010 初見の魔方陣
「別に心配なんてしていません。婚約者の評判が落ちると私の評判まで落ちるからです。せめて身長が高ければ良いのに……」
「いや、まだ内定段階だから一部の人しか知らないだろ。身長はまだ伸びるし、140台半ばくらいしかないお前に言われたくない」
「でもこのままだと、私は貴方と結婚する事になるんですよ。顔面だけでも取り替えられませんか?」
「どんだけ俺が気に食わないんだよ……。でもあれだろ?今はまだだが、白馬に乗った運命の王子様が迎えに来てくれるんだろ?伝手でイケメン王子適当に見繕ってきて、白馬に乗せて連れてくるよ」
「夢がないです!運命の王子様なら自然と会えるはずなんですよ!分らず屋ですね。1度脳みそ取り替えて来てください!」
「効率的なんだけどなぁ」
黙っていれば、小さいけど美少女なのに超メルヘン趣味過ぎてちょっとついていけない。というか、メルヘン趣味なのにグロいこと言っちゃってるんだけど。
なーんか残念だよなぁ、ルディって。
ルディを見れば見るほど、お人形みたいで庇護欲がそそられる容姿をしているのに。アルとは双子でやっぱり似ているが、中性的でも女の子よりの顔立ちだ。
それでも双子の兄のアルとそっくりだよなぁと思いつつ、ルディをジーッと見つめているとあることに気付いた。
腕を組んでいる為か、ローブ越しでも分かる。
「お前、胸がでかくなっ!?」
ドスッという重い音が、顔の横からしてサァーっと血の気が引く。話している最中にルディの右手が動いたので、咄嗟に顔を右に傾けたら、今まで顔があった所に拳が飛んできた。
……木造校舎の壁がルディ拳を中心にして凹んでいた。
「う、煩いです!この巨乳好き!」
「いや、そうでもないけど。巨乳の方がやれることが広がるだけ……ってそんな事より、手埋まってるぞ!大丈夫か!?」
慌ててルディの腕を掴み、校舎の壁から引き出す。何処か怪我してないか、握ったままの拳を開かせて、手のひらと甲を念入りに見る。
真っ白で、すべすべのお肌をしてました。
「無傷かよ!!かすり傷1つねぇのかよ!!赤くもなってないし、どんだけ頑丈なの!?」
アルと同じルディの固有魔能力のハイスペックさに戦慄しながら、凹んだ校舎の壁に向き合う。魔術で時間を逆戻しにして証拠隠滅するか、と手を翳そうとした。
――刹那、凹みの中心から藍色に輝く魔法陣がキィィンと金属を擦り合わせたような甲高い音をたてながら展開し、傷んだ部分を光で包み込む。
光は徐々に範囲を狭め、魔法陣の中心まで来た時、跡形もなく消え去った。そして魔法陣も壁に吸い込まれるようにして見えなくなった。
後には、元通りになった校舎の壁だけ。
「な、何だ今の……」
見たことがない。沢山沢山、魔術に関する書物を読み漁ってきたつもりだ。知識には、自信がある。
だけど、今の魔法陣は初めて見るものだった。
それだけじゃない。魔法陣に書かれた式が、全く解読出来なかった。いや、解読とかそういう次元じゃない。魔法陣はあんな音をたてないし、書かれた文字自体、普通の魔法陣で使われているものじゃなかった。
「戻った……、みたいですね?」
恐々校舎の壁を撫でたルディは、完全に傷がないのを確認している。
顎に手を当てて、先程の魔法陣を脳裏に思い浮かべる。
魔法陣が藍色に発光するのは、【藍色変化系色彩魔法陣】か時属性の魔法陣を使用した場合のみ。状況的に時属性の魔法陣が発動したと考えるのが自然だ。
と、なると魔法の効果は時に関係する事になるのだが……、使い手は何処だ?
