第六話・「多分、好かれたわ、私」
重武装の男達が、デルタチームを残し、一斉に散開していく。
カレン達の目の前に広がっているのは、一面火の海とかした現場。遺跡の残骸と思われる円柱や、足場に使った鉄筋、工事用の重機やプレハブが火に飲み込まれている。
遺跡の発掘現場。
無惨にも火炎と爆発にさらされているここにあるのは、世界中に点在する古代文明の残り香だ。
昨今急成長を遂げる人類の技術革新は、そのほとんどが古代文明の英知を拝借したものと言っても過言ではない。現在の人類では及びもつかない圧倒的な技術力。それが地中にごろごろと埋まっているのだ。欲深い人類がそれを放って置くはずがない。
「ブラヴォー、接続良好。情報共有開始」
うるわと会話した東洋風の男が、先頭に立つ。
流れ出す汗をぬぐって右を見れば、先頭の装甲車はすでに火だるまで、後部ハッチがはじけ飛んでいる。周囲には重武装した兵士達が血を流しながら横たわっていた。銃座にもたれかかるようにして炎に焼かれている兵士もいれば、上半身と下半身が離ればなれになった無惨な死体もある。物言わぬ屍はすでに多数。銃痕はほとんど見あたらない。
つまり、引き金を引く時間すら与えられず、地獄へと引きずり込まれたということだ。
「なんてことだ……」
スキンヘッドの男が、ヘッドセットより伝えられる情報に顔をしかめた。味方の生体反応の半数が、すでに画面から消え去っている。炎の温度と、外気の温度、そして、味方として登録者されている人間の温度。それ以外の温度が存在すれば、それがすなわち敵ということだ。状況の判断はたやすい。
温度を伴った立体的な映像が、男の左目に映し込まれていく。
「すでに半数が全滅だと!? 精鋭部隊だぞ、俺たちは!」
「無駄口を叩くな。残った俺たちがベストを尽くす。できなきゃ、マリー嬢に笑われることになるぞ」
「確かにな、あの小娘の高飛車ぶりは、現代のマリー・アントワネットだ」
体勢を低くしながら、クレーンを迂回すると、横倒しになった遺跡の円柱に素早く身を隠す。上体を起こし、円柱から顔を出して視界を巡らす。焦点を合わせると、目を覆うバイザーに距離の表示が浮かび上がった。
二十メートル前方。
自らが率いる隊員達全てにその情報が即送信され、共有される。ズームアップして見れば、遺跡に常駐しているセキュリティの車が確認できた。車内には逃げ出すこともかなわなかったセキュリティの死体が、シートに深く腰掛けている。左胸から溢れる血液。狂いなく心臓を一突きにされたようだった。体温がほとんど失われている。ヘッドセットは、それを生体反応として感知しなかった。情報の残酷さに、男達は奥歯をかみしめる。
「それにしても敵の姿がちっともだ。妙じゃねぇか」
スキンヘッドが円柱に背中を預けた。夜空に吹き上がっていく火の粉の行方をいらだたしげに眺める。
「……いや、アルファが見つけたようだぞ」
接敵の表示が目の前を駆け抜けていく。
東洋風の男が、素早く指示を出す。物陰に隠れながら、素早くアルファチームの援護に向かう。訓練のたまものか、流れるように安全確認と移動を交互に繰り返す。
「クソ! また一つ反応が消えた!」
一分と絶たないうちに、味方の生体反応が、一つまた一つと消えていく。まるで、蝋燭の火ように簡単に吹き消されていく命。偶然に装甲車に同乗しただけの、なんの絆もない関係に過ぎない。しかし、作戦を共に遂行する仲間だと考えるだけで、それはとてつもない怒りに変わった。敵に銃口を向けて、ありったけの銃弾をたたき込んでやる。これは、正当な復讐だ。
仲間がやられて、はいそうですか、そんなお人好しにはなれない。
なりたくもない。
「チャーリー全滅! デルタ残り一人――クソッタレが! アルファもやられた!」
