1-1話,空虚な日常(上) : 美穂編
美穂side.
世の中は本当につまらない世の中だ……。
高校生になってしばらくしてから、そんな感情が私の心に染み付いていた……。
「おはよう! 美穂!」
背中に衝撃が走った。
「っ! ……ったくお前はよく朝から元気だな……」
私は『秋田美穂』。何処にでもいる女子高生である。
外見は私の通っている学校『鳥九第二高校』指定の制服を着て、髪はあまり面倒な手入れのいらないショートカットだ。
そして少し柔らかめなつり目と皆から言われている。
「美穂が相変わらず元気無いから気合いを入れたんだよ! ほら、元気よく行こう!」
そして、長い髪を二つに分けて結っている髪型で、うるさいほどに元気なのが『神野亜紀』である。
まあ、いまの学校生活の中でもっとも仲の良い友と呼べる関係だが、この関係にも慣れ、少し飽きつつある……。
そして私達は、今まで通り通っている高校に、今まで通りに登校している……。
「さあさあ、今日もお勉強だ!」
「本当にお前、勉強する気あるのか?」
と、いつものやりとり......。
そんな日常を私はただ生きている。それが私の暮らしだ。
学校。
この世で一番、人間のつまらなさを知ってしまう場所だ。
聖者ぶって生徒を上から指導する教師。
上辺だけの友人を装うクラスメイト。
特に熱気も無いのに、モテたいと言う理由で部活をやっている部活生。
恋人との自慢話をする女生徒。
私はいつもこの光景に失望を覚えるのだ。
だけど……。
「秋田さんも今日の放課後は暇かな? 良かったらカラオケ行こうよ。明日土曜だし」
クラスメイトで、亜紀ほどうるさくないが、明るく活発な女子生徒が声を掛けて来る。
最初会った時は、ただ何と無く喋りかけてきたから、そのまま返した。すると段々向こうから近寄ってきて、自然と仲良くなった。
正直に言うと、嫌いでは無い。だが好きと言うわけでも無い。
それでも仲良くしていたら、何か面白い事が起こると信じていたりする。
だが……。
「ゴメン。今日は用事がある」
今日は一人で居たい気分だ。
「ざんねーん! じゃあまた今度ね!」
そういうと、女子生徒はそのまま教室から出て行った。
全く……あいつや亜紀みたいに、単純に学校生活を楽しめたら、どんだけ平和か……。
思わずため息をついた。
なんだかんだで学校生活を楽しみたいと考えている自分もいる。
そして放課後。
「ゴメン! 今日居残りして仕上げないといけない課題があるの! だから先に帰ってくれるかな?」
亜紀は、ホームルームが終わると同時に教室に入って、即効で私の机に走ってきた。
「別にいい。頑張って」
ちなみに亜紀とは毎日一緒に下校している。
その為、いつもはホームルーム終わっても席に座って待っていた。だが今回は一人で帰る事になった為、帰る支度をする。
「うん! ありがとう! じゃあ頑張ってくるね!」
亜紀は入ってきた速度と同じ速さで教室から出て行った。
さっさと帰ろう……。
私も支度を終えここから立ち去る事にする。
学校からのいつもの帰り道を、今からの予定を考えながら歩いていた。
と言っても考えている予定はいつも通りの、最近買った漫画を読んで、夕ごはんを食べて、家族とテレビを見て、お風呂に入って、寝るという流れだ。
そんな予定をたてながら歩いていった......。
でもこの時の私は、今考えている事が全て崩れるのをまだ知らない……。
私は市街地を歩いていた。
特に何もすることの無い為、そのまま家に向かっていた。
そして、名の知らない会社の建物を通り過ぎた瞬間……。
「……っ!?」
突然悪寒を感じた。そしてその感じてきた方向へと自然に目が向いてしまった。
そこにはまるで光を吸い込んだ闇のように暗い、路地裏があった。
ふいに冒険心に駆られてしまった私は、その裏路地へと足を踏み入れていった。
しばらく歩いてみても、その裏路地が表へ繋がる気配は無く、昼であっても日があまり届かないほど薄暗く。上を見上げて空がまだ青い事を確認しなければ昼か夜なのか分からなかった。
それでも私は歩いた。つまらない日常でさえも、少しは何か面白い事が起こる事を信じて……。
そして、さっきまで歩いていた道は急に広い空間へと変わった。
私はその広い空間の中心に向かうように歩く。そして、丁度中心に立ち止まり、辺りを見渡してみる。
この時の私はふいに異次元に迷い込んだ気分になっていた。
すると再び悪寒を感じた。
その悪寒の感じた方向が丁度正面にある事に気づき、その方向を注意深く見てみる。
「マジックワークス? なんでこんな古そうなお店に?」
その建物の看板を見て、思わず独り言を呟いた。
