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ブラックマジックマーケット  作者: きんしろこーり
1章:魔法に魅せられた少女達
8/14

4-2話 熱く秘める夢(中):亜紀編

4-2話の続きになります。

 

 亜紀side



「はぁ......はぁ......」

 今私は、普段あまり動かしていない身体を、今までよりも激しく動かしているせいで、心臓の鼓動とか、自分の体内にある色んなものが直接聞こえそうな程、限界まで息があがっている......。

「りゅ、りゅーくん......。そろそろ休憩しようよ~」

「しょうがないなー。じゃあ休憩にしよう」

 私はそのままその場に倒れこむ。

「というか。なんで走るの?」

 そう。私はこの、どこまでも広いサッカー場を思わせるような空間で、走り続けていた。


 正式に魔法少女になってからすぐ翌日。

 再びあの大学にありそうな教室に呼び出されると、その教室のさらに奥に招かれる。

 そこはまさに屋内サッカー場。

 天井は体育館なんて比べものにならないくらいの高さで、床には芝が敷かれている。

 さらに室温も、ややひんやりした涼しさで運動するには最高の環境だと思う。

 どうやらここは魔法少女として鍛えるためのトレーニングをする場所らしい。


「うん?走る理由はね。体力をつけるため」

「えっ?体力?」

 比較的に運動が苦手な私には、あまり聞きたくない言葉だった。

「魔法は精神力が一番力に直結するんだけど。実は人間が精神を鍛える為には、体力をつけることでより精神力もアップできる。だからこうやって体力をつけているんだ」

 仰向けに倒れながら、私はため息をつく。

「うー。魔法少女って辛い......」

「はいはい、そんなネガティブにならずに。ご飯にしよう!」

 私はりゅーくんのその一言に、疲労感たっぷりの身体が一気に蘇った。

「うん行こう!ご、は、ん!」

「はは!亜紀お姉ちゃんってやっぱり子供だねー!」

「う、うるさい!君も子供でしょ!」


 なんて、まるで昨日会ったばかりとは思えないほど私たちは仲良くなったような気がする。

 そして私たちはトレーニング室から会社のエントランスらしき広い部屋に出ると、移動するのに便利な空飛ぶコーヒーカップが飛んでくる。


「そう言えば、ここの食堂はまだ行ってないよね?」

「うん。まあ昨日はすぐ帰っちゃったし」

 なんてコーヒーカップに乗りながら話していると、すぐに食堂に着いた。

 ここからでも、よく町中にあるカフェから漂うコーヒーの香りみたいなものが広がっている。

 それでより私のテンションは急上昇だ。

「お姉ちゃん。まるでワンちゃんだね!」

 どうやら匂いをかぐ仕草から思われたのだろう。その言葉が私の中の嬉しさが一気に恥ずかしさへと替わる。

(ふん!女の子はこういうものに目がないんですよ!)

