006 常識との差2
「あ、でも彼奴なら中級下位魔法発動出来るみたーい。同じ風属性選択だから、よく自慢聞かされたよー」
マーシャルが指差す先には、両手を前に出して目を閉じるロイドの姿があった。無防備すぎるのを見ると、蹴り飛ばしたくなってくるな。
「風よ。鋭く成れ。刃と成れ。切り裂け。【ウィンド・ブレード】!」
ロイドが発動したのは、【ウィンド・ブレード】正式名【風刃】。その名の通り、風の刃を発生させて敵を切り裂くものだ。
ロイドの両手の前に風の塊が集まりだす。段々と湾曲した刃の様な形をしていき、そのままそよ風になって消えた。
…………え、そよ風になった?
呪文を唱えてから発動させるまでにかかる時間も長すぎるし、何よりあれは【ウィンド・ブレード】じゃないと言うか、ちゃんと発動が出来ていない失敗だ。
だけど、ロイドの周囲に集まっている人達――女子比率が非常に高い集団は歓声を上げた。
どう見たって失敗だろ。
だが、ワイワイ騒いでいる観客の中から「発動するなんてすげえよな」なんて言葉が聞こえてくるので、これは彼等にとって凄いことらしい。理解不能の領域だ。
「これが、“普通”なんだろーな。俺らが……」
ポツリと漏らしたマーシャルは、珍しく気弱に見えた。
ここにいたら、どうしても疎外感を感じてしまう。ここの当たり前は、自分にとっては異常。
だから、自分と同じである俺達がいる所まで逃げて来たんだろう。
俯いてしまった所為でマーシャルの表情は見えない。でも、次の動作は分かってる。
誰にも分からない完璧な笑みを浮かべて、「なーんちゃって」なんて言うんだ。
だから、顔を上げかけたマーシャルの頭を無理矢理掴んで下げさせた。そのまま赤紫色の艶やかな髪をぐしゃぐしゃに、少し乱暴に撫でる。
くそ、何でこいつ男なのに髪の毛つやつやのサラサラなんだ?女子かよ。
内心毒を吐きながら、ある程度髪をボサボサにした所で、ポンと再び頭に手を置く。
「人間誰でも仲良くできたら、テロも戦争も暴動も起きねぇだろ。相成れないってのは、人間同士の性格だけじゃねぇ。嫉妬だったり、畏怖だったり、僻みみたいな感情から相成れない場合もあるんだ。たまたま俺らがそれを産まれた瞬間から受けとる側だったってだけ。皆、肩書きと才能にばかり目がいく」
押し黙ってしまったマーシャルに加え、ギャップからのショックから立ち直ったアルでさえ神妙な顔をして聞き入っていた。
「でもお前は今、“ただの”マーシャルだろ?何処にでもいるような、ナンパが特技の男子だろ?この4年の間、友達作って、自分自身を見てもらって、最後に正体明かして逃げていく友達なんて最初っから友達じゃなかったんだと思えばいい」
あ、今分かった。マーシャルもアルも2人して、
「お前自身が、“肩書き”に囚われるな」
重すぎる称号を学園でも降ろせないんだ。
「今は“自由”なんだ。思いっきり楽しまなきゃ損だろ?」
マーシャルの頭に乗せていた手を少し持ち上げ、辛気臭くなった場をかき消すように景気付けに頭を叩いた。
「いっ?!ってー、叩かなくたっていーじゃん。つか、俺ってナンパが特技だと思われてたの?!」
「え、違ぇの?」
「ちげーし!」
うわ、髪の毛ボサボサだーと言いながら、手櫛で元通りにしていくマーシャルは、さっきよりスッキリした顔をしていた。
チャラ男、復活だな。
「ヨル」
「ん?どうした?」
「礼を言う。ありがとうな」
マーシャルに諭した事が、アルにも当てはまったらしい。アルの嬉しそうな顔を見ると、偉そうに自分何言ってんだみたいな自己嫌悪やら恥ずかしいやらで、おぅ……と素っ気ない返事を返してしまった。
精神年齢は一回り違うのだが、人に何か言える程人生経験があるかと問われれば自信を持って否と答えられる。でも、そんな俺の言葉1つで元気になるならそれで良い。
「うっし、友達作るかー」
「なんかそれボッチみたいな台詞だな」
