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第1話


 それは善き隣人である妖精が本当に隣人だったり、悪魔が人間に知恵比べを挑んで来ることがあったりと、誰もが知っている幾多のおとぎ話が、もっと身近であった時代のお話です。



 とある国に、三人のお姫さまがおりました。

 お姫さまはそれぞれ塔に住んでおり、みんな不思議な力を持っています。


 一番上の姫は、花香る姫。彼女が微笑むと冬のさなかでも、花が満開に咲き乱れました。

 彼女の塔の周りには、いつだって綺麗な花が咲き誇っています。


 末の姫は、梢歌う姫。彼女が望めばありとあらゆる鳥が、窓辺で彼女に歌を捧げました。

 彼女の塔の周りでは、いつだって美しい鳥の歌声が楽しめます。


 この優しく美しく、不思議な力まで持ち合わせた二人のお姫さまを、王さまもお妃さまも、大臣も将軍も、さらには国中全ての国民までもが慈しみ愛しておりました。

 しかし真ん中の姫だけは、違います。


 もちろん彼女も、不思議な力を持ち合わせていました。

 彼女が歩けばそれだけで、辺り一面の煤や汚れや埃が引き寄せられていくのです。

 お蔭で彼女が歩いた跡は、まるで念入りに掃除をした後のようにぴかぴかになります。だけど、代わりに彼女はいつだって、まっくろに汚れておりました。

 彼女の塔もまた、うすぎたなく汚れており、誰も近寄ろうとはしません。

 そんなわけで真ん中の姫は煤はらい姫と呼ばれ、国中全ての国民からも、大臣や将軍からも、そして悲しいことに王さまやお妃さまからも愛されず慈しまれず、育ちました。

 唯一の救いは、三人のお姫さまの仲がたいそう良かったことに尽きるでしょう。



(どうしてわたしは、姉姫や妹姫とこんなに違うのかしら?)


 煤はらい姫は、散歩の途中で立ち止まり、ふと考えました。

 姉である花香る姫は、たくさんの人々と植物に愛されています。

 妹である梢歌う姫は、たくさんの人々と鳥たちに愛されています。

 しかし自分は誰からも愛されず、寄ってくるのは煤や埃やゴミ屑だけ。


 煤はらい姫は、真っ黒に汚れた自分の手や足を見おろします。しかし、


(まあ、そういうこともあるのでしょう)


