第三十三話・「偶然」
自室。
鏡で自分の顔を見るハル。
ハル自身、どうしようもないと思えるほどの無愛想。作り笑いをしようとするが、それは単に引きつっているだけだった。長く伸びた前髪と、切れ長の眼。一重まぶたがより眼を険のあるものにしている。背が高いこととその顔つきもあってか、誰もハルには寄ってこない。普通にしているだけでも不機嫌だと感じ取られてしまう。
「……」
両親を失い、愛猫ニャン太を失い、マキを失った。一人になってしまったはずなのに、一人で過ごしていかなければと覚悟していたはずなのに、まるで誰かがそうさせまいと画策するが如く、突然、周囲は喧騒に満ちあふれた。
うるわ、カレン、ナナ……そして、マキ。
たった一週間の内に、騒がしくなった身の回り。現実から逸脱した騒がしさに面食らいながらも、ハルはそれらを巻き起こす彼女たちとのやりとりに、なぜか心が満たされていくのを感じた。
――なぜだろう、それはとても温かかった。
冷え切った心が解きほぐされていくようだった。
心を溶かすもの。
くすぐったくて、懐かしくて、それでいて温かい。
それは一体何なのか。
その答えはまだ見つかっていない。
黙っていても見つからないような気がした。ここにいても答えは見つからない気もしていた。そしてそれは、案外直ぐ近くにあるような気がした。
「……よし」
襟を正し、ハルは自らの両手で頬を打った。ネガティブな自分の心を叱咤するために。最後に、鏡の中の自分をにらみ付けると、ドアに向かう。
その途中、机の上に置いてあった白色のカプセルが目についた。ハルはそれをひっつかんでポケットに入れると、ドアを開ける。
「うるわ……」
驚くハルの目の前には、うやうやしく一礼するメイドが一人。
「行くのですね、ハル」
「うるわ、これは俺の問題なんだ。俺一人で――」
うるわの横を素通りしようとする。
「ハルは勘違いなさっているようですね。私は夕食の買い出しに行くのですよ。決して、ハルと同行しようなどとは思っていません」
手に持った買い物かごを掲げてみせる。
「……」
「ですが万が一、歩く方向がハルと同じであるとすれば、それは類い希なる偶然ということになりますね。時に今日は絶好の散歩日和。スーパーまでの道中、ふらりと道順を外れ、寄り道をしてしまうかもしれません」
淡々と、無表情。
無愛想のハルが面食らったような顔つきになる。
「偶然とは恐ろしい物です。万が一といえど、確率は存在するのですから」
無愛想を追い抜く無表情。
「そうか……偶然なら仕方がないよな」
その無表情に並ぶ無愛想。
「そうです。仕方がないのです」
「仕方ないな」
「仕方ないのです」
「偶然だもんな」
「偶然なのです」
「……」
「……」
「……ありがとう」
「……ぐ、偶然ですので」
無表情を貫く二人に、どちらともなく小さな照れ隠しが生まれた。