺された。

 両親の残してくれた畑を耕し、村の人たちに支えられてなんとか生活している。


 姉はツバサ。二年前は十七才、現在の十九才?生物学上は女だった。姉は細身なくせをして素手で熊を倒したなんて噂がたつほどに強かった。父も母もただの農家だったはずなのに何故だ。

「ボディーガードを頼まれたから行ってくる」と言って出掛けたのは三年前。「見てこれ、凄いでしょ」と体が透け、浮いて帰ってきたのが二年前。

 姉は何が起きたか話さないが、おそらく行った先で死んだんだろう。僕を心配して帰ってきたんじゃないだろうか。それとも、幽霊になれたことを見せびらかしに来たか。姉だからきっと後者だ。

 姉は村の人には見えないらしい。三軒隣のタナカさんのヅラをずらして遊び始めたときは吹き出すのを堪えるのに大変だった。


 幽霊の姉が居ること以外は何の変哲もない人生……のはずだった。


 いつも通りに姉にこっそりと手伝ってもらいながら畑を耕していた昼過ぎ。お隣のタロウが村長が集まるように言っていたと呼びに来た。

 タロウと共に来た村長の家の前。村人のほとんどが集まっている。

 僕たちが来てから数分。村人の最後の一人、花屋のおばさんが来ると、村長は頷いて僕たちに着いてくるように促す。

 ぞろぞろと歩いて着いたのは村外れの洞窟。こんなところに洞窟があるなんて知らなかった。


 ――ついに我々の村からも勇者を出す時がきた。

 そう村長は洞窟の奥までたどり着くと語り始めた。「その昔」と村長のながーい昔話が始まると、姉は大きく欠伸をして「終わる頃には起きる」と言って寝てしまった。幽霊に睡眠は必要なの?

 村長のこの村の勇者だか何だか嘘っぽい昔話が終わるとついに本題。姉を起こして村長の言葉を待つ。

 洞窟の奥に突き刺さる剣がこの村から勇者を選出するという。勇者が触れてみれば何かしらの反応が起こるだろうと村長の適当な言葉で、村人たちは一列に並ばされた。前の方から順番に剣を引き抜こうとしているけど、一向に抜ける気配を見せない。

 いや、みんな行くのが嫌だから抜く真似をしているだけだ。僕だって行くのは嫌だし、適当に抜く真似だけして終わらせよう。


 タロウがやはり抜けなくて次は僕の番。細くも太くもない剣の柄に手を伸ばす。

 外れたら嫌だからなるべく強く掴まないように気を付けて触れた時だった。剣についていた青い石が発光した。……え?

 目を閉じて仰け反った勢いで剣を掴んでしまった。がこっと嫌な音がする。

 光が消えると、僕の手には剣。地面には突き刺さっていた跡。疎らに聞こえ始めた拍手。

 ……なんてこった。


 それからはもう早かった。

「何でてめえが!」などと絡んできたガキ大将的立場のトラノスケに剣を押し付けようとして村長に頭を叩かれて、タロウのおばさんに「家のことはあたしたちに任せときな!」と家の鍵を取られて、村の人たちに「さすがはツバサちゃんの弟だねぇ」なんて言われていくらかの食料を持たされて、気付いたら村の外。村の入口でみんなが手を振っている。

 何て薄情な人たちなんだ。こんな軽装で旅なんてできるわけがないじゃないか。


 僕を憐れむように見ていた姉が一言。


「……なんか、ごめん」


 いや、うん。姉さんのせいじゃないんだよ。たとえ村人の八割がツバサの弟だから大丈夫だろうとよくわからない共通認識があったせいでこんなことになっているとしても、姉さんのせいじゃ……半分くらいはどう考えても姉さんのせいだよな!くそっ!!


