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ブラックマジックマーケット  作者: きんしろこーり
1章:魔法に魅せられた少女達
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3-2話,孤独な熟練者(下) : 美穂編

 夢乃葉side



 私はとても裕福な暮らしをしていた。

 父はとある大企業の社長で、母は父の助手をしていた。

 両親は共働きで、よく一人で家にいることが多かった。それでも一週間に一回は必ず私のために時間を空けてくれた優しい両親だった。

 少し寂しかったけど。とても幸せだった。


 十歳の誕生日には、父が私にバイオリンを買ってくれた。私はその喜びと両親への感謝のために一生懸命練習した。しかし......。


 私はクラスの子に自慢をするため、学校にバイオリンを持ってきた。そしてクラスの皆に演奏を披露するつもりだった。

 だがその時、クラスでとてもやんちゃな男の子が、私のバイオリンを勝手に取り。振り回した。

 たぶん本人もただ遊び心でやった事だと思う。

 その男の子は私の「やめて!」という言葉も聞かずに遊んでいると、手を滑らせてそのまま地面に落ちた。

 するとものすごい音と共に、私の大切なバイオリンは砕けた。

 その瞬間、私の父や母への思いが全て砕かれたように感じた......。

 私の中は暗い負の感情に染まった。

 私は自分を抑えることができなくなった。

 気づいたらすぐ側にあった机のイスを持ち上げて、そのまま私はバイオリンを壊した犯人に投げつけたのだ......。


 そして気がついた時には救急隊員の人がやって来て、大人の人たちもたくさん集まっていた。

 よく見ると、私の母もいた。なにか話している。

 どうやら私がイスを投げつけた男の子は、血を流して倒れたものの、命に別状はなく、後遺症も無いらしい。


 そして母は私の方へ振り向いた。その瞬間、私は今まで生きてきた中で一番衝撃を感じた。

「いくよ、夢乃葉......」

 その言葉は低く。目がとても冷たかった......。


 それからの私はどん底な日々だった。


 あの日依頼、クラスメートの子は皆、私と距離を置いた。仲の良かった友達どころか、今まで私をからかってきた男子さえも私は存在しなかったように無視をした。

 そして唯一の心落ち着ける場所である家には、今までよりも一人の時間が多かった。

 私がまだ眠らない時間には帰ってくる両親は、全く帰って来なくて、帰っても会話は全くなかった。

 しばらくこんな生活が続くと、両親の仲も悪くなり、顔を合わせては口喧嘩が絶えなくなっている。

 そして等々、両親は離婚。

 私は父に引き取られたが、会話は最低限しかしていない。


 それから私はずっと孤独な日々が続いていた。

 そして気づくと私はこんな考えが浮かんだ。


『私はこの世に生まれる意味なんてないんじゃないか......』


 そんな思いが強くなると、私はとあるビルの屋上に向かっていた。

 そして私は、そこから飛び降りることを決めたときだった。


「もったいないですね......。どうせなのでその命を私たちにいただけないでしょうか?」


 それは謎の仮面の男だった。

 そしてその男は私にエメラルドくらいに輝いた装飾のブレスレットを渡した。

 そしてそれが私と魔法との出逢いだった......。




 私は一瞬気を失ったのだろうか。

 気づくと、さっき私を包んでいた黒い炎は、とても小さくなっていた。

 普通ならあれでやられるはずだったが、長年の経験(といっても三年程度くらい)のお陰で反射的に守りのカードを使い。ダメージを軽減する鎧が守ってくれたのだろう。


「やっぱり上手くいかないよね」

 それは目の前の敵。美穂さんの言葉だった。

 私は深呼吸を繰り返し。今の考えをまとめてみた。

「忘れていましたわ......私がどうして魔法少女になったのかを......」

 私は、黒い炎の衝撃で落としてしまった自分の薙刀を眺める。

「私は、強くなりたかった......ただ力が強くなりたいわけじゃない。私のもろい『心』を、どんな苦しみでも耐えることができる強さが欲しかった......私にはなにも無い。大切だった家族も友達も皆私から離れていった。だから魔法しか無いとおもいましたの。もっと戦って強くなりたい。私が誰も傷けることのない、強い心を......」

 私は、なぜか自分の思いを目の前の黒い少女に伝える。そしてもう一回深呼吸で調子を整える。

「感謝いたしますわ。貴女が私をここまで追い込まなければ、初心を忘れていた所でした。だから貴女には感謝と誠意を込めてこう呼ばせていただきます......」

 私は自分の武器を拾う。

「美穂様と......」

 なぜか私の言葉を聞くと、美穂様の様子に違和感を感じた。『様』はダメだったのだろうか?

