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ブラックマジックマーケット  作者: きんしろこーり
1章:魔法に魅せられた少女達
9/14

4-3話 熱く秘める夢(下):亜紀編

 


 亜紀side



 天海暁美(てんかいあけみ)。私たちは小さい頃からの幼なじみ。

 幼い頃はよく遊んでいたが、成長するにつれ、私たちは会わなくなっていた。

 でもそれは、進む道がそれぞれ違うからだけであって、仲が悪くなったわけではない。

 そう。ずっと私たちの友達としての関係は崩れることはない。

 私はずっとそう思っていた......。



 結界によって人気の消えた公園には、勢いを増す炎が辺りを包むように、あつい熱気が広がっている。

 まるで目の前にいる暁美の、胸の中にある熱意がそのまま外へ放たれたみたいだ。

 身体から出る汗が止まらない。


 でもその辺りを蒸していく熱は内側からのものではなかった。

 それを証明するように、暁美は片方の拳を自分の胸に当てると、周りに漂う熱が全て暁美の方へと吸い込まれた。

 そして胸に当てた拳は、一瞬であかく燃え出した。

 多分、外にある熱を全て集めて、自分の力にしているのだと思う。

「これが私の武器。『炎掌(えんしょう)』だ。」


 私も急いで武器を出すと、すぐにカードを開いて確認する。

 しかし、その隙を与えないように、暁美はすぐ目の前まで跳んできた。

 そして燃える拳を私に叩きつけるように降り下ろす。

 避けるのは無理と判断した私は、急いで剣を自分の目の前に出し、攻撃を防いだ。

 しかしその衝撃は想像以上で、まるで見えない壁に押されていくみたいに、後ろへ飛ばされる。

 さらに衝撃の影響で両方の手が痺れて、それがより暁美の強さを証明させられる。


「カードなんてそんな細々した細工はいらない。私は自分の手で勝負する!」

 暁美は燃えた拳を見せつけるように、手を前に出す。

 その威嚇(いかく)にも似た叫びに思わず、立ちすくんでしまう。

(やばい......勝てる気がしない......)

 弱気が私の頭の中に渦巻いて、打開策を思い付かない。その時......。

「ごめん!遅くなった」

 聞こえてくる急ぎながらも落ち着きのある幼い声は、りゅーくんの声だ。

 昨日のように、無線から私に話し掛けているようだ。

「早速だけど、今分析した相手のデータでは、その子はかなり強い。特にメインの武器である拳は純粋な強い力を秘めている」

「うん」

 私は小さく頷いて返事する。

 でも暁美からは私の話し相手が見えないため、少し怪しげそうに疑う目を向けてくる。

「亜紀、誰かと話してるのか?」

「え!いや別に......」

 何とか誤魔化しながら、口を必死に抑える。

 何となく無線のことは他の魔法少女にはばれてはいけない気がしたからだ。

 そんな焦りに気を留めず、りゅーくんは説明を続ける。

「そして彼女は純粋な力で真っ直ぐ勝負を挑んでくるかなりの強者だよ。でも、裏を返せば策を練って対処すれば勝てなくもない戦いだ」

 私は暁美の行動に警戒しながら、心の中で頷く。

「とにかく相手の隙を見つけてカードを確認。今はカード展開中だから、この間にも作戦を練ることはでき...」

 そんなアドバイスを聞き終わる前に、暁美は赤い炎を纏いながら私の方へ跳んでくる。

 それを防ごうとしてもその一撃はあまりに重く、気づいたら自分の身体がまるで紙のように軽く、遥か後ろへ飛ばされる。

 私は空中で何とか態勢を立て直そうと、感覚を頼りに体重移動するイメージを頭で創る。するとまるで足に重りが付いたように、私の身体が不自然に回転して、身体の向きが丁度地面の垂直に向いて立て直しやすくなった。