 村には帰れそうにないので仕方なく適当に歩き始めた。荷物は姉が運んでくれる。端から見れば荷物が浮いているようにしか見えないけど、まあ周りに誰も居ないし。

 わずかばかりのお金は持ってきたから早く別の村まで行って宿屋を探さないと、と姉と相談していると前方からなんかゴツくて強そうなのが三体、現れた。

 僕がぽかんとしている間に、二体がぶっ飛んで倒れた。ピクリとも動かない。残った化け物もわけがわからないとばかりにぶっ飛んだそいつらを見ている。


「ほら、カケル。一体くらいは倒せるようにならないと」


 これから魔物がぞろぞろと出てくるだろうからね、と姉は笑う。名前もわからない化け物は僕を見ていた。もはや、戦う以外の選択肢は残されていないらしい。


 結論からいえば逃げ回っていた僕は怪我ひとつすることなく倒せた。確かに怪我はない。でも、体力切れで立っていることもできない。弱点なんてあるならもっと早く教えて欲しかったよ!!

 横たわっている僕の口に水が注がれる。ポルターガイストって凄く便利だってつくづく思う。あー冷たい水が美味しい。

 何とか歩けるだけの体力が戻った僕は姉の指示で化け物たちの身を剥ぐ。皮とか角とかギルドで売れるんだって。全く家畜の解体とかしたことがあって本当に良かった。じゃなきゃ耐えられなかったよ、この光景。


 僕の村よりもずっと大きな都市に着いて、姉にギルドまで案内される。僕は十分に広いと思ったのだけれど、姉が言うにはまだまだ小さい方らしい。

 ギルドでは、まず受付で姉からいくらかのアドバイスを貰ってギルドカードを発行した。職業は冒険者ってことになっている。勇者って職業もなくはなかったけれど、姉に「魔王が滅んだら仕事がなくなるね」などと言われて止めた。ギルドに所属していると様々なものが売買できるらしいので、この旅が終わってからも持っていて損はないだろう。

 次に雑貨カウンターで道中で手に入れたモンスターの部位を売り、手に入ったお金でモンスターの部位を入れるための袋と長い布とを買った。布は剣に巻くためのもの。鞘がないから危なくて仕方ない。

 姉いわく下手に重い防具は買わない方が良いらしい。僕の筋肉じゃ衝撃に耐えられないし、防具が重くて動きが遅くなるのは良くないと。逃げられなくなるのはごめんなので大人しく従った。

 それから、まあ、チンピラみたいなのに絡まれたりもしたが、姉が瞬時に片付たので、特に問題もなく宿屋に着いて風呂に入って寝た。


 まあ、化け物を倒したり野宿をしたりと、なんやかんやとありまして、大きな都市を五つほど移動してきました。

 今更ながら魔王ってどこにいるわけ?というかどのくらい強くなればいいの?姉くらい?人間やめなきゃ駄目ってこと?

 次はどっちに行こうかな、と考えていれば、「剣が倒れた方向に行ってみたらどうだ」と姉が言う。どうせ行く宛もないのだしちょうど良い。都市の入口で、遊び気分で剣を立ててみた。


「すみません!」


 剣から手を離したとき、背後から声をかけられた。南西か、などと思いながら振り返る。


「貴方は何か悪いものにとり憑かれています!早急なお祓いが必要です!!どうかわたしと来てください!」


 居たのはシスター風の女の子。ちらりと姉を見れば、姉は首を傾げていた。姉がわからないというなら、別に悪いものなんて居ないだろう。


「あ、宗教勧誘なら間に合っているので結構です」

「そういうのじゃないんです!」


 こういうのはしつこいからなぁ。僕は剣を拾って南西に足を向けた。後ろで女の子が叫んでいるけれど無視を決め込む。次の都市までどのくらいだろうか。

 そんなわけで旅の仲間が増えた。この女の子どこまで着いてくるつもりだ。やめてよ姉さん、そんな諦めた顔で僕の肩を叩かないで。

 この女の子、イトというそうだ。シスター風ではなく、実際になんとか神に仕えるシスターだった。神様の名前とか興味が無さすぎて忘れた。

 唐突に吹っ飛ぶモンスターたちを見てイトちゃんは僕が魔法を使えると勘違いしてくれた。やはり姉は見えないらしい。説明するのが面倒なのでそのまま勘違いさせておくことにした。

