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009 婚約者の王女様

2話に分けました。

「いっ、いってぇ!」


緑生い茂る木々、自由に咲き誇る野花に囲まれた校舎裏で俺は漸く解放された左腕を擦る。ローブとブレザーを捲ると左腕は赤黒く変色していて、あまりのグロさに顔が引きつったのを感じた。


よ、容赦なく握りやがった!!


いや、一応手加減はしているのかもしれない。骨はパッキリ折れてないから。でも確実にヒビは入っているはずだ。

右手を左腕に翳して、光属性治癒魔法の魔法陣を展開する。それを見ていた超が付く程の小さい美少女は、秀麗な顔をしかめた。


「軟弱です」

「いや、お前が力強すぎるだけだろ!」


呆れたと言わんばかりに溜め息をつく美少女に、此方が溜め息つきたいよと内心毒づく。


怪我が完全に治った事を確認して魔法陣を消し、捲っていた袖を直した。


「んで、何か私めにご用でしょーか?お姫様」


嫌味ったらしく騎士の礼をとり、彼女を敬ってみると鼻で笑われて一蹴された。流石はチビでも王女様……、ろくに外交の場に出ていないアルとは違う。というか、アルに外交は向いていないよな。



彼女は緩く巻いた金糸のような髪を横結びにし、大きな蒼い瞳で強気に俺を見据える。

ルディアナ・フォルスフォード――愛称ルディは、フォルスフォード王国第三王女様である。


イザベラやミランダが霞むほど整いすぎた顔の美少女と校舎裏で二人っきり。彼女の性格を考慮すると、“一部”の者は大喜びのシチュエーションだろう。一部に限るし、俺はその中には入っていないが。


「私の婚約者である貴方が醜態を晒すとは……、嘆かわしいです。一体どう責任をとるつもりですか?海に沈めてあげましょうか?」


……と、言われましても。


「いや、醜態ってどういう事?学園では関わらないっていう約束を破ってまで、ルディが話し掛けてきたってゆーのを考えると、重大な問題か?溺死は嫌だなぁ」


俺の切り返しに目を見開いてポカーンとするルディ。棘のない、年相応の表情だ。


え、何で驚いてるの?


勇者一行で変装を命令されたアルと俺、身分を隠したいマーシャルの3人と、他の勇者一行、事情を知っている一部の王族とは極力関わらないようにする約束を交わしている。フォルスフォード一国民が、貴族、王族と仲が良かったらおかしいしな。


だが、決まり事には素直に従う性格のルディが約束を破ってまで関わってきたのは、よっぽどの何かあるのか?



直ぐに驚きから帰ってきたルディは、険しい顔で腕を組んだ。


「諜報にも長けている貴方が噂を知らないなんて……」

「いや、俺何でもかんでも知ってる訳じゃねぇから。学園内で諜報とか学舎ごときで物騒すぎだろ。普通学園って安心安全な所だろーが。で、……噂って何だ?」


不穏な響きに眉間に皺が寄って、声が自然と低くなる。

俺の雰囲気の変化を感じ取ったルディがビクリと肩を跳ねさせた。


「……っ、ロイドという男の才能に嫉妬して、常日頃から突っ掛かったり、昼休み食堂で言い掛かりつけたり、魔導実技で喧嘩売ったりしたという噂が流れています。第一学年だけじゃない、全校でです。」


普段の強気な姿勢を保ちながら告げるルディだが、俺に気圧されてか視線が少し泳いでいる。


「その噂は一日で全校まで広がったのか?」


昨日まではあんな視線、イザベラとミランダにしか向けられていなかった。

だが、今日は登校しているクラスメイト全員。いきなりすぎる。


「私と私の周りの子達は昨日の夕御飯の時に知りました。ヨル・イトウが新入生代表を妬んでるって事を誇張表現して、取り巻きを引き連れたお姉様達が教えて下さりました」

「第一王女と第二王女が率先してやってるのか?あー、俺の正体知らないからかぁ」


第一、第二王女と第四、第五王子は、関わりがあまりないし、信用はしてないので俺とアルの正体を知らない。学園に通えという王命すら伝わってないみたいだ。

っていうか、第四、第五王子産まれたばかりなんだけどね。


「いいえ、お姉様達も取り巻き達からお聞きになったそうです。賤しい平民とは近付かないようにとご忠告されました」

「うわぁ、相変わらずの選民思想。学園がギルド管理下に置かれてて、人類平等って定められても平民が貴族階級の奴等と気軽に接することは難しいだろうけどなぁ。でも王族が率先して差別しちゃ駄目だろ。義父上も国王陛下も王女2人に頭を悩ませる訳だ」

「お姉様達の場合はコンプレックスですから」

「ああ知ってるさ。第一、第二王女様がわざわざルディに言いに来たってことは、第一王子も知ってるだろうな」


あー、3日も経たずに確実に王城や義父上に伝わるだろうなぁ。迷惑は掛けたくないんだけど。


それにしても、だ。

無意識の内に顎を触る。


「情報の伝わり方が速すぎる。全学年が食堂で一緒になっても、一日で一学年分、500人にも伝わらないだろう。それに魔導実技は昨日の午後の授業。となると、昨日の夕方から今朝の半日しかねぇ。それで全学年に伝わるなんて……」


うーん、異常としか言えねぇスピードだなぁ。

精霊達は別で働いてもらってるから、ジェラールに協力してもらうか。


「ま、一応調べてみるよ。噂は大したことないし」


顎から手を離し、ルディの蒼い瞳を見て答える。一陣の風が吹いて、彼女の濃い黄金の髪がサラサラ揺れて、綺麗だなぁとボンヤリ思った。


「…………すか」

「え、何て?」


彼女の桃色の唇がポツリと小さく漏らす様に動いたのを視界に捉えた。だけど、聞き取れなかったので首を傾げる。

俺の反応が気に食わなかったのか、ルディは目を吊り上げて首に手をかけてきた。


「だからっ、噂は本当なんですかっ!?」

「ぐっ!?ちょ、ちょっ、絞まってる!首絞まってるから離してっ!!」


慌てて首から彼女の手を引き離そうとするが、強力な磁石みたいに離れない。

次第に視界が涙で滲み出して、マジで窒息死する予感がしてきたので、仕方なく彼女の手の甲をぺしぺし軽く叩くと漸く離れっていった。


女性に暴力を振るうのは騎士道にも俺のポリシーにも反するが、自己防衛の際には良いよね……?


足から力が抜け、しゃがみ込んで大きく深呼吸する俺の頭上に、もう一度同じ質問が落ちる。


「噂は本当なんですか?」


先程よりもだいぶ冷静な声。1つ、大きく深呼吸してから彼女を見上げた。


「本当だと思うか?」


真剣な声音で質問を質問で返した俺を、ルディは数秒間見つめた後、静かに首を振った。

その反応に俺は口端を吊り上げて、意地悪く笑う。勢いを付けて立ち上がり、ルディを見下ろした。


「当たり前だ。ロイドの何処に嫉妬する所があるんだ?俺としちゃ即効で否定して欲しかったんだけどなぁ?ま、心配してくれたんだろ?」


若干殺されかけたけどと続けてケラケラと軽い調子で笑うと、ルディはムッとしながら腕を組んでそっぽを向いた。

やっと嫁が出てきた…!

続きは夜に投稿します。

閲覧ありがとうございます。

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