表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
邪竜と軟弱者  作者: なが
第1部
7/35

4-1





「それって、僕を喰い殺す、ってこと……?」


僕は震えた声で尋ねた。

邪竜は脅える僕にさらなる邪悪な笑みを見せびらかし、ジュルリ……と音を立てて真っ赤な舌をなめずった。

同時に血腥いあのひどい臭いも鼻を突いた。


「言わずとも分かるだろう?」


「い、嫌、……」


僕は譫言のように呟いていた。

さっきまで邪竜と対等に対峙していたはずなのに、次の瞬間に僕は、邪竜の縄張りで動けないで脅えているのだ。よくよく考えたら、僕は馬鹿者のようだ。

邪竜の巨口がすぐ目の前まで迫っていた。

僕はただ、じりじりと後ずさりするしかなかった。


「恐ろしいか。」


巨口から酷い口臭と共に放たれた言葉は、邪に徹していた。

だけど、今の言葉はどことなく変な気がする。

脅している口調ではなかったような、そんな気がした。


「……怖いよ、怖いに決まってるよ、……でも、我慢する。」


僕は無理をして、引きつった笑みを見せた。

そうでもしないと、僕は後悔するような気がするのだ。


「……」


グラファイトはじっと僕の顔を見つめて黙りこんだ。

まるでその瞬間、時間が一瞬にして凍り付いたような気がした。

僕は引きつった笑みのまま、固まってしまった。




不意に、グラファイトはべろりと僕の頬を舐めとった。

頬からあの血腥い臭いとねっとりした液体の感触が伝わる。

心地良いものではないが、嫌なものではないと断言できる。

グラファイトはその舌を口内に戻すと、くちゃくちゃと音を立てて味わっているようだ。

僕はグラファイトの顔の横に手を添えて、そして優しく撫でた。

鱗は堅いけど、それでも生き物としての温もりは十分すぎるほど感じられる。

グラファイトが、グルルゥ、と哀しげに唸ったのを切っ掛けに、グラファイトはようやく口を開いた。


「お前は馬鹿者だ。だが、……だが、我を裏切った奴のような、愚か者ではないようだ。」


「う……裏切った……?」


僕は体が痺れるような感覚に陥った。

今までの緊張が解けたからなのか、と妙に納得した。


「ウム、……。」


グラファイトは何か言い掛けて、口を噤んだ。


「教えてくれるの……?」


グラファイトは黙って頷いた。


「ありがとう。」


今度は引きつらないように笑顔を見せるも、グラファイトにはどこか不自然に映っているかもしれないと思えた。

グラファイトは、少し躊躇いながら話し始めた。


「……我はラスヴァル国軍の竜だった。パートナーの名は、アルド、顔や体つきなどはお前とよく似ていた。我らは戦闘力において、ラスヴァル国軍の中で最も強かった。殆どが我の力だがな。……そんな我という“兵器”を奪おうと、ジグリオス国は計画を立てた。」


「どんな?」


「……お金で釣ろうとな。」


「でも、ドラゴンはお金なんて……?」


「お金で釣ったのは、アルドの方だった。我はアルドに限って、欲に目が行かぬと思っておった、信じておった。だが、アルドは、我を裏切ったのだ。」


グラファイトは大きく深呼吸をした。


「アルドは、ジグリオス国からお金をもらって、我をジグリオス国へと引き渡したのだ。」


僕は何も言えなくなった。


「更にだ、我はジグリオス国に連行され、我とて誇り高き竜族だ、幾度となく抵抗した。しかしいくら我が強いとはいえ、数には敵わぬ。さすればその後から、我はこんな牢獄に監禁されてしまったのだ。全て人間のせいだ、貴様らが我から全てを奪っていったのだ。」


最後にドシンと尻尾を床に叩きつけ、そして僕の顔を睨みつけた。

僕は息を吸う余裕もない。

押しつけられていないのに、抑えつけられている錯覚に陥った。

慌てて慰めの言葉を考えたが、かけるべき言葉が焦って思い浮かばない。


「……お前に言っても仕方がないな。どうせ、知らなかったのだろう。」


グラファイトは溜息を吐いた。

僕は黙ってグラファイトに近寄って、お腹の部分を撫でた。

腹部は少し色が薄いようだった、黒く汚れているらしく、遠目では色の違いが判りにくかったようだ。

ドクン、ドクン、と心臓の鼓動が響く。

頭部の鱗とは違って、しなやかで少し柔らかい。

暫く、撫でる以外にどうすることも出来ずにいた。何も慰める言葉が出ないのが、もどかしい。




「もう帰れ。」


今度はそう言っただけで、無理に僕を退かそうとはしなかった。


「あの、聞かせてくれてありがとう。その……辛いこと、思い出させて……ごめんなさい……。」


「……別に構わぬ。辛くなど無い。」


グラファイトの声が、微かに震えているような気がした。


僕は俯き加減でその牢屋を出ていった。

そしてグラファイトから離れてようやく、頬から異臭がすることを思い出した。


ビュウ……と冷たい風が体を掠めた。今晩は寒くなりそうだ。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