表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/51

第三十六話・「いかなる時も、冷静・笑顔・優雅であれ」

「ハル!」


 爆音と共に、弾丸がアスファルトに突き刺さり、粉みじんにしていく。

 周囲の人々の悲鳴がビルにこだまする。

 はげたアスファルトに着地したのは、黒いスーツ姿の少年。時間差で降ってくる薬莢が、少年の周囲をきらびやかに彩る。まるで黄金の雨の如くに。


「挨拶もなしとは……失礼な人――兵器ですね」


 ハルを背後に隠しながら、うるわが構える。


「そうかな、僕はそうは思わないよ。だって約束していないし」


 ガトリングガンに変化させた腕を元に戻しながら、《人機》ハチは、軽薄な笑みを浮かべた。


「確かハチと言いましたか」

「そう言う君はうるわだよね。そして、その主……《彼岸》を持つ者ハル」

「俺の名前を知ってる……?」


 腹に力を入れて、何とか言葉を吐き出す。銃弾の雨にさらされて萎縮した体を、次に起こりうる厄災に備える。そのためには何でもいい、緊張をほぐさなければいけない。ハルはそう考え、拳を開いたり閉じたりしていた。


「それはもう。《人機》であれば否応なしに相手の情報を知ることになるんだ。組み込まれた学習機能と情報収集能力はなかなかにすごいよ。故人は言ったものだよね。敵を知り己を知れば、百戦危うからず。無意識のうちに僕の体にプログラミングされているんだから。お父さんに感謝しなきゃ」


 胸に手を当てて感謝の意を示す。ハチが念じる先は、遙か古代を生きた父の面影だろうか。


「……確かに。いまだ解き明かされることのない古代文明の科学力であれば、それも可能でしょう。せいぜい私たちが知りうるところと言えば、八体ある《人機》で、あなたが最も後に作られたこと。至高の兵器で最重要機密。自立型の単独兵器で、思考性も備える。あまつさえ自己修復機能付きで、オールラウンドで対処できるように設計されたことぐらいでしょうか」


 間合いを計りながら、うるわは周囲の地形を把握している。街路樹、車道、ビル、背後に立つハル。その全ての配置を頭にたたき込む。


「なんだ、機密がだだ漏れじゃないか。まったく、ナナときたらこれだから困るよ」

「その余裕……知っていて野放しにさせたのですね」

「余裕? 野放し? 違う違う」


 肩をすくめてうるわを見る。


「障害は極力少ない方がいい。僕はどちらかというと面倒くさがりなんだよね。楽な道を選ぶのは至極当然」

「……それはどういう意味ですか」


 うるわの背後に控えるハルの肌が焼け付くようなプレッシャー。放つのはハルの目の前にいるうるわ。おかっぱ頭が逆立つような錯覚。それは東大寺南大門に立つ運慶、快慶の傑作、仁王像の髪の毛を思わせる。


「分かっていて聞くかな、普通。でもいいや、ハルは理解していないようだから教えてあげるよ」


 黒いスーツをまとう少年が嗤う。


「うるわでは僕は止められないよ。単純に力不足ってやつさ」


 少年の肩から先が鋼色に染まっていく。右腕が膨張を繰り返し始めると、そこからはおおよそ現実ではお目にかかれない兵器の数々が、飛び出しては吸い込まれていく。やがて腕の先に雫のようにたまると、ハチの腕から鋼色の固まりがちぎれ、落下する。

 足下のコンクリートに吸い込まれていく水銀のような鋼の液体。


「……あなたは、身をもって知ることになるでしょう」


 うるわの声は低温。氷のように冷たい。


「メイド・インの名は、虚飾ではないということを」

「僕も見せてあげる。《人機》がどれほどのものかをね」


 ――それが、二人の宣戦布告だった。

 ファーストアクションはハチ。指をぱちんと鳴らすと、地面から巨大な腕が生えてくる。どういう構造でそうなったのか。考えても理解できない。アスファルトと砂で作られた腕の中には、血管のように配線が混じっている。それが激しく脈打って、生きているように動き始めたのだ。


