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007 少しの現実逃避

それは、王命が出た3日後の事だった。

所属している近衛騎士団団長に学園行きの報告をしたり、久しぶりに近衛騎士団と練習試合したり、魔王討伐についての報告書を書いていたりして、忙しかったのだ。



既に国に帰ってきて1週間経っていたが、仕事に忙殺されていて今の今まで後回しにしていた。


だって忙しかったんだもん!睡眠時間だってないんだもん!寝不足だもん!


内心言い訳を沢山しておいて、目の前の白を貴重とした立派な扉の前に立つ。

顔も会わせなかったのに、いきなり頼み事なんてやっぱり失礼だろう。それでも、頼まなければならない重要な事なのだ。


1つ深呼吸してから覚悟を決めてノックする。「入りなさい」と柔らかい声が聞こえて、精緻な花模様があしらわれた金色のドアノブに手をかける。

多分この人の事だから、俺が扉の前で立ち往生していたのも分かってるんだろうなぁ。


「失礼します」


床一面に敷かれている薄ピンクや赤、黄色い花柄の絨毯、白で統一されたランプや執務机にテーブル、分厚い本がギッシリ詰まった本棚。ソファも花柄で、クッションもメルヘンチックなデザインだ。豪華なシャンデリアも花をモチーフとしていた。


…………。


「あっ、部屋間違えたみたいです。失礼しまし「いやいや合ってる。合ってるから!」」


そのまま何も見なかった事にして立ち去ろうとした俺を、執務机に座っていた人物は慌てて引き留める。

後ろ手で扉を閉めた俺は、コホンと咳払いをして背筋を伸ばした。


「挨拶が遅くなってしまい申し訳ありません。ヨル・イーストウッド、帰還致しました。――義父上」


右手のひらを左胸に当て、騎士団式の礼をとる。

俺のその姿を見ると、義父であるイーストウッド公爵は顔を崩して優しい笑みを浮かべた。


「おかえり。ヨル」

「ところで、義父上はメルヘンな趣味をお持ちになっていらっしゃったのですね。存じ上げず、王女様の部屋かと誤解してしまい申し訳ありませんでした。私めもまだまだ洞察力を鍛えなければいけないと痛感致しました」

「待て!誤解だ!」


先程までの優しい表情は何処へやら、青色の髪を振り乱し否定する40代半ばの義父は、1年前より皺が増えている気がする。

それは置いといて。


「随分と模様替えをされたのですね」


1年前までシックで落ち着いた感じの内装だった筈なのに、メルヘンに変えるなんて思いきった事をするなぁ。

俺の言葉に国王に次ぐ役職、六元帥の一人である宰相は、髪と同色の瞳で遠くを見た。


「ああ……それは、将軍が……な」

「ああ、成る程」


将軍しょうぐん”――役職名でも人名でもない。ただ彼を知っている人は、皆そう呼ぶ……というか、本人が呼んで欲しいらしい。

六元帥の一人、役職名は全騎士団総合団長という軍部のトップだ。

水色の肩甲骨の下まである長い髪を一つに結んでいる、涼やかな印象の20代半ばの高身長美青年である。


見た目だけは。


その実70代に近いと言われている年齢不詳の脳筋であり、身長よりも大きい大剣を振り回して、2ヶ月に1回王城内の訓練場を大破させる傍迷惑な元公爵様である。

好きなことをしている人は若いとか聞いたことがあるが、将軍の場合は完全に人体の神秘レベルだ。

後、将軍はこの剣と魔法の世界で魔法の存在を完全に切り捨てた人物であり、剣のみで生きてきたのだが、何故か六元帥の一人の魔導師団長と物凄く仲が良い。不思議だ。


将軍について下手に掘り下げると、義父上から愚痴を聞かされることになるので置いておく。宰相執務室を大破されたとかそんな辺りだろう。親子ほどに年が離れた将軍に、義父上の頭が上がらないのは周知の事実だ。


「義父上、今日はお願いしたいことがあって参りました」

「お願い?珍しいな。言ってみなさい」

「私が旅を共にした仲間にマーシャル・フェンダーという名の者がおりますが、実はフェンダルク皇国第七皇子マーシャル・フェンダルクなのです。ですので、王命を果たす為にフォルスフォード王国民としての戸籍を「ちょっと待て」……はい」