「えっと......まあ良いけど、私はそんな大したものでは無い。私はただひたすら全力で楽しみたいだけ。お前と比べれば、私は遊びにすぎないと思う」

「ふふっ。それでも私にとっては恩人ですわ。だから......」

 私はカードを開いて、次の一手を考える。

「本気で行きます!」

 一枚のカードを取り出す。それはフィールドカードという種類。つまり地形に影響させる魔法で、主に罠を仕掛けたり、周りの環境を変えたりする魔法の種類だ。

 私はその種類の『ゼロビギンズ』というカードを発動させる。

 すると「パンッ!」という弾ける音と共に、さっきまで地獄を連想させるような黒い空が突然青く晴れた。

「えっ!?」

 本当にいきなりで、あっけなかったことに美穂様は驚いている。

「安心してくださいませ。これは美穂様の発動させた能力を全て無かったことにする力ですの。別に美穂様自身に危害はありませんわ」

 さすがは美穂様、私の説明である程度把握したご様子。

 気持ちをすぐに切り替えるように剣を構え直すと、カードを開いた。

 なぜか私は、直感で美穂様が一番得意なカードを出してくると感じた。だから私も自分が得意なカードを出すことにした。


 イクイップカード。自分自身に身に付けさせる魔法のカード。その中の『ウェアーフォレスト』というカードを選ぶ。

 そしてそのカードを私の胸にあてると、胴体部分に緑色の刺繍(ししゅう)を施した鋼の鎧が現れた。

 そしてその鎧は右肩まで続くと、次は手に持っている薙刀にも同じ刺繍が入り、矛先がより強硬に感じさせられるように刃が鋭くなり、緑色の光を纏っていた。


「美穂様。これがわたくしの思いですわ。どうか受け取ってください」

「ああ。私もなんだか燃えてきた......」

 冷静な言い方の美穂様。でも顔はすごく喜んでいるように見えた。


 美穂様もカードを身につけたようで。『戒めの双頭』と呼ばれるカード。私が身に付けているのと同じイクイップカード。

 美穂様の持っていた黒い剣が二つになり、左右それぞれの手が黒い鎖で巻き付いている。

 噂ではいわくつきのカードとも呼ばれているが、私も実際に見たのは初めてだった。


 美穂様は私に敵意を向けて走ってくる。

 すると美穂様の手に繋がれた鎖が揺れて、金属の擦れた音が響いてくる。

「はああああ!」

 私も武器を両手で持ち、攻撃に対抗するように構える。

 そして私も地面を蹴って走りだした。

「わああああ!」

 そして私の攻撃と美穂様の攻撃がぶつかり合う。


 あまりに夢中になって気付かないけど、たぶんお互いの武器からぶつかり合う音は周りにものすごく響いていたのかもしれない。それほど強い衝撃だった。

 その響きが何回も何十回も繰り返し。お互いに疲れが出てきたのか、私の鎧は所々が壊され、美穂様のきわどい衣装は破けてさらに露出さが広がっていく。

 だけどそんなことはお構い無しで、お互いの強さをぶつかり合っていた。


 そして数分間の攻防が続くと、展開が動き始めた。


 さっきの回復しきれてないダメージが今きたみたいで、美穂様の動きが鈍くなる。

 それを見逃さず私は思いっきり踏み切って、私の本気を込めて切り裂いた。

 それはまるで空気を真っ二つにしたように、切ったところがなにも無くなったように感じた。

 それは今まで魔法少女をやってきて初めての現象で、斬った私自身も驚愕した。

 美穂様はかろうじて防いだみたいだが、ダメージは大きく。格好はもはや裸同然で守るものは全て無くなった。

 倒れるのも時間の問題だ。

「はあ......はあ......」

 それでも飽きらめずに立っていた。裸になりながらもなお向かってくる精神は称賛に値する。でも......。

「残念ですが私の勝ちですわ!美穂様には申し訳ございませんが、私が......」

 と、その時突然美穂様が口を開いた。

「あああーーーーー!」

 それは突然の叫びだった。

 でもあまりに奇妙で、それは自分の気合いを入れるための叫びてはなく、まるで私に威嚇するような、もしくはなにかに助けを呼び出すような、そんな叫び方である。

「み、美穂様......そんな醜い叫びはやめてください。貴女がそんな戦い方は似合わないですわ。美穂様!」

