3-1
次の日もグラファイトの元を訪れた。
グラファイトは今日もふてぶてしく地面に伏せていた。
「もう来るな。面倒だ。」
「僕とグラファイトはパートナーなんだ。だから、――――」
「だから何だ。勝手に下等生物が決めた契約など、我は受け入れぬぞ。」
「……」
僕は何も言い返せなかった。
「どうでも良いが。軟弱者の怯える顔を見られればな。」
その時、僕の目の前に尻尾が迫ってくる。
僕は逃げようにも、足を動かした時にはすでに尻尾にぶつかっていたのだ。
僕はそのまま俯せに倒れ込んで、その上にずしりと重たい尻尾が乗っかった。
ただ、尻尾は岩のように硬いわけではなく、ぶにっと柔らかい感触がする。
柔らかいとはいえ、人の体重をはるかに超えた重さに押し潰されて、体中がずきずきと痛んだ。
「もっと、優しくして……」
「駄目だ。もっと痛めつけてやる。お前はなかなか良い顔をするからな。」
グラファイトはさらに尻尾をうねらせて、僕の体を固い地面にぐりぐりと押し込んでくる。
「た、助けて……」
痛みに負けないようにか細く叫んだ。
グラファイトは最後にとどめとして、ぐりぐりと押しつけてから、ようやく解放した。
僕は体を回転させて仰向けになり、肩で息をしながらグラファイトの顔を眺めた。
グラファイトも僕の顔をじっと睨みつけていた。
言葉を何も発さず、というより僕は話す余裕が無かっただけなのだが、妙な時間が流れた。
「何故、毎日此処に来るのだ。いい加減、本当のことを言え。」
グラファイトが沈黙を破った。僕は痛みを耐えつつ、一瞬慌てた。
「どうして、そんな事を――」
「質問に答えろ。何が目的だ。」
怒っているわけではないのだけは分かった。
が、グラファイトの表情を細かく読みとるのは、人間である僕にとっては至難の業だ。
それに、ドラゴンの感情は人間より複雑なのかもしれない。
何度か接してきて、そう思えた。
「その、上手くは言えないけど、……とにかくグラファイトに興味があるんだ。」
僕が顔を上げると、グラファイトは眼を見開いていた。
「こんな邪竜にか。何だ、もっとましな嘘は吐けぬのか。」
「嘘じゃない。」
何となく、これ以上嘘じゃないと言い張っても、分かってくれないと思う。
僕は押し黙った。
グラファイトも押し黙った。
「何故強く主張しないのだ。」
長い沈黙を破ったのは、グラファイトの方だった。
「嘘じゃないって言い張っても、疑うだけだと思ったから。」
グラファイトはただじっと見つめ続けていた。
何を考えているのだろう、僕のことをどう見ているのだろう、僕が“興味がある”のは、そういう点だと思った。
「……嘘ではないようだな。」
ほっと胸を撫で下ろした。分かってくれて良かった、と心の底から思った。
「良かった、分かってくれて。」
僕はグラファイトの顔に近づいて、そして眼の下あたりを撫でた。
するとその刹那グラファイトは身震いをして、すぐに僕を顔で打って突き飛ばす。
僕はそのまま尻餅をついてしまった。
あまりに突然で一瞬の出来事に、痛みは後からやって来た。
「我は!」
その声の大きさに、僕は思わず耳を押さえて歯をくいしばる。
頭を打ち付けたような衝撃ががんがんと残った。
グラファイトは少し間を空け、声量を落として続けた。
「……我は、理解はしたが、断固として認めぬ。下等生物などと共にするのならば、我は死を選んでも良い。」
「人間のこと、何か恨んでるの?」
グラファイトは僅かながらも、確かに狼狽えて顔を歪ませたのを捉えた。
「貴様に話すことはない。帰れ。」
グラファイトはギリリ、と歯ぎしりをした。
僕が口を開いて「嫌だ」言おうとした、その時、
「帰れ!」
更に追い打ちをかけるように、グラファイトは尻尾を地面に叩きつけた。
今までの苛立ちとは明らかに違った。
これ以上は何も話せないだろうと直感した。
とうとう僕は諦めて、一旦グラファイトの元を離れた。
帰る時も建物内に、グラファイトの荒々しい鼻息がずっと反響していた。
「失礼します。」
その足で、長官室に訪れた。
長官は軍の司令官、軍全体を取り仕切る最高責任者である。
長官は奥にある回転椅子にどっかりと座り、紙に何かを書いていた。
「お前は確か……。」
「SD-9のパートナーです。」
「そうだったな、お気の毒に。ところで何か用か。私も暇ではないので。」
「SD-9のことです。」
「どうした、奴に脅されたのか。辞めるのならアルバート教官に直接――」
「違うんです。SD-9は、どうしてあの檻に入れられてるのですか。」
思わず長官の言葉を遮って言った。
しばらく沈黙のあった後に、長官はハハッと馬鹿にするように笑った。
「考えてみたまえ、あんな邪竜が飛び出したら、この国は――」
「そういう事じゃないんです。あの檻に入れられたきっかけを知りたいんです。」
長官は回転椅子に座ったまま一回転した。そして、立ち上がった。
「変わり者とよく言われるか?」
「……話を逸らさないでください。」
全くもって、期待した答えではなかった。
長官は明らかに話をはぐらかしているのが分かった。
「おっと、用事を思い出した。帰ってくれないか。」
そういいながら、長官は扉の方へ歩いていく。
「待ってくだ……」
これで詰め寄ったとしても、帰れと言い続けるだけだろう。
長官は扉を開けた。
言葉を途中で止め、「失礼しました」と言って、部屋をあとにした。
それ以上に何もできなかった。
何を隠しているのだろう、隠すような理由を想像するも、これといって何も考えられなかった。