 イトちゃんは魔法が使えて特に回復魔法が上手だった。魔法って初めて見たけど凄いね。キラキラしてた。

 イトちゃんと一緒に行動するようになって最初の野宿。イトちゃんが眠ってから、あまり喋らないように気を使ってくれていた姉が口を開いた。


「彼女の言う悪いものとは私のことだろうね」

「姉さん、悪いものなの?」

「さあ?」

「まあ、姉さん居ないと僕らは死んじゃうしね」


 出てくるモンスターたちの半分以上を倒しているのは姉だ。やはりイトちゃんの話は無視を決め込むことで決定した。


 町に着く度に神殿に連れていこうとするイトちゃんをのらりくらりとかわして、三つほど都市を過ぎた。僕が村を出てから一年が経とうとしている。

 辿り着いたのは小さな村。何だかお祭り騒ぎをしている。その辺に居た村人を掴まえて、何かのお祭りか尋ねてみた。その村人いわく聖女一行が来てくださっているのだと言う。

 聖女一行?なにそれ?


「えぇ!?カケルさん、知らないのですか!」


 イトちゃんに盛大に驚かれた。

 聖女一行とは、なんたら王国が魔王によって穢れた土地を浄化するために異世界から人を召喚し、その召喚された人物と護衛の王子やら何やらのことだとか。というか、王子が直々に護衛するってどうなんだ。

 他国では異世界から勇者を喚んだりなんかしているところもあるらしい。途中からイトちゃんのよくわからないスイッチが入ったので聞き流していた。

「誘拐のような話だね」と姉が言う。ちらりと様子を窺えば、姉はひどく冷めた目をしていた。

 誘拐……誘拐ねぇ。僕らからしてみれば全然、そんな気はないんだけど。


「まあ召喚された方からしてみれば誘拐か」

「人聞きが悪いな」


 誰も聞いていないだろうとポツリと呟けば、背後から唐突に声がかかった。ビックリして大きく距離を取れば、キラキラした人が居た。おお、これが本物のイケメン。村二番のイケメンのカッちゃんは到底及ばない。ちなみに一番はぶっちぎりで姉さんらしい。ヨシコが言ってた。


「か、カイサル殿下!も、申し訳ありません!!」


 イトちゃんが僕の頭を無理矢理下げて、謝るように行ってくる。どうやら聖女一行の王子様らしい。僕が口を開く前に王子様は笑って気にしなくて良いから顔を上げるように言う。