 なんて頬を膨らましながら開き直っちゃったり......。


 食堂の入り口はまさに町中によくあるカフェのように、ガラスの自動ドアが出迎えてくれる。

 そして中は、外と少し雰囲気が変わって。床は木の板で出来ていて、壁は基本白だけど、所々に名前のわからない落ち着いた雰囲気の絵画が飾られている。


「さてと、とりあえず好きなのでも食べよう」

「えっと、私も食べていいの?」

「大丈夫!君も昨日から、ここの社員と同じ扱いだから、好きにしていいよ!」


 ビュッフェ形式って言うのかな......。

 入ってきた入り口の近くに大きめなテーブルがあって、そこには所狭しに食事が並べられている。

 そこから自分の食べる分をお皿に取って、奥の席で食べる感じだ。


「スゴい......会社員ってこんなお昼が出来るんだ......」

「いやあ、多分こんな会社は珍しいと思うよ。一応ここは大大企業だからね。ほら!亜紀お姉ちゃんも遠慮しないで、さっきの運動で減らしたエネルギーを回復しないと!」

 そう言ってりゅーくんは私に一枚の皿を渡した。


 少し遠慮気味に好きなものを取って、奥のテーブルにつく。

 りゅーくんはすごい食欲で取ってきたごはんを頬張っていく。

 そして私も目の前の、見てるだけで幸せを感じてしまいそうな、大好物の盛り合わせ(主に甘いもの)に我慢できず頬張った。


「あらら。やっぱり若い子たちは食欲があっていいわね」

 綺麗に透き通った、女性の声が聞こえてくる。

「あ、っくん......ヒナコさんだー。こんにちは~」

 りゅーくんが口に詰め込んだご飯を飲み込むと、私の背後に向かって話しかける。

 私も椅子に座りながら後ろを振り向く。

「こんにちは。相変わらず良い食欲してるね、りゅーくんは」

 後ろに髪を結って、程よい化粧を整え、女性の憧れる体型とそれに対して綺麗に着こなしているスーツは、まるでエリートな美人キャリアウーマン。そんな肩書きにぴったりな女性がそこに立っていた。


「この子ね。見込んだ魔法少女って言うのは」

 その人は私の顔を見ると、暖かい表情で微笑みかける。

「あっこ、こんにちは」

 少し失礼だけど、私は座りながら頭を下げる。

「亜紀お姉ちゃんに紹介するね。このお姉さんは『北風陽菜子(きたかぜひなこ)』さん。対策部の管理部長を務めている、我らが女神様だよ!」

「ぶ、部長さん!」

 私にとって部長は、社長の次に偉い人だと思っている。つまり私はここにいる綺麗な女性が、大大企業のナンバー2なのだと思った。

 そして思わず立ち上がり、必死で頭を下げる。

「す、すみません!そんな偉い方だと思っていなくて......あの、別に下に見ていた訳じゃないですょ...えっとあらためまして......」

 すると北風さんが自分の口を抑えた。そして。

「あははははは!」

 上品そうな雰囲気が一気に崩れるように、美人部長さんは腹を抱えて笑いだす。

 それから少し笑いがおさまると、そのまま私の肩を優しく叩く。

「失礼。でも貴女はおもしろい!全く、私たちの部は可愛くて面白い子がよく来てくれて、すごく恵まれてるわ。じゃ、期待してるからね。私たちの魔法少女さん」

 すると北風さんは挨拶代わりに片目だけ瞑ってウィンク。そして微笑みながらその場を去っていく。

「ばいばーい!ヒナコさーん!」

 りゅーくんは無邪気な笑顔で手を振った。

 私も席を立って、深く頭を下げた。

 よく見ると、この食堂全員の視線が私に向かっていた。

 皆、我が子を見守るような暖かい表情を浮かべているが、今の私には、その目線が哀れみの目なのだと感じていた。

 もしかしたら顔はリンゴのように真っ赤にしていたかもしれないと思うほど恥ずかしがりながら、ゆっくり席に座る。

「はぁー」

「あんまりかしこまらなくていいよ。そもそもこの部署は、緊急で最近出来た部署だから、ヒナコさん自身はあまり部長の意識はないと思うし、一応はこの拠点を仕切っている感じだけど、そこまで偉い訳ではないから」

「いや、充分偉い方だよ」


 少し休むと、りゅーくんが身に付けている腕時計を見ると、席から立ち上がる。

「さてと、そろそろ行こうか」

「うー。また地獄の特訓が......」

 私も重い身体をゆっくりと動かす。

「まだまだだよ。と、言いたい所だけど、そろそろ本番に行くのも悪くないかなー」

「え?本番?」



 私たちは、また例のワープ装置を使って我が家に戻ってきた......。


 その時間、わずか1分。

 便利で最高な魔法機械は、私に心の準備さえ与えてくれなかった......。



「うーー。お腹痛い......」

 私は今、自分の学校の屋上で魔法少女に変身して立っている。

 都合の良い『結界』とやらが無かったらすごく恥ずかしい格好だ。

 でも、いざ本番になると緊張する。さらにさっきのお昼がまだお腹に残っていて、腹痛が酷い......。

「がんばれ!亜紀お姉ちゃん!。僕がいざとなったなら助けるから、深く考えずにいこう!」

 りゅーくんからの励ましの声が耳元から聞こえる。

 これは私がここに来る前にりゅーくんからもらったピアスから流れる声だ。多分無線みたいなものかもしれない。ちなみにこれが魔法で作られているかは不明。


 私は深く深呼吸すると、学校の屋上を見渡す。

「本当に来るのかな......」

 学校というのは結構魔法少女の出現率が高いらしく、ここに数分待てば出てくるとりゅーくんは言っていた。

(でもそんな頻繁に現れるとは思えないけど......)

