第三十四話・「カレーライスの予定です」
玄関に向かう途中、喧騒が耳に響いてくる。
相も変わらず、カレンとナナがゲームに興じているようだった。
うるわは客間に顔を出すと、二人に声をかける。
「ナナ、カレン、私はハルと夕食の買い出しに行ってきます」
「あっそ、行ってらっしゃい」
「にゃ! ナナもハルとお出かけするっ!」
ゲーム中にもかかわらず、コントローラーを放り出そうとする。
「ポンコツ! 負けそうだからって逃げるんじゃないわよ!」
カレンがナナの襟首をぐいっと捕んで引き寄せる。首を絞める形となったのか、ナナが苦悶を漏らした。
「にゃうっ! ……むうぅ、カレン、負けず嫌い。前半だけでナナ、カレンに三点差つけてるよ」
「これからよ、これから! 勝負は下駄を履くまで分からないってね」
「……ナナ、カレンになら下駄を履いても勝てる気がする」
「言ったわね?」
ナナに鋭い視線が突き刺さり、客間の空気が鋭く動き出した。
見れば、カレンの袖が揺らめいている。
「二人とも、留守番をしていてください。もしもその間、家の中で何かが壊れていたり、一カ所でも傷がついていたりすれば……夕食は抜きです。よろしいですね?」
「にゃ……わかった」
沈むナナの隣で、カレンの袖が動きを止める。
「分かったわよ……。まったく、うるわはここに来てからますます小姑になったわね」
「……余計なお世話です」
眉をぴくりと動かすうるわ。
「それはそれとして、うるわ、今夜の献立は?」
「カレーライスの予定です」
「たまにはいいわね」
「ナナ、カレー大好き!」
納得するようにうなずくカレンと、挙手しながらよだれをこぼすナナ。
「では、行ってきます。ナナ、カレンをよろしくお願いします」
「はーい! ナナ任されるよ! しっかりカレンの面倒を見るよー」
「さっさと行きなさいよ馬鹿メイド! ええっ!? 今のオフサイドでしょ!?」
「キーパーをかわして……ゴールっ! これで四点差だよっ!」
ゲームに舞い戻る二人に声をかけ、うるわは玄関口で待つハルと肩を並べる。
「行きましょう、ハル」
「ああ、行こう」
玄関の外は神々しい光に溢れている。騒ぎ出す体に従うように、ハルは外へと駆け出していく。疲れるそぶりも見せず無言でハルの後を追随するうるわ。
ふと、うるわが遠く山際の空を見やる。
「……雨が降るかもしれません」
天気予報を覆すどす黒い雨雲が、青空を浸食しようとしていた。