4-2
その夜。
「教えてください、どうして2年前、あんな酷いことをしたんですか!」
長官に、グラファイトが話したことを突きつけて、詰め寄った。
長官はやけに落ち着いた様子で、僕の方を眺めていた。
ただ、頬から放たれる臭いに顔を歪めているらしかった。
この臭いは僕もまだ慣れていないが、それよりも真実を知りたかった。
「SD-9は嘘をついている。我々はそのようなことはしない。」
「嘘だ、そんな筈は、」
一瞬間、心が揺れた。
でも、僕はグラファイトのことを信じたい。
だって、あんなに辛そうに、そして静かに怒っていたグラファイトが、嘘をつくはずがない。
「ただ単に、邪竜に唆されているだけだ。少し頭を冷やせ、肩入れしすぎだ。」
「そんな事はありません!」
「いいや、肩入れしているのには変わりはない。……そうだ、牢屋の鍵を渡しなさい。新しいパートナー――」
長官は無情にも、手を伸ばしてきた。言葉をさえぎって叫ぶ。
「嫌です、絶対に渡しません。」
僕は首を振って断った。
この鍵だけは渡すものか、と心の中で叫んで、僕は無我夢中で長官室を駆け足で立ち去った。
部屋に入ろうとドアノブに手をかけたとき、「ラグル、」と声をかけられた。
顔を上げると、そこには教官が立っていた。
教官はすぐに顔を歪めた。
「うわ、なんだその臭いは……?」
「グ……SD-9に舐められました。」
「酷い臭いだな……。」
「そうですね……」
僕は半歩退いた。
「……やはり無理してないか?親孝行をしたいのは分かるけども……。」
「無理はしてません。これでも、少しずつ心を開いてくれています。」
そう言うと、教官は目を見開いた。
「そ、それは本当か?」
「はい、ラスヴァル国でパートナーだったアルドという人に、グラファイトという名前をつけてもらったそうです。」
「へえ、教えてくれたのか?」
教官は僕を覗き込むようにして尋ねた。
「はい。色々ありましたが……」
「そうかそうか。……では、少し様子見といったところか、とにかく無理はするなよ。」
「分かっています。」
するとその時、教官の無線機に連絡が入った。
――――至急、長官室まで。
至近距離だったのでよく聞こえた。
「長官がお呼びだ。では、」
「あっ……」
僕は教官を呼び止めようとしたが、あっという間に走り去っていってしまった。
暫く突っ立っていただけだったが、ふと我に返ると、頬の臭いが鼻をついた。
僕はとにかく早く風呂に入ることにした。
ふとカレンダーを見てみると、グラファイトのパートナーとして任命されてから、早くも一週間になるらしい。
全くもって実感というものがない。
ただ、毎日起きてすぐに思い浮かぶのは、いつもグラファイトのことだった。
そして思い出す度、また行かなきゃと急いてしまう。
昨晩の寝る前、デルトが「それはラグルをはめるための罠だ」と言っていた。
確かに、僕は邪竜の罠にはまっているのかもしれない。
ほんの少しそう思っているものの、結局僕はあの小屋の前にいた。
空はどんよりと重苦しいような暗い灰色に塗られている。
僕は重い扉を開けた。
いつものように空っぽの牢を横目に見ながら歩いていく。
そうしていつもの檻の前に辿り着いた。
「グラファイト、」
「……」
特に何も話さなかったが、僕の方をちらと鋭い黄色い眼で静かに睨みつけていた。
もう睨みつけられても、動じないようになっていた。
いや、それ以前に、ただ見ているだけのような気がする。
睨みつけられていても、ただ単に見られているだけでも、その威圧感にはあまり差がない。
そんな事を考えながら南京錠の鍵をがちゃりと開けた、その時。
「その鍵を返してもらおう。」
後ろを振り向くと、そこには長官の姿があった。
「ど、どうしてここに?」
「長官の命令だ。鍵を返しなさい。」
「どうしてそこまで僕にこだわるんですか。何か理由でもあるのですか?」
僕の声は震えていた。
僕はどうして声が震えてまで、グラファイトに味方するのだろう。
ちらとグラファイトの方を見ると、関心の全く無い様子で爪をいじっていた。
「とにかく、こっちへ寄越しなさい。」
「嫌だ、」
僕は慌てて扉を開けて、勢いに任せて檻の中へ押し入った。
そして扉を閉めようとして、向こう側から押された。
頑張って何とか押さえようとしたが、とうとう扉は簡単に開いて、長官は焦った様子で手を目の前に突き出した。
寄越せ、と言われているのなら、何も考えずに渡せばいい。
それだけなのに、体はそれに反発していた。
「僕は、グラファイトのパートナーだ!」
ああ、僕はもう軍を辞めさせられるのかな、気分が高ぶっている中でふと現れたその不安も、結局は高ぶりに抑えつけられた。
長官は面倒そうな顔をして僕に掴みかかろうとした、その時、
「騒がしい、静かにせぬか!」