 すると突然学校の校舎から、ガラスの割れる音と地震のような全身に伝わる振動。

 それが何を表しているのかすぐにわかった。

「本当にあらわれた。魔法少女......」

 まるで『本当に戦わなければならないのか』という現実を突きつけられたような感覚だ。

 緊張がより高まり、私を襲っている腹痛は余計に痛くなる......。


 私はさっきの響いた音を頼りに、別の魔法少女を探し始めた。

 でも、探すまもなく私の目の前に二人の少女が現れた。

 一人は、白と赤の神様を讃えるには少し色気を使いすぎな膝丈の短い巫女装束の魔法少女。

 もう一人が、青いビキニっぽい露出のある服にショートパンツの魔法少女。

 その二人は、お互いに槍を持って激しくぶつかり合っている。


 私はそんな二人を呆然と見ていた。


「これが魔法少女......」

 私にとっては、これが二回目の戦い。

 しかし、最初の戦いもあまりに必死でよくわからなかったため、こんな激しい戦いを間近で見るのは初めてだ。

「亜紀お姉ちゃん、油断はダメだよ。そこにもう一人。それもお姉ちゃんを狙ってきてる」

 その声で私も周りを警戒する。

 案の定。私の所に何か飛んでくるのを感じて、私は急いで後ろを振り向く。

「きた!?」

 私は咄嗟に向かってくる何かを、横に跳んで避ける。そして避けると同時に私はその何かを確認しようとした。けどあまりの早さに目で確認が出来ない。

 そしてその何かが屋上のフェンスに当たると突然、まるで映画の中やテレビでしか見たことの無い、赤い炎を広い範囲で撒き散らすような爆発と、強烈な轟音。

 その衝撃は、数メートル離れている私の身体を吹き飛ばすには充分な威力があった。

「きゃあああ!」

 思わず悲鳴を上げてしまう。

 背中も焼けるほどに熱い。燃えていると錯覚してしまう。

 うつぶせに倒れると、私は右手で背中を触り確認する。

「あれ?問題ない?」

 さっきまでの熱さが嘘のように消えている。

「それが魔法少女の守りの力。どんな攻撃でも、変身している時は肉体へのダメージを防ぐことができる。でもその力は自分の魔力を犠牲にして作られているから、やられ過ぎると動けなくなっちゃうよ」

 りゅーくんの説明を受けながら、私はさっき攻撃してきた魔法少女を探す。


 私のいる屋上を探してみる......でもいない。

 さらに空を見上げる......いた!

 日射しの逆光でよく見えないけど、確かに人の形をした黒い影が空を飛んでいる。

「へぇ。今の避けれるなんてすごいねー」

 その影がゆっくりと近づいてくる。

 私はりゅーくんの言葉を思い出す。


『戦闘に入るとき。もしくは戦闘に入りそうだと感じた時。すぐにカードを開くこと』


 私はすぐに左手を出して横に引いた。

 すると目の前に五枚のカードが現れる。

 それぞれ絵柄が描かれており、剣の絵や人の絵など様々だ。

 私はその絵を見て、今どんな魔法を使えるのか確認する。


 私はそこまで頭は良くない。戦いにおいてもあまりに経験が少ない。

 そんな自分にあったカードは、単純に強くなれるカード。

「イクイップカード!『迅速の翼』お願い!」

 一枚のカードを手に取った。その瞬間私はまるでそのカードの使い方がわかっていたかのように、無意識にカードを胸に当てた。

 するとカードは私の身体に入っていくように消えていく。

 その瞬間自分の身体が突然軽くなったように感じる。

「よし!」

 改めて自分に気合いを入れて、足に力を込める。

 同時に私は、何もない空間から自分の武器を出現させると、すぐに構えた。


 (つか)は主に金色に彩られ、刃はしっかり磨かれ鏡のように輝いている銀色。左右対称の形をした剣『ジャスティスホープ』。

 それが私の主力武器だ。


 私はその剣を相手に向けて、力を込めた足でそのまま地面へと力を蹴りだした。

 すると本当に突然のことで、私が跳んだ方向へ気づいたら飛び出し、思わず敵の魔法少女を通りすぎた。

(はやすぎっ!)

