4-1話 熱く秘める夢(上):亜紀編
亜紀side
目を開けると見慣れた光景。
いつもいる私の部屋。暖かい毛布に木で造られた天井。
それらを見た瞬間。安心感が心に広がる。
(やっぱりあれは夢だったんだ)
私は悪夢を見ていた、謎の女性に訳もわからないまま殺されそうになる夢。そして、自分の大切な帰る家を壊され。そして大切なおばあちゃんを失った夢......。
でも、あれは夢なのだと。悪夢を見ていたんだと思った。はずだった......。
(そうだ、今日は休みだし、もう少し寝よう)
私は安心感から、再び眠気を感じて目を閉じる。
そしてふと右側に寝返りをうった。そのとき、なにか大きなものが、私の寝ている布団に横たわっていた。
私はそれが抱き枕なのだと思い、特に躊躇もなく抱き締めた。
「ちょっ、ちょっと苦しい......けど幸せ~」
「っ?」
突然声が聞こえた。しかもその声は私が抱いているものから聞こえる。
恐る恐る、私はその抱いているものを確認する。
「あれ?起きた?」
それの正体は、青い瞳と茶色い髪の幼い男の子だった。
「わ!えっ!?あ、なっ......何?」
私は思わず這いつくばりながら部屋の隅へと逃げる。
「おはよう!亜紀お姉ちゃん!」
「お、お姉ちゃん!?」
(私に弟が?......いや、そんな記憶は。でももしかしたら......)
私が必死で考えているとき、男の子は笑いながら喋り出す。
「もしかして勘違いしてる?」
「えっ?」
あ、そうか。よく考えればこの子くらいの年頃なら、他人の女の人でも「お姉ちゃん」と呼ぶことはあるのか......。
男の子の言いたいことが分かると、一端落ち着いて......じゃない!思い出した。
「夢にいた子!」
思わず男の子に指をさしなから言う。
「いや、なぜそうなるの?」
男の子は困り顔でツッコむ。
それからゆっくり立ち上がる。
「とりあえず落ち着いたみたいだし、説明するね」
男の子は咳払いして、話を続ける。
「僕の名前は『七嶺龍矢』。りゅーくんでいいよ」
「あ、うん。私は神野亜紀。えっと......」
自己紹介だから、なにかPR的なものを言う必要があると思って探っていると。
「大丈夫だよ。君のことは大体知っているから」
あーそうかー。大体知っているなら特にPRの必要もないねーー。安心安心......。
「全然安心出来ないよ!......一体君だれなの!?」
思わず叫ぶ。だっていきなり私の隣で男の子が寝ていて、その子は私の色んなことを知っているって完全にストーカーじゃん!大人だったら犯罪者だよ!
「まあ怒らないで。とりあえず落ち着いてから話そう。うーんとまず一つ言えることは、僕は君の敵ではない。だから君が嫌がることを無理矢理させるつもりはないよ」
男の子は、私より年下とは思えないような雰囲気で私に説明する。さすがのわたしも子供相手にここまで警戒するのも大人げないと思い、落ち着いて男の子の話に耳を傾ける。
「とりあえず僕が君を知っている理由は、君をスカウトしたかったから、君のことを色々調べていたわけ。あ、一応年上なんでお姉ちゃんと呼ぶことにするね」
「う、うん」
うなずいてみたけど、スカウトという言葉が気になる。もしかして何かのモデルかな?でも何で子供?
色々疑問が浮かんでくる。
「魔法少女としての才能をみるためのスカウトだよ。それで君は昨日の夜に、その試験を受けたわけ。まあ詳しくは後から話すとして、とりあえず亜紀お姉ちゃんは合格だよ。まあ少し改善するべき所もあるけど......お姉ちゃん?」
私は男の子言葉にあった、『魔法少女』という言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
(あれ?......昨日のあれは夢じゃなかったの......?)
