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帰り際に、宿舎の入り口でアルバート教官と出会った。
教官はちょうどグラウンドでの訓練を終えた後だった。
ぞろぞろと、様々な色のドラゴンとパートナーが宿舎へと向かっていた。
「今日は長かったな。」
「はい。話が出来るように頑張ったんですけど……」
「ラグル、お前はどうしてそこまでして、SD-9の世話をする?別に辞めても構わないんだぞ。」
僕はどう言葉にして良いか分からず、押し黙った。
「どうした、やはり嫌なのか。」
「いや、その、……どうやって表現したらいいか分からないだけで……。」
「そうか。あまりこういう事を持ち出して半強制的にさせたくはないのだが……」
教官は左手を顎にあてがった。
僕がその言葉に首を傾げている間に、教官は続きを話し始めた。
「この仕事は危険なのは分かるだろう。だから、これは危険勤務手当の対象になる。」
「危険勤務手当?」
「ああ。要するに、普段よりも給与が高いという事だ。」
「ほ、本当ですか?」
僕は驚いて、声が裏返ってしまった。
「まあ、一ヶ月続けられたら、の話だけどな。」
「頑張ります!」
僕の心はやる気に満ちあふれた。
それと対照的に、教官は不安げにじっと僕の方を見ていた。
「無理はするな。お前の親のことを心配しているのは分かるが、お前が居なくなったら元も子もない。」
「分かっています。大丈夫です。心配しないでください。」
そうか、と教官が口にしたとき、緑色のドラゴンが飛んできた。
緑色のドラゴンが四脚で地面を踏みしめると、砂埃が舞った。
僕は思わず目を覆う。
「おっと、申し訳ない。」
緑竜はじっと僕の方を見た。
深青色の眼を持つ、グラファイトに比べやや小さめの、それでも見上げないと顔を拝めないほど巨大なドラゴンだ。
「アルバート教官、長官がお呼びです。第三会議室まで。」
「ありがとう。」
教官は緑竜の顎を撫でると、緑竜はすぐに飛び去ってしまった。
教官はその後を追って、走り去っていった。
僕は貧しい家に生まれ、しかも一家の大黒柱で働き手だった父が亡くなり、経済的に学校に行けなかった。
そしてそのせいで就職先も見つからず、軍隊ならば学校を出ていなくても入れたために軍隊に入ろうと決意した。
しかし、普通の人と比べてあまり運動神経の良くなかった僕は、かなりしんどい思いをした。
教官にしごかれて何とか一人前にはなったが、やはりお金はあまり入ってこない。それでも、仕事もなくてお金を稼げないよりは、随分とましだったのだ。
グラファイトと居たいのは、それだけではない。
それもあるが、やはりグラファイトにどことなく惹かれてしまう。
「よし、」
僕は気合いを入れて、明日もSD-9と接しようと決意した。
それにしても、SD-9と言い続けるのは、何だか仲良くなれた感じがしない。
「あなた」と呼ぶのも、やっぱり味気ない。
「フン、名前など下等生物に付けられたくない。」
次の日。名前を付けようと尋ねてみるも、あっさり断られた。
「じゃあ、自分で付けて。そうじゃないと、僕はあなたをどう呼んで良いか分からないよ。」
「では呼ぶな。下等生物の中でも下等な奴などに呼ばれたくはない。」
「でも……、うわぁっ」
黒竜は僕の体をがしっと掴んだ。
内圧が高まって、内蔵を吐き出しそうになったのを堪えていると、黒竜は、親指の鉤爪を僕の喉にあてがった。
首筋の一点から冷や汗が噴き出す心地がした。
「どのように殺されたいか。力を入れずとも、軟弱な人間は殺せるのだぞ。」
ひぃ、と小さく叫んだ。その迫力は今までの何よりも非道かったのだ。
僕の視界が揺らいだ。
「ごめん…なさい……」
僕の声は震えていた、嗚咽のそれと似ていた。
揺らぐ視界の中で、黒き邪竜は今まで以上におぞましい邪な笑みを浮かべている。
目にたまった涙のおかげで迫力は薄らいでいるが、もし涙が出なかったらと想像すると、恐ろしくなった。
「ククッ なかなか心地よいな。もっと泣き叫べ。」
と言った邪竜は、さらに握る力を強めてきた。
うぁ、と小さく声が漏れた。助けて、と言おうにも、体がいうことを聞いてくれない。
「どうした。叫ばぬなら、もっと締め付けた方が良いか?ククッ」
今まででも苦しいのに、じわりじわりと僕の体は更に締め付けられていく。
骨が折れそうな軋む音が、僕の心をまくし立てている。
助けて、と小さく呟く。いや、その程度の声量で精一杯出したつもりなのだ。
それを聞いてか分からないが、黒き邪竜はぱっと手を離した。
僕は解放されてすぐその場にへなへなと崩れ落ちた。
それでも涙は止まらず、だらだらと顔を伝っている。
「良い顔をしておるな。」
邪竜は指を僕の顎に当てて、ぐいと上に向かせた。
首が痛い、怖い。じっと黄色い眼は僕の顔を見て、悪意のある笑顔を見せてくる。
心が縮こまる。
なんとか僕は、心を落ち着けようと踏ん張った。
奥歯に力を込めた。
「じゃあ……」
「む?」
こんな時にこんなことを言うのは意地悪かもしれないけど、
……僕は涙を手で拭って決心した。
「こんなに酷いことをしたんだから、名前、付けてもいいよね。」
黒竜の顔が一気に強ばった。
これはある意味では賭けでもあったから、僕も気が気ではない。
暫く固まっていたが、グラファイトは不意に、口元を緩めた。
何故か、嫌な予感はしなかった。
「グラファイト。」
「え?」
僕は思わず尋ねずにはいられなかった。今のって……
「我が名はグラファイト。貴様が名付けるよりは、此方の方が良い。」
僕は嬉しかった。
だけど、それを表に出し過ぎるとグラファイトは怒るだけだ。
「格好いいね、グラファイト。ありがとう、教えてくれて。」
「フン。教えたくて教えたわけではない。教えざるを得なかっただけだ。用が済んだらさっさと帰れ、軟弱者。」
ちょっと意地悪をしてみたくなった。
「軟弱者じゃないよ、僕のこともラグルと呼んで、グラファイト。」
「気安く呼ぶな、やはりその名を言うな。愚かな軟弱者め。」
「愚かは余計だよ、グラファイト。」
グルアゥッ、と吼えられた。
眼を見る限り怒っているのは分かったが、飛びかかってくる様子はない。
ちょっと言い過ぎたと思ったこともあって、少し、ほっとした。
「じゃあ、……また明日。」
グラファイトの方を一瞥すると、ふてぶてしく睨みつけられた。
もう慣れたものだな、体の震えは起きなかった。