 私は焦りながら体育館の上に着地すると、すぐに通りすぎた相手に振り向く。

 ここでやっと相手の顔を確認できた。

 魔法少女というより魔女を連想させるような、とんがり帽子に黒いローブ。唯一イメージが違うのは、(ほうき)ではなく、黒い傘で空を飛んでいる事と。手に持っている杖の先端に星がついていることだ。


「おお!早いね!......でも逃がさないよ」

 すると再び杖を振る。

 するとその杖から光の玉がこっちに向かって飛んでくる。

 その玉がさっき私を吹き飛ばした爆発するものだとわかった。

 だから私は避けるために今度は横へと蹴りだした。

 そして、飛んできた玉が私の立っていた体育館の屋根にぶつかると、さっき起こった事と同じような爆発が起きた。

 その爆発で壊れた木材とかが体に当たる。

 でもカードの力と、判断の速さで避けることが出来たため、さっきの一発目より全然痛くないし、ダメージはかなり抑えることが出来た。

 私はそのまま体育館隣の木の上に立つとそのまま敵に向かって蹴りだす。

 すると立っていた木は巨大な何かにぶつかったように簡単に折れて、倒れた影響で轟音が響く。でも私は相手を倒すことに必死で気にする暇は無かった。

「いっけえ!」

 私は剣を黒いローブの少女に突き付けるように向ける。

 そして相手に剣先が届く瞬間。まるで見えない壁でも当たったように、目の前で止まった。相手ははっきりと私に向けて笑いかける。

「私は用心深いから。バリアとか張ったりして戦わないといやなんだよね」

 その言葉と同時に杖を私に向ける。

「ばーん」

 これから鳴る爆発の音をわざわざ笑顔で無邪気に口に出す。その手にある杖は私に向けて光りだす。

 空中にいる私に避ける手段はない。

 つまり直撃は確実。そう思った瞬間、私は思わず強く目を閉じる。


 そして私の身体全身に何か包み込まれた感覚を感じた。

 私が考えていたような、焼き尽くされるような熱さはなく。引き裂かれるような痛みもない。

 爆発した音も、流れてくる風の音も感じない。

 まるで時間が止まっているみたいだ......。



 私は目をゆっくり開く。

 目の前には青空が広がる。

 背中に冷たい感触が伝わっている。

 そこで私は今、地面の上に仰向けに倒れこんでいることがわかる。

 多分、一瞬だけ気絶してたみたいだ。


 力が抜けるようなダルさ。

 そんなダルさに任せて私は呆然と空を見ている......。


 でも次の瞬間。その青空に黄色い光が広がったように見える。

 その不思議の光景を見て、私はすぐに顔を横に振って意識の薄れた頭を無理矢理起こした。


『状況が不利だと感じた時は、すぐにカードを開いて打開する方法を探ろう!』

 というりゅーくんの言葉を思いだし、私は急いでカードを開く。

 それと同時に今の状況を確認する。


 自分の今のダメージは......。

 体はまるで大きめな子供を背負っているくらい重い。服装も破れまくって、かなり際どい格好だ。

 そして相手は、なにか黄色い大きめな玉を何個も自分の周りに浮かせて、今その玉を私に放とうとしている。

 万事休すということかな......。


 でも、まだ戦える。



「さて、とどめを刺して終わりっと!」

 敵は私に向かって杖を振ると、玉は一斉にこっちに向けて飛ばしてくる雰囲気だ。

 私は咄嗟に一枚のカードを取って、敵に投げつける。

 するとそのカードは形を変えて、白いナイフみたいな刃物になった。

「ダメダメ。そんなの簡単に避けちゃうもんね」

 そう言いながら余裕の表情で、横に避ける。

 そしてそのまま杖を振りかざす。

 その瞬間、黄色の玉が物凄い速さで地面へと落ちた。

