2-2話,正義への憧れ(下) : 亜紀編
「ただいま」
かなり早い時間で家に着いた気がした。
あの光が現れてから、何かが抜けたかのように身体が軽かったのが理由だろう……。
なぜ身体が軽くなったかはわからないが、それはさて置き、私はそのまま洗面所に行って手を洗い始める。
「そういえば、おばあちゃん。まだお買い物かな?」
家の中には人の気配がしなかった為。ふとそう考えながら手を洗う。
そして自分の写る鏡を眺める。
(うん! 色々あったけど、今日も一日頑張ったと……)
そう考えていると、何かいつもと様子が違う事に感じる。
そして、何が変わったのか気づいた時、思わず鏡に手を付ける。
「えっ!? 待って! なにこれ!?」
そこには、先程着ていた学校の制服から、全く違う格好の自分がそこにいた。
「……これ、私?」
そう思うのも無理は無く。ブレスレットの色と同じ上品な白のドレスにヒラヒラのレースが着いたスカートと、髪を束ねている髪留めには光り輝く真珠。その二つは着ている者を上品に見せる力があり、自分自身の魅力を実感するくらい美しさのある自分が映っているからだ。
「なんか、すごい!」
思わず見惚れるが、そんな夢の時間はすぐに終わりを告げる……。
「おじゃまするよ!」
突然、自分の家の玄関から、ドアを開けて叫ぶ女の声が聞こえて来た。
最初はただのお客さんだと思っていたが、乱暴なうえに、土足で家に上がって来る音が聞こえ、明らかにお客ではない事に気付く。
「えっ! うそっ! 泥棒……」
急に私の中に恐怖が生まれる。
すると私は、反射的にお風呂場の方へ隠れる。
「さあ、居るのはわかってるんだから、さっさと出て来なさい! 早くあんたを倒して、私は大金持ちになるんだからさ」
どうやら相手は女性らしいが、声からだと二十歳くらいの歳であると思われる。
勢いだけで比べても、相手は自分よりはるかに勝っていると感じ、とても飛び出す勇気が出ない。
(どうしてよ……こんな家にわざわざ入って来るなんて……)
そう考えながら、耳を澄まして様子を伺う。
すると、段々と足音が大きくなってくる。
(お願い……来ないで……)
とうとうその足音は、脱衣所の目の前まで来ていた。
すると突然、家の中からガラスのようなものが割れる音が聞こえた。
(えっ……まさか、おばあちゃん。家の中に居るの?)
本来なら泥棒を除くと、自分とおばあちゃんしか家には居なく、泥棒らしき女性の周辺に割れものは存在しない。
その為おばあちゃんは中に居ると推測した。
(これじゃあおばあちゃんが危ない……。早く、助けないと!)
だが、恐怖が支配し、身体が動かない。
その間にも、足音は遠ざかっていく……。
(おばあちゃんを助けないと…… おばあちゃんを助けないと!)
何度も頭の中で繰り返すと、いつの間にか手に何かを握り締めていたことに気がつく。
「えっ!? これ、剣?」
そこには、まるで神話に出てきそうな、白く輝かせた剣を握りしめていた。
(これなら、いける!)
とはいえ、やはり怖いものは怖い。
勇気と恐怖のかっとうがまだ続いている。
(違う……そんなんじゃない! おばあちゃんを失いたくないから、戦うんだ!)
だが、やはり自分のおばあちゃんを失うことが一番の恐怖だと感じた。
そして、自分の中の勇気が、恐怖に勝った……。
「待って!」
脱衣所の前の廊下へ、踏み入れる。
「うん?」
先程の泥棒の女性がこちらを振り向く。
その女性は、最近まで学生だったのかというくらいに若く。泥棒をするとは思えない美しい女性であったが。その女性の格好は、お腹や肩などが露出し、豊満な胸を強調させるような、紫のボンテージと、黒のハイソックス。
そんなきわどい格好の女性を見て驚き、言葉を失う。
「ああ、やっと見つけた」
先に泥棒らしき女性から声を掛けてくる。
(えーと……。もうダメだあー、頭が付いていけないー)
ついに私の頭がショートする。
拾った腕輪が急に光り。突然綺麗な服を身につけていたり。家に泥棒が入ったと思えば、その泥棒は綺麗なお姉さんのコスプレイヤー。
一度にいろんな出来事が起きたせいで、頭の制御装置は停止してしまった。
「あれ? 動かなくなっちゃった?」
私、神野亜紀は、泥棒もしくは強盗のお姉さんに声を掛けられていますが、反応できません。
よし、これはあれだ……再起動!
