020 収束と継続の道中
パチリと次に目を開けると、全身、特に首と肩と腰が痛んだ。痛みに顔をしかめながら、もたれ掛かっていた壁から上半身を起こす。
ふと、何気なく窓の外を見て、俺は固まった。
作物や所々で花が植えられている畑が広がる、のどかな田園風景。まだ俺の感覚では、王都から出ていない時間なのに。
「起きました?」
呆然としたまま隣を見ると、ルディが心配そうに顔を除き込んできた。
「……俺、寝てた?」
掠れた声で問うと、ルディは小さく頷いた。
「マジか……」
懐から懐中時計を出して時間を確かめると、出発してから既に6時間が経過していた。コールウェルには、あと1時間だ。
爆睡とか何時振りだよ……。睡眠不足怖いな。
暗殺者差し向けられてたら、一発で殺られてたなと思うとゾッとする。
溜め息をつきながら懐中時計を仕舞うと、ニヤニヤ笑っているラッシュと目があった。
「何?」
話し掛けて欲しそうにラッシュが分かりやすく笑っているので、声を掛けると一層笑みを深める。
「昼御飯、途中の街で買いに行く時間があったんだがよぉ。てめぇは寝こけてたからねぇぞぉ」
「ああ、そうなんだ」
話の内容より、訛っているシーク語を話すラッシュの出身が気になる。何処なんだろう。
俺の素っ気ない反応にラッシュは不満気な顔を見せたが、ゴツい男の構ってアピールなんて要らない。
「問題ありません。私が買っておきました」
テーブルの上に置いていた茶色の小さな紙袋を、ルディは俺の方にずらす。
「え、でも姫さんの分は?」
「もう食べ終わりました。これは貴方の為に買ったものです」
「じゃあ、遠慮なくもらうわ。いくらだった?」
一国の王女が人に奢るのはあまりよろしくないので、きっちり代金を支払ってから紙袋を受け取る。
袋を開けると、白パンに色々挟まったサンドイッチだった。
一口かぶりつくと、黒岳山魔牛のローストビーフにチーズ、玉魔菜の千切りが見える。甘辛いソースが中々好きだ。
ローストビーフは柔らかくて、炙ってある溶けたチーズとシャキシャキしている円葉とよく合う。時間が経っているのか、こんがり焼けたパンが少ししんなりしていたが、それでも文句なしに美味しかった。
黒岳山魔牛は、黒い魔樹木が生えている山岳地帯によくいる牛で、玉魔葉は前世のキャベツみたいな作物だ。
意外と前世と変わらないものも沢山あって、この世界は過ごしやすい。
というか。
「これ、俺の大好物なんだ。姫さんありがと」
ニカッと笑うと、「別に貴方の好みなんて知りません」と少し頬を染めて、テーブルに乗っていた新聞と小さな瓶をぐいぐい押し付けてきた。
何だろう。向かいのフィリアからは生温かい視線が、他の3人からは不服そうな視線が飛んでくる。3人は悪質な噂を聞いているからだろうが、フィリアは何故だ。
疑問に思ったが、聞くに聞けないので気を取り直してレモン色液体の入った小さな瓶を手に取る。
「何これ?」
「それは眠気覚ましの栄養ドリンクです。眠そうだったので、買っておきました」
「へぇ、ありがとな」
瓶の蓋を開けて、一気に飲み干す。蓋を閉めていると、ルディがそわそわしていた。
「姫さん、どした?」
「えっ!?え、えーっと……それって、どんな味ですか?」
「……まさか」
「いえ!自分が飲む勇気出ないからって、貴方に飲ませた訳では!」
絶対そうだろ。まだ何も言ってないのに、正直に白状したな。
まぁ、この栄養ドリンク1度飲んだことあるからいっか。
「甘いような、辛いような、酸っぱいような、苦いような味がする」
「不味そうですね……」
「いいや、意外とうめぇよ」
「感想からして不味そうなんですけど……」
中性的で人形みたいな美しい面差しを歪めるルディに、何だか前にもこのやり取りがあったなと思い出す。
「姫さん、今のアルと同じ反応してた」
「えっ……」