 それはまるで地球そのものを壊してしまうのではないかと思わせるほど、辺りを包む強烈な爆発が起きて、周りは爆風の煙で全く見えない状態だった......。


 それから少し待つと、次第に煙が晴れる。

「どう?効いたかな?私の強烈魔法。『ビッグボマー』の力は?さてと、さっさと喰らいますかなー」

 そう言ってゆっくりと降りていくが、ある異変に気づいてとどまる。

「うそ。待って......なんで?」

 その異変とは、本来なら破壊尽くされた校舎の中から、一糸纏わない無惨な姿でいるはずの私の姿が、そこにはいなかった......。

 なぜなら......。


「どこにいっ!?」

 その言葉が途中で途切れると、自分が今何をされているのか理解し始めた。そして相手は驚愕した表情を浮かべる。


 なぜなら、私は既に相手の後ろにいるのだから......。



 白いナイフの形をした魔法。『シフトスロー』。これを投げて「入れ替われ!」と言うか、強く思うことによって、自分の位置とナイフの位置が変わる魔法。

 これを相手に投げると、すぐに相手は避ける。そして私の方へ向かってそのまま巨大な爆発魔法を唱えた瞬間に、私も魔法を発動。

 すると相手の後ろに飛んでいったナイフと私は入れ替わり、相手の背後にまわることが出来る。

 そして、巨大な爆発魔法で私を倒したと思って油断している魔法少女を、その弱点である胸のちょうど中心を背中から狙い。私は刃を突き刺した。

 その時一瞬だけ、相手のバリアに警戒したけど、時間切れなのか、バリアはなくなっていて、剣はそのまま相手の胸を貫いた。


「なんで!?あんた、後ろにどうして!?」

 そんな相手の質問に答える余裕はなく、私は突き刺した刃を引き抜いた。

「っ......」

 弱い悲鳴と共に敵の魔法少女の持っている武器の杖と、傘は消えて無くなり。少女は力なく落ちていった。

「やばっ!」

 私は急いで少女の手をつかみ。そのまま引き寄せて抱きかかえる。

 そして今は見るも無惨な、破壊された校庭に降り立つ。


「ども、ありがとね」

「え?う、うん......」

 どうやら落ちる瞬間に助けてくれたことのお礼みたいだ。

「いやーあんた強いねー、勝てたと思っちゃたよー」

 負けた割りにはすごく明るい。これが潔いということなのだろうか。なんだか少し憧れるな......。

「じゃあ私は寝るね、おやすみー。魔法少女が負けたときには、大人しく眠るのが一番だよ」

 そう言うと少女はゆっくり目を閉じる。

「えっ?ちょっと」

 するとそのまま寝息をたてて眠りに入る。

(はやっ!寝つき良すぎ!)

 驚きながらも、私はゆっくり少女を地面に下ろす。

 今気付いたことだけど、少女のさっきまでの魔女っ子スタイルは消えて、服を一切纏っていない産まれたままの姿だ。

 なんだか恥ずかしさよりも惨めさを感じてしまう。

「なんか......複雑」

 そう呟くと、突然一枚のカードが目の前に現れた。

解魔(かいま)』という名前のカードだ。

「おつかれー!亜紀お姉ちゃん。よく頑張ったね!」

 私はりゅーくんの明るい言葉を聞き流し、目の前に現れたカードを手に取った。

「もしかして......これが魔法少女をやめさせる為の......」

「そうだよ。そのカードを使うことで任務は完了だね!」

 私は手に取ったカードを、目の前で眠っている哀れさを感じさせる裸の少女に投げつける。

 するとカードは突然光りだした。

 その光は少女をゆっくり包んでいくと、その光はそのまま消えていく。

 そしてその光と一緒に少女も消えていったのだった......。

「これであの子は、魔法少女の力が無くなり、同時に魔法に関する記憶もなくなった。これで墜魔になることもなく、日常生活に戻る事が出来るようになって......あれ?お姉ちゃん?」