でもその出来事を理解するほど、現実を突きつけられていく感覚を感じた。
「魔法少女?」
「うん。昨日の亜紀お姉ちゃんスゴかったよ!全然戦い方もわからないのに相手を圧倒しちゃって。まあ結構ハチャメチャな戦い方だったけど、でもあれこそ僕の求めていた......」
と、少年の言葉を途中で切るように、私は泣き叫んだ。
「ああああ!......夢じゃない!あれは...お家も...おばあちゃんも......みんな......」
すると、手で顔を押さえて震えている私の体を、少年の小さな腕が包み込んだ。
「ごめんね。あんなものを見せられたら、 例え偽物でも辛いよね......」
「にせもの?」
幼い少年は、ゆっくりと私に言い聞かせるように説明し始める。
「うん。あれは魔法で造られた君の家のコピーみたいなものなんだ。だから君の部屋はこの通り、元に戻っているし、おばあちゃんもいつも通り居間にいるよ」
それを聞いた瞬間。私は思わず立ち上がってすぐに居間へ向かった。
「おばあちゃん!」
居間の戸を開けると、私は思わず大声で言った。当然だけど、おばあちゃんは私の声に驚いていた。
「どうしたの?そんな怖い顔をして、朝からそんな顔していたら、神様の加護が逃げちゃうよ」
そんないつも通りのおばあちゃんの様子に思わず涙が溢れてきた。
(無事でよかった。生きててよかった)
そんな安心する思いが、溢れ出てくるみたいだ。
私は思わずおばあちゃんを抱き締める。
「おばあちゃん、ごめんね!今までずっとありがとね!......私、あまりおばあちゃんに何もしてあげることはできないけど、これからも一緒に暮らそうね」
なんだか、今言わなければいけないと思った言葉が、次々と口から溢れ出てくる。
『もし本当に会えなくなってしまったら』と考えると言葉が止まらなかった......。
「うん、そうね。亜紀ちゃんはまだ甘えん坊だから、おばあちゃん頑張らないといけないね。でも、私は亜紀が幸せになってくれるだけで良いんだから、そんな難しく考えずに頑張りなさい......」
私は、そんなおばあちゃんの暖かい言葉に、思わず声をあげて、泣き出した。
それからしばらくして、気持ちが落ち着いてきたころに、私の部屋にいた少年もやってきた。
「なんだかごめんなさいね。亜紀ちゃん、明るくて元気な子なんだけど、泣き虫な所があって」
「いえ、昨日はなんだか大変だったみたいなので、仕方ないと思いますよ」
私は泣き顔を見られたくないため、おばあちゃんの胸元から顔を離せない。
そんな中おばあちゃんと少年が話している。
「リューちゃんは優しいね。外で寝ていた亜紀ちゃんを部屋まで運んでくれたよね。本当、ありがとねー」
涙も止まり、泣き顔もなんとか標準に戻すと、私はおばあちゃんから離れた。
すると、なんだか年下の子にこんな姿を見られる恥ずかしさを感じてきた。
「どういたしまして。でも、自分の将来のお嫁さんをしっかり守らないといけないと思ったので、これは当然なことだと思ってます」
でも少年の言葉に少し微笑ましさを感じて、思わず恥ずかしさも忘れてくる。
(お嫁さんなんて、なんだか、おませな男の子だね。お嫁さん......)
「お嫁さん!?」
「あらら。良かったね亜紀ちゃん。将来有望なお婿さんができて」
あれ?待って!......なぜそんな話が?
ていうか、おばあちゃんもなんだか嬉しそうに話を進めている......。
「待って!おばあちゃん!私はまだ結婚とか考えるつもりは......」
若干、本気そうなおばあちゃんの口調に焦り始める。
「亜紀お姉ちゃん......じゃなくて亜紀。僕と結婚して......」
「するかー!」
やばい......家族が完全にこの男の子に支配されていく......。ここはとりあえず撤退することにしよう。
「そうだ。ごはんにしよう!今日の朝はパンケーキだ!」
私は立ち上がって台所に向かう。
その間も私の結婚のことや、将来の家庭なんて話してるけど、私は気にせずその場を去るのであった......。
私は、フライパンに敷かれたじっくり焼かれていくパンケーキを眺めながら、色々考える。
昨日魔法少女になったときの事。今後本当に魔法少女をやっていこうかということ。
そして何よりも、あの少年......りゅーくんが何者なのか。
「というより、おばあちゃんは何であの子がいても普通に話してるのよ......」
思わずため息しながら、次々パンケーキを焼いていく......。