 さらに私はなんども美穂様の名前を呼んだが、美穂様はやめてくれない。まるで聞こえていないように......。

 さすがにこんな聞きがたい声を発する美穂様は見たくない。だから私はすぐに美穂様にとどめを刺そうと思った。

(いや、ちょっと待ちなさい......)

 と自分に言う。そして少し考えを整理する。


 美穂様の使ったカードはいわくつき。もしその『いわく』が聴覚を失うことだとしたら?そしてこの叫びが何かの魔法を出す合図だとしたら?

 私は考えを整理するほど、自分がまずい状況に立たされていることに気づかされる。

 だからこそ今弱っている美穂様にとどめを早く刺さなかったことに、後悔し始める。

「くっ!絶対に負けませんわっ......」

 でも間に合うことは無かった......。


 体が突然重くなる。まるで背中に岩を乗せられたくらいに。

 地に伏せたまま動けなくなる。誰かに抑えられているように。


 私はこのカードを知っている。

 ハンディカードと呼ばれる、相手の能力を奪ったり、弱らせたりするカード。その中に『眠りの(ささや)き』というカードがある。

 それは、自分の声を聞いた者は全員、身体が動かなくなる。そして全員というのは、自分自身も含まれる。

 自分の声は例え耳を押さえようと聞こえてしまうもの。だからこれを発動したら必ず自分にも影響が出てしまう、いわば自滅技だ。

 私はこのカードを持っていたが、そんな危険を伴うカードであるため、一回も使う気にはなれなかった。

 でも美穂様は、あえて別のカードのデメリットを利用し、自ら聴覚を失わせてこのカードのリスクを無くした。

 だから私だけ動けなくなったのだ。



 私は必死でもがいて、立とうとした。でも指一本動かすこともできない。

 私は目だけ美穂様に向ける。

 そこにはさっきまで不気味な叫びをしていた醜い美穂様はいなくなり、いつもと同じ。いや、さっきよりも喜びに満ちているような清々しい表情の美穂様が、私に剣を向けてきて、とどめを刺そうとしている。

 その瞬間思った。

(美穂様は勝利のためなら醜く汚れようとも関係ないのだ)

 その姿勢に思わず美しいと感じた。


 私は負けを認めて目を閉じる。

 そして美穂様の剣が振りかざされ、私の身体を切り裂いた。

 美穂様は的確に私の弱点をつき、一回で私の魔法の服を壊し、最近魔法少女になったとは思えない手際で、私を敗北に導いた......。




 美穂side




 なんとか勝つことができた......。

 今までの魔法少女なんか比べ物にならないほどの強さ。

 中学の時にテニス部で、強敵のプレイを見ていてもそんな喜びを感じなかった私。

 そんな私が今。今までにないほどの喜びを感じている。

(どうしよう......ものすごい生き甲斐を感じる......)

 と一人で興奮していると、いつもの二枚のカードが目の前に現れる。

「わたくしの完敗ですわ......」

 夢乃葉が動けない身体に力を入れて、口を開く。

「すごく楽しかったですわ。まさかここまでやるなんて......」

 夢乃葉は笑っていた。私に何をされるかわからないのに。こういうのって、肝が座っていると言うのかな......。

「貴女には本当に感謝してますのよ。私が見失っていた魔法少女としての目的を、貴女は思い出させてくれた。私が強くなりたい理由を......」

「どうして?」

 思わず聞いてしまった。

「そうですわね......」



 夢乃葉は簡単に話してくれた。

 子供の頃に起こした事件。その後に待っていた孤独な暮らし。

 それを通して感じた、自分への怒りや愚かさ。そして弱さ......。

 それから魔法少女になるまでの話を全て話してくれた。

 その話しは私にとってはドラマの世界のようで、なんだか寂しさを感じた。

 でも......。



「これがわたくしの魔法少女になるまでの経緯ですわ。笑えますわよね?全て私のせいで招いた結果ですのに」

 確かにそれは夢乃葉自身が招いたことだ。だがもし......もしそれが夢乃葉の『弱さ』を招いたことなら、私はたぶん、教えてあげなければならないことがあるのだ。そして......。