「えっ?あ、うん......よかった」

 なんだか嬉しさや安心感よりも罪悪感が強く感じる。

 もしかしたらあの子は何か大事な願い、命を捨ててまでも叶いたい願いがあって魔法少女になったかもしれない。

 そんな願いを私が壊してしまったのだとしたら......。

「亜紀お姉ちゃん。たまには冷たい心を持って決断することも優しさだよ」

「えっ?」

 りゅーくんの低い声に思わず反応する。

「君はあの子の夢や願いを壊したと思っているかもしれないけど、あの子はまだ人生で経験してないことが沢山ある。でもそれをたった一つの努力なしの願いだけで、これからの人生を壊そうとしている。そんな子を君は救った。それは誇るべきじゃないかな?」

「誇る......」

 この時、ふとおばあちゃんを思いだした。

「ぶれることのない、正しい事を突き通す意志......」

 その言葉を思わず呟く。

 もしかしたらこの言葉の本当の意味とは、そういうことなのかな......。


「うん。最初は戸惑うかもしれないけど、後から様々な魔法少女と出会い、様々な思いに触れることになると思う。そうやって君の意志を固めるといいよ......それまで僕は君を守っていくつもりさ」

 りゅーくんの、私に向けた励ましにも感じる言葉に、少しだけ安心感を感じた。

 すると突然後ろから足音が聞こえてくる。

 振り向くとそこには、さっきまで無線で話していたりゅーくんが立っている。

「今日はお疲れ様。デビュー戦おめでとう」

「うん......ありがと」

 私はそのまま変身を解いて、結界の世界から再び現実世界に戻る。それと同時に、壊れた校舎は元に戻る。

 どうやら私たちが立っていたのは、丁度体育館裏だったらしく、辺りには誰も居なかった。


「じゃ、帰ろう!」

 りゅーくんは走って、学校の外へと向かっていく。

 私は、特に何も考えることなく頷く。

「うん」

 私もそのままりゅーくんの後をつけるように歩いて、学校を後にした。



 私は寄り道せず、そのまま帰宅すると、今日一日の疲れが一気に襲ってくる。その疲れによる重い足をゆっくり動かしながら自分の部屋へ向かう。

 そして、そのまま敷かれた布団へ身体を預けると、そのまま目を閉じる。

(少し休んで、夕飯作らないと......)

 そんな心配事を思いながら、私の意識は深い夢の中へと潜っていくのであった......。



 翌朝。


 ああー。

 私の貴重な休日。大事な日曜日。

 私はそんな大事な日の半分を眠って過ごした事に悲しみを感じていた。

 だって、一時間程度眠ろうかなって思ったら既に朝の六時だよ!十二時間睡眠だよ!......もう最悪っ!

「亜紀ちゃん。怒っていたらご飯も美味しくないよ」

「怒ってないよ!」

 私は怒鳴りながらも、早起きついでに自分で作ったご飯を口に入れていく。

 でも、早起きは三文の徳って昔の人が言ってたように、朝をこんなゆっくり過ごすのは初めてで、気分は思っているほど悪くもない。

 怒鳴っているけど、別にそんな機嫌が悪いわけではない。むしろ良い感じだ。

 それに、「私は亜紀ちゃんの作った朝ご飯が最高だよ」っておばあちゃんも喜んでくれているし、これはこれでとても嬉しい事だ。



「じゃ、いってきまーす!」

 余裕のある出発。

 なんだかすごく新鮮な気分を感じる。

 これも早起きしたお陰だろうけど、やっぱり一番の理由は魔法少女になった事が大きい。


 私は今までゆっくり味わう事のなかった通学路の雰囲気を眺めながら、歩きだす。

 通学路には私と同じ制服の子や、他の学校の制服の子も歩いている。


「あっ!美穂だ」

 見覚えのある、ショートカットの髪型をした、私と同じ制服を着た子が歩いている。

「よし、いつも通りの作戦で行こう」

 私は足音に気を付けて、ゆっくりその子に近づく。そして......。

「おはよう、みっ!?」

 私が美穂の背中に目掛けて降り下ろそうとした手は、突然横に居た別の制服の女の子によって防がれ、腕を曲げられて完全に動きを止められてしまった。というか関節を曲げられているみたいで痛い。