「亜紀ちゃん。まだできないのかい?」
ふとおばあちゃんの声で我に帰る。
どうやら考えているうちに時間がたってしまったみたいだ。
そして、私は焼いたパンケーキを乗せた皿を見た。
「げっ!しまった!」
そこにはテレビでしか見たことがないほど、高く山積みにされたパンケーキだった。
「作りすぎたーーー!」
そんな叫びが届いたのか、りゅーくんは私の所へ飛び出してきた。
「おお!スゴい!こんなの初めて!」
りゅーくんは笑顔で無邪気にはしゃぐ。
そんな様子を見たおばあちゃんは。
「あらら。そんなにお婿さんを見つけたことが嬉しかったんだねー」
私は思わず自分の顔を冷蔵庫の扉に押しつけて、今の恥ずかしさや嘆きを必死に抑え込んだ。
結局、山積みパンケーキはりゅーくんが殆ど平らげてくれた。
年頃の男の子だから、結構食べるのはよくあるけど、よくあんな大量のものを無くせるなんて、この子のお腹は宇宙なのだろうか......。
それはさておき、私は朝食の片付けを終えると、りゅーくんに誘われて出掛ける事にした。
どうやら魔法少女について詳しい説明をしたいから、一緒に『拠点』に来てほしい。とのこと。
拠点というのは、どういう所か不安になりながら、私は出掛ける準備を始める。
「じゃ、おばあちゃん。いってきまーす」
私は玄関前で告げると、りゅーくんと一緒に外に出た。
と、思ったら突然りゅーくんは、お家の裏庭に歩き始める。
「あれ?そこから外に出られないよ?」
それでも構わずりゅーくんは奥へと歩いて行くので、そのままついていく。
そしてりゅーくんが着いた先は、私の家の裏にある、古い物置小屋だ。
その小屋には、子供の時はよく入ったことがあるけど。昔おばあちゃんがよく使っていたらしい井戸があって、その上にそのまま小屋が建てられ、今は頑丈な石の蓋がされた誰も使っていない古井戸となっている。私はその古井戸の上でおままごとや魔法少女ごっこをしたものだ。
でも、本当にそれだけで。特に秘密の扉とかは無い。
「ここでなにするの?」
そのまま思った疑問を尋ねる。
「うん。秘密の入り口は、気づくと側にあるもんだよ」
その言葉でより分からなくなった私は、とりあえず招かれるまま小屋に入る。
相変わらず、今は使われてない物が沢山置かれて、真ん中にはまるで王座と思わさせるように古井戸が置かれていた。
私はそんな小屋の中を懐かしく思いながら歩き回る。
と、その時りゅーくんが小屋の扉を閉めた。
(この小屋に何かあるのだろうか?)
なんて疑問を思っていると、りゅーくんが近づいてくる。
「亜紀お姉ちゃんに、最後の試験を始めるね」
「えっ?......っ!」
それは突然だった。
最後の試験が何なのか?なぜここでやるのか?と聞こうとした時、りゅーくんは突然私の顔に近づいて、私の唇に口づけをした。
本当にいきなりで、思考が一瞬止まってしまった。
その間もりゅーくんは数回ほど、子供がやるような軽い口づけを繰り返すと、りゅーくんの口が開く。
「お姉ちゃん。大好き......」
それは一生の中で上位に入るくらいの衝撃だった。
私は今まで告白されたことは何度かあったけど、そんな告白とは比べられないほどに真剣で、そして純粋な。でもどこか大人の色っぽさを感じる告白だった。
「りゅ......くん」
私はこの子に全てを許そうと思った。
この子なら私の全てを受け止めてくれる。
今、幼くても後二年後にはすごくカッコいい男子になっているに違いない。
私が......将来の、お嫁さん......。
「いやっ!待って!」
私はふと何かにつき動かされるように、りゅーくんを突き放した。
「君は全く!魔法少女はどうしたの!?試験するんじゃないの!?じゃなければこんなブレスレット返しちゃうよ!」
私は怒り混じりに、腕に付けていた白いブレスレットを手にとって、りゅーくんの前に突きつける。
でもりゅーくんは、私のそんな様子に怯えたり悲しんだりするどころか、突然腹を抱えて吹き出した。
「ぶっ!あはははは!亜紀お姉ちゃん、すごい慌ててるー!」
私はそんなりゅーくんの様子に、訳が解らず立ち尽くした。
「ごめんね、亜紀お姉ちゃん。実は最終試験はこれなんだ......」
「ど、どいうこと?」
りゅーくんは、突き飛ばされて崩れた体勢を立て直して、立ち上がる。
そして付いた埃を払うように自分の尻を叩いた。
「魔法というのは、人の心に一番影響しやすい力なんだ。だから欲望にまみれた人間が魔法少女になってしまうと、力に呑まれていく......そうなってしまわないように見極める試験なんだよ」