周囲の魔力を探ってみるが、それらしき人はいない。
まず魔法陣が発動した時に、人為的な魔力の動きを感じなかった。
――まさか。
綺麗になった校舎の壁を指先でなぞる。幻覚じゃない。ちゃんとここに存在している。
額に手を当てて、目眩にも似た高揚に酔いしれた。
「“これ”自体が、魔導具なのか……!?」
驚きと未知への探究心に声が掠れる。
俺の言葉の意味が分からないといった顔をしたルディに声を掛けた。
「ルディ、ちょっとどいてろ」
大人しく後ろに下がったルディを確認してから、ズボンの腰に仕込んだナイフを素早く取り出す。
思いっきり振りかぶって、校舎の壁に突き立てた。
ガンッ。
木を突き刺したにしては重い音を響かせ、ナイフが刺さる。思ったより深く刺さらなかったが、傷をつけるのが目的なのでそのまま抜く。
5秒程時間を置いてから、再び甲高い音と同時に魔法陣が展開して跡形もなく傷が消えた。
「な、何か分かったんですか?」
「推測でしかないが、ルルーがこの学園の地下に大きな魔法陣がいくつもあるって言ってたんだ。ナイフで軽く刺してみたんだが、校舎に物理強化系と時属性系の魔法陣を刻んでいるのは間違いないだろう。時属性は、時間を戻す、時間を停止させる、時間を吸い出すといった効果のものだろうな」
校舎全体が魔導具だったら、2000年以上同じ校舎が使われているという噂も頷ける。多分これは、建設された当時の姿をずっと保っているはずだ。
こんな大規模な魔導具があることを世間に知られたら、とんでもない。間違いなく魔術界に革新を呼ぶだろう。
「ルルーって、7歳位の精霊の女の子ですよね……?」
「ん?ああ、そうだけど?」
「このっ、ロリコン!」
「は?……っ、ぐっ!」
ルディの罵声と共に鳩尾に向かって蹴りが飛んできた。避けようと身体を引いたが間に合わず、当たって膝から崩れ落ちる。
「次私に顔見せたら、滅多刺しにしてやります!このロリコン!」
いや、クラス同じだろ。
と突っ込む前に、言い逃げしていったルディの背に手を伸ばす。
あれ、これってもしかしなくても客観的に見たら、女に捨てられた男の図じゃね?
つか、ロリコン呼ばわりぐっさり胸に刺さった。精神年齢的にすげぇ気にしてたのに。俺ロリコンじゃねぇし。まずロリっぽいチビなルディに言われたくねぇ。
「……はっ、くそ、油断しまくってた」
クリーンヒットは避けた上に、防御魔法陣が刻まれているローブを着ていても滅茶苦茶痛い。
喉の奥に上がってくる熱いものを飲み込んで、光属性の治癒魔法陣を展開した。
――固有魔能力【身体強化】。人が一人一人違うように、同じ固有魔能力の【身体強化】でも様々な系統がある。
アルとルディは同じ系統で、攻撃力と身体の耐久力が著しく高くなる能力である。要は、拳1つでバリバリ戦える化け物なのだ。
でも、アルとルディには固有魔能力自体に差があり、アルはルディの5倍位、攻撃力と耐久力がある。
アルに比べれば、ルディはまだ可愛いものだろう。
完全に治癒して、ゆっくり立ち上がる。
何で俺、朝から何度も生死の狭間を行き来してるんだろ。
痛め付けられて喜ぶ趣味は生憎持ち合わせていない。一部の人は俺を羨ましがるだろうが、替われるものなら替わってほしい。
溜め息をついて、校舎を見上げる。
約2000年間、この校舎の能力に気付いたのはきっと俺だけじゃないはずだ。なのに、この校舎が魔導具だと伝わっては来なかった。
誰かが、意図的に隠している可能性が高い。
知ってしまったから、消されるという事にはならないはずだ。俺の場合は。
問題はルディだなぁ。
新たな発見についての興奮と面倒事の予感が混ざった、なんとも言えない気分で深呼吸をした。
まずは、調べてみますか。
閲覧ありがとうございます。