「いたたたた!えっ!?この子は?」

 すると、珍しく笑みを浮かべながら美穂が振り向く。

「私のボディガードよ。これで朝は亜紀の攻撃を喰らわず安心ね」

 どうやら美穂は凄く機嫌が良いみたい。

「うー。じゃあ新たな作戦を練る必要があるなー」

「美穂様には手を出させませんわよ」

 その子は小柄で、綺麗な長髪の可愛いらしい女の子だ。

「随分優秀なボディガードね。だったら私も引くわけにはいかないなー」

 痛みの感じる腕を何とか解いてもらった。この子。見た目よりもかなり強い。

「望むところですわ。私の鉄壁を破れるものなら......」

「お前ら、出会って早々仲良くなるのは良いけど、学校遅刻するよ」

 私たちの会話を止めるように美穂が言うと、そのまま学校の方へと歩いていく。

「待ってください!美穂様ー!」

 美穂のボディーガードらしい子は、美穂を追いかけて小走りする。

 なんだか昨日までの出来事が嘘みたいに平和だ。

 それに、美穂が珍しく新しい友達と一緒に登校するのも、なんだか成長したみたいで嬉しい。ってまるで母親みたいだ。



 今日も一週間が始まる。

 本来なら月曜日というと、これから五日間も学校という監獄に縛られ続けるのか。なんて考えて気持ちが暗くなるものだが、今日は違う。

 私はたった三日間の出来事で考え方が変わってしまった。

 今過ごしている日常がこんなにも貴重に感じてしまう。

 だからとりあえず、私は魔法少女じゃない時間は、一生懸命に学生になるつもりだ。



「とりあえず勉強。頑張らないとね......」

 朝のホームルームが終わり、次の授業の準備をしながら呟いた。

「えっ?亜紀が勉強!?」

「マジっ?居眠り大好きの亜紀ちゃんが?」

 私のクラスメートで、友人の二人がからかうように聞いてくる。

「なに?なんか変なこと言った?」

 私は少し怒ったアピールをしながら二人に言う。

「いや......あ、でもそっか。」

「うんうん。やっぱ蔵ちゃんの個人授業が一番効いたかな?」

「えっ!?別になんも......」

 その言葉で、一気にクラス全体が私に目線を合わせた。私も思わず顔を赤らめる。

「えっ!?なんかあったの?」

「聞きたーい!ね、神野さん!」

「気になるー!」

 一気に質問責めが私を襲ってきた。

 これほど私たちの担任教師は、女子からの評価が凄い。

 しかも、その担任の蔵ちゃんと、付き合うことが出来た女子は、まさに女神様。なんて称号が立てられるしまつ......。


「べ、別に何もなかったんだから!」

 つい焦りながら皆に否定の気持ちを伝える。

 悲しいことに、人間とは否定すればするほどに、かえって疑われる生き物である。

 この日からクラスでは、私と担任には変な噂が流れることになってしまった......。




「はぁー」

「まあ、あまり落ち込むこともねえよ。私が旨いのおごるから、元気をだせ」

 私の親友で、いつもは部活で忙しい暁美は、今日部活が休みであるのと、前におごってくれるという約束があったため、今日は一緒に近くのカフェに寄ることになった。

「ふん。他人事みたいに言って。私には蔵ちゃんよりいい人がいるもんね!」

「お!もしかして狙っている人がいるのか?」

 暁美の質問に、思わずりゅーくんの顔を思い出す。

「え、えっと。別にいないよ!」

 私は、少し焦りながら、カフェに入った......。


 それからの出来事は本当にいつも通りのくだらない話だった。

 でも暁美とはこんなにゆっくり話したことも無かったため、話題が全く尽きるほどの無く、充実とした会話が出来た感じだ。

 私は相変わらずのんびりとした学校生活を過ごしていること(魔法少女になったことは伏せておく)。

 最近よく一緒に登下校している美穂のこと。

 暁美が相変わらずソフトボールに夢中であること。

 私が知らなかった、暁美とソフトボールとの出会いなど。

 そして......腕を壊して今までピッチャーが出来なかったことと、そしてそこから復活したこと。


「でも不思議だね。お医者さんからはもうボールは投げられないって言われたのに、突然治るなんて奇跡だよ!やっぱあるんだね」

「う、うん......。本当に。奇跡」