そんな説明で何となく分かったけど......。
「でも......キスする必要は、無いじゃん」
『キス』という単語を小さい声で言いながら、言い返す。
「うーん。でも今一番手っ取り早いのはこの方法だし。それに将来のお嫁さんだからファーストキスは貰っておくべきだと思ったんだ」
「ふざけるなー!だれが、ファーストキスじゃあ!こ、こんな私だって、キスしたことが無いわけでは......」
もっともそうな理由の中に、身勝手な理由があることに怒りを覚えた。けど、それよりあまり指摘されたくないことを言われて、悔しさも感じる。
「ほほう。そうだよねー。お姉ちゃんは経験豊富だから、僕の事をしっかりサポートしてくれるよね」
なんだかこれ以上話を進めると、またペースを乱されるため、挑発のような言葉は無視して、少し叱ることにする。
「ああもう!例え子供でも、女の子にあんなことを気軽にやったらダメだよ!」
そう言うと、りゅーくんの表情が少し暗くなり、また私に近づいてくる。
さすがにあんなことをされた後なので、少し警戒する。しかし......。
「ごめんなさい。ふざけ過ぎました」
りゅーくんが突然頭を下げる。
「えっ?......あ、うん。わかってくれるならいいよ」
いきなりの態度の変わりように、私は調子を狂いながらも、許した。
りゅーくんもそれに安心したのか、さっきまでの無邪気な子供に戻り、子供っぽくない説明を始める。
「話を戻して。君には魔法少女としての素質があると判断しました。なのでこれから案内したいと思います。では僕たちの『拠点』へ」
りゅーくんはそう言いながら歩き出す。すると部屋の真ん中にある古井戸に手をかざした。
私も気になって、りゅーくんの側まで歩いて、井戸を近くから眺める。
あまり見ていなかったので気づかなかったけど、その井戸の石蓋にはよく呪術とかで使われるような、魔法陣らしきものが小さく書かれていた。
「合言葉......マリナ、カーマイン。我に導きを......」
りゅーくんがそう呟くと、魔法陣が突然光りだす。
すると井戸の蓋がまるで開いたかのように、井戸の上に人が一人入れるくらいの穴が出来上がる。
「亜紀お姉ちゃん。ようこそ!魔法の世界へ!」
りゅーくんは私の手を取ると、そのまま出来上がった穴に飛び込んだ。
「えっ!?ちょっとまっ!きゃあああ!」
思わず目を強くつぶって叫んだ。
私は井戸の穴から落ちたように感じた。
でも、穴から落ちた割りには、落ちた感覚はない。
落ちるというより浮いている感覚。
りゅーくんが握っている手を、私は汗で濡れるくらい強く握っている。
私は恐る恐るゆっくりと目を開いた。
そこは、まるで夕日の空を飛んでいるような、頭上に焼けた赤い空と、金色のじゅうたんを敷いたような雲。
飛行機の窓からしか眺めたことのないような所を、私は生身で立っている。そんな非日常な光景に私は驚きで動けなくなっていた。
「どう?きれい?」
りゅーくんが無邪気な口調で聞いてくる。
「うん」
「良かった。ここは異次元。僕たちのいる三次元空間とは別の場所に存在する所」
「異次元?」
私はりゅーくんの言葉にあまり頭が入っておらず、ただ呆然と聞き返した。
「まあ簡単に説明すると、この世とあの世の間にある世界と考えてもいいよ。実際にこんな綺麗なら天使だって出てきそうだしね」
「天使?あの世?」
その言葉になにか引っかかる感じがした。
「もしかして、この世界なら死んだ人とかも会えるの?」
その質問が答えづらいのか、りゅーくんは黙っている。
「ごめん。やっぱりいいや......」
「ううん。僕こそごめん」
りゅーくんは、何かを押し殺すように無表情で答える。
「だめなんだ。本当はこの世界では人間は住むことはできないみたいで。この世界に居続けると、その人はそのままあの世の住人になる。つまり死んでしまうんだ」
『死』という言葉に思わず息を飲み込んだ。
私でも理解できた。この世界にいるということは『死』とすぐ隣あわせであるということに。
だけどこんな状況を知って、なぜ私が平然にいられるのか。不思議だったけど、もしかしたら、隣で語る幼い少年が平気そうに話しているからだと思う。
「でもどうしてこんな危険な所を通らないといけないの?」
「うーん。話すと長くなるから......簡単に言うとこの世界が、拠点と拠点を繋ぐ道だから......」