てことで。一旦何も考えず、この家を守る為にこの剣で戦うことにした。
「と、とにかく。ここから出て行ってください! じゃないと……」
私は正気を取り戻し、手に持っている剣を相手に向ける。
「あれ? 復活した……」
女性は不思議そうに私を見るが、そんなことより、目の前のことに集中する。
「私達は貴方に何もあげるものはありません! ここから出て行ってください!」
私は自分の中にある、全ての根性を振り絞った。
だがその行為も、目の前の女性に打ち消される。
「ふふ、あははは!」
急に笑い出した。
「もしかして、あんた……自分の状況がわかってない?」
女性のその問いに私は動揺する。
さっき頭が混乱していたことは確かであるが。その事を出来るだけ相手には気づかれたくなかった。それをあっさり見破られた。
(さっきの私が言った事を聞いて、見抜いた?……って事は、この人は私が今どのような状況に置かれているのか知っている?)
その疑問は、女性の手から突然出てきた槍を見て消し飛んだ。
「なっ!? そんなの……あり?」
女性は自分の持っている槍を見せつけるように回し始める。
「まあ、貴女。可愛いし、特別教えてあげる……」
すると突然、女性は私との距離を急激に近づける。
「その身体でね!」
女性の槍は私の体を下から切り裂くように降り上がる。
「きゃ! ……ってあれ?」
確実にその槍は私の脇腹から肩に掛けて引き裂いた。なのに……。
「痛くない?……」
いや、一瞬だけ痛みがあった……でも、その痛みは直ぐに和らぎ、何もなかったように私の身体は元のままである……。
「これが『魔法少女』の戦いよ……わかった?」
その時、不思議と私の頭は冷静になった。
「私も……魔法少女?」
もう一度自分の身体を確認する。
そこには、全く傷のない私の身体。
お腹と一緒に引き裂かれた、見惚れるほど綺麗だったはずの白い魔法少女の衣装。
(私……魔法少女に……なっちゃった……)
そんな余韻を浸っていると、再び女性が槍を構える。
「理解したら、さっさとやられな!」
槍は再び私を襲いにかかる。
私は急いで後ろに下がる。
すると、想像以上に長く飛び退き、後ろの壁に軽くぶつかった。
(なっ……何、今の!? 私の身体じゃないみたい……)
軽い身体。遅く見える相手の動き。
それはまるで自分がスポーツ選手になった気分である。
体制を立て直し、再び剣を持ち構える。
「じゃあもう一つ……ルーキーなお嬢ちゃんに魔法を見せてあげる……」
急に女性は話しかけると。左手を前にかざし、そのまま左にスライドする。
すると女性の目の前にカードが何枚か出現する。
「魔法?」
「そうよ……私は『電気』を使う魔法が得意なの……まずは一発凄いの、見せてあげる……」
女性は出現したカードのうち一枚を取り出す。
「フィールドカード。『勝利の雷。発動!」
女性は地面に槍を突き立てる。
するとまるで、その槍は避雷針のように、雷が私の家の屋根を突き破って雷が槍に集まる。
そして、その槍の周り……正確には女性の周りが突然、爆発が起こった。
「きゃあああああ!」
私はそのまま後ろへと引っ張られていくように吹き飛ばされる。
そして、お隣の家へと身体をぶつける。
「うっ!! なに、今の?」
突然の衝撃に動揺する。
(とりあえず......体制を整えて......)