 顔を上げれば王子様はアトレア国の第二皇子カイサルだと名乗った。僕もカケルだと名乗る。イトちゃんは何故か殿下を拝み始めたので、殿下に無視するようにお願いする。

 目立つから宿場に入ろう、と殿下に促されて、イトちゃんを引摺り、宿場に入った。部屋の予約だけして、地下一階のバーへと移動する。


「君はずいぶん情報に疎いんだね」

「はあ。なにぶん十七年間、村から出ていなかったもので」

「ホー。じゃあどうして急に村を出たのかな?」

「いやぁ、村長が村から勇者を出す時がきたとかなんとか言って、色々あって剣が発光して僕が送り出されました」

「え、そうだったんですか!?」

「おや、君は村の人じゃないのかい?」

「いえ!わたしはこの人に憑いている悪霊を祓うべきだとお話しているのです!!」


 姉さんがついに悪霊になった。僕がちらりと見れば、姉さんはニヤリと笑う。……悪霊って言うより悪魔だよ!もしくは魔王!!うん、それが一番しっくりくるかも。

 遠くから殿下を呼ぶ声が聞こえた。殿下は笑顔で残りの飲み物を飲み干す。


「君たちはまだしばらくこの村に居るの?」

「いえ、明日の朝には出ます」

「え、わたしはしばらく居たいです!」

「じゃあイトちゃんは居て良いよ」

「そんな冷たいこと言わないでください!わたしには貴方から悪霊を祓うという義務があるんです!!さあ、神殿に行きましょう!」

「明日も早いから僕は寝るね。では、殿下。素敵な時間をありがとうございました」

「こちらこそ。楽しかったよ」


 イトちゃんにイトちゃんの部屋の鍵を渡して僕はさっさと自室へ移動する。おお、小さな村のわりにふかふかのベッド。これならすぐに寝れそうだ。

 何かを考え込んでいた姉が僕を見下ろす。


「明日、何時に起きたい?」

「?いつも通りかな」

「わかった。そのくらいに起こすよ」


 いつもなら聞かないのに、変なの。

 姉によって布団がかけられるのを感じながら眠気に身を任せた。


 翌日、いつも通りに起こされて身支度を終え、イトちゃんの部屋をノックする。イトちゃんもまたいつも通りのシスター服に身を包み、顔を見せた。

 もう少し残りましょうよ、などとごねるイトちゃんをあしらって村の出口に向かえば、人影が行く手を阻んだ。また例のイケメンさんが現れた。イトちゃんの目が輝く。


「おはよう、カケル、イト」

「おはようございます、殿下。いかがいたしました?」

「いや、カケルにお願いがあって」


 昨日と変わらない笑顔を浮かべるカイサル殿下と目が合って、背中に何かが走った。とてつもなく嫌な予感がする。


「私も君の旅に同行させては貰えないか?」


 やっぱりか!もしかして、いや、もしかしなくても姉さん気付いてたな!?だから昨日はあんなこと聞いてきたんでしょ!!何でもっと早く教えてくれないの!?

 光栄です!なんて言い出しそうなイトちゃんの口を塞いで、なるべく当たり障りのないようにお断りする。が、カイサル殿下に肩を笑顔で掴まれた。


「私も連れていってくれるよね?」


 謎の威圧。僕に1000のダメージ。気付いたら何度も首を縦に振っていた。

 僕を正気に戻してくれたのは可愛らしい女の子の声。殿下の名を呼んでこちらに駆けてきた女の子をイトちゃんが拝み始めた。聖女様らしい。


「カイサル、これからは別行動するってどういうこと!?」

「そのままの意味だよ」


 後から駆けてきた護衛さんたちが聖女さんと共にカイサル殿下の説得にかかる。頑張れーなどと心の中で応援していたら寒気がした。

 腕をさすると姉がぽん、と僕の肩を叩く。カイサル殿下はみんなを丸め込んでしまっていた。もう肩を落とすしかない。

 カイサル殿下が僕たちのところまで戻ってくると、聖女様に睨まれた。姉がニヤリと笑う。とんでもないことを始めそうなので僕は急いでイトちゃんの襟首を掴み、殿下の腕を引いて村から出る。触らぬ姉に祟りなしである。

 後から冷静になって気づいた。何でイトちゃんと殿下とを連れてきてしまったんだ。殿下はともかくイトちゃんはあのまま拝ませておけばもう着いてこなかったかもしれないのに!

 まあ、そんなわけで旅の仲間が一人増えました。もうこれ以上増えるのはごめんです。こんなに人数がいるおかげで姉が全然、助けてくれなくなってしまった。


「今さらではあるのですが、殿下は本当にわたしたちと来てよろしかったのですか?わたしたちだけでは心もとないでしょう」

「いいんだ。彼らと旅をしていたら私は殺されていたからね」


 殿下との最初の野宿で、とんでもなく面倒くさそうなお家騒動の話が出てきそうだったので、僕は二人に火の番を任せてさっさと眠ることにした。

 翌朝、目を覚ますとモンスターと怪しげな人の山ができていた。目を覚ました僕を見て姉が親指を立てる。予想はしていたが、イトちゃんも殿下も途中で寝てしまったらしい。僕もそうだけど、二人とも野宿とか慣れていなさそうだもんね。一年も旅をしていて野宿に慣れていないのもどうかと思うけど。

 姉の指示のままにモンスターから剥ぎ取りを行っていると殿下が目を覚ました。殿下は興味深そうに僕に寄ってきて、一緒に剥ぎ取りを行う。わかってはいたけど、この殿下とても図太い。