それがどう意味かわからないけど、もしかしたらここがりゅーくんの言う『拠点』という場所に行く方法だと解釈した。
「そろそろ着きまーす!」
りゅーくんが声をあげると、私は少し緊張しながら、今から起こる出来事への心の準備を整える。
そして、私たちは金色の雲へと入り込むと、突然周りが真っ暗になる。
まるで真っ暗な部屋の照明がゆっくりと明るくなるように、視界がはっきりしてくる。
「段差に気をつけて」
その言葉に私は足元を見る。どうやら私はさっきの井戸と同じ形と大きさのした白い台に乗っているみたいだ。
私は気をつけながらゆっくり台から降りる。
「どうだった?異世界の光景は?」
「う、うん......良かったよ」
正直に感想を言ったけど。昨日から今日まで驚きの連続に疲れて、良い反応ができない。
それより今は、さっきまで春の暖かさを感じていた私の家と違い、なんだか肌寒い。
しかもこの部屋は、私が乗っていた白い台と、白い壁と黒い文字で何か書かれている白い床。何もかも殺風景で、教室一つ分程度くらいの部屋だ。
「連れて来たかったのはここ?」
なんだか期待外れのあまり、少し声を低くして言う。
(これなら、さっきの異世界のほうがましだね)
なんて悲観的に考えていると、りゅーくんがその部屋の壁に向かって何か調べている。
「いやいや。ここはただの玄関だよ!」
その言葉と共に、『ピーッ!』という機械音が聞こえると、突然りゅーくんの前にある壁が開いた。
「さあ。ようこそ!『マジックワークス。不祥事対策部』へ」
私はゆっくりとりゅーくんの元へと歩くと、さっき開いた壁の向こう側に出た。
そこは、主に白と黒が使われているしっかり磨かれた床や壁、雰囲気を飽きさせないように、色とりどりなイスが所々置かれ、正面にはよく街中で見掛ける巨大なモニターがいくつもある。
そして何よりもとにかく広い。見上げると天井が遥か先にある程の高さで、水族館にあるような巨大な水槽が置かれている程だ。
その他にも、ここの従業員みたいな人がたくさん歩いているように見えるけど、その中に自動で動くロボットみたいのが歩いていたり、作業していたりしている。
「す、すごい......映画みたい......」
思わず、昔見た人気のSF映画のワンシーンを思い出した。
「ご機嫌が直ってよかった。では改めて案内するよ」
りゅーくんがそう言うと、突然手を二回叩いた。
それからわずか三秒くらいで、遊園地とかにあるコーヒーカップの取っ手がないバージョンみたいな乗り物が私たちの前に飛んで来た。それも比喩では無く、本当の意味で空中から飛んできた。
「なにこれ!空飛ぶ未来の車!?」
思わず興奮した。
光景は少し科学的だけど、もはや憧れの魔法の世界だ。
「まだまだ試作段階だけどねー。さあ乗って!」
私はりゅーくんに促されながら、空飛ぶコーヒーカップに恐る恐る乗り込んだ。
中を見ると、本当のコーヒーカップのように座れる台が周りを囲んで、真ん中にはハンドルではなく、私たちがよく使うスペースフォン(今流行りの携帯電話)のモニターみたいな画面が浮いている。
少し前の時代の人なら、このモニターを見ても驚いていたかもしれないけど、現代人からすると空中で掴めるタッチ画面(スペースウォールと呼ばれる)が使われるのは日常的だ。
「ってあれ?......もしかして......」
私はふと気づいてしまったことがある。
さっきりゅーくんが言っていた、ここの場所。
『マジックワークス。不祥事対策部。』
そして私たちが持っている携帯。スペースフォンを作ったところも『マジックワークス』。
「気がついた?......つまり、今流行っているスペースフォンは、僕たちが試作し、試験を行い、携帯会社やその他開発会社などに売り込んでいるんだ。と言っても別の事業部だけどねー」
りゅーくんが自慢げに答えた。
「へぇーースゴい!それじゃあこの乗り物もいつか?」
興奮しながら周りを見渡したりして、聞いてみる。その間も私たちの乗っているコーヒーカップは動き始める。
「まあね!あとは安全面とか使用範囲をより広げたりとかね......」
空飛ぶコーヒーカップで移動中、りゅーくんはこの会社について色々話してくれた。
だけど私はあまりついてこれず、唯一分かったことは。この会社の技術は、『魔法』を応用して科学に取り込むことで未来産業への......なんとか?。みたいな感じを言っていた。
まあつまり、魔法と深い関わりがあるってことでしょう!そういうことにしておく!