マジックワークズ株式会社。近未来的な機械や携帯端末などに携わる、現代の最先端技術の開発企業である。
もちろん最先端であるマジックワークス社は世界的に指示されており、名前を知らない人はいないほどの大企業である。そんな大企業がなぜ小さくこんな所に店を構えているのかが不思議に感じるのだ。
色々考えている内に、私は何かに動かされるように、その店へと向かうのだった。
「いらっしゃい……」
店の扉を開くと同時に、扉に付いた鈴の音とそれに紛れて中年辺りの男の声が聞こえた。
私はその声はあまり気にせず、店内を歩き回った。
まるで普通のオカルトショップね……。
木で造られた棚に陳列されている、水晶や何かの人形らしきものを見てふとそう思ったのだ。
しかし、そんなお守りと呼べそうな物の中に一つだけ気になった物に目が合った。
それを手に取ると、そのままそれを回しながら様々な方向から見てみた。
それは黒いダイヤの形に削られた明らかにプラスチックとも思えるようなものが、紐で輪っかを作るように繋ぎあった、どこにでもあるブレスレットである。
どうみても、ただのブレスレットのような……御守り……にしては質素すぎるし……。
「それを手にするという事は、貴方は選ばれた者という事でしょう」
突然店員が横から声をかけてきたので、思わず体が震えた。
ビックリした……なに、この人……っ!?
声からすると、さっき店に入った時に聞こえた声と同じ店員というのがわかる。
しかし、それよりもその店員の顔を見た瞬間に、納得よりも恐怖の感情がまさった。
そこには、まるで叫びを表した何処かの芸術家の絵が直接出てきたかのように、歪んだ顔の絵が描かれた仮面をつけていたのだ。
「あっ……えっと……選ばれた者?」
とりあえず平然を装う。
「はい。貴方はそのブレスレットを手にした。それはつまり、魔法少女になる運命なのかもしれません……」
その言葉を聞いた時、急に落胆した。
魔法少女……胡散臭さ……。
私はそのブレスレットを元の棚に戻すと、そのまま店を出ようとした。その時……。
「貴方はつまらない日常が変わらないか、そう願っている……」
えっ!?
思わず足を止め、店員に振り向いた。
「まあ、これはサービスです。貴方が受け取るべき運命ですからね」
店員はさっき戻したブレスレットを手に取り、近づいて来る。
「えっと……それはつまり、金はいらないって事?」
念の為に聞いてみた。
「はい。まあ、これは元々非売品なので、どうぞ受け取ってください」
店員は私の腕を優しく掴み、持っているブレスレットを渡す。そして、その店員の着ていたどこかの民族服の懐に手を探り始める。
「その商品にはこれもセットでお渡ししています。どうぞ受け取ってください」
すると、手作り感のある夏休みのしおりのような冊子を渡される。
「なに、これ?」
「これは、その『マジカルユースレット』の使い方が書かれている説明書です。ご使用前に必ずお読みください」
その一言を言うと、店員はそのまま店の奥へと消えっていった。
「マジカル……ユースレット……」
私は渡された黒く妖しく光る腕輪を何も考えず眺めた。
それからいつも通りの帰り道を歩きながら、今さっき貰ったブレスレットの事で頭がいっぱいだった。
何考えているんだろう……魔法少女なんて……バカバカしい。
正直言って、さっきの店員の言う事を信じている訳がない。
だが……。
『貴方はつまらない日常が変わらないか、そう願っている……』
あの言葉だけが、どうも心に引っかかってたまらなくなる。
ただの、営業文句に決まっている……ただの……。
私はそう言い聞かせながら忘れようとした……。
「ただいま……」
結局あの魔法ショップでの出来事で頭が埋め尽くされていた……。
「おかえり美穂。今日はいつもより遅かったね」
今いる玄関から奥の部屋、つまり台所から、母の声が聞こえてくる。
「うん、ちょっと気になったお店があった」
母に聞こえるように話しながら、そのまま階段をゆっくり登って行く。
ちなみに私は、特に家庭に問題があるわけでも無いし、家族が嫌でも、いない方がいいとか、そんな思いは無い。
むしろ感謝さえしている。
それでも私が日常に失望したのは、本当に自分でも疑問なのだ……いや、心当たりはあるといえばあるかな……。
私は中学の頃は本当に部活や勉強ばかりの真面目な女子中学生だと自分でも思っている。
そして、高校生活を凄く期待しながら高校に入学をした。当時はそんな楽観的な自分だったが、現実は違かった。
中学にやっていたテニス部を高校でもやったが、練習についていけずに退部。
