3-2
「何か……、一気にやつれたなぁ。」
「仕方ないよ……。」
僕は部屋に帰ると、すぐにベッドに潜り込んだ。
最近グラファイトと一緒に居ない時は寝てばかりいるが、まだ寝足りない。
まだ18時なのに、瞼がくっつきそうだ。
かなり精神的にダメージを受けているのだろうと思う。
思うけど、やんわりとした実感ぐらいしか感じることができなかった。
デルトが心配そうに上から覗いてきた。
「一日ぐらい休めば?」
「いいよ、心配しなくても。あ、そうだ。」
「何?」
「デルトってさ、グ……SD-9のことで何か知ってること、ある?いつから檻に入れられてたとか、噂でも何でも良いから。」
「あー、確か、邪竜があの檻に入れられたのがあの時だ、2年前の時だ。その時に奴が捕虜として捕まったらしい。」
僕は身を乗り出して、デルトの方を見上げた。
2年前、つまりラスヴァル国との戦争があった時だ。
ラスヴァル国との戦争は大小数十回にもわたって行われた。
最後の戦争がちょうど2年前、僕が軍隊に入る前の話なのだ。
どちらが勝ったとか、そのような詳しいことは、僕は全く知らない。
軍に入る直前に、新聞で「戦争があった」という記事を見たことだけを覚えている。
「2年前の捕虜?ということは、元々ラスヴァル国のドラゴンだったの?」
「それは確かだ。長官が言っていたからな。そうか、お前は去年、此処に来たから知らないのか。」
僕はうーんと唸って、顎に手を当てた。
どうにも頭の中はグラファイトのことで埋まっていた。
グラファイト、という名前は、もしかして……
「教えてくれて、ありがとう。」
「気をつけろよ、今までのパートナーの何人かは、奴に殺されてるんだろ。」
「大丈夫、そんな気がするんだ。じゃあ、おやすみ。電気は点けといて良いよ。」
「お、おう、おやすみ。」
僕は頭から布団に被り、その数分後には意識を手放していた。
「グラファイト、」
「その名を呼ぶな。」
グラファイトは普段通り伏せていた。
ただ、今日は天気が曇りのせいで小さな窓から漏れる光が薄暗く、昨日までよりも不気味な雰囲気が漂う。
「……やっぱりダメ?」
「駄目だ。」
僕は深く深呼吸をして、言った。
「その名前が、前のパートナーが付けた名前だから?」
「な、何故それを……」
グラファイトは躯を震わせていた。勘は当たったようだ。
僕は落ち着いてグラファイトと向き合った。
「詳しくは知らないんだ。だから何があったのか、教えて欲しい。」
「……何も話すことはない。」
「…………、今日じゃなくていいから、いつか教えて欲しい。」
「何故そこまで我に構うのだ。我はお前を虐げているのだぞ。」
僕はまた返す言葉に詰まった。
どうしてもその問いに関しては、どこを探しても、気持ちにちょうど合う言葉は見つからない。
「……自分でも分からない、ただ、僕は誰かに強制されている訳じゃない。それは、知っていて欲しい。」
グラファイトは眼をかっと見開いた。
僕はその迫力に一歩後ずさったが、すぐに一歩踏み出した。その躯に触れたいという衝動に駆られた。
昨日と同じ、眼の下あたりに触れた。
グラファイトはびくっとして、……今日は昨日のように避けはしなかった。
ゆっくり撫でてあげると、その鰐のような大きな眼が、瞳孔がギョロリと動いて、僕の方を睨みつけた。
撫でた感触は、ごつごつざらざらとしていて、触り心地が良いとは思わなかった。ただ何より温もり、生物らしい温かみを感じ取ることが出来た。
「離れろ、虫酸が走る。」
頭が動いたかと思うと、体に響く低い声が鳴った。
同時に、獣に似た口臭が鼻についた。
血腥いような臭いに顔をしかめた。さすがに、その強烈な臭いには慣れない。
最後にもう一度撫でると、その場から離れた。
「話してくれないかな。やっぱりダメかな?……」
言い終わるや否やすぐ、グラファイトは尻尾を地面に勢いよく叩きつけた。
すっかり油断していて、僕の体はびくんと跳ねた。
するとグラファイトはその大きな躯体を持ち上げ、四本脚で立ち上がった。見上げると、グラファイトは不気味な笑みを浮かべて見下していた。
薄暗い部屋の中で、グラファイトの顔がおぞましく映った。
「軟弱者に話す義務はない。」
ドシンと巨竜は前足を踏み出した。
振動が伝わってきて、巨顔が迫ってきて、一気に最初の恐怖の感情に支配された。
「や、優しく……」
フン、と大儀そうに邪竜は鼻息を吐いた。
そして、今度は冷淡な無表情で見下して、恐ろしい言葉を放った。
「お前は我の気分を害した。お前は我が血肉となる運命にあるのだ。どう云う事か、分かっておるな? クククッ……」
グラファイトは、見せつけるように舌をなめずった。
その時、一度も考えたことが無かったのに突然、自分の体が溶かされていく映像が思い浮かんだ。
何かグラファイトが何か魔法でも使って、僕に夢を見せているのか……
想像なのに、助けを求めて手を伸ばした僕に恐ろしくなって、さぁっと力が抜けてしまった。
グラファイトはただ、嗤っていた。