「ついたよ!ここが君の使う部屋だ。覚えといてね」
コーヒーカップのついた所の前に『S4』と書かれた白いドアがあった。
りゅーくんはそのドアの所に近づくと、手をかざした。
そして、自動ドアのようにスライドで動く......。と思ったら普通に手で押して部屋の扉を開けた!
「自動じゃないの!?」
「えっ?」
りゅーくんが顔をキョトンとした感じで見てきたので、私は思わず自分の口を押さえた。
だってさー。普通SFの世界って、なんかビューンって開くじゃん!......あれ?期待しすぎかな。
「ぷっ!亜紀お姉ちゃんって意外と子供だね!」
「う、うるさい!」
恥じらいで顔を赤くしながら私は部屋に入った。
そこは今まで見た中で一番普通だった。
実際に見たことは無いけど、大学の教室のような感じで。まあまあな広さの部屋に、教壇があり。その前には、横に長い机が横に三つ程並び、前後には七つくらいの机が階段のように後ろに行くほど高い位置なって並んでいる。
「ここが、君が魔法について習ったり、作戦会議に使ったりする場所。好きに出入りしていいからね」
りゅーくんはそう言いながら教壇に立つ。
「試験おつかれさま。いろんな事がありましたが、これで君も魔法少じょ......」
「ちょっと待ってよ!」
私は焦るようにりゅーくんの話を止めた。
「勝手に話が進んでいるけど。まだ私が魔法少女になるって一言も言ってないよ!」
りゅーくんは私の言葉に首を傾げる。
「でも、昨日はすごく楽しそうだったよ。それに衣装も素敵そうに目を輝かしていたし......」
「確かに、昨日は戦うまでは楽しかったし、服も綺麗で凄いと思ったよ。でもそれとこれとは別だよ」
りゅーくんは私の言葉に不安そうに、悲しい表情をする。
「えっと......その......じゃ、むりなの?」
さっきまでの堂々とした態度はどこに行ったのか、すごい動揺を感じる。
でもなんだか、やっとこの子の子供らしさを見た感じがして、可愛くみえた。
(このまま困らすのも悪くないかなー。なんて)
でもさすがに可哀想なので、とりあえず話を進めることにする。
「私はまだ、魔法少女になって何するか聞いていない」
私が質問すると、まるで『しまった!』と言いたいような驚きの表情で、教壇の後ろの黒板らしき所に振り向く。
「そうだった!肝心なことを......」
黒板にはモニターが浮き出ており、そのモニターを見ながら、黒板の隅にあるたくさんのスイッチを操作し始める。
「えっと.....えっと。あった!......では改めて君に仕事内容を伝えたいと思います」
そういうと一つのモニターを手で引っ張って、ちょうど私が見やすい所(ど真ん中のやや低い位置)に持ってくる。
「まず、君が魔法少女になる理由は、簡単に言うとその力が無いと君に受けてほしい仕事が受けられないからです」
「うん」
(まるで学校に専門家みたいな人が来て、皆にプレゼンテーションしてるみたい)
そんな事を考えている間に、りゅーくんはモニターに少しだけ触れて、次の画面へと切り替える。
「そしてその内容を単刀直入に言うと、君は他の魔法少女たちを倒してほしいんだ」
「えっ?」
私は思わず聞き返す。
「亜紀お姉ちゃんがおかしいと感じるのは分かるけどね」
確かに私がイメージしてたのは、困っている人びとを助けたり。世界にはびこる化け物を倒したり。とかだったけど。
「ただ、亜紀お姉ちゃんが最初魔法少女に変身した時、他の魔法少女に襲われていたでしょ?」
「うん」
「なんで襲われたと思う?」
その質問に私は少し考える。
「お金?でもそれならもっとお金持ちでもいいし......」
「実はね、今君以外の魔法少女は、『魔法少女プロジェクト』と呼ばれるものがあって、彼女たちは魔法少女同士で戦い、自らの魔法の力を高めているんだ」
「魔法の......えっと......」
(つまり、強くなりたいから戦っているってことでいいのかな?)
