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「湾岸の風」 カルテット番外編  作者: 椎堂かおる
第一幕
1/9

プロローグ

 私の名は、テル。

 私は風。

 語るべき物語を、探し求めている。


 血相を変えた男達に連れていかれた時、私は少女だった。

 気付くと暑い砂浜に裸足で立っていて、潮風に吹かれた長い髪が、裸の背をやさしくなぶるので、自分がなにも着ていないのだと分かった。真昼の太陽に焼かれた砂に埋もれて立っている、白いくるぶしが、まだあどけない。

 頭がぼうっとしていて、恥ずかしいという気が起こらない。貝殻混じりの白い砂浜は、甘い花の香りがして、あまりにも綺麗だった。

 ここ、どこなんだろう。

 のどが乾いて、座り込みたい気分になってきた時、彼らは馬に乗ってどやどやと慌てたふうにやってきた。

 みんな褐色の肌と青い目をしていて、私を見ると、うわあどうしようという顔をした。私が裸だったからじゃない。私の額に、なにかまずいものがくっついているらしかった。

 息を止めているような難しい顔をして、先頭にいた若い一人が、私のほうへやってきた。身につけていた薄地の外套を脱いで、彼は盗んだ彫像を隠すように、私の体をそれで包んだ。

 私はぼんやりと彼の目を見つめた。海みたいな、吸い込まれそうな青だった。

「ここ、どこなんですか」

 たずねてみてから、言葉が通じるかなと思った。

 彼らはみんな、時代がかった服装をしているし、剣をさげていた。よく見れば耳までとんがっている。この場で私をとって食いはしないみたいだけど、あとから煮て食うぐらいは、するかもしれない。

「……サウザス」

 私の額を見つめ、たっぷり迷ってから、青い目の男は答えた。

 これって言葉が通じているのかな。自分より高い位置にある彼の顔を、私はじっと見上げた。ほかの人と違って、この人だけが額に宝石のついた輪っかをしている。さては偉い人だな。

「私、名前はテルです」

 とりあえず名乗っとけ。お辞儀をして、ずり落ちそうになった借り物の外套を、私は慌てて押さえた。砂浜の空気と同じ、かすかに甘い香りがした。

「テル……」

 疑わしそうに呟いて、彼はまた一呼吸迷った。それから、かすかな声で続けた。

「あなたは神殿種か?」

 私は答えようとして、乾いた唇を開いたけど、答えるべき言葉を思いつかなかった。

 自分の名前のほかには、ほとんど何も憶えていなかったから。

 私は白紙だった。また白紙に戻っている。その一行目には、こう書かれていた。

 私は小説の主人公だ。

 だけど私の小説は、まだ書かれていない。

 気付くと、私はどこか知らない世界にたたずんでいた。


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