スキンヘッドの男が怒鳴り散らす。退路確保のために装甲車防御にあたらせていたデルタが危機に瀕している。もし全滅すれば、退路を断たれたということになる。敵の戦力も把握できていない今、それは最悪の事態を招くことになる。
「デルタ……全滅」
最悪のシナリオは近づきつつあった。
「残りは俺達ブラヴォーだけだ」
現場に到着したとき、ヘッドセットからデルタ隊員の光が消えた。
機械は死亡と判断した。
信じたくない。奇跡すらも否定する、あまりにも無慈悲な情報。恋人への手紙を受け取ることも、約束でつなぎ止めることも、気休めの言葉を言うことも許されない。ヘッドセットが死んだと言えば、それは真実だ。
人間は機械ではない。機械に徹することはできても、そのものになることはできない。押さえきれない悔しさに、男達は反撃を決意する。銃のグリップを握りしめ、互いにうなずきあった。
そして、ブラヴォーチームの面々は、敵、を目にすることになる。
「…………子供?」
遠く物陰に隠れながら、スキンヘッドの男が目を丸くした。
彼我距離八十メートル。
ヘッドセットが反応を示さないそこには、小柄な女が立っていた。
視界、ズームアップ。
黒いレザースーツが体にぴったりとフィットしていて、曲線的なラインがなまめかしい。凹凸の少ないしなやかな体は、炎の赤を浴びて悪魔のように浮かびあがる。短い髪の毛を熱風に揺らしながら、女は天を見上げていた。
まるで夜空を仰ぐように美しく幻想的な構図だが、女の足下は幻想的にはほど遠い。
アルファ、チャーリー、デルタの亡骸が、至る所に転がっている。女の真下には、今まさに絶命したデルタ隊員の死体。背中に一振りの日本刀が突き立っている。刃こぼれはなく、炎を浴びて刀身が鏡のように光を反射している。
周囲の惨状が物語るほど、激しい戦闘があったようには思えない。
不気味なほど周囲は静まりかえっている。炎のはぜる音だけが、時間の流れを伝えていた。
「あの女……なぜ、ヘッドセットに反応しない? クソッ、壊れてやがるのかよ。他のところは正常に機能してやがるのに……」
血管の浮かぶスキンヘッドから、汗がしたたる。視界をズームし、さらに目を細めても、銃撃戦の痕は数えるほど。屈強な仲間達が、何もせずに死を待っているはずがない。
ならば油断がそうさせたのだろうか。だとすれば、それは兵士としては最低だ。戦場では、子供でさえ武器を取るのだから。
兵士達の緊張が、正体不明の女によって引き上げられていく。
「…………にゃ?」
女の耳がぴくりと跳ね上がる。そしてゆっくりと振り返ると、足下に転がったデルタ隊員の背中から、無造作に日本刀を引き抜いた。引き抜くとそこから血が吹き上がる。
心臓を一突き。
東洋風の男は思い出す。
……間違いない、セキュリティを殺したのはコイツだ。
女は兵士達に気がついたようで、刀を地面に引きずったままゆっくりと近付いていく。
索敵には十分な距離のはずだった。気配も殺していた。十分物陰にも隠れている。加えて、夜の闇にも紛れやすい黒い戦闘服。
「殺るぞ、いいな」
スキンヘッドの男が呟いた。存在を気取られた。しかし、逃げるつもりはない。
東洋風の男もスキンヘッド同様、サブマシンガンを構える。
「ペイバックタイムだ! こいつを喰らえ!」
銃口から飛び出す弾丸と閃光。
何十という銃創が、女のレザースーツを蹂躙するはずだった。
女の姿が一瞬にして闇に紛れる。ドットサイト越しに見開かれる男達の目。銀のひらめきがドットサイトに写った瞬間、スキンヘッドの男は視界が二つに割れていることに気がつく。両目の視界が分断され、右の視界は地面にうつぶせに倒れる。スキンヘッドの男が、何事かと足下に目をやると、そこには自分の半身が転がっている。