彼氏も高校一年の後半で出来たが、すぐに別れた。
それでも友達という存在がいた為に、あまり悲しい思いはしなかった。
それから時間が経ち、気付くと日常に退屈を感じてきた。
その頃から、普通の女子高生ではやらないような遊びをいくつかはやってみたが、やはりつまらなかった。
そんなこんなで、高校生活の半分を費やした自分が恥ずかしいと後悔して、今の自分がいる。
なんか、今までの自分を思い返すと、やっぱり恥ずかしいな。
そう考えながら自分の部屋のドアを開ける。
中に入るとドアを閉じ、ついでに鍵も閉める。
とりあえず、色々調べる価値はあるかな。
そのままベッドに腰掛けると、鞄からさっきのお店の店員から貰った冊子を取り出す。
「マジカルユースレット……魔法少女プロジェクト……」
冊子の表紙に大きく書かれた、題名らしきものを小さく声に出して読んだ。
バカらしい……でも、これが本当なら……。
私は表紙を開いた。
魔法少女プロジェクト規約……一度でも魔装を装着・変身を行った場合、『契約者』とする……。
規約はすべて目を通した。だが軽く読んだ為、詳しい意味は分からなかったが、とりあえずこの契約者とやらになったら、自分自身で責任を持つべきって事は分かった。
とりあえず中身を見てみるか……。
それから私は、冊子を読み始めた……。
読み始めてみるとその内容に思わず夢中になり、気づいた時には日が暮れていた。
「美穂ー。ごはんよー」
母の呼ぶ声で、やっと冊子から目を離した。
そして立ち上がると私は持っている冊子を机に置く。
そういえばお腹すいたな。
そう思いながら部屋を出ると、そのまま家族のいる居間へと向かっていった。
「ごちそうさま……」
どうやら、あの冊子を読む為にかなりのエネルギーを使ってしまったのか、食欲がいつもより旺盛だった。
「あれ? 今日は早いね、なんかいい事でもあった?」
「いや、別に」
そう言うと、私はそのまま自分の部屋へと戻って行く。
他人から見ると、私は母に冷たい態度をとっているように見えるかもしれないが、私の静かな性格は父から受け継いだ為、母にとってはむしろこういう態度が扱いやすいのかもしれないと思っている。
私は部屋に着くなり、すぐに今日貰ったブレスレットを手に取る。
もし本当なら、私はこのつまらない世界から卒業できるかもしれない。それなら私は魔法少女にでも何でも、やってやる……。
そう、私は既に決めていたのだ。冊子を読み進めている内から私の中では魔法少女になる決意を……。
「秋田美穂。私は、契約する」
そう言いながら、ブレスレットを指でなぞる。
すると、腕に付けていたブレスレットが、急に光り始めた。
そしてその光は一層輝きを増し、美穂は思わず目を瞑った。
眩しい……けど……これなら。
私の中には、半信半疑だった事が期待に変わった。
さあ! 私にこのつまらない世界から連れて行きなさい!
そう心から叫ぶと、まるで今までになかった力が込み上げてくる感覚を全身に感じてくる。
それから数秒が経ち、強い光が収まってくるのを感じると、ゆっくりと目を開けた。
「えっ!?」
思わず声を上げた。
さっきまで、着替えるのが面倒臭い為に学校の制服を着ていたままだったが、それがまるでなくなったどころか中の下着まで着けていない、つまり何も身につけてない裸になったような感覚を感じる。
だが、自分の姿を見ると予想が大きく外れた。
「なっ!? なにこれ?」
自分の姿には、女子高生の面影は無く、色っぽい小悪魔のコスプレのように、胸の谷間を強調させるような黒いボンテージと、今まで着た中で一番短い黒いミニスカート、そして異性を誘うような黒いタイツ。
自分の姿に魔女のイメージがあって、もしかしたらと思い自分の頭を触ってみると、そこにはトンガリ帽子は無く、その代わりカチューシャが付いていた。
思わず気になり、姿見の鏡で自分を見てみる。
「な、なんか……はずかしい……」
思わず照れてしまう。だけど、どこかではその姿を楽しんでいる自分がいる。
「えっと……たしか、この姿に変身してなければ魔法は使えないって書いていたっけ……」
私は冊子の書いていた事を思い出しながら、ふと片手を前に広げて出した。
するとその手のひらに、黒い剣が出てきた。
「『ブラックナイト』……私の剣……」
この時の私は、笑っていた事に自分自身では気づいていなかった......。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
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