「ハル、いいですか? 私から離れては駄目です。ハチの狙いはあなたですから。私はあなたを守護します。そう……最大の犠牲心を持って」


 うるわの瞳に決意の灯がともる。ハルは、その声に覚えがあった。うるわが一時的にせよ、ハルと主従関係を築いた日。自分が世界に名だたるメイドであることを自負するような。あるいは、大切なものを投げ打ってでも守ろうという、最大の自己犠牲精神を主張するような。小さな体に宿る、大きな責任。


「来ます!」


 車一つを簡単に押しつぶせそうな拳が、ハルとうるわの頭上を襲う。地面から生えた腕は、アスファルトにひびを入れる。

 街路樹が揺れ、車が揺れ、地面が揺れた。

 街路樹から落ちる葉の間を縫って、うるわは地面に突き刺さる標識を引っこ抜く。雑草を引っこ抜くようにあっさりと。


「ハル、知っていますか!」


 凛としたうるわの声が路上に響く。


「な、なんだ!?」


 殴りつけてくる巨大な腕が、街路樹をなぎ倒す。ハルは地面を転がりながら難を逃れ、うるわを探す。声の出所は、巨大な腕の根本。うるわが標識を腕に突き刺すところだった。


「メイド・インの称号を賜りし者は、武器の携帯を許されてはいません!」

「それが、どうしたんだ!?」


 標識の根本がずぶずぶと巨大な腕に突き刺さっていく。うるわは貫通したのを確認するや、バックステップで腕から離れる。一撃して離脱。迅速かつ的確な攻撃。


「私たちは基本的に各国の首脳や最重要人物を主とし、守護します。それはつまり、それだけメディアへの露出も多いということ。物騒な得物は視聴者の目の毒にしかなりません」


 巨大な腕が痛みによがるように暴れ出す。


「『いかなる時も、冷静・笑顔・優雅であれ』……メイド・インたるものは、臨機応変に対処できなくては一流とは呼べないのです。会食時にはフォークですら武器にしますし、ベッドでは脱ぎ捨てた下着さえ武器にします」


 ハルに向けた背中が語る。


「言い方を変えれば、武器は携帯しないのではなく、携帯する必要がないだけ。メイド・インは存在そのものが剣であり、盾なのですから」


 刺さった標識を引き抜くことも出来ずに、その巨体を揺する腕。それを見てため息をつくハチ。


「じゃ、僕がその剣を折って、かつ盾を貫くしかないね」


 スーツが地面を加速する。巨大な手の根本から駆け上がり、頂点に到達すると、すぐさま跳躍。背中から鋼が生えたかと思うと、それは中東でよく見る対戦車用ロケットランチャーに形作られる。ハチは楽しそうにそれを引きずり出すと、目標をうるわに定める。


「RPG!?」


 ハルの叫びと同時。砲身から発射されるやいなや弾頭が点火。白煙を伴って一直線にハルに向かっていく。ハルは路上駐車していた自動車のボンネットを飛び越える。

 着弾、発火。

 大爆発を起こした自動車が炎をまといながら空中を回転する。爆発の余波に体をもんどり打つハルが、柔らかいうるわの腕に抱かれる。


「いい判断でした、ハル」


 声が耳に入るとなぜか体に力が戻る。転がってきたハンドルをうるわが打ち払う。


「ですが、安心するのは早いです」


 うるわの視線の先を見るまでもない。ハルは体をうるわの腕の中から起こして、地面を蹴る。巨大な腕から引き抜いた標識を今度はハチが投げ返してきた。ハルがいた場所に突き立つ標識。命からがらとはこのことか。ハルは背後を振り返る余裕もない。