 これも魔法少女の力なのかもしれない。


 足に力を入れ、着地しながら相手を確認する。

 すると暁美はさらに畳み掛けるように、炎の勢いを増しながらこっちに向かってくる。

 私の今の状態では防ぐのがやっとで、さらにその一撃はさっきの一撃よりもさらに威力が上がっていた。

「うっ!」

 その威力に思わず呻き声をあげながら、また後ろへ飛ばされ、再び足場を見つけて着地する。

 気づくと私は、民家の屋根の上に立っていた。


 策が思い浮かばない......。

 逃げる隙も与えてくれない。

 このままなら力尽きて負けてしまう......。


 私はとにかく考える。今できる最善の策は何か......。

 思い出していく。りゅーくんが教えてくれたことの中にヒントがあるかもしれないと。

 そして......。


『魔法とは『思い』。思いの力が魔法少女としての強さを決めてくれるんだ』


 りゅーくんのその言葉が唯一の突破口だ。


 私は剣に思いという力を込める。

「暁美を助けたい」という思い。ただそれだけの純粋な思いを込めた。



(本当にそれが暁美のため?)


 一瞬だった......その一瞬の雑念が私と暁美の強さの差を決めた。


 私は暁美の再び向かってくる拳に、自分の持てる思いの力をぶつける。

 これが唯一の方法だった。小細工なんて効かないし、私もあまり策を練るのは苦手だ。

 だがら真っ向勝負に挑んだ。

 でもそれは呆気なくも崩れた......。


 まるでジャンケンの勝負で、チョキはグーに絶対に勝てないようになっていると目の前で証明されるように、私の剣は暁美の拳によって簡単に折れた。

 そしてその折れた剣を貫いて、暁美の拳が綺麗に私の胸の中心を撃ち抜いた。

「っ......!」

 言葉を発することが出来ない程の衝撃。

 でも、思っていたほど苦しくはなかった。そんな苦しさよりも、今薄れていく意識を何とか起こそうと私はただ必死になっていた。

 何も聞こえない。視界が薄くなっていく。身体に力が入らない。もう、どうしようもなかった......。


 ふと、小さい頃の暁美を思いだした。




 小学校の時から暁美とは仲が良くて、よく学校帰りに遊んでいた。

 そして小学四年の時に、成り行きで私たちは地元の少年野球チームの男の子たちと一緒に、野球を始めることになった。

 これが暁美の夢の始まり。


 ちなみに私は、約半年くらいでチームを辞めることになった。

 別に練習がキツかった訳でも、家庭の事情とかでもなく。ただ、ほぼ毎日のように野球をすることが私にとっては遊ぶ時間がもったいないと思ったから辞めただけ。


 しかし、暁美は小学校を卒業するまでずっと野球を続けていた。

 さらに野球好きは中学になっても変わらず、それどころか女子ソフトボール部で全国まで行ったほどの成果を出すまでになった。

 この時、私と暁美は別々の中学校で、あまり会うことはなかったが、なんだか凄く誇らしい気持ちになった。


 そして高校生になってからだった......。


 高校では暁美と同じ学校になったが、暁美は部活でとても忙しくて、あまり話すことはなかった。

 どうやら、こういう無名な普通校で強豪校を倒したい。なんて野球バカな人が言いそうな事を言って、張り切っているらしい。

 だからスポーツ推薦を使って、野球の強豪校に行かずに、こんな普通校に来たらしい。