 その時、暁美の表情が暗くなった。もしかたらその時の事を思い出して辛くなったのかもしれない。

「あ、えっと!良かったよね!これでまた投げれるね!」

 投げやりな励まし方。今の私にはそんなことしかできないけど。でも本当に良かったと思っている。私の本心だ。

「うん。ありがとね」

 暁美は小さく笑った。なんだか安心だ。

 とその時。ふとある考えがよぎった。


 暁美は、魔法少女になってしまったのではないか......。

 魔法少女になって、腕を治したいと思ったのではないか?


 私はその考えをできるだけ頭から消したかった。じゃなければ、私は暁美をまた再び野球のできない絶望へと、それも私の手で......。

 でも私の望みとは逆に、暁美の口から聞きたくなかった言葉が飛び出してしまった。


「良かった。亜紀となら魔法少女仲間として一緒にやれる」


 魔法少女。その言葉が聞こえた瞬間。どうして私はこの言葉が自分にとって絶望を生んでしまう言葉なのだろう......。という思いが出てくる。


「どうして?」

「ああ、ごめん。実は昨日亜紀が学校で戦っている所みたんだよ。なんだか友達が同じ魔法少女だと、心強い感じだよな」

 私の絶望感とは裏腹に、暁美はすごく嬉しそうに私を仲間として見てくれている。

「じゃあ、その腕は魔法で......」

「そうなんだよ。本当に奇跡だったよ。この魔法と出会えて本当に」

 違う。それは奇跡なんかじゃない......。それは。

「あれ?もしかして嫌だったのか?仲間?」

「仲間にはなれないよ」

 いっそ暁美と同じような魔法少女になって、自分の願いを叶えるために戦いたい。

 どうしてこの子が......。

「どうして、魔法少女になったの?魔法少女になったらもう普通の暮らしができなくなるんだよ!」

 その言葉が店内に響く。そして店内にいる従業員もお客さんも全員私たちに目線を集めた。

 本来ならここで恥ずかしくなるところだが、今の私にそんな余裕はない。


「お客様。なにか問題でもありましたか?」

 一人の従業員が私たちに声をかけてくる。

「あ、すみません。今出るんで」

 暁美はそう言いながら席を立って急いで会計を済ませた。

 そして私たちはカフェを後にする。



 それから、私たちは一切会話をせず近くの公園へと向かった......。



「それで、どういうこと?普通のくらしができなくなるって?」

 公園に着いてすぐに問いただしてくる。

「っ......」

 言葉が詰まる。もしこれを言ったら暁美と友達ではいられない予感がするからだ。

「はぁ。お前が言わないならいいや。私の邪魔しねえなら別にいいよ」

 暁美はそう言い捨てると、その場から立ち去ろうと後ろを振り返った。

 私はその背中を見た瞬間、詰まっていた言葉を思いっきり吐き出そうとする。そして......。

「人間が魔法少女になると、魔法の力によって心が蝕れて。最後は化け物みたいに理性がきかなくなるの。だから......」

「つまり魔法少女をやめさせると?私から夢を奪うってこと?」

 私の言葉に暁美は冷めた口調で言い返してくる。

「それは......」

「私の夢を奪うなら、敵だな」

 暁美は私に片方の腕を向けた。その手首には炎のように赤いブレスレットが付いている。

「私の邪魔をするな。これは私の大事な夢なんだ」

 暁美はそのブレスレットをもう片方の手の指でなぞる。するとそれはまぶしく赤い光を放って、暁美自身を包み込んだ。

 私も自分のブレスレットをなぞって変身し始める。


 次の瞬間には、私も暁美も魔法少女への変身が終り、お互いに戦闘準備が整った。


「絶対に......。邪魔はさせない」

 それは殺意にも似た闘志だ。

 まるでそんな燃え盛る感情が、私の戸惑う心を焼き尽くすように赤い魔法少女は私を睨んで立っていた......。










ここまで読んでいただきありがとうございます。

今まで2話ずつ交代する予定でしたが、今回から不規則になります。

また次回もよろしくお願いします。

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