私は立ち上がり、構え直そうとした。
しかし、次の瞬間、自分の理性が一瞬で失った。
「えっ……。なに……これ……?」
今日一日の中で、一番冷たく、一番深い感情が心を支配した。
目の前の光景は、いつも帰る場所。大切な人が待ってくれる場所。とても落ち着く場所。そんな大切な自分の家。それが全て、跡形もなく消え去っていた。
それは、さっきの爆風が原因で全てを破壊したことに直ぐに気づいた。
「おばあ……ちゃん……」
家の中には私のおばあちゃんがいた。できれば何処かにいてほしかった。でも、さっきおばあちゃんは家の中にいた……。多分、いや絶対に私を助ける為、物音をたてた。
考えが明らかになればなるほど、涙が止まらなくなってくる。
「おばあちゃん……おばあちゃん……」
今までの思い出や、恩返しのできなかった後悔が、涙と共に溢れてくる。
すると突然、女性が声を掛けてくる。
「あのさ……これは魔法少女の戦いなの! 家も直ぐ治るし、あんたの家族もまだ生きて……」
目の前に写る女性の姿。それに私は怒りの矛先を向ける。
その瞬間、女性の顔が引きつる。
まるで、私を化け物でも見るかのように。
「おばあちゃんを、返して!」
剣は女性を一気に襲う。
私は何かに取り憑かれたかのように女性をひたすら斬りかかる。そんな女性も、なんとか槍で受け止めていたが、途中から受け止めきれず、槍は弾き飛ばされて宙を舞う。その間も私はひたすら目の前の女性を斬りかかる。
「いやあああああ! 」
女性は無防備となり、叫びながらカードを目の前に出そうと抵抗する。しかし、その抵抗も剣の猛攻により、カードを出す事ができない。
「いやあああああ! 許してええ!」
女性は自分の敗北を確信すると、顔中を涙で濡らしながら許しをこう。
そしてとうとう、魔法の衣装は消えてなくなり。何も守るものがなくなった。それは女性があと一撃で敗北するという事を意味する。と私は解釈したが、そんなことは関係無かった。
それほどまでに私の理性は失っていた。
おばあちゃんを失った悲しみ。そしておばあちゃんを奪った目の前の女性への憎しみ。
負の感情が私を支配し。それを私はぶちまけようとした。しかし……。
『おばあちゃん……正義のヒーローって何?』
突然、私の頭から昔おばあちゃんと話していた事を思い出した。
六年前。私は公園でいじめられていた男の子を助けた。と言っても、いじめっ子は自分よりいくつか年下であり、そのいじめを見てられないと感じて、そのいじめっ子に注意しただけである。
ただ、そのあと公園でしばらくいじめられていた男の子とお話していると、その時男の子は私に言った。
「お姉ちゃんって、正義のヒーローみたいだね!」
その響きに私は、疑問を覚える。
私が正義のヒーロー? 、なんか変な気分。
そう思いながら私は帰って行った。
そしてその気分のせいか、私はおばあちゃんにある事を聴く。
「ねえ、正義のヒーローって、どうすればなるの?」
「うん? 正義のヒーローかい?」
おばあちゃんはコタツに置かれたミカンを向きながら聞き返す。
「うん」
私もミカンを一つ取りながらおばあちゃんの答えを聴く。
「うーん、そうねえ……正義のヒーローになるには、大切なことが三つあるの」
「三つ?」
おばあちゃんは片手を私の前に出す。そして一本の人さし指を立てる。
「そう。まず一つ目は、弱気や恐怖に打ち勝つ。勇気を持つこと」
次に中指を立てる。
「次に、ぶれることのない、正しい事を突き通す意思」
薬指を立てる。
「そして……相手を思いやり、他人の幸せを願う、優しい心。この三つが正義のヒーローになる為の必要なことだよ……」
この時の私は、その三つの条件をただ何と無く聞いていた……。
(そうか……おばあちゃんが言いたかったことがやっと、わかったよ……)
私は、目の前の女性に剣を突き刺す寸前の所で、手を止めていた。
(おばあちゃんは私に、正義のヒーローになって欲しい為にあんな事を言ったんじゃない……)
私の目から、涙が次々と零れ落ちてくる。
(おばあちゃんは私に……正義のヒーローみたいに、強くて、優しい子になって欲しいって……そう、言いたかったんだ……)
私はそのまま構えていた剣をゆっくり降ろした。
それを見計らい、腰を抜かしながら女性はその場から離れていく。
しかし、それを私は追いかけることはしなかった……。
(わたし、なんて……酷い事をしたんだろう……)
そのまま、力なく座り込んだ。
まだ、瞳からは涙が止まらない。
(ごめんね……)
すると、心の叫びがそのまま口から漏れる。
「ごめん! ごめんなさい! おばあちゃん!」
私はしばらく、その場で泣いていた。それと同時に、私には一つの願いが心に宿る。
(私は強く、優しい子になる……だから、おばあちゃん……帰って来てよ……)
すると突然、目の前にあった跡形も無い自分の家は、まるで何も起こらず、日常通りの家がそこに建っていた……。
「ああ、そうか……これ、夢だったんだ……良かっ……」
私は突然の眠気が襲い、その場で倒れこんだ……。
その瞬間のわずかな意識の中で、微かに。しかし、はっきりと、若い少年のような声が聞こえてくる。
「ずいぶん無茶をしたね。でも僕はそういうの嫌いじゃないよ」
そして、その少年は私の目の前で手を差し伸べた。
「ようこそ! 魔法の世界へ!」
そこで私の意識は完全に失った……。
第四話へ……。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
大体ここまでは、プロローグみたいになっています。
ここから話を展開させようと考えているので、続きも読んでくれたら幸いです。