 先輩たちとも上手くやっていけたらしくて、暁美の野球もといソフトボール人生は充実していたように感じた。


 しかし、高校二年に進級して初日の練習。

 この日から暁美がグラウンドに姿を見せなかった。

 私がそれに気づいた頃と同時に、暁美から連絡が来た。

 私と話したいという連絡だった。


 その時の事を、私ははっきり憶えている。

 暁美はよく笑う子で、辛いことがあっても前向きに突き進む。それが暁美だった......。

 それが久しぶりに会った時。公園のベンチに、まるで魂が抜けた抜け殻のように精気を失った暁美が座っていた。

 暁美は私を見ると微笑んで手を振る。でもその笑顔はちょっとした風ですぐに消え失せそうなほど、微弱な笑みだった。

 その顔を見た瞬間、私の胸が何かに握り締められるように苦しかった。

 そして最初に放った一言。

「ひどいよね......ただ一回つまずいただけなのに。目の前が階段だっただけで、もう......」

 その瞬間解ってしまった。

 暁美がもう、自分の夢を果たすことが出来なくなったと。

 右腕に巻かれた白い布が、それを決定付けられていた。

「もう。ボールを投げることは出来ない......大人になっても難しいって。ねえ、亜紀......私、どうすれば...良いのかな?」

 そんな小さく消え入りそうな声は、私の胸をより強く絞められた。

 そして気づくと私の目からは次々と涙が溢れてくる。

 暁美もさっきまでの造り笑顔は消えて、悲しみに崩れる。

「わああああああぁ!」

 暁美は顔を泣き顔で崩れながら叫んだ。

 私はそんな泣き叫ぶ暁美に歩み寄って抱き締めた。


 凄く苦しかったに違いない。辛かったに決まってる。

 今までの人生を掛けて辛い練習をして、やっと掴んだ夢なのだ。

 そんな夢が簡単に壊れて、辛くないわけがない。苦しくないわけがない。

 でも、暁美に掛ける言葉なんて思い付かない。だから私はただとにかく暁美をしっかり抱き締める。それが今の私に出来る最善の選択だから。


 その日は結局、励ましの言葉一つ思い付かず、別れを告げてお互い帰った。


 でも、その日から二週間後にある知らせを聞いた。

 暁美が再び試合に出ることになった。との知らせだった。

 それがあまりに不思議で、あの時公園で泣きあった日が夢みたいに感じた。


 でもその夢は今、現実だったことに改めて知らされてしまった。

 それも最悪な形で......。


 最悪?......なにが最悪なんだ?


 暁美のことを私は知ることが出来た。

 暁美が近い未来で、夢が絶たれるよりももっと苦しむかもしれないって知ることが出来た。

 それってつまり、私が暁美を救うことが出来るってことじゃないの?

 例え夢が大事って言っても、自分を忘れ、欲望のまま魔法を振りかざし、周りの人々を傷つける、こんな最悪な結末でいいわけがない。

 なのに私は、自分達の関係が壊れるって怖がって何も言えない。そんなんじゃ救えるものも救えないじゃないか。


 そうだ。私はずっと自分のことしか考えていなかった。人々を救う行為を、ただの自己満足や達成感で終わろうとしていた......。

 正義ってこんなんじゃない!

 正義は人々の心の幸せを守ることじゃないか!


 伝えなきゃ......暁美に。夢ってこんなもんじゃないって!




