003 最後の幼馴染み
ジェラール・トワイライト。一人だけこの学園に通っていない俺達の幼馴染みである。
彼奴を言葉で表すなら、お調子者、腐男子、下ネタ大好き野郎といったところか。腐ってはいるが、本人曰く恋愛対象は女の子らしい。ちなみに俺のお調子者キャラ作りの参考になった人物でもある。
暫くの間、一緒に学園に行きたいと駄々をこねていたが、多忙な人なので最終的には半泣きになって諦めていた。
……というか、マーシャルに学生について教える前に、ジェラールは学校に通ったことがない。完全に腐への道に引きずり込もうとしていたなあれは。
次会ったら説教でもしておくか。
マーシャルと手紙を数回交わした後に、漸く授業が終わるって大きく伸びをした。
「っしゃ、やっと昼休み!」
出来ることなら、席が離れているイザベラとミランダがロイドの花になる前に此処から離れて食堂に行きたい。だって相手するの面倒くさい。
その心情が伝わったのか、マーシャルが俺とロイドの席の間に立ち、アルが俺の方に振り返った。
こいつ等って人の機敏を明確に素早く察知するよなぁ。
「ねーねー、さっきの授業ヨルと手紙交換してたんだぜ!学生っぽいだろ!?」
「手紙交換?文通か?昔から長々と文を綴るのは苦手なんだがな。学生とは大変なものだ。何を書いてたんだ?」
自慢気に話すマーシャルに、何処かズレた返答をするアル。精神年齢が一回り近く違う二人に庇われて情けねぇな俺、軽く自己嫌悪に陥りそう。理由が面倒くさいってなだけなのに。
気分を変える為に、未だ話続けている二人を食堂に誘おうかと口を開こうとした時、何処からか視線を感じた。
そういえば、さっきの休憩時間もこの教室前の廊下に来ていたな……。
「でさー、手紙っていうと俺の執事と衛兵ってば酷いんだよー。ちゃんと前もって実家に帰省しますってお手紙出したのに、悪戯手紙扱いされてごみ箱に捨てられててさー。その状況で久しぶりに家(城)に帰ったら、執事が奥さんの魔の手からエリーたんグッズ守るために俺の自室物置にしてたんだよー。仕方ないから、別の部屋でも借りようかと思って城内歩いてたら、衛兵から侵入者扱いされてさー。もう皇子ボイコットしてやろうかと思ったよ」
「マーシャルの執事とヨルは気が合いそうだな」
エリーたんというのは、歌って踊って戦える色んな意味で最強なアイドルだ。自称永遠の18歳の美少女で、最初は戦えるアイドルってどういう事?みたいに思っていたが、一目見てハマった。容姿がドストライク過ぎてハスハスペロペロした……っていうのは置いておいて、マーシャルの執事と語り合いたい。
……じゃなくて、マーシャルと城の人間の主従関係について問い質したい。
皇子を侵入者扱いとか、いやまず皇子ボイコットってどういう状況?
まあ、マーシャルの場合は全然家に帰ってないからなんだろうけど。アルと同じで家庭環境が複雑だからなぁ。
というか、アルは何処に反応してるんだ。
内心突っ込んでいる間にも視線はずっと感じているので、無視する訳にもいかずに仕方なく席をたつ。
「悪い!ちょっとトイレ行ってくる。先に食堂で食べてて!」
「おー」
「分かった」
俺の言動に深く突っ込まず、送り出してくれた二人に手を合わせて1度謝ってから、そのまま廊下に向かう。
途中ですれ違ったイザベラが俺にいちゃもん付けようと口を開いたのを視界の隅に映ったが、素知らぬ顔をしてスルーした。
一々構っている程、暇じゃない。
俺が廊下に出ると、少しホッとした表情をした視線の主である平凡な顔立ちに緑髪の少年は、学年を示す黒に近いエンジ色のローブを翻して、大股で此方に歩いてくる。
それを確認してから、俺は廊下の窓へと顔ごと向けた。
段々近付いて来るのを魔力で感じ取る。距離は、100センチ、30センチ、――0。
ドンッとぶつかって、少しよろめいた振りをする。
「っ、すまん!余所見してた!」
「こっちこそ、ごめん」
気にしないでと続けた少年にもう一度謝って、トイレに入る。
幸いな事に、中には誰も居なかった。
「まだまだ、だなぁ」
ホッとした表情を見せたり、気が急いたのか大股で俺に近付いてきたり、――それに俺の事をガン見しすぎだ。
「2秒位で気付くっての」
前の休憩時間と昼休みの2回、2秒ずつ見られたら俺に用がある事位感じ取れる。むしろガン見されすぎて、警戒しそうになった。
学園に通っている同い年だったらあの少年はそれなりに優秀なのだろうが、この職業の新人としてはまだまだ未熟で挙動不審だ。これは危険の少ない学園での実践訓練の一環だろうか、……なんで俺が付き合わされなきゃいけないのか全く分からないが。
周囲に人の気配が無いのは分かっているが、一応見渡す。誰もいないのを見て、ぶつかった時にコッソリ受け取った小さな筒に魔力を通してから、丸められた紙を取り出して開いた。
《メーリン伯爵の周辺について1週間以内に調べておけ》
……久しぶりにフォルスフォード王家所有の暗部からのご命令ですか。筒に刻まれた魔力認識系の魔方陣を確認して判断する。
王家と公爵家しかその存在を知らない王家直属の諜報や暗殺を担う暗部だが、俺もトップとナンバー2しか知らない全貌が不明の組織だ。能力的に諜報等の隠密に向いている俺は、たまにこういった事に駆り出される。
あの少年も暗部所属か、まだ若いのに大変だなぁと爺臭い事を思う。でもそれなら、俺達の正体を知っている訳か。国の上層部が学園に送り込んだ協力者って所か?別に信頼はしてないけど、警戒もしないし、いざとなったら何か頼めそうだ。
再び紙に目をおとし、メーリン伯爵ってそんなに目立つ人ではなかった気がすると記憶を掘り起こす。でもそんな人に限って、裏で悪いことしてるんだよなぁ。
紙に書かれている指示にザッと目を通してから、ほんの少しの魔力を声に込めて普通の人には分からない言語で小さく呼び掛けた。
『ルルー』
不意に室内にも関わらずそよ風が吹き、小さな渦を作り出す。渦が段々と人の形を模していき、肌色の手足、薄緑色の長い髪、同色の小さな薄い羽に、白色のレースのミニワンピースを形成していく。
完全に風が止む頃には、手のひらに乗るくらいの小さな女の子がそこにいた。
閉じていた瞼をゆっくりと開き、真ん丸な薄緑色の瞳に俺を映して嬉しそうな色を宿した。
『ヨル!』
パアッと七歳位の幼い顔を輝かせて、喜ぶルルーの実年齢は人間の寿命の何倍かになるらしい。精霊って見掛けを裏切るのが大半だ。
精霊達が使う言葉で俺を呼ぶルルーに、俺は手に持っていた紙を見せる。
『なになに?仕事?』
『そ、頼めるか?』
『任せて!』
無い胸を張って頼もしく言い放ったルルーは、現れた時と同じ様にして去っていく。
それを見届けて、俺は魔方陣を出現させて灰も残さず紙を燃やし尽くす。そして食堂に向かう為にトイレを後にした。
閲覧ありがとうございます。
行間を少し広くしてみました。
本日中にもう1話投稿します。