なんて考えながら黒板に映る絵を見る。
とりあえず、りゅーくんの説明はこういうことだ。
私以外の魔法少女たちは、必ずなんらかの叶えたい願いのために戦っているらしい。
大金持ちになりたいとか、好きな人に振り向いてほしいとか、願いは様々だけど。それには必ず法則があって。その願いが叶いづらいほどより戦って、より魔法の力をあげないといけないということ。
魔法少女には、彼女たちの服であり鎧である『魔装』というのがあって。それが魔法少女自身の体を守ってくれるため、どんな強い攻撃を受けても死ぬことは無いらしい。だから私が初めて戦って斬られた時も、体に傷が無かったのだ。
これを聞いていると、まるでスポーツのような感覚で魔法少女の戦いが行われているように感じた。
でもこの戦いは、人によっては遊び感覚やバイトの代わりと考えている人もいれば。
この戦いに人生が掛かっている人だっているらしい。
そして今回私がやることは......。
「皆から魔法少女の力を奪う?」
「そう。君だけには、他の魔法少女を無理矢理に拒絶させる力を持っている、その力を使って彼女たちから魔法を消してほしいんだ」
「ちょっと待ってよ!おかしいよ!皆叶えたい願いがあるのに、奪うなんてそんな......」
私は思わず怒鳴ってしまった。
私がもしなんらかのすごく大切な願いがあってそれを叶えられるのに、それが絶たれてしまったら悲しくて辛いと思う。
そんな私の様子を見て。りゅーくんはゆっくりと黒板のモニターを指でなぞって操作し始める。
「確かに誰かの希望を壊すのは悪いことだよ。でもその希望の先には絶望が待っている」
「えっ?どうして?」
するとりゅーくんは画面に映る写真を取り出した。
私は近づいてその写真を手に取る。
そこには、一人の魔法少女が戦っている様子が見える。よく見ると昨日戦った、少女と呼ぶには少し成長しすぎたお姉さんが写っている。
私は思わずその人を見て思わず表情がひきつる。
「彼女は普通の魔法少女ね。まあ見てわかる通り、昨日戦った人だよ」
りゅーくんは私の表情を気にすることなく、説明を続ける。
「それじゃあ、次の写真にいこうか」
その言葉で、私はその写真を横になぞった。
すると右から流れるように他の写真が現れる。
次の写真にも、一人の魔法少女がいる。
戦っている様子だけど、なにかさっきと比べて違和感があった。
だがしばらくして、私はその違和感が何かを知った。その瞬間、私の背中に悪寒に近いものを感じ。全身が恐怖に包まれた感覚を覚える。
その写真にいる、戦っている魔法少女はの瞳には光が無く。正気を失っていて。でもその少女の表情には満面の笑みを浮かばせている。
「この子......」
言葉が思い浮かばない。
でもこれだけは分かる。
この子は笑っているのに、苦しんでいる。
「気づいたみたいだね」
その言葉で我に帰った。思わず呆然としていたみたいだ。
「この子は魔法少女じゃない。魔法の力に心を呑み込まれた存在。僕たちはこれを墜ちた魔法つかい『墜魔』と呼んでいる」
「だま......」
その名で呼ばれる少女の光の無い瞳が目に入る度に胸を締め付けられる気持ちになる。
「この子はね。元々は魔法少女だったんだ......だけど僕たちが救済を行おうとしたときには手遅れだった......」
「元々魔法少女?」
「本来人間には魔法を操る能力が無い。でもこの『魔法少女システム』を使うことによって、魔力を使えるようになる」
りゅーくんは私の腕にある白いブレスレットに指をさす。
どうやらこのブレスレットが『魔法少女システム』とか言うものみたいだ。
「その力は直接君たちの『心』に繋がっているんだ。だから、心次第では人類最強の戦闘力を得ることも出来る可能性はあるし、場合によっては破滅を生むことも簡単だ」
私は思わず息をのみながら、ブレスレットに警戒心を抱いた。
「それを元に想定すると、墜魔は魔法少女が自分の願いによる欲望に負けてしまったせいでなってしまった。もしくは強くなりすぎたせいで、心が呑み込まれたと考えているんだ」
「だから、そうならないためにも私が皆から魔法の力を奪う。そういうことね......」
私の質問にりゅーくんはうなずく。
私は魔法少女みたいに、人々を守ったり救ったりすることを憧れていた。