語尾に流石双子と付けたかったが、心の中に留めておく。ルディは文句言いたそうな顔をしていたが、俺は新聞に手を伸ばした。
俺が朝刊と夕刊を必ず読むのをルディが知っているのか分からない。でも今日の朝刊はまだ読んでいなかったので、丁度良かった。
第一面には、小太りの中年男性が写っている写真が載っていた。手を翳して、ほんの少し魔力を流すとその人物が動き、憲兵団に連行されていった。
この世界の写真は、魔方陣のお陰で動いたり音声が出たりする優れものだ。これは新聞だから白黒だけど、カラーのもちゃんとある。
小太りの中年男性、メーリン伯爵――いや、元伯爵は俺が諜報したすぐ後に憲兵団に連行されたらしい。真夜中の捕り物劇だったので、暗部のトップが迅速に動いたようだ。
見回りらしき男達に、俺が危険視した魔導師も無事捕まった。しかし、魔導師の様子がおかしいと暗部のトップから聞いた。
助けがくるような事をほのめかしているらしい。
もしかすると、魔導師には協力者がいるのではないかとトップが言っていた。
他の見回りの男達は闇組織の一員だったが、魔導師は闇組織に所属していたわけではないそうだ。
警戒していた探知系の固有魔能力さえ持っていなかったので、別の組織も関わっていると判断して良いだろう。
魔導師が所持していた紙に、デュリアル語に角を付けたような読解不能の暗号文字が書かれていたのも理由の1つだ。
要注意しなければならないだろう。……なんだか、面倒な事になってきた気がする。
「ヒルミネ魔薬草、ですか。依存性の高いものですよね」
横から顔を出してきて新聞を読むルディに、俺は重く頷いた。
「暗くてじめじめした所に生える魔草だから、屋内で育てるのに向いてるみたいだな」
「違法魔草の販売目的での栽培に申請書の偽装、裏社会との繋がり、非合法な高利貸し……まだまだ出てきそうですね」
「ああ、もうすぐ1週間だってのにまだ第一面にいるのも納得だな」
1枚捲ると、第二面にシュスティ大牢獄から死刑囚30人が忽然と消えたというニュースが書かれていた。
シュスティ大牢獄は、レーベン大陸東の海沿いにある大罪を犯した死刑囚ばかりが集う、地獄の終着点だの物騒な呼び名で有名な場所だ。
人をダース単位で殺したヤバい奴等ばかりがいるらしい。
1度視察で訪れたが、目がイっちゃってる人ばかりだった。奇声が所々で聞こえるし、手足を鎖で縛られて芋虫みたいになってる奴はいるし、自分で自分を傷付けて血だらけになってるのもいるしで正に地獄だった。
2度と視察なんてしたくない。
何故第二面にこんな重要なニュースが載っているのかというと、フォルスフォード王国が真逆のレーベン大陸西の海沿いにあるからだろう。
何だかこの案件は、世界協会預かりになりそうな気がしてならない。面倒な事に。
シュスティ大牢獄は5か国で運営してるので、依頼が来たらたんまり謝礼金でも貰っておこう。
その他をパラパラ捲ってみるが、目ぼしい記事は見つからなかった。元通りに畳んで、外を見ると鮮やかな青が広がっていた。
「お、海だ!」
お調子者っぽくはしゃいだ声を上げて、窓にくっつく。
鮮やかな海の青に映えるような、真っ白い建物が扇状であちこちに建っている。山沿いにあるので、段々になっていて、頂上付近を走る汽車からは街がよく見渡せた。
遠くでは港で積み荷を下ろす水上船や、今降りてきたばかりの他国で有名な商会の飛行船が見える。海には数隻の水上船が浮かんでいた。
フォルスフォード王国西部、ルーベンス公爵領コールウェル――約半年ぶりだ。
玉魔菜→玉菜
今日で初投稿から、1ヶ月経ちました。栞や感想に評価ありがとうございます。これからも更新頑張っていきます\(^^)/
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