 ふと我に帰る。

 私は急いで持っている剣を、立っている民家の屋根に突き刺して、それを杖代わりに身体を支えた。

 凄く身体が重い。

 でもここで倒れるわけにはいかなかった。


「なかなか耐えるな。ちょっと見直した」

 暁美は私の様子を見ながら、少し笑って言う。

 でもそれは一瞬で、暁美が私の表情を見ると突然顔が曇る。

「おい、なんで泣いてるんだ?」

 暁美は焦った様子で聞いてくる。

 確かに、私の瞳から涙が流れていた。

 暁美は結構優しい所があるから、心配してくれているのだと思った。

「ううん。ちょっと昔のことを思い出しただけ」

 私は涙を拭うことはせず、軽く目を閉じた。

「ごめんね......暁美。私、ずっと自分のことしか考えていなかった。暁美の夢を後回しに考えてしまった......それって、友達として最低だよね?」

「え?...そ、そんなことは......」

 暁美は言葉を濁しながら答える。

「暁美。私、応援するよ。暁美が夢に向かって努力してるところ。私、応援してるから」

 その言葉に暁美は、感情がどうなっているのかわからない、無表情にも近い複雑な顔をしていた。

「亜紀お姉ちゃん!ダメだよ!それじゃ、大事な友達が墜魔(だま)になってしまう!」

 耳に聞こえてくる焦ったりゅーくんの声を、私はそのまま聞き流す。

「いいのか?私を倒さなくても......私を助けたいんじゃないのか?」

 暁美の質問に頷く。

「うん。もちろん暁美を助けたいよ。でも助ける前に、本当に大事な事を聞かないといけない気がしたんだ」

 私は地面に突き刺した剣をゆっくりと抜き、自分の足で必死に自分の身体を支える。

「えっ、聞きたいって?」

「暁美は、ずっと今まで夢を追い続けてきた。そのためにどんな辛くて苦しい練習も耐え続けて、そして今の暁美がいるんだよね?」

 暁美は少し考えるように黙る。

 そして静かに頷いて、私を見つめる。

「だったらどうして、暁美はそんな努力よりも、魔法を取ったの?」

 私の言葉に、まるで不意に槍で胸を突き刺されたような、絶望と驚きの混ざった表情が暁美から溢れる。

「何を言ってるんだ!?私は魔法があったから私はこうやって野球を続けられる。球を投げることが出来るんだ!だから私は魔法を頼って」

「でも、それは他人から貰った力だよ。その力を頼ってまで、暁美は野球をしたいの?」

「違う!私は今まで必死だった!一生懸命努力した!だから今までの努力を評価してくれた神様が力をくれた。これも私の力な...」

「神様が、夢と引き換えに人々を苦しませる力を渡すわけないよ。それは悪魔の力だよ」

 その言葉のあと、暁美は何も言うことが出来ない。

 もしかしたら、暁美も本当は気づいていたのかもしれない。この魔法が自分を狂わせてしまっていることに。

「でも、暁美には他の人には負けない力をもっているんだ」

「なんだよ、力って......」

 暁美は俯き(うつむ)ながら聞いてくる。

「それは、誰よりも人一倍頑張る、努力家な所と、誰よりも真っ直ぐで純粋な熱意のある所だよ。その一生懸命に練習をする『努力』、それと『熱意』があったからこそ、全国で活躍が出来た。夢に近付くことが出来た。これが本当の暁美自身の力であり、これが本当に神様から貰った力なんだよ!......だから、私はあまりスポーツとかやってないから何がいいのかわからないけど、暁美だったらその力で何か出来るんじゃないのかな。貰い物の偽物の力なんて頼らないで、自分の力でさ、チームを優勝とか出来るはずだと、私は思うんだ」

 私は必死で思いを伝える。

「私の努力......私自身の力......」

 暁美は必死で考える。きっと自分に向き合っているんだ。拳を握り締めながら、今考えを振り絞っているんだ。

 だから私も想いを振り絞り、そして叫ぶ。

「悩んだら私も一緒に考える!苦しかったら一緒に泣くよ!その為の友達なんだ。だから何も心配しないで、自分を信じて!」


 私の叫びが、時間を止めたように暁美は動かなくなる。まるで思考が止まっているみたいだ。


 でも、次の瞬間、暁美の瞳から涙が流れ落ちる。

「あき......」

 そう呟くと、暁美は自分の顔を手で押さえ、身体を震わせる。

「なんだよ......情けないな。必死になりすぎたせいで、自分の今までの頑張りも自分で壊そうとしたのか......本当に情けない......。お前の言うとおりだ。私はこの力を持ったとき、最初は嬉しかったよ。でもどんなに投げても全然疲れないし、今までとは比べ物にならないくらい速い球を投げられる。そんなまるで自分がボールを投げていないような感じがしたんだ。機械みたいに誰かに投げさせられているような......でも、それでも野球が続けられるのならなんて考えて......でもそうだよな。そんなの間違ってるよな」