「逃げられるとやっかいだからね。もう少し、難易度を上げるよ」


 両手を同時に膨張させて、対戦車用ロケットランチャーを両手に作り出す。さらに巨大な腕がどんどん地面からはい出てきたかと思うと、とたんに真っ二つに折れて転がる。


「準備、オーケー。頼むよ、僕の欠片」


 四本足の蜘蛛のような兵器へと変貌する腕の残骸。命令を聞き届けたのか、車をはじき飛ばしながら、ハル達を追いかける機械蜘蛛。つま先は鋭利な金属そのもので、車のボンネットを容易に貫いて突進していく。乗り捨てられた車であふれかえる道路を横切るハルとうるわに、さらなる追い打ち。次から次に発射されるロケット。路上に乗り捨ててある自動車が次々に爆発していく。ハルとうるわはその間をジグザグに駆け抜け、頭を低くして爆風をやり過ごすしかない。自動車が爆砕、回転し、地面に叩きつけられる。ガソリンに引火し、さらなる爆発。窓ガラスがはじけ飛び、ハルの頬を傷つけた。真っ赤な炎が頬をやき、飛ばされてくるドアに足下をすくわれて転びそうになる。それを見て嘲笑するハチが、スーツの裾を揺らして舞い上がる。次から次に現れる携行対戦車弾は、旧式であったり、最新式であったりとまちまちだ。今取り出されたるは、レーザーポイントで弾頭を誘導するもの。ハルの背中に赤い光点をあわせると、ニヤリと唇を歪ませて引き金を引く。ダットサイトの向こうでは、必死に逃げるハルの背中。白い煙の尾を引いて、その背中を追いかける。ハルの背中で光る赤い点は、まさに死の刻印だ。

 そのとき、うるわは近くで鳴り響く自動車の防犯ベルを聞き逃していた。


「何でもありですか……!」


 赤い直線に気がついたうるわは振り向いて、弾頭をたたき落とそうと模索する。

 ……が、振り向いた瞬間に体は痛みと衝撃で宙を舞っていた。

 四足歩行をする機械蜘蛛が、その足でうるわを跳ね上げたのだ。足下にはフロントガラスを突き抜けた蜘蛛の足が見える。鳴り響く車の防犯ベル。それはうるわの頭で鳴り響くサイレンとなる。

 訓練のたまものか、素早く空中で体勢を整えると、ハルを見つけ出すうるわ。

 ハルは接近してきたミサイルを、街路樹を身代わりにして逃れようとしていた。ハルとハチを結んだ直線の途中。そこ街路樹を割り込ませる形へすべく、体を酷使する。作戦はハルの思惑通りにいった。赤いレーザーポインタの示す先は街路樹となり、寸分の狂いなく街路樹を爆砕させた。枝葉が吹き飛び、ハルの体を叩く。

 煙から逃げるように、幹の半分を削り取られた街路樹が、道路側に倒れた。

 さらに噴煙から続けて飛び出してくる物体が一つ。ハチが生み出した兵器。機械仕掛けの蜘蛛。

 ハルは痛みにうめくことも出来ずに対応に追われることになった。

 ――主が危険にさらされている。

 心が急いていく。うるわは車のボンネットに着地すると、そのまま次の車へ飛び移った。

 まもなくして、うるわが着地した車は炎の手に落ちる。無限の砲弾を持つハチの追撃が、うるわに息もつかせない。

 昼過ぎの町はすでに戦渦に落ちた。

 街路樹にまで火の手は周り、火の粉は国道を包み、どす黒い煙が逃げまどう人々の肺を締め上げる。ガードレールは曲がり、突っ込んだ車が炎上していた。そこに頭から飛び込むタクシー。壊れた料金メーターは振り切れ、車内から小銭が飛び出した。空を舞ううるわの眼下では、横倒しになったミキサー車からもれるセメント。


「この私が、防戦一方ですか……!」


 ハルと分断されてしまったうるわが毒づく。


「ハル……!」

「よそ見していられる余裕はないでしょ?」


 耳元で発せられた声に背筋を凍らせる。声の方向に拳を走らせたが、声の主はその反対。二度凍った背中に浴びせられる大鎌。いつの間に出現させたのか、ハチの手にはマルチメディアビル事件の時に見たものとそっくりのものが握られていた。最大限に反らした背中が、大鎌の刃をぎりぎりで回避した。エプロンドレスが切り裂かれ、ちぎれたヨークが空中を漂う。

 距離を取って地面に降り立つ二人。


「どうする? あっちはそろそろ終わりそうだよ?」


 ハチがしゃくったあごの先では、機械の蜘蛛の背中が開き、そこから二門の砲塔が飛び出していた。戦闘機に搭載されていてもおかしくない大口径のノズルが、ハルを攻撃対象として認識する。


「ありがたいことに、《彼岸》は持主の生死を問わず取り出せるんだ」

「くっ、ハル――」


 太い砲身から吐き出される弾丸。

 マズルフラッシュがハルの眼を焦がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