008 大きな異変の朝
『それでね、学園の地下にはおっきな魔法陣がいくつもあるんだよ!』
『へぇ、それは気になるな。何の魔法陣だ?』
『まんまる!』
『魔法陣は全部丸いよ……』
たまに雑談に付き合う代わりに、様々な情報を集めてきてくれる精霊達には正直頭が上がらない。ギブアンドテイクという言葉があるが、この場合はギブの比重が重すぎる気がする。
だから、忙しくても精霊達の話に付き合っていたりする。
鏡に映る、夜空の様に深い紺の髪についている寝癖を適当に整えながら、精霊が使う言語で会話する。
世界で一番話されているシーク語をルルーが話すことが出来て、最初は意思の疎通をシーク語でしていた。
だが、便利だからという理由からルルーが根気強く精霊語を教えてくれたお陰で、ちんぷんかんぷんだったのが今ではスラスラと話せるようになったのだ。
人間の言葉を話せない妖精や精霊とも意思の疎通が出来るので、本当に便利である。
ルルーには、一生頭が上がらない気がする。
癖の強い髪を何とかセットし終えると、鏡の中の自分が髪と同じ紺色の瞳でジッと俺を見つめていた。
……いや、鏡見てるから当たり前なんだけど。
不意に思い立って前髪をかきあげて、どや顔をしてみる。
『……なに決めポーズしてるの?』
すんごくドン引いた声のルルーに、ハッと我に返った。
『いやぁ、俺ってさ、身近な女子達に何故か嫌われてるけど、顔はそんな悪くないよな?目付きはちょっと悪いけど』
自分の顔を指差しながら、ルルーに意見を求める。
鏡の中の俺は、目付きはちょっと悪いが、パッチリ二重だし、鼻筋通ってるし、顎だってシャープだ。体型は細いが、筋肉はバキバキに割れてるし、身長も平均よりちょっと高め。
前の世界の俺とは、髪と瞳の色が違うだけで、パーツも体型もソックリだ。
ちなみにこれでも結構モテた方である。
『うーん。ちょっと目付き悪いけど、ヨルはきれいな顔だよね!』
『だろ?ロイドにも負けてないと思うんだけどなぁ』
『誰それ?ヨルの新しい友達?』
『んー、友達って程の関係ではないかなぁ』
向こうがどう思っているのかは知らないが。
俺の返答にルルーは興味を無くしたらしく、ふうんと生返事をした。
やっぱり性格的な問題か?
前世から変わってない筈だけどなぁ。何かやった覚えはないんだが、嫌われてるんだよな。婚約者に至っては、初対面で殺されかけた。何故に。
この外見年齢だから今は大して気にしてないんだが、結婚したいしなぁ。子供は二人は欲しい。
髪の毛ちょっと伸びたなと人生設計の合間に思う。耳を半分隠している髪を持ち上げると、大量のピアスが姿を現した。
チャラく見えるよなぁと思わず苦笑してしまうが、全部れっきとした魔導具である。一応高価なものばかりだ。
透明と青系のシンプルなもので揃えているので、今の髪色ではあまり目立ちはしないが、肝心の数が多い。これでも最低限しかなくて、学園に入る前はネックレスに指輪、腕輪もじゃらじゃら付けていた。
多分マーシャルと良い勝負していたと思う。
洗面所の棚に無造作に置いていた紅の石がついたピアスを手に取り、空いているピアスホールに付ける。
――発動。
心の中でそう唱えると、紅の石が淡く輝き、表面に紅色の魔法陣が浮かび上がる。髪の毛の根元から毛先にかけて徐々に紺から紅へと変化していき、瞳も紅色に転じた。青系の色のピアスも紅に変えて目立たせなくする。
魔石と呼ばれる魔力を通す石に【上級上位無属性紅色変化系色彩魔法陣】を刻む事によって、触れている箇所を紅色に変えることが出来る。ただし魔力コントロールを間違うと肌まで真っ赤に染まってしまうので、使い手の技量が要る魔導具だ。
魔導具自体も貨幣価値の高いフォルスフォード王国内の平均年収程する高価なものだし、誰もただの王国民として学園に通う生徒がこんな念入りに変装をしているとは思わないだろう。
まあ、【上級上位無属性紅色変化系色彩魔法陣】は自分で刻んだから、かかった費用は安価な魔石の分だけなんだけどね。
アルの場合は俺とちょっと違って魔力を俺みたいに扱えないから、最初から魔力が含まれてる魔力石に【上級上位無属性灰色変化系色彩魔法陣】とそれに連動するように【最上級下位補助第二系統色彩魔法発動範囲指定魔法陣】を刻んでいる。
此方は着けただけで発動し、自動的に髪と瞳のみを変える高性能な代物だ。
アルの異母兄弟である第二王子が可愛い弟の為に作った一品だ。売ればどれくらい稼げるんだろうか……とか思っていない、だ、断じて。暫く遊んで暮らせそうだ。
鏡に映る紅髪紅眼の俺は、紺と違って少し幼く見える。変装当初「紅色って目立たないか?」と勇者仲間に聞いたら、元気になっただの、若返っただの言われた。
質問を上手くはぐらかされた上に、俺は年寄りみたいな風に思われていたと気付いた。精神的ダメージを負っただけだった。