 暁美は必死で涙を拭うと、気持ちが晴れたような、そんな笑顔を浮かべていた。

「ありがとう。亜紀......もう魔法は頼らない。自分の力を信じる。信じて夢を叶える!」

私も思わず笑顔になる。

「うん!」

 その瞬間、安心感や達成感のある清々しい気分になった。

 多分暁美はこれから大変な思いをするかもしれない。でも、今度こそはしっかり支えていこうと思う。

 そうだ。私も自分の力を信じよう。それも魔法少女としての力にきっとなるのだから。


「じゃあ、亜紀。よろしく頼むよ」

 暁美は目を閉じて、そのまま手を横に広げて受け入れる姿勢を見せる。

「うん。いくよ」

 私は重い身体をゆっくり動かして、剣を構える。そしてそのまま暁美の胸に剣を突き刺そうとした時だった......。


「暁美ハ渡サナイ」


 それは暁美にしては声が低く、でもたしかに暁美の方から聞こえた。どす黒くて、負の感情が肌で感じてしまうほどの嫌な感覚。


 すると暁美の周りが突然勢いのある炎に包まれた。

 その炎にのまれないように、無理矢理身体を反らして急いで後ろに下がり、ある程度の距離をとる。

「えっ!?暁美!なんで?」

 見ると、暁美の動きはまるで目が見えていない暴走した獣のように辺りを炎の拳で破壊していく。

「魔物の表面化だ」

 私の疑問にりゅーくんは聞き慣れない言葉を発した。

「魔物?」

「うん。魔法少女の中にはそれぞれ魔物の魂が宿っている。そのおかげで魔法を使えるようになるんだ。ただし、ある代償として......」


 代償。その意味をすぐに理解した。

 魔法少女になって戦い続けると墜魔になる。それが代償。きっと魔物たちは女の子を乗っ取る為にこうやって魔法の力を与える代わりに、ゆっくりとその子の心を浸食していくんだと。それが墜魔のしくみだと理解する。


「え、じゃあもしかして......」

 ここでとても最悪な予感が頭をよぎる。しかし。

「いや大丈夫と言うべきかな......とりあえず暁美お姉ちゃんはまだ墜魔になっていないから、辛うじて救う事はできるよ」

 その言葉で少しだけ胸を撫で下ろす。

「救う方法は、いたって単純。でもかなり難しい。今の亜紀お姉ちゃんでは厳しいかもしれない」


 難しい。思い返せば、魔法少女になってからいつも難しいことをやってきた気がする。

 初めての戦いだったり、強くなる特訓だったり......。

 その中で最も難しいのが『決断』を迫られる場面。これが一番の難問だった。

 でもなんだか、今度こそはそんな『決断』も含めて、どんな難しいこともやっていけそうな気がした。


「教えて!りゅーくん!どうすれば暁美を助けられる?」

 りゅーくんは少し間を置いてから、口を開く。

「彼女を倒すこと。それが彼女を浸食する魔物から救える方法だよ。ただし、相手はさっきとは比べ物にならないくらいに強いよ。表面化は墜魔とほとんど同じレベルの強さだから」

 りゅーくんの声のトーンが少しずつ下がる。

「それともう一つ言えることは、もしこの戦いで負けたら、もう暁美お姉ちゃんを助けることは出来ないと考えて......。表面化は言わば墜魔の一歩手前。だからこれを逃すと、時間切れだ......」