「えーちょっとそれどーゆーこと」
「ははっ、俺もヨルに言われたぞ」
口を尖らすマーシャルに、声をあげて笑うアル。
「ロイド達と話してたからって一人だけ脱ボッチしてんじゃねーよ」
「おい待て。彼奴らとは違うし、つかお前らがいるからボッチでもねぇからな」
「さ、友達沢山出来るかなー」
頼むから話を聞いてくれ。
大きく伸びをしながら立ち上がったマーシャルは、アルと俺を見て、不敵に笑った。
「誰が一番友達作れるか競争しよーぜ」
「いや、友達ってそういうものじゃ「いいだろう、受けて立つ」ねぇ……ってえぇぇ?!アル?!」
不遜に笑い返したアルを見て、駄目だこいつら!まず友達というのを理解してない!と絶望しそうになった。
……というか俺は、こいつらが居れば他の友達は要らねぇんだけどなぁ。
なんて、大見栄切った俺が言うことじゃないか。
「ヨルも逃げんなよー」
ニヤリと意地悪く笑ったマーシャルの瞳は、餌を見つけた獰猛な肉食獣のような輝きをしていた。
アルもジェラールもだけど、昔から勝負事には全力でぶつかってたよなぁ。
「いや、面倒く「おい!君ちょっと中級下位魔法が発動出来たくらいで調子乗るのは止めたまえ!!あれは発動したが、どう見たって失敗だろう!一歩間違ったら危ないんだぞ!身の丈に合わない魔法なんて使うな!!」…………何で俺さっきから最後まで言わせてもらえないの……?」
思わず溜め息をつきそうになったが堪えて、いきなり大声出した男子生徒の方へ向く。男子生徒が大声を出したからか、第一訓練場はビックリするくらい静まり返っていた。
ロイドに突っ掛かっている菫色の短髪の少年を見て、俺は目を見開く。
あれは……、まあ別に良いか。
菫色をした少年はガキ大将ポジションなのか、後ろに二人の子分らしき生徒を連れている。
言われっぱなしは性に合わないらしいロイドは、何時になく険しい顔をしてその言葉に反応した。
「なんだと?!発動すら出来ないくせに!」
「発動出来たら良いと言う問題ではない!」
「僻んでるんだろ?俺が発動出来るからって」
「どうしてそうなる?!」
……何これ漫才?
成り行きを冷静に見守っているのだが、不思議な事が1つある。
こんな時に真っ先にロイドを擁護して、男子生徒の精神を叩きのめす程の暴言を吐き出す般若2人……じゃなかった女子2人が静かだ。
居ないわけじゃない。寧ろロイドの両腕をがっちりホールドしている。だが、借りてきた猫のように大人しいのだ。睨みもしていないし。
何あれ逆に怖い。
「発動出来ないのに口だけじゃないか!」
「だから、魔法の失敗は最悪死ぬから危ないと言っているだけだ!」
「失敗じゃない。発動した」
「発動したから失敗してないという事にはならない!」
ロイドと菫色の男子生徒の噛み合ってるのか、噛み合ってないのか分からない掛け合いに耐えられなくなってきたのか、マーシャルは体をくの字に折り曲げて肩を震わせた。
「ぶふっ、ふふっ、も、無理無理」
「抑えろ」
いざとなったら、マーシャルの鳩尾でも殴って気絶させようかと物騒な事を考えていたが、先に耐えられなくなったのはアルだった。
「ははっ、無理だ、面白すぎる」
「あ、ちょ、おい!」
慌ててアルの口を塞ぐが、時は既に遅かった。
「おい、君達」
何時の間に移動してきたのか、目の前に仁王立ちしている菫色の男子生徒と二人の手下。更には、ロイドとその両手の花のイザベラとミランダ。こちらの2輪のは花は、食虫植魔物を連想させた。
あっ、これもしかして詰んだ?
閲覧ありがとうございます。
本日中にもう1話投稿します。
1話、2話の行間を少し広くしてみました。
タイトル「たった4年のフリーダム」を「最強達のフリーダム」に変更しました。期間だけじゃなく、“制限”もかかっているので、まとめた方が楽だな……と。
全然しっくりこないので、もう一回くらい変更するかも。