 それから宛もなく西へ東へ北へ南へと適当にぶらぶらしていると魔王がいる森があるという噂を耳にした。特に行く場所を決めていない僕たちは取りあえず噂に流されてみることにした。

 森にたどり着く前に女の子が魔獣に襲われているのを助けた。凄く強くて倒せなかったので、殿下たちが見ていないところで姉が。よくわからないが、姉は殿下の前であまりポルターガイストを使いたがらない。多分、イトちゃんみたいに勘違いしてくれないからだと思う。


 助けた女の子は、その魔王のいる森に隣接する村の村長の孫娘さんだった。孫娘さんに案内され、村で詳しい話を聞くことになった。

 村の入口で姉が首を傾げる。目を向ければ、姉は「何かここ、来たことあるような気がする」と。まあ、ボディーガードでうろうろしていた姉だから、来たことあっても可笑しくはない。

 とは、思っていたんだけど……


「……それ、僕の姉です」


 森に封じてあるという魔王の姿絵を見て絶句。姉だった。

 村長が言うには、四年前にとある貴族のご令嬢が遠くの国まで嫁ぐために二人の護衛を連れてこの村を訪れたという。貴族とはいってもそう身分が高かったわけではないようで、護衛がたった二人だけ。そのうちの一人が姉だったというわけだ。

 そのご令嬢が村に来た翌朝、姉が姿を消した。近場の子供たちが遊ぶ約束をしていたのに来ない姉を呼びにご令嬢のところまで尋ねたそうだ。そうしたら、ご令嬢は姉が魔王だったという。

 ご令嬢が言うには、姉に操られてこのような場所まで来てしまったが、何とか隙をついて姉の術から逃れ、森にあった神殿の力を借りて姉を封じ込めたのだと言う。封じ込めただけで、危険だから決して森には近付いてはいけない、と。

 ご令嬢ともう一人の護衛が村を旅立ってからというもの、この村付近に魔獣が続出するようになってしまった。姉が怒っているのだと村の大人たちは言い、子供たちがきっと姉に話せば怒りを治めてくれると村から討伐隊を出したのだが、魔獣たちが強すぎて断念せざるおえなかったらしい。

 話を聞いて最初に姉は決して魔王などではないと訂正しておいた。姉が村を出た時期を説明してしっかりと訂正する。村の人たちは案外、簡単にそれを受け入れてくれた。姉はこの村でも人気だったらしい。

 姉が怒っていないことも告げた。本人、此処に来るまでこの村を忘れていたのだ怒っているはずがない。そもそも村の人は非がないのだし、姉も逆恨みするような人間ではない。

 残るは何故、魔獣が増えてしまったのかという疑問と村人たちの脅威のみ。姉が封じられた場所を探すついでに原因を探ることになった。


 森に入り、魔獣の相手が面倒になって、殿下たちにさらっと姉が幽霊として此処にいることを伝え、姉に魔獣を倒してもらって、森の中心部まで来た。あったのは廃墟になった神殿。イトちゃんが物凄く悪い気配がするという。

 崩れかけの像の前に姉の体が横たわって浮いていた。姉の周りを囲うように青い球体の結界ができている。僕が剣で切ってみても、殿下が攻撃魔法を当てても、結界は全く壊れる気配をみせない。

 どうしたものかと考え込む僕らを他所に姉が球体に触れれば、結界が弾けとんだ。強い風が巻き起こって、僕らは思わず目を瞑る。

 目を開ければ、姉が記憶にあるよりもずっとやつれて立っていた。姉は不敵に笑って歩きだそうとするも、足元が覚束無い。殿下が姉に駆け寄ってその体を支える。さすが殿下。行動が紳士だ。


 残るは魔獣の原因のみ、と外に出ると僕らは魔獣に囲まれていた。ポルターガイストを使ってくれる姉は既に幽霊じゃない。僕は急いで剣を構えた。

 僕らが魔獣に攻撃する前に魔獣たちが吹っ飛ぶ。殿下に支えられた姉が手を突き出していた。魔獣が一匹残らず動かなくなると、姉はそのまま意識を手放した。殿下の腕の中で小さく寝息をたてている。