「お前は強いよ」

 それが私の伝えるべき言葉だと思った。

「えっ!?何を言ってますの?わたくしは......」

「少なくとも夢乃葉は、私や他の魔法少女よりもすごく強い。まあ、それは魔法少女としてもだけど、『心』も充分強いと思うよ。負けを認める潔さとか本当にすごいと思う......」

 なんだか上手く言い表せないけど、言葉をしぼる。

「とりあえず、自信は持っても良いくらいに強いと私は思うよ」

「美穂様......」

 すると、なぜか夢乃葉の表情が泣いていた。

(え、どうしよう......なんかまずいことでも言ったのかな......)

 思わず慌ててしまう。こういう時にこそ、もうちょっと人とのコミュニケーションを取っとけば良かったと後悔してしまう。

「あ、えっと......ごめん。私そんなつもりで」

「違いますの」

 夢乃葉は泣きながら、無理に見える笑顔をつくった。

「そういうことじゃないんですの。私はうれしいんです。私は誰からも認められることなんて無くて、ずっと独りで......。でも、まさか私が尊敬した方から私を認めてもらえるなんて......こんなうれしいことだなんて......」

 夢乃葉がそう言っている間に、せっかくの可愛い顔はかなり酷いことになっている。

 私はポケットの中のハンカチを取ろうとしたが、魔法少女の状態から戻さないと制服が無いので、ハンカチを取り出すことは出来なかった。

 仕方がないので、手で夢乃葉の涙を拭いた。

「あ、ありがとうございます......優しい方ですのね」

 どうやら少しずつ落ち着いてきているみたいだ。


 私はふと、目の前の少女の運命を決める二枚のカードを見る。

「はぁー......」

 思わず大きなため息をついた。

「っ......どうかいたしましたの?」

「あ、いや。時間が経てば夢乃葉を喰らわずに、奴隷にもせずに済んだかなーと思ってさ。で話をして時間を稼いだけど......」

 私はそう嘆きながら二枚のカードを交互に指でつつく。

「あ、えっとそんなことはできないようになっております。どちらか一つは決めないと、敗者は倒れたまま、勝者も変身が解けないままになってしまいます」

 予想はしていたが、やっぱりどちらか決める必要はあるみたいだ。

「まあ、しょうがないか......」

 運命を受け入れた私は、二枚のうちの一枚を取り出す。

「鬼灯夢乃葉。お前を奴隷にする」

 なんか、自分で言ってなんだけど、この台詞に犯罪っぽさを感じる。

「えっ!?よ、よろしいんですの?こんな私なんかを......」

「うん。むしろ頼りになる。出来れば奴隷としてではなく、仲間として迎えたいけど......しょうがない」

 私の言葉に何を思ったのか、再び夢乃葉が泣き出す。

「うわーん!うれじいでず!こんなわだぐしをそこまでぇー!」

 それもお嬢様口調のしゃべり方のわりに、涙とか鼻水とかなどで顔が色々と悲惨な状態で、上品さのひと欠片もない。

(どうしよう......ちょっと面倒くさくなってきたかも......)