 りゅーくんの口から放った衝撃的事実。もう後はないという崖っぷちの説明に、なぜか私は冷静になれた。

 たぶん、ある程度予想はしていたんだと思う。きっとこれが最後だと。

「そっか。じゃあ絶対に勝たないとね」

「やっぱり。亜紀お姉ちゃんならやると思っていたよ。でも、無理はしないで。すぐに僕もそっちへ向かうから」

 そう言ってりゅーくんからの通信が切れる。


 暁美の姿をした魔物は目に慣れたのか、私の方を見る。

 鋭い目つき。怒りに燃えるような赤い瞳、優しい暁美からは考えられない鬼のような瞳は、周りの人間を怯ませるには十分な迫力だった。

 でも私には怯んでいる余裕なんて無い。


 私は構える。さっきの戦いでのダメージは残っていてもそんなことは関係なく、私は剣を掴み、二つの足で立ち、敵意を向ける相手に立ち向かう準備を整えた。


「ワタシヲ邪魔スル者。滅スル」

 殺意のこもった言葉を発すると、地面を蹴りだし、急激な速さで私との距離を縮めて来た。

 そして燃え出した拳を振りかぶって、そのまま叩きつけてきた。

「うっ!くっ......」

 辛うじて防ぐことは出来た。でも拳の威力はあまりにも強力な破壊力を持ち。さっきのような呆気なく剣が折れることは無くても、身体全体に強い圧力が掛かる。

「アケミハワタサナイ。アケミハ......」

 まるで暗示をかけるように繰り返し呟く言葉は、想い人への気持ちが強すぎて、犯罪を冒しそうな哀れな人そのものだった。

「そんな強引なアピールをしてたら、好みの女の子も逃がしちゃうよ!もう一度魔界みたいな所に帰って、やり直してきなさい!」

 私はそう叫びながら、魔物の拳を押し返す。

 そして、今度は私から攻める。

 剣のかたとか使い方はいまいちわからないけど、とにかく今まで見てきたアニメや時代劇を真似するような形で、何度も斬りかかる。

「はああああ!」

 そして自分への気合を入れるために叫んだ。

それから私は上下左右、斜めと色々な向きに不器用な手つきで切り裂いた。

 それを暁美は見事に受け止めていた。それを何度も。

 しかし、それはただ受け止めることで必死になっていたように見えた。

 これは明らかにこっちが優勢なんだと感じる。

 そして暁美の態勢が崩れる。そこを私は見逃さず、剣を振り上げ、全身の魔力を剣に注ぐイメージをする。そして思いっきり降り下ろした。すると、私の剣から白い光が暁美を切り裂くように前方へ広がった。

「ギャアアアア!」

 それは金切り声にも近い叫び声。

 暁美からは想像も出来ないような声だが、でもそれは暁美ではないのだ......。


「クッ、ダサナケレバ.....」

 ここで初めて、暁美はカードを開いた。

 そして一枚のカードを取り出すと、それを足下に投げつける。

「ワタシノ真ノ姿ヲ」

 そしてカードが消える。それと同時に暁美は突然気を失い倒れた。

 それから辺りは静かになる。不気味な程に静かで、不安を掻き立てる。

 本来ならこういう時こそりゅーくんが頼りになるんだが、今の無線越しにりゅーくんはいない。

 より不安が募って、心臓の音が身体全身に伝わってくる。


「ふぅ......だめだ。ここで弱気になったらダメだ。暁美は自分の力を信じるって言った。だから私も信じる......」

 すると地面が揺れ始める。それが本来の敵が現れる予兆なのだと理解できた。それでも私は冷静に、ゆっくりと目を閉じる。そして......。


「信じろ!」


 それは私自身への気合だ。そしてその気合の声は、今轟音を響かせて地面から現れる、魔物に負けない程の声を叫んだ。


 もはやさっきの身体の重さは感じない。

 やはり魔法少女は想いが強いほど、より強くなれるものなのだと、この瞬間に実感した。

 そしてその自信を剣に込めるように、私は構える。


 目の前には人間三人分くらいあるじゃないかと思える大きさの全身が黒い巨人が、全身から炎を纏いながら、立っている。

「ワタシハ、アグニ。今コソオノレノ悲願ヲ叶エシ時」

 相手にとっては普通の自己紹介かもしれない。だが人間である私たちには、思わず怯んでしまっても可笑しくない威嚇と同じだ。

 それでも私は怯まない。だって、今の私には自信が溢れているから。

「あなたの好きなようにはさせない。言っとくけど、迷いの無い私は完全無敵なんだから!」

 自然と笑顔が溢れる。こんなにも危険そうな状況にも関わらず。

「ウオオオオオオオオ!」

 それに機嫌を悪くしたのか、それともただ私を倒すことに専念したいのか。魔物は雄たけびをあげて身体に纏っている炎の勢いを強くさせる。

 私も息を整える。

 どうせ何を考えても策は出てこない。だから真っすぐ突き進む!

