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鍵を託された僕は、意を決して邪竜と対峙しようとしたのだが、足が震えて出来るわけがなかった。
僕は諦めて壁に凭れて座ったが、それでも震えは止まらなかった。
ひんやりとしたコンクリートの壁が、肝をさらに冷やす心地がした。
邪竜は僕の方を睨みつけたままでいた。顎は地面についているのに、それでも邪竜は上から見下していた。
恐ろしさと巨大さに圧倒されてしまう。
「名前は。」
邪竜は唸るように言った。
そういえば僕は、まだ名前を言ってなかった。
何とか一呼吸置き、そして「ラグル・ヴァイルトです」と呟いた。
「聞こえぬ。もっとはっきり話せ!」
「ひぃっ!」
邪竜は俺を睨みつけながら叫んだ。
耳ががんがんと痛くなるほど声は大きく、僕は思わず腕を壁に貼り付けて、小さく叫んだ。
邪竜の迫力は、檻を挟まない分、いやそれ以上に生半可ではないのだ。
あまりの恐ろしさに、体は震えることを諦めた。
「ククッ、その怯えきった表情、」
邪竜は僕の方に顔を近づけた。
十数センチの近さで僕は体を動かすことさえ許されなかった。
邪竜は鼻を僕の体に近づけてフンフンと鳴らした、僕のにおいを嗅いでいるようだ。
鼻息がかかり、獣臭いようなあまり心地の良くない臭いが漂う。
「そして、恐怖のあまり震える、その小さな体。」
がし、とその巨大な手に押さえつけられた。
まずは怖かった。
隣をちらと見ると、先のとがった鉤爪がぎらりと光っていたのが、更に僕を怖がらせた。
ただ、鱗は堅いだけだと思っていたが、実際はそうでもない。
金属的な堅さではなく、温もりのある芯のある柔らかさ。
そういう発見は、心を静めようと頑張ったものの、どうにも恐怖に打ち勝つことは叶わなかった。
「なるほど、軟弱者を虐めるのもまた一興か、ククッ……」
檻の中で、不気味に反響する。僕の全身から力が抜けきった。
僕の心はすっかり何処かへ置いてきてしまった気がする。
それから何を言われたか、僕の頭はすでに真っ白になってしまっていた。
「もう帰れ。」
くたばってしまった僕が面白くないのか、邪竜はただぶっきらぼうに言った。
あれからずっと言葉でまくし立てて脅され続けていたらしいが、何を言われたかほとんど覚えていなかった。
僕はろくに返事する気力なくふらふらと立ち上がると、満身創痍すら越えてしまったような倦怠感を感じながら、出口の柵へと向かった。
そのまま檻から出ようと思ったそのとき、ふと邪竜の方を振り返った。
邪竜が背を丸めて地面に伏せる様子は、どこか不満そうに見えた。
「ここから、出たくないのかな……」
心に思ったこの事を、つい口に出してしまった。思わず体が固くなる。
邪竜は頭を持ち上げてこちらを向いた。僕は内心焦った。
また何か脅されるのではと、柵にへばりついた。
「我が外で暴れでもしたら、大勢のドラゴンに襲われるではないか。」
僕の問いに返してくれた。
なんだか、なんだか嬉しくなった。でも体の震えが止まることはなかった。
「新鮮な空気を吸いたくないの?……空を飛びたくないの?」
僕は何とか続けようと思った。そうすれば何か状況は変わるかもしれない。
そのとき突如、邪竜はドンッと床を叩いた。
その音と振動に腰が抜けてしまった。
「お前の怯える顔を見ている方が、ずっと愉快だ。ククッ」
僕は胸に手を当てて呼吸を正してから立ち上がり、檻の外に出た。
そして南京錠をかけて安心したのも束の間、邪竜がにやりと鋭い牙を見せつけたのを見て、またぞっとした。
あの小屋を後にして、教官室へ向かった。鍵を託されたとき、あとで来るようにと言われていたのだ。
教官室に入ると、アルバート教官は椅子にどっかりと座っていた。
「どうだ、やはり駄目だったか。」
教官はほとんど諦めた様子で言った。僕は小さく深呼吸して、言った。
「明日も、頑張ってみます。」
え、と驚いた様子で僕の方を見た教官は、暫く言葉を失っていた。が、今度は僕を諭すように話し始めた。
「奴はお前を、下手すりゃ殺すかもしれない。私は命の保証は出来ないが、それでもいいのか。」
教官は袖をまくって傷を見せつけた。
くっきりと腕の上部まで太い筋状の傷跡が残っていた。
あの竜の爪が掠ったのだろうが、それで皮膚が切れるものなのだろうか。
いや、あの鋭い鉤爪ならば……。
目の前が赤く血塗られた気がした。
でも、
「……大丈夫、だと思います。」
もう少し話してみたい、恐ろしいはずの邪竜のことを、何故かそんな風に考えている自分に、何となく気付いていた。
そうしてようやく出た言葉は、なんとも弱々しいものだった。
僕は俯いたまま、教官室をあとにした。
「はぁ……何考えてるんだろう、」
何も悩まずに、断れば良かったものを……