それ以来、将軍を見習って俺も若々しさを取り戻そうとしている。外見年齢15歳なのに。
『あれ、今日ヨル仕事なの?』
『まぁな。今日は久しぶりに本業。徹夜だなぁ。メーリン伯爵はどうなってる?』
『皆に調べてもらってるよ!明日か明後日には集まると思うよ!』
『いつもわりぃな』
『良いってことよ!精霊も妖精もみーんなヨルの事が大好きだもん!』
『ははっ、そりゃあ、嬉しいね』
勝手に俺のスケジュールを確認しているルルーから手帳を取り上げて、ブレザーの内ポケットに仕舞う。不満そうな声が聞こえたが、適当に宥めて学校指定のローブを纏った。
『じゃ、そろそろ遅刻だから行ってくる』
『いってらっしゃーい!』
元気良く手を振るルルーに手を振り返して、寮の自室を後にした。
高級そうな赤い絨毯が敷かれている廊下を火の灯った燭台が淡く照らす。寮の自室ドアはアンティーク調で見るからに年代を感じる。校舎と合わせている雰囲気は、タイムスリップした感じで好きだ。
それもそのはず、校舎は建ってから2000年以上が経ち、新しい寮も築200年は越えていると噂されるのだから。
メーリン伯爵の件は、期日よりも早めに終わりそうだなと少し浮かれていたのだが、廊下を歩く内に段々と醒めていった。
言い知れぬ違和感に悪い予感が拭えない。命の危険は感じないが、警戒しておいた方が良いだろうか?
何かが、おかしい。何が起きている?アルとマーシャルに関わる事か?
モヤモヤした正体不明のいつもと違う何かをずっと抱えたまま、教室まで辿り着く。
教室の中にマーシャルはいない。遅刻ギリギリが常だから、いつも通りか。アルは既に来ているみたいだ。
それを気配で察知して、1ーA、第一学年で成績優秀者が集うクラスの重厚な観音開きの扉を開ける。――瞬間、一斉に突き刺さったクラス中の視線で漸く違和感の正体に気付けたのだった。
侮蔑、嫌悪、拒絶、敵意、ありとあらゆる負の感情が込められた視線を浴びて、何で今まで分からなかったんだと軽い自己嫌悪に陥った。
殺意ならもっと早くに気付けたんだろうけど、それは無かったしなぁ。でもちょっと鈍ったかもしれない。
問題が解決お陰で、ややスッキリした気分で自分の席に向かおうとしたが、思わぬ人物によって道を遮られた。
くるくる巻いた銀髪に緑眼の気の強いお嬢様、イザベラである。
……鬼も見たら逃げたしたくなるような物凄い剣幕で俺を睨み付けてきたんだが、何かやったか?
それにしても、ずっと眉間に皺を付けていると将来取れなくなるよと忠告してあげたい。うちの義父上が取れない眉間の皺をこっそり気にしているし。……余計なお世話か。
取り敢えずお調子者っぽく対応してみる。
「おぉ、イザベラおっはよー!険しい顔してどしたのさぁ?シワとれなくなるよ?」
しまった。つい口が勝手に。
「貴方よくもまあ学校に登校出来ましたわね。厚顔無恥にも程がありますわ。この恥さらしが」
「……は?今日いつも通りに授業あるだろ?臨時休校とかじゃないだろ?」
「あんな事を起こしておいて、自分が悪くないとでも仰ってますの!?」
訳が分からない。
ちょっと誰が通訳呼んで欲しい。全く話が通じないというか、何言ってるのか分からない。あんな事って何?
「ねぇ、ちょっと俺に分かるように説明してもらえ「イザベラさん、ちょっと宜しいかしら?」る……って、え……?」
話を遮られた事に突っ込みを忘れた位、間に入ってきた小さな女子生徒に驚く。多分今の俺は、素面で呆けた顔をしてるに違いない。
え、でも、何で?
何でこいつがわざわざ動いた?
「何ですの?私は今忙し……って、ルディアナ様!?し、失礼致しました」
イザベラが目を見開いて、乱入者に慌てて頭を下げる。
イザベラでもちゃんと謝ることがあるんだなぁと感心しながら、他人事のように2人を傍観する。
「イザベラさん、この方をお借りして宜しいかしら?」
「え、ええ、勿論ですわ!この悪人を成敗して下さいまし!」
イザベラは俺の腕を痛いほど強く左腕を掴んで、無理矢理俺を押し付ける。嫌な予感を察知した俺は咄嗟に逃げようとしたが、小さな乱入者に骨が折れそうになる位力強く左腕を掴まれて、渋々断念した。
つーか。
「痛い!痛い痛いからもうちょっとソフトに扱って!」
「少し出ます。ホームルームまでが始まるまでには帰ってきますね」
華麗に俺の声をスルーして、ニコリと人形じみた美しい中性的な笑みを浮かべて、イザベラに告げる。
それを見たイザベラは、コクコクと壊れた首振り人形の様に顔を真っ赤にして頷いた。
顔が良いって得だよな。
「さあ、参りましょうか」
「…………うっす」
イザベラから俺に視線を移した彼女の顔は、酷く作り物めいていて、背筋が震えた。
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