 なんて思いながら、さっさとカードを投げる。

 すると、そのカードは形を代えて黒いゴムバンドになった。

 そしてそのゴムバンドは夢乃葉の首の方へ巻きついた。この時私は、これが首輪であると瞬時に気づいた。

 でもそれは犬などのペットとかに着ける物ではなく。歴史の本や漫画とかに出てくる本物の『奴隷』が着けるものなのだと、瞬時に気づかされた。

「......帰ろうか」

「はい!美穂様!」

 夢乃葉は純粋な明るい表情を見せるが、その表情が私にはかえって胸を抉られるように感じた。

 現実で本物の奴隷を見せつけられるなんて......。




 変身を解くと、元に戻った世界は既に日がおちて夜になっていた。

 どうやら結界の中は時間が止まっているように見えても、現実世界は常に動いているみたいだ。


 当たり前だが、夢乃葉は制服姿に戻っていた。ただ私が驚いたことは、夢乃葉の着ている制服が地元にある有名な高偏差値のお嬢様学校の制服だからだ。

 つまり私とは比べ物ならないくらいの優等生ということ。

 そんな将来有望な少女でも、現実はそんな夢物語ではないことを突きつけられる。

 ってなんだか私がナーバスになってしまったな。



「じゃあ明日からよろしく頼む。おやすみ」

 私はそこにいる夢乃葉を放っておいて、さっさと帰る事にした。

「あ、あの!失礼でなければ私の家に......」

「ごめん、それは無理」

 明日は学校登校日だ。誰かの家に泊まるわけにはいかない。

「そ、そうですか......」

 夢乃葉はさっきまでの明るさが一瞬で消えて、暗い表情を見せる。

 もしかしたら、さっき話してくれた家族関係のことなのだろうか。

「一度正面からぶつかってみたら?」

「ぶつかる?」

「とりあえず、自分が言いたいことを言ってみるのも一つの手かもしれない。私のようなあかの他人が口出しは出来ないけど、家族ってお互い支え合うからこその家族だと思う。だからこそ思いをぶつけて、それからお互いの悪かったことを洗い流して、一からスタートするとか......なんて私の勝手な意見だけど......ごめん」

 なんだか偉そうな言葉を言ってしまった気がする。

 思わず、私は言いたいことを一方的に言うと、少し小走りで帰ってしまった。

 その後ろで夢乃葉は「ありがとうございます」という言葉が聞こえた気がするが、必死で恥ずかしさを堪える私に聞く耳はなかった。




 夢乃葉side



「正面から。思いを......」


 私はこれ以上嫌われたくないという気持ちがあって、あの日以来、両親とはちゃんと話すことはなかった。

 でも、今思えばそのせいで母は離れていき、父とも心の壁が出来上がっていた。

 もしかしたら今こそ、この臆病な気持ちを壊す機会なのかもしれない。


 私は帰宅すると、玄関の隅に置かれた靴箱を見る。

 しっかり磨かれた大きめの黒い革靴。どうやら父は既に帰っていたみたいだ。

 私も靴を脱いで、脱いだ靴はしっかり靴箱に並べる。これは子供からの習慣だ。

 今思えば、私のお嬢様口調や日頃のマナーは子供の頃から母の教育を受けてきたおかげだ。

 父も私の行儀の良さを誉めてくれた。勉強も両親のおかげでたくさん頑張れた。

 ある意味では父と母がいてくれたからこそ、今の私がいる。例え今の私を嫌おうと、両親のおかげで......。

(あ、そうですわ。私が言わなければいけないことがありますわ。ちゃんと伝えなくてはいけないことが......)

 そんな思いを胸に、私は父の部屋に向かう。



「失礼します」

 私は父の部屋に入る。

 父はいつものように、自分の机で仕事の作業をしている。

「今帰ったのか。夕食はダイニングにあるから早く済ませなさい」

 一方的な会話。まるで私をここから追い出すかのような話し方。

 これが私達の日常だ。

 こんなただでさえ冷たい関係の私達を、さらに距離を広げるような広い部屋。そんな部屋を私はゆっくりと歩く。

「お話がありますの。お父様」

 しかし、父は作業を止めたりしない。それでも私は話を続けることにする。

「あの日以来、お父様とお母様は私への態度がすごく変わってしまった。でもそれは私の自業自得だと思ってますわ......本当にごめんなさい......」

 違う。謝ることも大事だけど、もっと言うべきこともあるのではないか。

 私は必死で今までに感じてきた思いを思い出す。

「私。お父様に言わなけれぱいけないことがあります」

(今はお母様はいないが、せめてお父様だけ......)

「お父様。私を......こんな私を育てていただいて、ありがとうございます!」

 私は頭を下げて、言葉に思いを込める。

 私のそんな様子になにを感じたのか、父の仕事の手が止まった。

「私はずっと自分のことしか考えていなくて。ずっと、お父様とお母様に見捨てられたら、私はずっと独りなんだって。そんなことを思っていると話すことが怖くなって......でも、お父様とお母様はそんな私を今まで育ててくれた......。こんな迷惑な娘を、今まで育ててくださって、本当にありがとうございます!まだお父様にご迷惑をお掛けすると思いますが、いつか必ず私は......」