「いっけぇぇぇぇぇ!」

 剣に想いを込める。正義の心。暁美の熱意の心。それから私の得意な何も根拠のない自信。

 すべてを込めて、炎の魔人の放つ拳に私は刃向かった。

 そして、私の剣と魔物の拳がぶつかり合う。


 熱い?怖い?そんな気持ちなんてない。だって......今の私には自信しかないよ。


 私の剣は魔物の拳を切り開いた。そして拳から肩にまでかけて私の切り裂いた斬撃が届いた。

「クッ。コノ程度デワタシハタオレン」

「じゃあ。次で最後だ」

 私は、さっきから開いていて空中に放置されていたカードの手札から、一枚のカードを取り出した。

「イクイップカード!」

 私はそのカードを一枚、上に投げた。そしてそのカードを剣に当てるように、剣も上に掲げる。

「発動!『聖剣セイクリッド・アモーレ』」

 すると私の持っていた、西洋の時代に使われたと思える白き剣が、一変して金色に輝きだす。

 形は変わらずとも、その輝きはとても美しかった。

「すごい......」

 思わず見とれていたが、その気持ちを振り切って相手に集中する。

 すでに魔物の腕は治っていて、斬った筈の腕はすでに元通りだ。

「グゥオオオオオ!」

 そして雄たけびをあげる。まるで何もかも上手くいかない子供が泣き叫んでいるみたいだ。

 それがなんだか可哀想に思えてきた。でも、だからこそ私はこの子を倒さなければ駄目なんだ。

「もし出来るんだったら、今度は人間に生まれてこれたらいいね。そして、暁美みたいな子と巡り会って、もっと人の愛を勉強できたらいいね」

 私は、そう呟くと金の剣を上に掲げたまま構える。

「それまでは、ゆっくりおやすみ......」

 そしてそのまま下へ振り抜いた。その時さっきまで私が飛ばした斬撃とは比べものにならない、まるで太陽の光が闇を切り裂くような黄金の光が縦に広がった。

 そしてその光が魔物を包み込む。そしてそのまま魔物をさらうように光が消えるとそのまま魔物も一緒に消えた。その瞬間私は、目の前で消えていく魔物が泣いているように感じた。