「魔力不足によるものですね」


 イトちゃんが姉の容態を見てそう言った。僕と姉さんがポルターガイストだと思っていたあれは魔法だったらしい。無詠唱であれをやり遂げる姉はやっぱり普通じゃないそうだ。うん、それは知ってた。

 寝ていればそのうち回復するらしい。取りあえず、僕らは村に戻ることになった。

 詳しい話はよくわからないけれど、魔獣が増えたのは姉を封じ込めていた結界のせいだろう、と殿下とイトちゃんとの間で結論が出た。姉の調子が戻るまで僕らは此処に留まり様子を見て、これ以降も魔獣が続出するようならば他の原因を探ってみることになった。

 殿下とイトちゃんの結論は間違っておらず、それ以降、魔獣が続出することはなくなった。姉の体調も順調である。

 村に居る間に聖女一行が来たりと色々あったが、殿下がすべて上手く治めてくれたようだ。僕は姉の看病と称して引きこもっていたので、あまりわからないが。


 すっかり姉の調子が良くなって、僕らはこの村を出ることを決めた。旅の目的が魔王討伐なのだから仕方ない。

 村を出る前日、僕はあることを思い付く。もしかしたら、この剣は幽霊になっていた姉の代役で僕が選ばれただけであって、これは姉の手元に戻るべきではないか。もし、姉が持って発光したら僕はお役御免で村に帰れるのではないか、と。

 姉さんの方が強いのだ。姉さんが勇者をやる方が早く魔王が倒せそう。

 僕の説明を聞いて苦笑いの姉さんに剣を渡す。バキッと嫌な音が鳴って部屋がシーンとする。


「……何の音ですか?」


 イトちゃんが声を発したのを期に僕は剣に巻いてあった布を外して見た。とても綺麗に真っ二つに折れている。


「私は勇者じゃなかったみたいだね」

「まあ、仮にも魔王とされていた人物だしな」

「……何はともあれ、剣は折れちゃったし、僕ももう勇者やめていいよね」


 次の行き先は僕の村で決定!

 なんて、上手く行くはずもなく、僕たちはこの剣を作った鍛治屋のもとに行ったり、何故か再び聖女一行と衝突して、カイサル殿下の誘拐疑惑をかけられ、カイサル殿下の故郷に行くはめになったり、結局、僕らが魔王を倒すことになったりするわけだけれど……説明も面倒になったので、省略。


 魔王を倒した後、さまざまなところから僕らは賞金を頂いた。それを四等分にし、僕らはお別れをした。

 イトちゃんはその賞金を使って、孤児院の支援を行ったり、炊き出しを行ったりしているらしい。

 カイサル殿下は国に帰った。色々片付けなければならないことがあるそうだ。

 そして僕らは村に帰って何の変哲もない人生を送っている。変わったことと言えば、勇者が居る村として観光客が増えたくらいだ。


 僕の前に湯気のたつコップが置かれる。姉さん特製のホットミルク。ほんのり甘いこれを飲むのが、かつての僕の習慣だった。


「平和になったね、姉さん」


 ああ、なんて素晴らしい生活。まったりとホットミルクを口にすると、姉が呆れた目で僕を見ていた。


「何?」

「カケル、そういうことを言うとフラグとやらが立つそうだ」


 ぞわりと嫌な気配がした。それからするノック音。ほらみろとばかりに僕を見る姉。

 僕は席を立って、恐る恐る玄関を開けた。立っていたのはかつての旅の仲間、カイサル殿下。


「久しぶり、カケル、ツバサ」

「……お久しぶりです、カイサル殿下」

「どうしてこのようなところに?」


 カイサル殿下が笑みを深めた。ぞわっとした。ぞわっと。


「私がこの辺りの領主になったんだ。よろしくね」


 ――僕の人生はどうやら平穏では終わってくれないらしい。

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