 煤はらい姫はひとつ頷くと、それ以上考える事をやめてしまいました。

 自分の事は、姉姫と妹姫がそれはそれは慈しみ、愛し、大切にしてくれています。

 父母である王さまやお妃さま、そして国の人々は、残念ながら自分を愛してはくれませんが、煤はらい姫はそんな彼らのことだって、とても大事に思っておりました。


 だから散歩から戻った煤はらい姫は、塔のてっぺんから城や街並みを見下ろしては、目を細めます。

 それが彼女の日課なのでした。



 ある日のことです。

 煤はらい姫は父である王さまと、母であるお妃さまに呼ばれました。

 普段二人は汚らしい煤はらい姫を嫌い、そばに寄るのも許さないのに、珍しい事もあったものです。

 王さまとお妃さまのもとへおもむくと、二人はわざとらしく鼻をつまみ、眉をひそめながら口を開きました。


「このたび、花香る姫と梢歌う姫に縁談が来ました」


 お妃さまは、見るのも汚らわしいとばかりに、そっぽを向きながら言いました。


「お前は三つの山を越えた所にあるという、すべてが金でできた黄金の国に赴き、千本の黄金の箒を持って帰りなさい」


 王さまは、口を利くのも汚らわしいとばかりに、唇を歪めながら言いました。


「黄金の箒は、先に嫁ぐ姫の持参金にすると決めた。だから、手に入れるまでは国に戻って来なくてよろしい」


 優しく美しく、さらには不思議な力まで持ち合わせた二人の姫には、かねてより幾多の国より、引きも切らせぬほど多くの縁談の申し込みがありました。

 縁談はとうとう西で一番の大国と、東で一番の大国からも来るようになったため、王さまもお妃さまもひどく乗り気になったのです。


 しかし、ここで問題になるのが、いつもゴミや汚れや埃だらけの煤はらい姫の存在です。

 もし、西や東の大国の使者がこの汚らしい姫君を見てしまったら、それだけでせっかくのご縁が破談になってしまうかもしれません。

 そうさせないためにも、王さまとお妃さまはしばらく煤はらい姫を、この国から追い出したかったのでしょう。

 煤はらい姫は言葉にされずとも、そんな二人の思いを完璧に理解できました。


 それは煤はらい姫の胸をじくじくと痛ませましたが、一方で彼らの気持ちも充分過ぎるほど分かります。

 なにしろ花香る姫と梢歌う姫は、自分にとっても大切な姉であり妹なのです。


 もし自分が、本当に千本の黄金の帚を手に入れられたなら。

 そして二人の為になれたとしたら、煤はらい姫にとってこれほど喜ばしい事はありません。

 仮にそれが叶わなくとも、自分のせいで二人を不幸にしてしまうよりは、ずっとマシです。

 だから煤はらい姫は異を唱える事もなく、王さまとお妃さまの言葉を聞き入れたのでした。




 この煤はらい姫の旅立ちを聞き、慌てに慌てたのは他でもない花香る姫と梢歌う姫でした。

 心優しいこの姫君たちは、いつも煤や埃で汚れた真ん中の姫君も分け隔てなく大切に思っていたため、彼女が自分たちのせいで国を追い出されてしまうことに、ひどく心を痛めます。

 勿論、父である王さまと母であるお妃さまにも抗議しましたが、彼らも二人の姫の大事であるため、決して首を縦には振りませんでした。


「あぁ。どうかわたくしの愛おしい妹が、どんな苦難も乗り越えられますように」

 涙ながらに花香る姫は、旅立つ妹への餞別に花の種の入った袋を渡しました。


「姉姫さまにも、得難き喜びがありますように」

 煤はらい姫は慰めるように微笑みかけ、優しい姉の心のこもった贈り物を受け取ります。


「わたしの大事なお姉様を、助けてくれる人が現れますように」

 嗚咽を漏らす梢歌う姫は、旅立つ姉への餞別に小さな鳥笛を渡しました。


「妹姫にも、良き出逢いがありますように」

 煤はらい姫はなだめるように髪を撫で、美しい妹の祈りを込めた贈り物を受け取ります。


 姉妹の無事を願う二人の気持ちは、己で決めたのだとしても尚、拭えきれずにいた煤はらい姫の心の曇りを晴らしてくれました。

 お陰で煤はらい姫は、二人の為に頑張ろうと、満たされた気持ちで旅に出ることができます。煤はらい姫は姉と妹に心から感謝しました。

 こうして煤はらい姫は二人の姫に見送られ、何の憂いもなく国を離れたのでありました。





 国を出た煤はらい姫は、黄金の国を目指して歩いていきます。

 しばらくすると、道ばたに一人の男が倒れているのを見つけました。

 男は身汚く、饐えた臭いを放ち、お金など一銭たりとも持っていそうにありません。浮浪者同然のその男に、道行く人たちはみんな顔をしかめ、あるいは無視して通り過ぎていきました。

 しかし煤はらい姫は、むしろ男の身なりにどこか親しみを覚え、男をそっと揺り起こします。


「そこのお人、こんなところで寝ていると風邪を引いてしまいますよ」

「うるせえやい。どうせお前も汚らしい俺を目障りだと思っているんだろう」

「あなたのどこが、汚らしいのですか?」


 煤はらい姫は首を傾げて尋ねます。男ははっとして自分の身を見下ろしました。

 ぼさぼさの髪も髭面の顔も、ぼろ布のような服も変わりはありませんが、男の身はまるで全身をよく洗った後のようにすっきりとしています。その分、煤はらい姫は余計に黒く汚くよごれてしまったのですが、元が元でしたのであまり変わりません。

 男は先ほどの自分よりもよっぽど汚らしい煤はらい姫を驚いたように見上げましたが、すぐにそのお腹がぎゅるぎゅるると切なそうに鳴りだしました。姫は男に自分の持っている食料を、分け与えてやります。


「なあ、汚らしくて親切なお嬢さん。お前さんはこれからいったい、どこへ行くつもりだい?」


 がつがつと食料を頬張りながら尋ねる男に、煤はらい姫は自分が三つ山を越えたところにある黄金の国へ向かうつもりである事を話しました。

 すると男は、それはちょうどいい、と目を輝かせます。


「俺は探し物があって、黄金の国を出て今まで旅をしていたんだ。だが、それも見つからずそろそろ諦めて帰ろうと思っていたところだった。ぜひ、お前さんのお供をさせてくれ」


 煤はらい姫は考えます。

 旅は道連れとは良く言ったものです。目的地が同じなら一人旅より二人旅の方が安全だろうし、元が浮浪者同然の身なりで行き倒れていた男ですから、きっと煤はらい姫の汚さを気にしないでいてくれるに違いありません。


 そう考えた煤はらい姫は男の提案を受け入れることにしました。

 そして二人は連れ立って、黄金の国を目指す事になったのです。





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