 暁美side



 私はどうすればいいのかわからなかった。

 野球人生を壊された瞬間、私の未来はすでに崩壊したんだと、そう考えていた。

 しかし、そんな苦しんでいる私を神様は見逃さなかった。と思っていた。


 公園で亜紀にすべてを打ち明け、悲しみを共有してしまったあの夜。

 帰宅途中に謎の仮面の男が声をかけてきた。とても不気味な仮面だった。

 だがその男は突然言ってきた。

「あなたのような夢見る少女に絶望は見合わない。どうだい?魔法の力で再び夢に輝いてみないかい?」

 それが一筋の光だった。だが理想とは違った。

 ボールをどんなに投げても疲れない。絶対に打つことができないほどの速い投球。

 でもそれよりも問題は私の人間性だ。練習についていけない子は簡単に切り捨て、私が気に食わない子は冷たく接する。

 それでも私はなにも感じていなかった。夢のためならどんな手段を使っても良いと感じていたからだ。

 明らかに私は自分自身を見失ってしまっていたんだ。

 でも、それをあいつが......。



「うっん......」

 気づくとそこには夕焼けの薄暗い空が広がっていた。

「あっ、気づいた?」

 その声は亜紀だ。

「あれ?どうなって」

 ゆっくりと身体を起こした。どうやら私は公園のベンチに寝かされていたらしい。

「そっか......もう私は魔法少女じゃないんだな」

 なんとなく理解ができた。きっと亜紀は魔法の力が人を狂わせると分かって、だからこうやって私を助けたんだ。ということも少し理解できた。

 しかし、亜紀は少しにやけながら私の顔を見る。

「ぶー。残念でした」

「はあ?」

 その亜紀の言葉に思わず首をかしげる。

「実はね......えっと」

「ああ、僕が説明するよ」

 突然子供の声が聞こえてきた。と思ったら突然ベンチの後ろから何か飛び出してくる。

「初めまして、暁美お姉ちゃん!僕は七嶺龍矢。えっと亜紀お姉ちゃんの雇い主です。よろしくね」

 茶髪で青い瞳の少年は、満面な笑みを浮かべながら私の横に堂々と腰掛ける。

 その突然の新たな人物登場に私の理解度が一気についてこれなくなった。

 とりあえずこいつは無視して、私は亜紀に目線を戻す。


「それでどういうことだ。お前は私から魔法少女の力を無くすつもりだったんだろ?」

「え?無視?」

 突然現れた少年はベンチから立ちあがり、私の目の前に現れる。

「それは僕が説明するってば!」

 少年は必死になって言ってくる。

「亜紀。こいつ誰?」

「まあさっき言った通り、私の雇い主」

 どうやら本当だったみたいだ......。


 と改めて龍矢に説明してもらうことにする。

「とりあえず、なんで私はまだ魔法が使えるんだ。それだとまずいんじゃないのか?」

「うん。確かにまずいね。普通ならば」

 自慢げに話す龍矢に不安を感じるが、敵ではないらしいことは分かった。

「通常なら、魔法少女に使われる魔法は人間にとっては危険なものなんだけどね」

 その言葉に心当たりは十分にある。

 私も亜紀も頷いた。

「でもどうして暁美お姉ちゃんが大丈夫なのか。それは魔物の存在を暁美お姉ちゃんの魂から取り除いたから、心が魔物に浸食されずに済んだからだ」

「魔物?」

 私にはよくわからなかったが、亜紀は心当たりがあるらしく、思いつめたような顔をして頷いていた。

「うーん。話すと長くなりそうだし、説明はまたゆっくり話そう。それよりも良かったね!暁美お姉ちゃん!これで野球。じゃなくてソフトボール。まだ続けられるよ」

「うん!また夢を追い続けられるね!」

 亜紀も龍矢もなんだか歓迎してくれている。でも......。

「いや。もういいんだ」

 度肝を抜かれた顔というのはこういうことだろ。二人は驚いた顔で私を見る。

「私はもうボールを投げない。もう魔法に頼りたくないんだ」

「え、でも......」

 龍矢は少し焦っていたが、亜紀は微笑んで私の肩に手を置いた。

「そっか。じゃあ魔法少女は卒業だね」

 亜紀は右手を差し出した。それは私の持っている魔法少女のブレスレットを返せということだと理解できた。だが。

「いや。まだやらないといけないことがある」

「やらないといけないこと?」

 私も手を差し出した。でも手の平の向きは横に。つまり握手をする為の合図。

「お前の恩返しがしたい。私に大事なことを教えてくれたことの恩返し」

 そう。私は亜紀と共に魔法少女になって、同じ仕事がしたい。そして今度は私が亜紀を助けたい

「えっ?恩返し」

「だから、一緒に同じ仕事をやるってことだよ。嫌か?」

 亜紀の表情はまるで状況という言葉に理解がついていけないみたいな、間の抜けた顔をしていた。

「えっと。つまり仲間になるってこと?」

「ああ。まあ足を引っ張ってしまうかもしれんけど、ある程度なら助けになる...」

「そんなことはないよ!大歓迎!」

 亜紀は私の差し出した手を思いっきり掴み、思いっきり大きく振る。すこし痛い。

「うん!僕も歓迎だよ。戦力は蓄えても損はないしね」

 どうやら雇い主も承諾してくれたらしい。


こうして、私の魔法少女生活は終わり、そして新たに始まった......。


 なんだか。高校生活の中で、今このときが一番落ち着いている感じがした。




 そして翌日。


 結局私は、野球部の先輩に、腕の怪我については

強がって治ったと言って無理をしていたことにした。

 その告白の時、一番仲の良かった先輩に散々怒られた。

 でもこれで良かった。

 少なくとも前の私が変に暴れたりして、周りを傷つけることは無くなった。

 結局私はソフトボール部のマネージャー兼監督として、部員たちを全国優勝させるという夢を建てることにした。

 道のりは大変だけど、きっと出来る。

『自分を信じて』

 その亜紀の言葉が自信に繋がった。だから大丈夫。


 そうだ。魔法少女としても、もっと強くならないとな......。


「よし!頑張るか!」


 そして、今日も放課後の練習が始まる。





ここまで読んでいただきありがとうございました。

皆さんは将来の夢は持ち続けていますか?

私は色々な夢を持ちすぎて、逆に叶えることが出来ません...。

夢はともかく目標ならありますよ。

この作品を完結させたい!それが今の目標です。

皆さんも自分を信じて、夢を叶えてください!

では次の話もよろしくお願いします。

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