その憧れが今。叶おうとしている。
相手が私と同じ魔法少女というのが複雑だけど。べつに命を奪うわけでもないし。苦しんでいく女の子たちを救うための戦いなんだ。
「私やるよ!魔法少女」
意を決して私が告げると。りゅーくんはなぜか驚いた表情で私を見る。
「えっと......質問とかないの?。もし戦いに負けたらどうなるか?とか。自分も墜魔にならないのか?とか......」
「えっ?......うーん。まあ負けたら死んじゃったり敵に捕まって酷いことされたりするかもしれないけど。でも正義のヒロインってそんなもんじゃん?......まあ墜魔になるかどうかは、私を雇ってくれるりゅーくんがなんとかしてくれるでしょう!」
少しプレッシャーを与えるつもりで、イジワルな口調で言う。
でも勿論、覚悟はしてるよ。そうでなきゃ正義のヒロインは務まらないし。
「スゴいね!やっぱり亜紀お姉ちゃんを選んで正解だったよ!」
私が思い描いた困ったりゅーくんではなく、そこには満面な笑顔のりゅーくんがいた。
(なんか私の心が汚れているみたいで、苦しい......)
そんな思いの私に、りゅーくんは嬉しそうな様子で手を差し出す。
「改めまして七嶺龍矢です。これからよろしくお願いします!」
私も気持ちを切り替えて、そのまま手を握り返した。
「うん!改めまして。神野亜紀です!」
この日から私は公式に魔法少女となった。
もしかしたら、これから色々大変なことが待っているかもしれない。
途中でやめたくなるかもしれない。
それでも私は、魔法少女として生きる選択を後悔しないつもりだ。
だって。これが私の望んだ夢であり。これこそ正義のヒロインなんだから。
???side
「ストライク!ゲームセット!」
その言葉がグラウンドに響く。
その瞬間。私は自分の力で勝利を掴んだことを実感した。
「よっしゃー!」
思わず拳を上げて勝利のポーズを表した。
と大袈裟に喜んでいるけど、今は練習試合でこの勝ちもあくまで一瞬の結果に過ぎない。
でも、私たちにとっては『私たちのエースが復活した!』ということを表していた。
私たちは整列してお辞儀をする。
「「「ありがとうございました!」」」
そしてそのまま片付けを始める。
「エース復活だね!」
女子ソフトボール部の部長が私の背中を叩きながら言う。
「ありがとうございます!部長!」
私は帰りの仕度をしながら、そのままをお礼をする。
「どう?これから復活のお祝いパーティーする?」
「あ、ごめんなさい。これから用事があって」
私はそのままベンチを後にする。
「お先に失礼します!」
「うん!おつかれー!ゆっくり休めよー!」
「先輩!おつかれさまです!」
私は走りながら学校から出ていく。
私の名前は『天海暁美』。中学高校、どちらも女子ソフトボール部のピッチャーをやっていた。
しかし、高校最初の大会で無理しすぎたせいで腕を壊した。
そして二度と私はマウンドでボールを投げることが出来ないと。
私の人生が一気に灰色に染まったような感じがした......。
でも、二年生に上がる頃。私はある仮面の男に出会った。
「貴女の暗く閉ざされた人生は、魔法で簡単に覆せる。魔法少女として戦いなさい。そうすることで貴女の夢は再び戻ってくる」
その言葉とその人のくれた赤いブレスレットが、私の壊れた夢を治してくれた。
だから私は戦う。
例え悪魔に魂を売ってでも......夢を叶える!
私はさっきまでのユニフォーム姿から変わって、今の私の姿は、炎のように情熱を感じさせるような純粋赤色と。所々に金色の装飾を付けたドレス。
あまり履き馴れないヒラヒラとしたスカート。でも丈は短く、動きやすい造りになっている。
最初はその格好に恥ずかしさを感じたけど、今では誇りを感じてしまっている。
私は人の消えた町の中を、跳んだり走り回ったりする。
そして私と同じ魔法少女を見つけて戦う。
それが私が唯一マウンドに立てる方法なんだと信じながら......。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
基本遅いんですが、出来るだけ早く更新していきたいと思ってます......。
続きもよろしくお願いします!