「俺の、体……かよ」
それは右の体が発した声だったか、それとも左の体が発した声だったか。
絶命した男にはそれを判断することもできない。一刀両断された男の体は、それでも引き金を引き続け、銃弾が夜空をむなしく打ち抜いた。血しぶきが東洋風の男の焦りを引き上げる。そして、女はまた視界から消失した。
「くそ、情報がリンクしない! 熱探知、モーションセンサー、アクティブソナー……どれにも反応がない!」
全ての機能をフルに駆使して、女の攻撃に備えようとする。けれど、どれも女の行方を特定するには至らない。死が、少しずつ背後に忍び寄る感覚。ぞわりとする悪寒が、背中を痛めつける。
銀のひらめきが頭上で輝いては消える。
壁を蹴り、地面に着地、さらに伸び上がって宙返り、演舞のごとく刀をひらめかせながら、東洋風の男に襲いかかろうとする。無駄な動きを繰り返すのは、どこか遊んでいるようにも見受けられる。それが余計に男の恐怖を増大させた。
恐ろしさに押しつぶされた男は、引き金を引くしかなかった。
男の放つ反撃のマズルフラッシュが、夜の闇を切り裂いていく。命中するかに思われた銃弾は、後方にある重機のガラスを粉々に打ち抜いた。レザースーツにマズルフラッシュを反射させながら、女は地面に背中をこすりつけるように、立ったまま体を反らせる。
なんという柔軟性か。
銃弾が女の胸をかすめていき、女はそのまま刀の遠心力を利用して、体を立て直す。
引きっぱなしだったトリガー。フルオート射撃の反動。
夢中で引き金を絞る男の体は、銃を押しとどめることもできない。暴れる銃身が女の刀に切り落とされても、男は銃を手放すことができなかった。
切られた銃身が前触れもなく発火、爆発し、男は仰向けに地面に転がってしまう。切り口が異様な熱を持ち始め、何かに引火するように破裂した。それは暴発ではなく、明らかに何かによって引き起こされた爆発だった。
男は、次の光景が自分にとって最後だと悟る。
どんな悲惨な死を迎えるか。
できれば、暖かいベッドの上か、恋人の膝の上で眠るように死にたかった。男は、瞬きすら許さない高速の空間で、それだけを願った。
「――だから言ったでしょ?」
風切り音がしたかと思うと、男の周囲をすさまじい破壊の衝撃が襲った。
「戦場では結局、誰かの届ける情報を信じるよりも、自分で見た情報を信じる方が生き残れるのよ」
どこから発せられているのか特定できない風切り音が耳に入り込んでくる。それは男の周囲、三百六十度から聞こえてくる。まるで竜巻の中にいるような感覚だ。
「戦場は一秒一秒、刻々と変化していきます。生きた戦場で情報が届くのを待つ数秒は、死を待つのと同義です」
うるわは、建設現場のコンクリートに立っている標識を握りしめると、難なく標識を引き抜いて見せた。一緒に引き抜いたコンクリートが、ぱらぱらと地面にこぼれる。
「……これが遺跡の禁断……人型古代兵器ってわけね。実際に動いているのを見るの、初めてよ、私」
カレンの大きく開いた袖口が、風もないのに激しく揺れている。
「にゃ?」
カレンに古代兵器と称された女は、首をかしげて自分の周囲を巡る力の行方を追っている。やがてそれがカレンのしていることだと分かると、猫のような可愛らしい笑みを浮かべた。
つぶらな瞳が、おもちゃを見つけた子供のように爛々と輝く。
「あー……多分、好かれたわ、私」
腕を組んで渋面を見せるカレン。二の腕をさすっているのは、鳥肌が立ったからか。
「少なからず同情いたします」
引き抜いた標識を軽々と相手に突きつけると、うるわは静かに一言。
「とにかく――」
標識に描かれた絵が、周囲の炎によって照らし出される。
……進入禁止。
「ここより先へは行かせません」