 言い掛けたとき、突然暖かいものが私の身体を包んだ。

 その暖かいのが、すぐに父の抱き締められる温もりだと気づいた。

 あまりに予想外だったため、私の頭の中が混乱し始めた。でも父はお構い無く私にささやく。

「すまんな、夢乃葉。悪いのは私達だ」

 父の身体は震えていた。この時、父は泣いていたことがすぐにわかった。

「怖かったんだ。私もお母さんも、夢乃葉が変わってしまったのではないかと、我が子が変わってしまって、もし私達を嫌いになってしまったら家族が壊れてしまうのではないかと。ずっと怖かった......」

(あ、そうか......お父様も一緒だったんだ。私と同じで、話し合うことが怖かったんだ......)

 ふと、そう感じた。

「本当にすまなかったな。夢乃葉がこんなに苦しんでいるのに、私は逃げてばかりだ......本当に......」

「いいえ......私こそ......わたくしこそ、本当に...ぅ...ごめんなさい......ごめんなさい!」

 この瞬間、私が今まで溜めていた涙が一気にこぼれた。

 両親から今まで味わった愛。甘えたこと。厳しくされたこと。優しくされたこと。そんな両親から与えられてきた愛が心に込み上げてくる。

「またやり直さないか。またお母さんと、皆で......」

「お母様と?」

「ああ......また家族と皆で、笑いあえるように......」

「うっ......うれしいです......またやり直したいです」

「ああ。今度こそ幸せな家庭にしていこう」


 私達はしばらく泣いていた。でもお互い泣き止んだら笑いあった。それが今まで生きてきた中で一番の幸せだと感じた。

 家族を壊したあの出来事は、わがままな私に与えた神様の罰だと思っていた。

 でも今になって思うと、神様は私に家族がいる幸せを感じさせたかったから、あの出来事が起こったんだと私は感じた。



 結局その夜、私と父との会話は夜遅くまで続いた。

 今までにあった思い出もたくさん話した。

 もちろん魔法少女について話すことは無かったけど、父との仲が良くなったのは、魔法のおかげ。

 そして、そのきっかけを作ってくれたのは、私の憧れであり、恩人である美穂様だ。

 だから私は美穂様に、心から着いていこうと思う。

 私にとっては強くなるためだけだった魔法少女。

 でも今は、私の人生にとって大事なものだと。深夜眠りにつく時に思ったのだった......。



 翌日。


「おはようございます!美穂様!」

「ああ。おはよう......」

 月曜日の通学路。私はそこに美穂様を見掛けたらすぐに声をかける。

 美穂様は相変わらず口数が少ない。でもそこがクールで素敵なところだ。

「ではいきましょ」

「いや、お前は別の学校じゃないのか?」

「気にしないでくださいまし。方向は一緒ですし、美穂様をお守りするのは私の役目ですわ」

 すると美穂様の後ろから気配が......。

「おはよう、みほ!」

 美穂様の背中に誰かの手が......私が防がなければ!

 私はその手を掴んで、ねじ伏せる。

「いたたたた!えっ!?この子は?」

「私のボディガードよ。これで朝は亜紀の攻撃を喰らわず安心ね」

 どうやら美穂様の友達らしい。

 すこし安心する。

「うー。じゃあ新たな作戦を練る必要があるなー」

「美穂様には手を出させませんわよ」

 私は掴んでいる手を放すと、美穂様をかばうように。美穂様のお友達の前に立つ。

「随分優秀なボディガードね。だったら私も引くわけにはいかないなー」

「望むところですわ。私の鉄壁を破れるものなら......」

「お前ら、出会って早々仲良くなるのは良いけど、学校遅刻するよ」

 美穂様は既に前を歩いて、私達に声をかける。

「待ってください!美穂様ー!」


 同級生とこんな会話をしたのは久しぶりだ。

 これも美穂様のおかげだ。

 だからこそ貴女には一生かけて恩返しさせていただきます。絶対に守ってみせます......美穂様。


 私はそんな思いを強く決めたのだった。




 続く......。





ここまで読んでいただきありがとうございます。

今回新たな仲間(奴隷)となった夢乃葉。初めての仲間で、かなりの経験者なので、良い巡り合わせだと期待しちゃいます

皆さんも大切な家族と支えあっていきましょうー

それでは次の話もよろしくお願いします。

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