俺の言葉を遮った義父上は、グリグリとこめかみを揉みほぐしてから深呼吸をした。


「いや、フェンダルク皇国第七皇子の戸籍をフォルスフォード王国民に変えるなど出来るわけがないだろう!国賓級の扱いだぞ!」

「その国賓級扱いの者は、現在第三王子の執務室に不法侵入している上に入り浸っております」


眉間の皺を深くしながら俺の報告を聞く義父上は、執務机の上にある胃薬に無言で手を伸ばした。

六元帥の中で一番、宰相の負担が重いよなぁ。


「王城の警備等の問題ではなく、彼が人類最強の一角をであるからこそ出来る芸当です。ちなみに戸籍は架空の物で良いと、本人が希望しております」


それが駄目押しになったのか、義父上は重々しく頷いた。額付近が気持ち分だけ広がっている気がしたのて、遠方の国で人気の良く効く育毛剤をプレゼントしようと心に決めた。




――という思い出が、走馬灯のように一瞬蘇ってきました。


そういえば、育毛剤まだ買ってなかったよなぁ。一応義父上フッサフサなんだけど、将来を考えるとやっぱり予防はしておくべきだよな。

養子で全く血の繋がりのない俺を可愛がってくれていて、たまには家に泊まっていきなさいとまで言ってくれた。良い家族である。



なんて、思っている場合ではないのは分かっているが、ここで意識を飛ばせたら良いなと真剣に思ってしまう位、大ピンチである。


「君達は何がおかしい?!」

「何でヨルは笑ってるんだよ!」


俺は笑ってねぇよ。さっきまで現実逃避してたよ。

菫色の男子生徒は分かるが、ロイドは1度医者に目を見てもらいに行った方が良いんじゃないだろうか。


「貴方みたいな低脳で無知な下等生物に笑われるなんて、ロイド様お可哀想……。ロイド様、下等生物ごときがロイド様の素敵魔法を理解出来る筈がありませんわ」

「本っ当有り得ない!アルくんならともかく、魔法使えないあんたがロイドを笑ってるんじゃないわよ!!」


低脳で無知って……、俺イザベラより頭良い自信あるんだけど。つか、笑ってるの俺じゃないし。

ロイドの魔法が理解出来ないのは確かだが、あれを素敵魔法と胸を張って言い切れる彼女の感性が少々特殊な気がしてならない。

ミランダに至っては、何でアルが良くて俺が駄目なのか……、だから俺は笑ってねぇって。


段々と泥沼化してきたので、未だ笑いこけている2人の頭を鷲掴みにした。


「お前らいい加減戻ってこい」


そしてこの現状をどうにかしろ。

先に戻ってきたのはアルで、上品な微笑みを中性的な顔に浮かべながら、菫色の髪の少年に右手を差し出す。


「ロイドと仲が良いんだな。すまないが、名前を教えてくれないだろうか?あと……出来れば友達になってくれると、嬉しい」


ここで天然発動するなよ!!

唖然とする俺を他所に、途中から恥ずかしくなったのか、視線をさ迷わせながらアルは顔を真っ赤にする。


「フィリップ・ルーゼルだ。その……、と、友達になってやらなくもない」

「本当か!よろしく頼むフィリップ」


誰が得をするのか分からないツンデレを披露した後、恐る恐るアルの手を握り返すフィリップ。

その反応にアルはとても嬉しそうに、無邪気で純粋な笑みを見せた。


「あーっ、アルだけ狡い!俺とも仲良くしよーよフィリップ!気軽にマーシャルって呼んでねー」

「なんだ君は?!チャラすぎるだろう!」


フィリップはむぎゅっと自身の手を無理矢理握ったマーシャルの両手に付いている5つの指輪に、ギョッとした表情を見せる。

あれは、切れ味抜群のワイヤーが出てくる魔武器なのだが、物騒すぎるので知らない方が良いだろう。


……フィリップ・ルーゼルか。クルミナ王国のルーゼル侯爵家嫡男だな。だから同格である侯爵家のイザベラとミランダは何も言えなかったんだろう。

俺、一応侯爵家の上の公爵家の者なんだけどな。



そんな事はともかく、修羅場をぶつ切りにして友情フラグを力ずくで地面にぶっ刺したアルの天然って強いよな。

友達も出来たことだし、お兄さん嬉しいよ。



じゃなくて、問題が全く解決してない。

こっそり放置プレイを食らってるロイドを見ると、さっきよりは落ち着いた様だが不機嫌そうにしていた。

俺と目を合わせるなり、ギッと睨み付けてくる。怖い。


「無視するな。何で笑った?」


なーんか、面倒くさいなぁ。

半ばうんざりしながら、やや雑に返答する。


「笑ってねぇーよ。俺ってば超ヘタレだから、あんな状況で笑えないって」


大袈裟に肩まですくめて見せると、「そっか、そうだよな。お前みたいな小心者がな」みたいな事を呟いて納得していた。

簡単に騙されてくれて、此方としては有り難いんだが、将来変な壺とか買わされそうな感じで少し心配だ。


「兎に角、お前の発動は危ないから気を付けたまえ」


今になってどういう状況か思い出したらしいフィリップは、念を押すようにロイドに告げる。

うーん、素直でお人好しなんだろうが、言い方が偉そうだから駄目だよなぁ。仮にも次期侯爵だろうに。蹴落とし合いの貴族社会で変な恨みを買わないか此方も心配だ。

ギリギリと睨み合うロイドとフィリップに口を出したのは、意外にもマーシャルだった。


「フィリップの言うことは正しいけどねー。ま、何かあったら先生が何とかしてくれるって。ねー、センセ」


今の今まで傍観者だった先生に丸投げして、マーシャルはさっさと自分のコートに向かう。

それを切っ掛けに、固まっていた生徒達が動き出して徐々に訓練場にざわめきが走った。


フィリップも手下を連れて持ち場に戻って行き、ロイドは渋い顔をしながらも踵を返して俺達から離れていった。

イザベラとミランダは、何でロイドを擁護しないんだよ的な捨て台詞を俺に残してロイドを追い掛けていった。


「っあー……成る程」


何となく、何となくだが、今回の件でロイドは自尊心が高いんだろうなぁと悟った。

新入生代表としての矜持か何かは知らないが、特に自分より下だと思っている人間や真っ向から否定されるのが許せないんだろう。

もしマーシャルの「フィリップの言うことが正しい」という事を俺が言ったら、ロイドは反論していただろう。

俺が格下に見られているのは間違いないというのは既に知っていたが、やたら絡まれるのは自尊心を満たすためだろうか?イザベラやミランダだって……。


そこまで思考を巡らせた所で、考えすぎかと首を振る。本人はそんな事を思っていないのかもしれないし、真性の鈍感かもしれない。結論を早めるのは時期尚早だし、仮にそうだとしても不利益……は被るかもしれないが、大したことはない。



それよりもまず、修羅場を止めずに空気になっていた教師達にはしっかりとお仕置きでもしておきますか。

同じ轍を踏まないように減給くらいはするか。教育機関がこんな腑抜けてたら駄目だからな。



っていうか、お調子者キャラのポジションをマーシャルに取られてないか?

閲覧ありがとうございます。

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