005 常識との差1
ちょっと長くなったので、2つに分けました。
「皆さん、あらかじめ習っていると思いますが、おさらいです。この世界には魔力と呼ばれる現象を引き起こす力があります。誰でも魔力は宿っていますが、その量は生まれつきバラバラです。ですが、努力で魔力量は増やすことができます。
強力な魔法を使いたいならば、魔力が多くなければなりません。それに、魔法という技術を上手く魔力で再現することが重要です。これを実現するには、まず魔力コントロールが出来ないといけません。胸に手を当ててみて下さい。魔力は心臓を源にして、身体中の血液に混じって全身を巡っているのです。これを――――」
等と長々話している教師にうんざりしながら、俺は隅の方でアルと一緒に体操座りをしていた。
魔導師の魔法の使い方云々を聞いても、俺とアルには魔導自体が使えないのである。無駄に近い魔導の原理だの理論だのは、全くと言って良いほど知らないし、知ろうともしていなかった。――が、魔力コントロールの話など、ほんの少し魔術にも共通する。それに教師の話は魔法を使う者にとっては、基礎の基礎だ。
魔力量は努力で伸ばすことが出来る。数値化出来る訳ではないので、変化はあまり分からないらしいが、子供の頃は成長と共に、大人は絶え間無い努力の末に魔力を伸ばす。
だが、魔法を扱うのは魔力量が多ければ良いという訳ではない。
その魔力をいかに無駄のないように操る、魔力コントロールが一番大事なのだ。
魔力コントロールの上手さは魔導師、魔術師の強さを決めると言っても過言ではない。だから9段階ある魔導師、魔術師の評価は、コントロールで決まってしまう。
本当に上手い人は、誰にでも使える簡単すぎる魔法1発で襲ってきた龍を吹き飛ばしていた。
同じ人間かと疑ってしまった。
俺も昔からずっと魔力コントロールをさせられたし、今でもまだやっているが、流石にその域まで達していない。
やっと教師の長い話が終わったらしく、ぞろぞろとバラけていく集団を観察していたら、目を疑った。
「嘘だろ……」
2クラス、100人が余裕で入る広々とした第三訓練場を見渡して、俺はあんぐりと口を開ける。
学生レベルってこんなんなの?!
テニスコート位の広さの模擬戦用コートが10面分、焦げ茶色の城のような木造建築物である年季の入った校舎の一室は、とんでもなく広い。第一、第二訓練場は一体どれくらいなんだろうと思いながら、第三訓練場の窓枠に嵌め込まれているカラフルなステンドグラスを眺める。
芸術的な雰囲気なのに訓練場ってアンバランスだなとたっぷり現実逃避しながら、目の前の光景に立ち向かう事にした。
魔法を発動させたり、それを避けたりする授業……らしいのだが。
「風よ。包み込め。【ウィンド・ボール】」
近くで【ウィンド・ボール】、正式名【風球】を発動させた女子生徒を見て額に手を当てる。
難易度で21段階に別れた魔法の一番下さえ、呪文詠唱しないといけないなんて悪い夢でも見てるに違いない。
魔導も魔術にも21段階の魔法があるが、それは魔力コントロールや魔法の威力によって分かれている“目安”だ。一番下の難易度魔法を、真ん中の難易度レベルの魔法と同じくらいの威力にしてしまう離れ業を使う人だっている。それはもう、段階では推し測れない域だ。
21段階が目安でしかない一番の理由は、呪文を唱えてから発動させる呪文詠唱、魔法名だけ唱える魔法詠唱、何も唱えずに発動させる詠唱破棄があるからだ。
詠唱があるのとないのとでは、あった方が魔法は安定するし、威力も強くなる。
だが、詠唱をなくすとどんな初歩的な魔法も難しくなってしまうのだ。
だから、目安でしかないのだが、正直レーベン大陸で最古の歴史を誇り、世界協会管理下に置かれている名門進学校でこのレベルとか冗談きついよマジで。
たまに一番下の初級下位魔法じゃなくて、その上の初級中位魔法や初級上位魔法、僅かしかいないが、最下級下位、中位を唱えている人も見かけるが、初級魔法なんて魔法を習う人の為の入門でしかない。
学園の1年生なら、最下級魔法や下級魔法なんて当たり前の域だと思っていた。
俺とアルは特別組に入っているので今回は見学。暇ではあるが、この授業は楽しみにしていた。
ふと、隣のアルを見ると、やはり俺と同じ事を思っているのか口をカパッと開けたまま絶句していた。
俺達が育った環境とのギャップに思考回路がショートしてるに違いない。
そういえば俺達って戦闘職で、周りが21段階の一番上も詠唱破棄も使える人達ばかりだから基準がおかしいのかもしれない。だとしたら、これが平均より良い方なのか?うーん、平均が分からないな。
慣れ親しんだ気配が近付いて来るのを感じ、俺は閃いた。彼奴は確か属性別魔導実技で風属性を取っていた筈だ。
「マーシャル、授業は真面目に受けないといけないんじゃないか?」
「んー、まぁ一人くらい居なくたって先生は別に気付かねーだろ」
魔導実技の授業は5人の先生が担当しているが、1人当たり2コートを危険がないか常に見ているので、生徒が数人抜けたこと位気付かなさそうだ。
確かにと頷いてから、俺の隣に腰を下ろしたマーシャルに、先程までの疑問をぶつけてみる。
「魔導実技っていつもこんなんなの?」
「ん?あー、なるほど。俺も最初はビックリしたよー。中級魔法までなら大丈夫だろって思ってたんだけどさー」
一言で俺の言いたいことが通じたらしいマーシャルは、苦々しい表情で長い前髪をかきあげた。
中級魔法は、大まかに分けると下級魔法の1つ上の難易度。俺もそれ位だと思っていた。
「それだけじゃねーんだよ。魔法を発動している間、下半身が全く動いてねーの」
マーシャルの指摘を受けて、数人の生徒を観察する。確かに指や腕などは、魔法を操っている所為なのか忙しなく動かしているが、足は地につけたまま1歩も動かしていない。
おまけに指や腕などを動かしていても、魔法は変な方向に飛んで行ってる。
「確かに。魔力コントロールが全くなってねぇな……。1歩も動けないなんて無防備すぎるなぁ」
「だろー?まあ、仕方ないのかねー。鍛え方はだいぶ俺達の方がハードだったけど、魔力コントロールには苦労したよねー」
「あぁ……、あんま思い出したくはねぇな」
忘れもしない。1度でも立ち止まったら、師匠から雷や火とか氷の塊に岩まで飛んで来た。
今思うと殺傷能力高い攻撃ばかりだな……。殺す気か。
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